論語詳解203泰伯篇第八(19)大なるかな堯*

論語泰伯篇(19)要約:古記録を読む孔子先生。伝説の聖王・ギョウは、具体的に何をやったかほとんどわかりません。ただ天下はそれでよく治まった。一体何をしたんだろう、でっち上げを固く戒める先生は、やはり感心するしかないのでした。

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論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

子曰、「大哉堯之爲君也。巍巍乎、唯天爲大、唯堯則之。蕩蕩乎、民無能名焉。巍巍乎、其有成功也、煥乎、其有文章。」

復元白文

子 金文曰 金文 大 金文哉 金文之 金文為 金文君 金文也 金文 魏 金文大篆魏 金文大篆乎 金文 唯 金文天 金文為 金文大 金文 唯 金文堯 金文則 金文之 金文 宕 金文宕 金文乎 金文 民 金文無 金文能 金文論語 名 金文安 焉 金文 魏 金文大篆魏 金文大篆乎 金文 其 金文有 金文成 金文論語 工 金文也 金文乎 金文 其 金文有 金文文 金文章 金文

※巍→魏(金文大篆)・蕩→宕・焉→安・功→工。論語の本章は煥の字が論語の時代に存在しない。本章は漢帝国以降の儒者による捏造である。

書き下し

いはく、だいなるかなげうきみ巍巍乎ぎぎこたり、ただてんだいなりとす、ただげうこれのつとる。蕩蕩乎たうたうこたり、たみづくるかり巍巍乎ぎぎことして、成功せいこうなり煥乎くわんことして、文章ぶんしやうり。

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 孔子 切手
先生が言った。「すばらしいことだな、堯が君主になったのは。たかだか・ひろびろとそびえ立っている。ただ天だけを大きなものとした。そしてひたすら天意に従った。見渡す限り広がって、民はその政治をどう言ったらいいか分からなかった。そびえ立って政治が回った。光り輝くように、そこには文明があった。」

意訳

ニセ孔子
堯の政治のすばらしさは、私には想像が付かない。高々とそびえ、ひたすら天に従ったという。あまりの漠然としたひろやかさに、民も呆然として指をくわえているしかなかっただろうな。いや、すばらしい。しかも光り輝くような文明があったのだ。

従来訳

論語 下村湖人

先師がいわれた。――
「堯帝の君徳は何と大きく、何と荘厳なことであろう。世に真に偉大なものは天のみであるが、ひとり堯帝は天とその偉大さを共にしている。その徳の広大無辺さは何と形容してよいかわからない。人はただその功業の荘厳さと文物制度の燦然たるとに眼を見はるのみである。」

下村湖人『現代訳論語』

現代中国での解釈例

孔子說:「堯當君主,偉大崇高,可比於天!他的恩德,無法形容!他的功勞,千古留芳!他的制度,光輝燦爛!」

中国哲学書電子化計画

孔子が言った。「堯が君主だったことは、偉大で崇高で、天にも比べられる。彼の恩恵は、どう言ってよいか分からない。彼の功績は、千古不朽の素晴らしさだ。彼の定めた制度は、キラキラと輝いている。」

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

堯(ギョウ)

論語 堯論語 堯 金文大篆
(金文)

伝説上の古代の聖王。現伝する『史記』には、暦を作ったこと以外、政治面でこれと言って何をしたという記録がない。

巍巍乎(ギギコ)

論語 巍 金文大篆
「巍」(金文大篆)

論語の本章では”高く広いさま”。音からは、ギザギザした山頂を示してもいる。「巍」の初出は戦国時代の金文で、論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はŋi̯wərで、同音は存在しない。部品の魏(ŋwər、”たかい”)は、『説文解字』に地名として登場するのが初出。論語の時代にはすでに都市国家として存在したが、当時の字体が伝わらない。

蕩(トウ)

論語 蕩 金文大篆 論語 蕩
(金文大篆)

初出は後漢の『説文解字』で、論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はdhɑŋで、同音に唐とそれを部品とする漢字群、堂、棠、宕”広い”など。唐の字にも”おおげさ”の意がある。

「蕩蕩乎」とは、”洗い流したように何もないこと・広大なこと”で、論語の本章では大洪水が全てを流し去ったあとに広がる光景のようなさま。

民無能名焉

論語 民 金文 論語 民 奚
「民」(金文)

論語の本章では、”民はそれが何であるか名付けようもなかった”。「民」は堯の政治を「名」づける「能」が「無」いままで「焉(おわ)」った、ということ。「民」の原義は、目を見えなくさせられた奴隷。詳細は論語語釈「民」を参照。「焉」について詳細は論語語釈「焉」を参照。

『史記』堯本紀を読んでみても、ひたすら偉い偉いと書いている部分を除くと、天体観測をしてカレンダーを作ったことしか書いていない。強いてつけ加えるなら、後継者に賢者の舜を選んだことが挙げられる。

帝政ローマの五賢帝時代の始まりはネルヴァ帝だが、即位した時すでに高齢で、業績と言えば賢者のトラヤヌスを後継者に指名した事のみと言われる。それも名君の条件には違いない。

論語 功 金文
(金文)

初出は戦国末期の金文だが、「工」と書き分けられていない。上掲の金文は白川博士のオリジナルで、出典が不明。

煥乎(カンコ)

論語 煥 金文大篆
「煥」(金文大篆)

燃え立つ火のように明らかに輝くさま。初出は後漢の『説文解字』で、論語の時代に存在しない。カールグレン上古音は不明。

『学研漢和大字典』によると「煥」は会意兼形声文字で、奐(カン)は「女性が尻(シリ)を開いたさま+大」の会意文字で、狭い陰門を広げて、胎児を取り出すことを示す。ゆとりをあけて広がる意を含む。煥は「火+(音符)奐」で、火の周囲にまるく光が広がること。

換(周囲にゆとりをあけて、中の物を入れかえる)・渙(カン)(氷の周囲がとけて、ゆとりがあく)・緩(ゆとりが生じる、ゆるむ)などと同系のことば、という。

論語:解説・付記

論語の本章は、むしろ中国での解釈のように読むのがよいかも知れない。生まれたときに目出度い雲がたなびいた、の類の、頭のおめでたい独裁者が喜びそうなファンタジーで、こんなものを真に受けろと言われて読まされた、歴代の儒者に、ここばかりは同情したくなる。

中国は土地が広いだけに風景の規模も大きく、黄河や揚子江は時に対岸が見えず海のように見えるという。蕩蕩の語義は上記の通りだが、こうした大河も「蕩蕩として流れる」と表現される。これは文字では伝えきれない。

論語 大なるかな堯Photo via https://pixabay.com/ja/

論語の本章で孔子が、「ギギコ。トート-コ。カンコ」と変わった鳥が鳴くような賛辞しか言えなかったことは、論語時代も漢代も、おそらく現伝の『史記』と大して変わらない伝説しかなかったからだろう。おそらく堯は、暦作りの技術者集団の祖先神だったのではないか。

論語 渾天儀
「一年を三百六十六日と定め、三年に一度うるう月を挟んで暦を正した」(『史記』堯本紀)とあるのは、古代としては非常に高度な技術で、天体の高度を計るにも、正確な目盛りの付いた観測機器がなければできないことだ。1mm刻みの物差しを自作するのを想起されたい。

お手本の物差しがあっても大変な作業だが、観測以前に度量衡の制定が必要だし、さらに数学的知識も必要になる。論語時代で言えば、すでに暦は諸侯国で自作できるようになっていたが、それでも作り誤った記事があり(論語八佾篇17)、たかがカレンダー、ではなかった。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶった○る。覚悟致せ。

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