論語詳解233子罕篇第九(30)智者は惑わず°

論語子罕篇(30)要約:知者は迷わない。情け深い者は心配が無い。勇者はおそれない、と孔子先生が言いました。ただし仁者の意味は、先生の生前と没後でまるで違います。本章では”貴族”、後世では、”情け深い人”の意味でした。

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論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

子曰、「智*者不惑、仁者不憂、勇者不懼。」

論語憲問篇30と酷似。

校訂

武内本

唐石経智を知に作る。

定州竹簡論語

曰:「智者不惑,仁者不憂,241……

復元白文

子 金文曰 金文 智 金文者 金文不 金文或 惑 金文 仁 甲骨文者 金文不 金文憂 金文 勇 金文者 金文不 金文論語 虞 金文

※仁→(甲骨文)・懼→虞。

書き下し

いはく、智者ちしやまどはず、仁者じんしやうれへず、勇者ゆうしやおそれず。

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 孔子別像
先生が言った。「智者は矛盾に苦しまず、仁者は憂えず、勇者は恐れない。」

意訳

孔子
智者はありのままを知るから、何が正しいか迷わない。
仁者は常時心身を鍛えているから、憂いがない。
勇者は常に備えているから、恐れない。

従来訳

論語 下村湖人

先師がいわれた。――
「知者には迷いがない。仁者には憂いがない。勇者にはおそれがない。」

下村湖人『現代訳論語』

現代中国での解釈例

孔子說:「明智的人不會迷惑,仁愛的人不會憂愁,勇敢的人不會害怕。」

中国哲学書電子化計画

孔子が言った。「智恵ある人は迷わない、人情家は心配しない、勇敢な人は恐れない。」

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

、「 。」


智者

論語 智 金文 論語 者 金文
(金文)

論語の版本によっては「知者」と書く。論語に言う知者とは、仁者の立ち居振る舞い一切を規定した「礼」を知る者のことで、いかなる時にもどのように振る舞えばいいかは礼が示してくれるので、迷うことがない。また孔子は論語時代の思想家には珍しく、客観的な数理への理解があり、それゆえに孔子塾の必須科目=六芸には数が入っていた。

数理に依ってありのままに物事を見られることから、知者はこの面でも迷うことがない。詳細は論語における「知」を参照。

論語 惑 金文 論語 矛盾 惑
(金文)

論語の本章では”まよう”。

この文字は戦国末期にならないと現れないが、部品の「或」は上掲西周初期の金文から見られ、論語の時代には「惑」と書き分けられていなかった。『大漢和辞典』には”まよう・うたがう”の語釈があり、「惑」も「或」も『学研漢和大字典』による上古音はɦuək。

詳細は論語語釈「惑」を参照。

吉川説によると、AとBとの矛盾に苦しむこと。漢文が読めない吉川は、どこかからかパクってきて言っているのだろうが、「人を以て言を廃せず」(論語衛霊公篇23)である。なぜ苦しむかは、それをありのままに見、知ることができないから。

仁者

仁 金文
「仁」(金文)

論語に言う仁とは、孔子の生前では”貴族(らしさ)。孔子の没後では、孟子の言う「仁義」と同義で、常時無差別の愛。

従って語釈は、孔子の肉声かどうかにかかっており、本章は孔子の時代に遡り得るので、”貴族”の意。だが孟子以降の儒者は、もちろん”常時無差別の愛を保ち続ける者”と理解し、理想の人間像を言った。

なお孔子自身ですら、自分は仁者ではないと言う(論語述而篇33)。論語時代で仁者になれたのは、弟子の顔回だけだった(論語雍也篇7)。詳細は論語における「仁」を参照。

勇者

論語 勇 金文 論語 者 金文
(金文)

論語に言う「勇」とは、”義=正しいこと、するべきことを見て実行しないのは勇気がない」と論語為政篇24で言っていることから、正しいこと、するべきことを実行できることで、勇者はその力を身につけた人のこと。詳細は論語語釈「勇」を参照。

懼(ク)

論語 懼 金文 論語 懼
(金文)

論語の本章では、暴力や得体の知れない力を恐れること。この字の初出は上掲した戦国末期の中山王の青銅器に鋳込まれた金文で、論語の時代に存在しない。論語時代の置換候補は「虞」。詳細は論語語釈「懼」を参照。

論語:解説・付記

論語 武内義雄 論語之研究
武内義雄『論語之研究』によると、この論語子罕篇の成立は論語の中でも最も新しいという。子罕篇は論語が現伝の二十篇にまとまる過程で、異聞や伝承をもとにつけ加えられた部分だという。また本章について、以下のように言う。

雍也篇には「知者楽水、仁者楽山、知者動、仁者静」の如く知と仁とを対挙して勇に及んでいないが、この章は知仁勇を並列して憲問篇や中庸の哀公問政章と同じ頃の文と思われる。(p.97)

論語憲問篇30は、本章と酷似している。本章の成立は定州竹簡論語に記載があることから、前漢宣帝期(BC74-BC49)よりは下らない。元は孔子の言葉だったのを、戦国時代末期にに「懼」の字が出来てから書き改められ、それが二系統に分かれて現伝論語に取り込まれた。

漢代の学界の通例として、史料批判を行わない。儒者は伝承のたぐいも孔子に関係があれば、重複を恐れず取り込んだ。その代わり子罕篇には明白な編集意図があり、孔子の晩年と死去までを描く事で、祖師・孔子の姿を伝えようとしている。

なお本章からしばらく、論語から「仁」が消える。再登場は論語顔淵篇第十二の1からだ。仁とは孔子の生前は貴族らしさのことで、弟子が貴族らしくなるように教育したのだから、論語子罕篇1の言う「子まれに仁を言う」はウソだが、仁ばっかり教えたわけではないらしい。

仁 スペクトラム
頭→

この画像は論語の中で、「仁」がどこにどの程度出現するかを示した分布範囲で、これだけでは取り立てて何がどうとも言えない。ただ真ん中の空白の直前が、本章であることを知っていて頂くために示した。ただし冒頭の集中は、いささか異常であると感じはする。

それはやはり論語学而篇が、全体の導入部であることから来るのだろう。孔子の生前、仁の条件は明記された箇条書き(=のちの「礼」関連経典)になっておらず、とりとめの無いものだったから、それを言葉にして言える弟子は少なかったのだろう。だが教説の中心には違いない。

さて、「知者は惑わず」「勇者は懼れず」は現代の感覚でも理解は出来る。しかし孟子が言い回った「仁義」の人が、憂えないという理屈を、儒者はどうかこつけたのだろう。

古注『論語集解義疏』

子曰智者不惑註苞氏曰不惑亂也仁者不憂註孔安國曰不憂患也勇者不懼疏子曰至不懼 此章談人性分不同也云智者不惑者智以照了為用故於事無疑惑憂患也仁人常救濟為務不嘗侵物故不憂物之見侵患也孫綽云安於仁不改其樂故無憂也云勇者不懼者男以多力為用故無怯懼於前敵也繆協云見義而為不畏強禦故不懼也 註孔安國曰不憂患也 內省不疾故無憂患也

本文「子曰智者不惑」。
注釈。包咸「迷って乱れないという事である。」

本文「仁者不憂」。
注釈。孔安国「心配しないという事である。」

本文「勇者不懼」。

付け足し。先生は恐れない窮極を言った。本章は、人の性根とはそれぞれ違うことを語っている。智はそれで明るくして用を足す。だから物事に疑いや心配が無くなる。仁者はいつも人を救うことに努めている。今までただの一度も、他者を傷付けたことが無い。だから自分を傷付けるような物事があっても、心配しない。

孫綽「仁の境地に安心しきってその楽しみを止めようとしないから、心配が無いのである。

「勇者不懼」とは、男は筋力で用を足す。だから敵を前にして怖がらない。

繆協「成すべき正義がある機会で恐れず戦うのである、だから怖がらないのである。」

注釈。孔安国「心配しないのである。」

自分にやましいことが無ければ、心配は起こらないのである(論語顔淵篇4)。

一読して、今なお日本にわだかまっている、ソ連や中国の回し者、いわゆる九条教の信者と、言っている事が同じと気付くだろう。かかる発狂者の特徴は、自分が為した侵害を侵害と感じる機能が欠如していることである。手を血まみれにしながら、他人の武装解除を説くのだ。

腕に覚えのある方は、試してみてもいいが、不愉快な思いをするだけだ。奴らは自分から気軽に暴れ込んでおきながら、手を掴んでひねり上げただけで、暴力反対とか言い出し、普段忌み嫌っているはずの官憲をすぐに呼ぶ。発狂者とは関わらないことしか対策が無い。

だが時折、いっそ世が荒れてくれれば、と埒もない夢想をしないでもない。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。もし長生きしたいなら、悪いことはせぬものだ。それでもやるなら、覚悟致せ。

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コメント

  1. […] 論語の本章は、論語子罕篇30をもとに、おそらく前漢の儒者がこしらえた贋作。「耐」の字の初出は始皇帝の統一前後に記された秦系戦国文字(睡虎地秦簡)で、ほぼ秦代と言って構わない。秦代の儒者は始皇帝が怖くて大人しくしていたから、こういう捏造をするとは思えない。 […]