PRあり

論語詳解382衛霊公篇第十五(4)由、徳を知る°

論語衛霊公篇(4)要約:徳とは人間が持つ機能のこと。具体的な光景にならない限り、凡人にはめったに分かりません。そして世間の大多数は凡人です。「だから子路よ、徳を身につけた者は最強だぞ。」孔子先生は言うのでした。

論語:原文・書き下し

原文

子曰、「由、知德者鮮矣。」

校訂

定州竹簡論語

曰:「由!知德者鮮矣。」416

復元白文(論語時代での表記)

子 金文曰 金文 由 金文 智 金文徳 金文者 金文鮮 金文矣 金文

書き下し

いはく、いうとくものすくななり

論語:現代日本語訳

逐語訳

孔子 悩み
先生が言った。「由(=子路)、徳(生物の本来持つ機能)を身につけた者は目立つのだ。」

意訳

子路
先生が言った。「子路、人格力のすさまじさは、隠そうとしても表に現れるものだ。」

従来訳

下村湖人

先師がいわれた。――
「由よ、ほんとうに徳というものが腹にはいっているものは少いものだね。」

下村湖人『現代訳論語』

現代中国での解釈例

孔子說:「仲由啊,理解道德的人太少了。」

中国哲学書電子化計画

孔子が言った。「仲由(子路)よ、道徳を理解している者ははなはだ少ないのだ。」

論語:語釈

、「 。」


由(ユウ)

由 甲骨文 由 金文
(甲骨文・金文)

論語の本章では、孔子の弟子・子路のこと。子路について詳細は、論語の人物:仲由子路を参照。

由 篆書
(篆書)

由の字を『字通』では、ゆう(ひさごの類)といい、実が熟して中が油化したものの形で、油の原字では、という。『学研漢和大字典』では、酒や汁をぬき出す口のついたつぼを描いた象形文字と言う。詳細は論語語釈「由」を参照。

しかし甲骨文や金文を見ると、油皿+ともし火そのものに見える。いくら白川博士でも、これを祝詞の容れ物=𠙵さいだとは言うまい。しかしお書きになった字通には古書体の記載が無く、藤堂先生の学研漢和には「卣」の金文・篆書・楷書を載せる。
卣 金文 卣 篆書
「卣」(金文・篆書)

なお論語では、孔子は弟子に呼びかける時に「賜」などのように、「也」を付けるのが通例だが、本章を含めて子路には、「由」と名だけ呼ぶ場合がある。子路は最も孔子と付き合いの長い弟子なので、気の置けない関係でもあった。もっとも子貢に対しても、前章の定州竹簡論語から、「也」はもと無かったと分かる。

論語の中で孔子が子路を目前にして呼びかけた言葉は次の通り。

  1. 「由、誨女知之乎。」(論語為政篇17)
  2. 「由也、好勇過我、無所取材。」(論語公冶長篇6)
  3. 「若由也、不得其死然。」(論語先進篇12)
  4. 「野哉、由也。」(論語子路篇3)
  5. 「由也、女聞『六言六蔽』矣乎。」(論語陽貨篇8)

本章以外では、為政篇で弟弟子に知ったかぶりをしてハッタリをかます子路を、叱りつけて「由!」と言ったのみ。つまり本章もまた、孔子の子路に対する叱責と捉えるべき。

知(チ)

知 智 甲骨文 知 字解
(甲骨文)

論語の本章では”知る”。現行書体の初出は春秋早期の金文。春秋時代までは「智」と区別せず書かれた。甲骨文で「知」・「智」に比定されている字形には複数の種類があり、原義は”誓う”。春秋末期までに、”知る”を意味した。”知者”・”管掌する”の用例は、戦国時時代から。詳細は論語語釈「知」を参照。

徳 甲骨文 徳 金文
(甲骨文・金文)

論語の本章では、経験や技能に裏打ちされた、人間の機能を言う。

初出は甲骨文。新字体は「徳」。『学研漢和大字典』によると、原字は悳(トク)と書き「心+(音符)直」の会意兼形声文字で、もと、本性のままのすなおな心の意。徳はのち、それに彳印を加えて、すなおな本性(良心)に基づく行いを示したもの、という。しかし『字通』によれば目に濃い化粧をして見る者を怖がらせ、各地を威圧しつつ巡回すること。ここから日本語で「威に打たれる」と言うように、「徳」とは人格的迫力のことだ。詳細は論語における「徳」を参照。

鮮(セン)

鮮 金文 鮮魚
(金文)

論語の本章では”生臭い”→”目立つ”。初出は西周早期の金文。字形は「羊」+「魚」。生肉と生魚のさま。原義はおそらく”新鮮な”。春秋末期までに、人名、氏族名、また”あざやか”の意に用いた。”すくない”の語義は、戦国時代まで時代が下る。詳細は論語語釈「鮮」を参照。

矣(イ)

矣 金文 矣 字解
(金文)

論語の本章では、”(きっと)…である”。初出は殷代末期の金文。字形は「𠙵」”人の頭”+「大」”人の歩く姿”。背を向けて立ち去ってゆく人の姿。原義はおそらく”…し終えた”。ここから完了・断定を意味しうる。詳細は論語語釈「矣」を参照。

『論語集釋』に引く『考文補遺』に、「古本矣作乎」とあるが、「乎」を詠歎に用いるのは論語時代の用法ではない。詳細は論語語釈「乎」を参照。

論語:付記

中国歴代王朝年表

中国歴代王朝年表(横幅=800年) クリックで拡大


論語の本章は、論語為政篇17で「ハッタリをかますな!」と子路を叱りつけた話を踏まえて理解すべきで、ハッタリなどかまさなくとも、隠然たる人格の機能を身につければ、人は威に打たれるものである、と諭したわけ。これに対して儒者は、本章についていろいろ言っている。

古注
古注 何晏
由子路也呼子路語之也云夫知徳之人難得故為少也王肅曰君子固窮而子路慍見故謂之少於知德者也按如注意則孔子此語為問絶糧而譏發之者也
由は子路也。子路を呼ぶの語之れ也。云うは夫れ徳を知る之人得難きなり、故に少しと為す也。王粛曰く、君子固より窮り而、子路慍みて見ゆ。故に之の徳を知るに於けるや少なきを謂う者也。按じて如し意を注がば、則ち孔子の此れ、糧の絶え而みだる之問いを為すを語る者也。(『論語義疏』)

古注は、要するに本章も前からの続きで、兵糧攻めに遭って怒った子路に、「そうやって怒り出すお前は徳が少ないな。徳のない世間の有象無象と同じだ」と孔子が言ったと解している。

新注
朱子
鮮,上聲。由,呼子路之名而告之也。德,謂義理之得於己者。非己有之,不能知其意味之實也。自第一章至此,疑皆一時之言。此章蓋為慍見發也。
鮮は上声なり。由は子路之名を呼に而之に告ぐる也。徳は、義理之己於得たる者を謂う。己に之れ有るに非ざらば、其の意味之実を知る能わ不る也。第一章自り此に至りて、皆一時之言なるを疑う。此の章、蓋し慍り見えて発れを為す也。(『論語集注』)

新注は「衛霊公篇の冒頭から本章まで、これは一時の勢いで言ってしまった言葉だろう」と言っており、子路即ち脳味噌筋肉説を取らないだけましだが、徳=義理を得たこと、と解している。義理は孟子の時代になって現れる言葉で、論語にさかのぼって当てはめてはならない。

『論語集釋』には、論語の本章について儒者がどうでもいい議論を展開しているのを、半ばからかうように引用している。儒教帝国がひとまず滅んで、民国初期に書かれただけあって、こういう批判精神は面白い。以下訳文のみ示す。

韓愈
唐代の大儒・韓李↑(韓愈)の『論語筆解』にはこう書いてある。「この句は簡の順序がおかしい。”子路慍見”の直後にあるべきで、そう読んだ方が一段とわかりやすい。」

対して金儒・王若虚の『論語弁惑』にはこうある。「徳を知る者はすくなし、この句を語るものはみな、”子路慍見”から出た言葉だと言い張るが、デタラメだ。間に子貢との”多学”の一章が挟まっており、つまり話は一旦そこで途切れている。どうして子路の話と同時だと言えるのか?

『史記』孔子世家を参照すると、”多学”の上に”子貢色をなして”と書いてある。だから本章も、誰かさんが怒ったのに対する孔子の反論だ、と勝手に言い出す儒者が出たわけだ。

あーあ。経典を読むならまず、本文を尊重してはどうか。如何わしい伝記の類を根拠に、経典の本文をいじくり回すのは、要するに目立つようなことを言って、得意がりたいだけである。」

「嗚呼! 解経不守其本文而信伝記不根之説」。唐宋八大家=中国古典復興の祖と讃えられる韓愈でさえ、ボロクソにこき下ろされている。だが批判されない説は無名の説でしかない、というのが本当のところで、韓退之センセイだからこそ、こうしたやり玉に挙がったわけ。

金は華北を支配して南宋と対峙した女真人の王朝だが、儒教はやや不遇だった。道教の一派である全真教が興り、のちにチンギス=ハーンの尊崇を受ける長春真人などの俊才が活躍していたこともある。だがそれゆえに、自由な批判精神を許されたのかも知れない。

対して南宋の儒者は朱子を筆頭に、まだ目が覚めなかった。儒者は高慢ちきゆえに北宋を滅ぼした。全真教の勃興は、儒者の高慢ちきに世間がうんざりしたことの反映でもある。そして宋儒はひたすら黒魔術と派閥抗争に明け暮れた挙げ句、南宋をも滅ぼすに至るのである。

* * *

以上、好事家でない方には退屈なことを書き連ねてしまった。本章もまた兵糧責めの最中の言葉として解してもいいが、その場合は迫る死を目前にした言葉だけに、現代にも通用する原則が含まれている。

人は外見や言動だけで判断できない、ということ。多くの場合、人をそれらで判断してもかまわないが、例えば弱く見えるからと言って、人をいじめ抜いていいわけではない。かたきの寝ている最中に、窓から火炎瓶を投げ込むという徳=機能は、ほとんどの人間に備わっている。

また自分の欲得に目が眩んで、下らない人間を高く持ち上げてしまうことも人にはある。そうでなくては恋愛は出来ないが、結婚して豹変する異性は少なくない。人はありのままの相手の姿を自分の欲で見誤る。見破ってばかりはいられないが、間違いやすいと知ることは出来る。

雑な知識は溜めるだけ邪魔だが、視野を広くすることに弊害は無いものだ。

『論語』衛霊公篇:現代語訳・書き下し・原文
スポンサーリンク
九去堂をフォローする

コメント

タイトルとURLをコピーしました