論語098公冶長篇第五(6)道行われず

論語公冶長篇(6)要約:思うように政治工作がはかどらず、嫌気のさした孔子先生。海外に出てしまおうかと口にします。冗談ではあってもお供に指名された最古参の弟子・子路が喜びますが、そんな子路にさらに冗談を言う先生でした。

論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

子曰、「道不行、乘桴浮於海、從我者、其由與。」子路聞之喜。子曰、「由也好勇過我、無所取材。」

書き下し

いはく、みちおこなはれず、いかだつてうみうかばむ。われしたがものいう子路しろこれいてよろこぶ。いはく、いうゆうこのむことわれぎたるも、ざいところしと。

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 孔子 論語 子路
先生が言った。「原則ある政治が行われない。いかだに乗って海に浮かぼう。私に従う者は由(子路)だろう」。子路がそれを伝え聞いて喜んだ。先生が言った。「由は勇気を好む事私以上だが、木材を得る場所がない。」

意訳

論語 孔子 悩み
孔子「あーあ。ひどい世の中だ。いかだに乗って外国へ行ってしまおう。付いてくるのは子路かな?」子路はこのつぶやきを伝え聞いて喜んだそうだ。そこで言った。

論語 子路 喜び
「子路は私以上の武芸者だが、さていかだの材料をどうしよう?」
論語 筏Photo via https://pixabay.com/ja/

従来訳

 先師がいわれた。――
「私の説く治国の道も、到底行われそうにないし、そろそろいかだにでも乗って海外に出ようと思うが、いよいよそうなった場合、私について来てくれるのは、ゆうかな。」
 子路はそれをきいて大喜びであった。すると先師がまたいわれた。――
「ところで、ゆうは、勇気を愛する点では私以上だが、分別が足りないので、いささか心細いね。」

下村湖人『現代訳論語』

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

桴(フウ)

論語 桴 金文大篆 論語 桴
(金文)

論語の本章では”木製のいかだ”。『大漢和辞典』の第一義は”棟木”。竹製のいかだは筏と書く。

『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、「木+〔音符〕浮の略体」で、木を組んで水に浮かべるいかだ、という。また打楽器のばちも意味し、その場合は「木+〔音符〕孚(手でかばって持つ)」で、手でもつばち、という。

無所取材

論語の本章では、”材木を取る場所がない”。従来の論語本では従来訳のように、材を子路の性質とし、「材の取る所無し」と読み、”とりえがない”と解する。しかしここでは桴とあることに注目し、材をいかだの材料と解した。

また別の解釈として、「所無くして材を取る」と読み、”どこでも材木を調達できる”とも解せるが、今回は採用を見送った。

論語:解説・付記

論語 子路 あきれ
三国志の張飛同様、儒者も多くの論語読者も、子路は少し頭が足りないように見たがる。そこで従来訳のように書きたがるのだが、根拠はどこにもない。この点珍しく吉川本は、「いったいどこで、そうした大きないかだをつくる材料をとって来るというのかね」と訳している。

子路はこの公冶長篇を含む、論語の前半に影響力の強い曽子・有若にとって煙たい存在だった。一番早く入門した先輩であり、曽子らが不得意とした政治の才を孔子に評価され、武芸の達人だった。恐らく彼らは、伝統的な論語本のような読みを、本章の言葉で行っただろう。

子路は子貢と異なって、隣国の内乱に巻き込まれ孔子より早く世を去ったので、自分の派閥を残さなかったが、存命中は孔子一門の政治派の重鎮であり、曽子や有若とは折り合いが悪かったはず。そうした政治派嫌いは、論語の前半では徹底しており、派閥争いの強さを物語る。

論語 子路 喜び
しかし子路は論語や史料を読む限り、努めて善政を行った孔子のよき理解者であり、孔子の政治論を実践してのけた、頼もしい孔子の同志であったことに違いは無い。孔子ははっきりとは言っていないが、子路は論語で最高の徳とされる仁に、顔回を除き最も近かったと思われる。

論語子路篇27にある「剛毅木訥ゴウキボクトツ」とは、木訥=寡黙に目をつぶると、子路にふさわしい言葉だからだ。孔子の教説には至る境地に段階があり(論語雍也篇21)、子路は性格が真っ直ぐで勇気にも優れていたから、教説の高い境地にいたと考えて間違いない。

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