論語詳解247郷党篇第十(13)うまややけたり°

論語郷党篇(13)要約:孔子先生の人柄を示した有名な一節。留守中に火事があり、先生は人のやけどを心配しましたが、財産である馬を気にかけませんでした。それは人身御供を廃れさせた、周の文化を好んだ事とも一致していました。

このページの凡例

論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

廄焚。子退朝曰、「傷人乎。」不問馬。

復元白文

厩 金文焚 金文 子 金文退 金文朝 金文 曰 金文 刅 金文人 金文乎 金文 不 金文問 金文馬 金文

※傷→刅。

書き下し

うまやけたり。てうより退きていはく、ひとそこなへると。うまはず。

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 孔子 水面
先生が出勤中、うまやが火事になった。先生が朝廷から戻ってきて言った。「けが人はなかったか。」馬については問わなかった。

意訳

同上

従来訳

論語 下村湖人

先生の馬屋が焼けた。朝廷からお帰りになった先生は人にけがはなかったか、と問われたきり、馬のことは問われなかった。

下村湖人『現代訳論語』

現代中国での解釈例

馬廄燒了。孔子退朝回來,問:「傷人了嗎?」不問馬的情況。

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馬小屋が焼けた。孔子は朝廷を下がって戻り、問うた。「人に怪我をさせたか?」馬の様子は問わなかった。

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

退 、「 。」


廄(キュウ)

論語 廄 金文大篆
(金文大篆)

論語の本章では”うまや”。論語では本章のみに登場。初出は春秋末期の金文。カールグレン上古音はkǐu(去)。

『学研漢和大字典』によると「廄」は会意兼形声文字で、皀(キュウ)は、ごちそうを盛った姿に、匕印のフォークを添えた形。殳は動詞の記号。二つをあわせて食事を与えることを示す。廏はそれを音符とし、广(いえ)をそえた字で、馬に食事を与える馬屋。▽一説に糾合の糾(キュウ)(集める)と同系で、馬を集めて飼う所と解する、という。異体字として廐・厩があるが、意味は同じ。詳細は論語語釈「厩」を参照。

貴族階級の屋敷には、馬小屋があった。出かける時には車に乗るから、必需の設備だった。

伝統的な中国家屋・四合院 via https://ja.pngtree.com/

焚(フン)

論語 焚 甲骨文 論語 焚 金文
(甲骨文・金文)

論語の本章では”火事”。論語では本章のみに登場。

初出は甲骨文。カールグレン上古音はbʰi̯wən(平)。『学研漢和大字典』によると会意文字で、「林+火」。林が煙をふきあげてもえることを示す。噴(ふき出す)と同系のことば。類義語の焼は、煙やほのおが高くのぼってもえること。燔(ハン)は、火の子がとび散ってやけること。燎(リョウ)は、ずるずると連なってもえること。燃は、熱を出してもえること、という。詳細は論語語釈「焚」を参照。

論語関係で火事と言えば、哀公三年(BC492)に公宮で火事があり、かつて孔子と共に周の都・洛邑に留学した孟孫氏当主の弟・南宮敬叔が、火消しとして奮戦した記録が『春秋左氏伝』にある。この時孔子は60歳で国外に放浪中だったが、「きっと焼けたのは桓公・僖公の廟だろう」と言って千里眼を発揮したと記されている。

なお同年、かつて洛邑で孔子に音楽を教えたという周の大夫・チョウ弘が、政変に遭って殺されている。事実とすればものすごい長命である。

論語 朝 甲骨文 論語 朝 金文
(甲骨文・金文)

論語の本章では”朝廷”。詳細は論語語釈「朝」を参照。

論語時代の朝廷は、まだ薄暗い早朝と、夕方に朝議を開いた。論語の本章が朝夕どちらかはわからないが、夜の火事となると大事なので、朝ではなかったかと訳者は想像している。

刅 金文
「刅」金文

論語の本章では”傷付ける”。

初出は戦国文字。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はɕi̯aŋ(平)で、同音は商、賞、湯、傷と旁を同じくする漢字群、殤”若死に・そこなう”、觴、禓”道の祭・追儺”。

日本語で同音同義に刅があり、創傷の創tʂʰi̯aŋ(平/去)の古形とされる。初出は西周早期の金文。』論語の時代の置換候補となる。詳細は論語語釈「傷」を参照。

論語:解説・付記

上掲の検証通り、論語の本章は史実と言って良い。ただし定州漢墓竹簡論語には記述が無い。紅衛兵が竹簡を滅茶苦茶にしたとき失われてしまったのか、そもそも前漢宣帝期には本章は無かったか。後者なら前漢後半から後漢にかけての創作となるが、そうは考えがたい。

儒者がこのような作文をして、どんな得があるのか不明瞭だからだ。恐らく論語の本章は、定州論語には無かったのだが、その後発見された古記録から、孔子の真面目を伝える話として取り込まれたのだろう。やはり現伝論語の成立は、後漢まで下ると見るべきだ。

ただし、『孔子家語』など孔子の別伝の類に、本章の話を見たことがない。一体どのような経緯から採取され、論語に取り込まれたかまでを明らかにせねば、所詮訳者の思い付きに過ぎない。諸賢にはその当たりの事情をくみ取って頂けると幸いである。

さて論語の本章は、時期的にはおそらく孔子が魯国の政権中枢にいた、五十代初め頃のことだろう。下記するように放浪から帰った後は、左遷されて困窮し、馬も飼えなかったことが知れるのが理由。また本章は、孔子の人道主義を物語る話として論語の中でも有名。

すでに記した話で恐縮だが、「周は二代に鑑みて、郁郁乎として文なるかな。吾は周に従う」(論語八佾篇14)と孔子が言ったのは、前代の殷と違って人身御供をしなかったからで、本章もそれに沿っている。ただし例の笑い話集『笑府』では、遠慮無くからかっている。

論語 笑府 馮夢竜
一道學先生在官時。馬廄焚。童僕共救滅之。回報。道學問之曰傷人乎。對曰幸不傷。但馬尾燒𨚫了此。道學大怒。責治之。或請其罪。曰豈不聞孔子不問馬。如何輙以馬對。
(巻二 不問馬)

ある儒者先生が出勤中、うまやが火事になった。屋敷の者が総出で消火し、何とか鎮火した。儒者先生が帰ってきて
先生「けが人はなかったか?」
弟子「幸いにも出ませんでした。でもご覧の通り、馬のしっぽが焼けてしまいました。」
先生「馬鹿者! 孔子先生が馬を問いたまわなかったのを知りながら、なんでしっぽのことまで言うんだ! 仁者になり損なったじゃないか!」

論語 吉川幸次郎
なお吉川本によると、「人を傷つけたる乎不(やいなや)、馬を問う」と読んで、馬のことも聞いたとする説があるという。古注にも新注にも見えない説で、吉川は陸徳明の『釋文』荻生徂を引いているだけ。「ただしこの読み方は、祖述者が少ない」と記すのみ。

服部宇之吉
なお戦前の日本漢学界の大馬鹿者である服部宇之吉も、そのように講釈している。馬鹿だからこそ出来る猿真似で、先秦の漢文で、乎不やいなや」などという奇天烈な文例は、ただの一つも見つからない

なお服部を馬鹿と断じる証拠は色々あるが、例えば同じ「乎不」を論語微子篇では、「ざることを」と読んでいることだ。新注の「以,用也。大臣非其人則去之,在其位則不可不用。」をここでも猿真似しているわけだが、同じ文字列をなぜ別に解したか、まるで説明していない。
國譯漢文大成『論語』

服部が馬鹿で何が困ると言われそうだが、傘張り浪人が破れ長屋で子供に素読を教えているのとは違うのである。従四位勲三等帝大総長サマがこんなデタラメを書くから、日本人は中国人を舐めきって、破滅的な敗戦への口火を切った。こやつの罪は万死に値する。

話を本章に戻せば、確かに馬は現在でも高価だし、当時の「六畜」のトップに数え上げられてもいる。他の家畜と違って気むずかしいから、専任の馬丁も雇わなくてはいけない。

これが北方遊牧民やコサックのように、子供の頃から馬に慣れ親しんでいれば、一人で何頭もの馬を世話するのはわけのないことだったろうが、農耕地帯の、それも論語時代の華北ではそうもいかない。閑職に追いやられた晩年の孔子は、馬も飼えなかったことが論語にある。

私も落ちぶれたものだ。これでは車も馬もない下っ端同然ではないか。馬さえ居れば車は借りられるが、その馬すら今は居ない。やれやれ。(論語衛霊公篇26)

最後に、新古の注を記しておく。

古注『論語集解義疏』

廐焚子退朝曰傷人乎不問馬註鄭𤣥曰重人賤畜也云子退朝者自魯之朝來歸也疏廏焚至問馬 云廏焚者廏養馬之處也焚燒也孔子早上朝朝竟而退還家也少儀云朝廷曰退也云曰傷人乎不問馬者從朝還退見廏遭火廐是養馬處而孔子不問傷馬唯問傷人乎是重人賤馬故云不問馬也王弼曰孔子時為魯司冠自公朝退而之火所不問馬者矯時重馬者也

本文「廐焚子退朝曰傷人乎不問馬」。
注釈。鄭玄「人を大切にして、家畜を下に見たのである。”子退朝”とは、魯の朝廷から下がって、という意味である。」

付け足し。馬小屋が焼けて馬を問う窮極である。「廏焚」とあり、廏とは馬を飼う場所である。焚とは焼けることである。孔子は早朝に朝廷へ出仕し、朝廷が引けてから家に帰ったのである。

礼記の少儀篇に言う。「朝廷から下がるのを退と言う。」

「曰傷人乎不問馬」とあり、朝廷から下がってきた所、馬小屋が焼けているのに出くわしたのである。廐とは馬を飼う所である。孔子は馬が傷ついたかは聞かず、ただ人に怪我が無かったかだけを問うた。これは人を尊んで、馬を低く見たのである。だから「不問馬」とあるのである。

王弼「この時孔子は魯の大法官であり、朝廷から下がって火事に赴き、馬を問わなかった。これは当時の者が馬を大事に扱いすぎるのをたしなめたのである。」

新注『論語集注』

非不愛馬,然恐傷人之意多,故未暇問。蓋貴人賤畜,理當如此。

馬を惜しまなかったのではない。しかし人の怪我があまりに心配で、だから馬のことを問う余裕が無かったのだ。人を尊び家畜を尊ばない道理は、まさにこの通りである。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。もし長生きしたいなら、悪いことはせぬものだ。それでもやるなら、覚悟致せ。

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