論語詳解355憲問篇第十四(23)子路君につかえるを*

論語憲問篇(23)要約:君主に仕える道を問う弟子の子路。孔子先生はどぎつい言葉で、「だますな、ただし間違いはズケズケ言え」と教えます。世の中には名君ばかりではありません。子路なら間違いを指摘できると期待したのでした。

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論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

子路問事君、子曰、「勿欺也、而犯之。」

書き下し

子路しろきみつかふることをふ。いはく、あざむくことなりしかうしてこれおかせ。

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 子路 論語 孔子
子路が君主に仕える心得を問うた。先生が言った。「だますことがないように。そして強く諌めろ。」

意訳

論語 子路8 論語 孔子 波濤
子路「君主に仕えるには。」
孔子「だますな、そしてズケズケ言え。」

従来訳

論語 下村湖人

子路が君に仕える道をたずねた。先師はいわれた。――
「いつわりのないのが先ず第一だ。そして場合によっては面を犯して直言するがいい。」

下村湖人『現代訳論語』

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勿(コツ)

論語 勿 金文 論語 勿 解字
(金文)

論語の本章では、”~するな”。『学研漢和大字典』によると象形文字で、さまざまな色の吹き流しの旗を描いたもの。色が乱れてよくわからない意を示す。転じて、広く「ない」という否定詞となり、「そういう事がないように」という禁止のことばとなった。昒(コツ)(暗くて見えない)・忽(コツ)(心がぼんやりして、よくわからない)と同系のことば、という。

欺(キ)

論語 欺 金文大篆 論語 孔子
(金文大篆)

論語の本章では、”だます”。初出は後漢の『説文解字』で、論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はkhi̯əɡで、同音に僛”酔って舞う”・起・杞(国名)・屺”はげ山”・芑”白い穀物”。『学研漢和大字典』による原義は、いかつい顔をして人を威圧すること。

論語 犯 金文大篆 論語 犯 篆書
(金文・篆書)

論語の本章では、”ずけずけ間違いを指摘すること”。初出は戦国文字で、論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はbʰi̯wămで、同音に凡とそれを部品とする漢字群、范”草の名、昆虫のハチ、鋳型”、範。語義を共有する文字は無い。

『学研漢和大字典』によると、犬がわくを破ってとび出すこと、という。一方『字通』では、犬(獣)+はん。㔾はがうつぶせに伏している形。字形のままに解すれば、人が獣を犯す意となるが、㔾はその姿勢のものを示すとみてよい、という。

論語 古注 何晏 論語 朱子 新注
儒者の注釈を参照すると、古注では、「まさく顔色を犯して諌め争うべき也」(君主の顔色を見ないでズケズケ間違いを指摘すべきである)と言い、新注では「犯は顔を犯して諌め争うを謂う」(顔色が不機嫌になろうと、ズケズケと間違いは指摘して争うことだ)と言っている。

詳細は論語語釈「犯」を参照。

論語:解説・付記

武内本は本章について、「此章子張篇第十章信ぜられて後諌むというと同」という。

君主をだますな、は常識的に理解できるが、「犯せ」は、あたかも獣●を犯すが如き畏れ多い行為だったのだろう。新注ではまた子路を筋肉ダルマ扱いして、「子路にとってズケズケ言うのは簡単だが、だまさないのは難しい。だから孔子はだますなと言ったのだ」と言う。

孔子の念頭には、今まで仕えたことのあるバカ殿があった。

論語 定公 論語 孔子
もし君主が有能で、臣下がそれに逆らわないなら、大いに結構です。しかし君主が無能なのに臣下が逆らわないなら、ただ一言で邦を滅ぼすに近くないでしょうか。(論語子路篇15)

この定公に対して、孔子がずけずけものを言ったかは分からない。ただ定公は、孔子がやり過ぎで貴族からも民衆からも嫌われた時、孔子をかばおうとはしなかった。春秋時代に限らず、平均的な君主というものはそんなものだが、孔子は君主に対して過度に期待する癖があった。

社会の底辺から成り上がれば、そうなっても無理はない。しかし亡命してきた孔子を温かく迎え入れ、仕事も与えないのに現代換算で111億円もの年俸を与えた衛の霊公を、孔子は「無道だ」と言っている(論語憲問篇20)。そればかりか、裏で政治工作に励んだ形跡すらある。

論語 斉桓公 論語 管仲
孔子が理想とした君臣関係は、賢臣を見いだして全てを任せ切った、斉の桓公と管仲のコンビだった。鷹揚な桓公は、管仲が何を言っても”善きに計らえ”で済ませた。従って論語の本章は、孔子が魯国を追い出される前の、五十代前半の言葉で、子路が季氏に仕える直前だろう。

おそらく痛い目に遭った後では、言うことが違っている。

論語 孔子 ぐるぐる
国の政治がまともなら、言葉も行動も厳しく慎んでいればいいが、まともでないとなると、行動だけ慎んで、言葉はその場の雰囲気に合わせろ。さもないとひどい目に遭うぞ。(論語憲問篇4)

この憲問篇の言葉も本章同様、短いから孔子の肉声と考えてよいが、痛い目に遭った経験がないと、なかなか言えることではない。一部期待されるように、論語は終始一貫した論理でまとまっておらず、時系列も背景も違う雑多な言葉の集合体で、このような矛盾もあり得る。

孔子は古代人にしては希有なほど、情調が安定した人柄で、だからこそ弟子に慕われたのだが、そこは人間で、場面や年齢に応じて言うことが違う。後世になって論語に付け足された孔子伝説のたぐいはなおさらで、本当に孔子が言ったとは思えない言葉さえある。

論語の本章はその懸念が少ないが、年齢による言っている事の相互矛盾は避けられない。しかし現代の論語読者としては、矛盾も孔子の成長記録だと考えた方がいい。孔子は生涯学び続けた人で、成長し続けた人生を送った。そんな孔子の生の姿を、本章は垣間見せている。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶった○る。覚悟致せ。

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