論語:原文・書き下し
原文
子曰、「其言之不怍、則*爲之也難*。」
校訂
武内本
清家本により、則の下其の字を補う。唐石経、其の字なく、難也を也難に作る。後漢書皇甫規伝引其の字あり、此本(=清家本)と同じ。
定州竹簡論語
……「其言之不乍a,則□之也難b。」386
- 乍、今本作”怍”。
- 則□之也難、阮本作”則爲之也難”、皇本作”則其爲之難”、高麗本作”則其爲之難也”。
→子曰、「其言之不乍、則爲之也難。」
復元白文(論語時代での表記)
※論語の本章は、「則」の用法に疑問がある。
書き下し
子曰く、其の言之乍めざるは、則ち之を爲す也難し。
論語:現代日本語訳
逐語訳
先生が言った。「言った言葉に”それは間違っている”と言われないようでは、実現するのは難しい。」
意訳
「それは違う」と反論されないような提案では、実現しないぞ。
従来訳
先師がいわれた。―― 「恥かしげもなく偉らそうなことをいうようでは、実行はあやしいものである。」
下村湖人『現代訳論語』
現代中国での解釈例
孔子說:「說話大言不慚,做起來就難了。」
孔子が言った。「法螺を吹いて恥じないようでは、実現は難しい。」
論語:語釈
怍(サク)→乍
(金文大篆)
論語の本章では、”顔色が変わるぐらい強く後悔すること”。ただしこれは後漢儒者による勝手な改造。
『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、乍(サク)・(サ)は、ざくと切れめを入れたさまを描いた象形文字で、短切な動作を起こす意を含む。作の原字。俊は「心+〔音符〕乍」で、心中にざくと切りこみを入れたように、強いショックを起こすこと、という。詳細は論語語釈「怍」を参照。
儒者の注釈は以下の通り(論語憲問篇21注釈)。例によって根拠が書いてない。
古注『論語集解義疏』
馬融曰怍慙也內有其實則言之不慙積其實者為之難也
馬融「怍は慙である。中身が充実していない嘘つきは、言葉と顔に必ず恥じる様子がある。中身が充実している人は、顔色に恥がないようなものだ。」
新注『論語集注』
大言不慚,則無必為之志,而不自度其能否矣。欲踐其言,豈不難哉?
大法螺を吹いて恥じないのは、必ず実行しようとする志がないのだ。そのくせ自分に出来るかどうかも考えない。言ったことを実践しようと思うなら、どうして難しいことがあろうか。
「乍」は人を呼び止める声で、とがめの声。従って「其言之不乍」とは、”とがめられることの無い発言”。詳細は論語語釈「乍」を参照。
則(ソク)
(甲骨文)
論語の本章では、”~の場合は”。初出は甲骨文。字形は「鼎」”三本脚の青銅器”と「人」の組み合わせで、大きな青銅器の銘文に人が恐れ入るさま。原義は”法律”。論語の時代=金文の時代までに、”法”・”則る”・”刻む”の意と、「すなわち」と読む接続詞の用法が見える。詳細は論語語釈「則」を参照。
論語:付記
(思案中)
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