論語318子路篇第十三(16)葉公政を問う

論語子路篇(16)要約:孔子先生にとって、南方での政治工作の大事なパートナー、葉公ショウコウ。政治の鬼でもあり知識欲も旺盛で、先生に政治のコツを尋ねます。先生は葉公の立場を見て、それに最も適した答えを、簡潔に返したのでした。

論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

葉公問「政」。子曰、「近者說、遠者來。」

書き下し

葉公せふこうまつりごとふ。いはく、ちかものよころばし、とほものきたす。

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

葉公が政治を問うた。先生が言った。「近い者を喜ばせ、遠い者を招き寄せることです。」

意訳

南方の大国・楚は、国内がさらに大領主の領地に分割された国だった。その領主の一人、葉公が、政治を問うたので孔子が答えた。
「領民を喜ばせ、領地外の民も慕い寄ってくるような善政をしきなされ。」

従来訳

葉公が政道についてたずねた。先師はこたえられた。――
「領内の人民が悦服すれば、領外の者も慕って参りましょう。」

下村湖人『現代訳論語』

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

葉公

論語 葉公

論語の本章では、楚の王族で、大領主であり、楚国政界の大立て者。当時の楚は呉との抗争に明け暮れ、一度は都を占領されて滅びかかったこともあったが、何分にも領土が広いので持ち直し、まあまあ名君の昭王を補佐した。亡命王族の再受入などで洞察力を発揮し、名臣と言われる。

ただし忠臣だったかどうかは定かでなく、政治的に必要とあらば王でもあっさり見放した。その分政治の鬼とは言えるが、あまり人好きのする人物ではない。昭王が変死した事件にも、何等かの関わりがあると見るべきだろう。

そもそも孔子一門と付き合っている時点で、何かの企みがあったと言うべき。一方孔子にとっては南中国の政治工作では欠かせない人物で、論語でも子路が行き来する(論語述而篇18)など、密接な関係があったことが伺える。

なお葉公は龍が大好きで、屋敷のおちこちに描いて嬉しがっていたが、そんなに好きなら会いに行ってやろうという事で、龍が屋敷に現れると、腰を抜かして怖がったという伝説がある。もっとも龍とはヨウスコウワニのことかもしれず、伝説と斬って捨てるにはもったいない。
論語 ヨウスコウワニ

說(説)

論語の本章では音が通じる「悦」に同じ。喜ぶこと。

論語:解説・付記

論語の前章と比較して頂きたいが、まじめに政治の話をするなら孔子はこのように簡潔に、的の中心を射貫くように言う。それも当然で、上記の如く孔子にとって葉公は、何やら後ろ暗いことまで含めた政治的な同盟者であって、歌舞伎の真似などしている場合ではなかった。

領民に善政をしけというのは当たり前の理屈だが、遠くまで懐かせろと言うのは評判になれということではなく、流入してくる人口によって領地の政治経済軍事力を増せという、極めて現実的な政治論。当時の領民には移動の自由があり、君主が阻止しようとしても出来なかった。

それは技術的制約からだが、同じく技術的制約として、エンジンのない古代では人とは国力そのもので、医学も未発達だから領民だけをタネにちまちま人口を増やそうとしても合理的ではない。従って時にはいくさに訴えて、隣国から民を拉致するように連れてくることもあった。

葉公は『左伝』などを読む限り、自分が楚王になろうとはしなかったが、領地を繁栄させたいとは思っただろう。楚国はいわば周の縮小版で、国王の元に諸侯に当たる大領主が割拠しており、時には互いに戦争までしたから、葉公の悩みは諸侯とあまり違わない。

楚王になろうとすればなれただろうが、ならなかったのは王のそばで政治を補佐して、国王とはそんなに楽しいものではないと思っていたからだろう。周王が諸侯の増長に困っていたように、楚王もまた困っていたのだから。

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