論語:原文・白文・書き下し
原文・白文
子曰、「鄕原*、德之賊也。」
校訂
武内本
鄕原、中論考偽篇鄕愿に作る、愿とは善也。
復元白文(論語時代での表記)






※論語の本章は、也の字を断定で用いている。本章は戦国時代以降の儒者による捏造の可能性がある。
書き下し
子曰く、鄕原は德之賊ひ也。
論語:現代日本語訳
逐語訳

先生が言った。「田舎の道徳的指導者は、人格形成の邪魔になる。」
意訳

田舎の大将を相手にするな。ろくでなしになってしまうぞ。
従来訳
先師がいわれた。――
「郷党のほめられ者の中には、得てして、道義の賊がいるものだ。」下村湖人『現代訳論語』
現代中国での解釈例
孔子說:「老好人是敗壞道德的人。」
孔子が言った。「誰にも好かれる円満人は、道徳をダメにする人だ。」
論語:語釈
鄕(郷)原

(金文)
論語の本章では、”田舎の指導者”。「郷」が”さと・いなか”を意味することについては異論が無いだろうが、「原」とは何か、は少々古漢字の知識が要る。
「原」ŋi̯wăn(平)の音は、”原っぱ”と”山水の湧き出るところ”の二系統の意味を表した。つまり太古の中国人は、水飲み場と狩り場が一緒だったわけだ。漢字の歴史的には、むしろ”原っぱ”の方が古いようで、甲骨文から出土する「邍」ŋi̯wăn(平)は、獲物とそれをワナで捕らえる狩りの模様を描くことで、”原っぱ”の意を表した。

一方「原」は時代がはるかに下り、初出は西周末期の金文で、崖の隙間から水が湧き出ている模様を表して、”山水の湧き出るところ”つまり”水源・みなもと”を意味するようになった。「原」は”原っぱ”の意にも使われるようになったのは、後世の仮借である。

従って「郷原」とは、”田舎で道徳の元締めになってる人物”の意であり、孔子ももちろんその意味で論語の本章を語っている。ところが「原」→”原っぱ”のような語義の混用が横行すると、もう誰にもワケが分からなくなり、儒者どもがこぞってデタラメを書き連ねた。
また「原」の類義語に「愿」があり、「願」の意にも転用されているが、もとは「心」が「原」=”始まりのさま”であること、すまり素朴で素直なことを言った。それを知らぬ後世の儒者は、論語の本章の「原」を「愿」と書き換えたまでは良いのだが、”もの柔らかだが融通が利かない人”(『学研漢和大字典』)と注を付けたのは、儒者のデタラメの一例である。
従来の解釈では、孟子による”田舎の調子の良い偽善者”という定義が古来通用している。これも無論デタラメだ。武内本によると、「一鄕の人に皆善しと称せらる、八方美人を鄕原という也」と言い、たぶん孟子のパクリだが、何が典拠がはっきりしない。
それより「原」をカールグレン上古音ŋi̯wăn(平)の同音同調、「黿」”イモリ”と解した方が分かりやすい。上品な言葉ではないが、郷”田舎”と合わせて、”田舎の虫けら”という罵倒である。田舎で小ずるい道徳を語る奴は、しょせん虫けらに過ぎない、と孔子は言ったのだ。
「郷」の原義は、中心となる城郭都市と、周囲の農地その他生産活動に供する地面のセットをいい、高校世界史教科書で「ヨーロッパ中世の荘園」として描かれる風景によくあてはまる。春秋時代の身分制度では、領主貴族=大夫のうち、「郷」単位の領地を持つ者を「卿」といった。「卿」は「郷」と当時は書き分けられず、音も同じである。

字形は、メシ茶碗いっぱいに盛っためしを複数人がとりかこんでいる姿で、宴会を供にする人間集団を言う。詳細は論語時代の身分秩序を参照。
德

(金文)
初出は甲骨文。新字体は「徳」。『学研漢和大字典』によると、原字は悳(トク)と書き「心+(音符)直」の会意兼形声文字で、もと、本性のままのすなおな心の意。徳はのち、それに彳印を加えて、すなおな本性(良心)に基づく行いを示したもの、という。しかし『字通』によれば目に濃い化粧をして見る者を怖がらせ、各地を威圧しつつ巡回すること。ここから日本語で「威に打たれる」と言うように、「徳」とは人格的迫力のことだ。詳細は論語における「徳」を参照。
賊

(金文)
論語の本章では”損なうもの・ダメにするもの”。初出は西周末期の金文。『学研漢和大字典』による原義は、武器で財貨を脅し取るさま。詳細は論語語釈「賊」を参照。なおなぜイカがカラスの賊なのかは、『広東新語』現代語訳を参照。
論語:付記
論語の本章の主題である「郷原」についての、孟子の定義は以下の通り。
萬章問曰:「孔子在陳曰:『盍歸乎來!吾黨之士狂簡,進取,不忘其初。』孔子在陳,何思魯之狂士?」
孟子曰:「孔子『不得中道而與之,必也狂獧乎!狂者進取,獧者有所不為也』。孔子豈不欲中道哉?不可必得,故思其次也。」
「敢問何如斯可謂狂矣?」
曰:「如琴張、曾皙、牧皮者,孔子之所謂狂矣。」
「何以謂之狂也?」
曰:「其志嘐嘐然,曰『古之人,古之人』。夷考其行而不掩焉者也。狂者又不可得,欲得不屑不潔之士而與之,是獧也,是又其次也。孔子曰:『過我門而不入我室,我不憾焉者,其惟鄉原乎!鄉原,德之賊也。』」
曰:「何如斯可謂之鄉原矣?」
曰:「『何以是嘐嘐也?言不顧行,行不顧言,則曰:古之人,古之人。行何為踽踽涼涼?生斯世也,為斯世也,善斯可矣。』閹然媚於世也者,是鄉原也。」
萬子曰:「一鄉皆稱原人焉,無所往而不為原人,孔子以為德之賊,何哉?」
曰:「非之無舉也,刺之無刺也;同乎流俗,合乎汙世;居之似忠信,行之似廉潔;眾皆悅之,自以為是,而不可與入堯舜之道,故曰德之賊也。孔子曰:『惡似而非者:惡莠,恐其亂苗也;惡佞,恐其亂義也;惡利口,恐其亂信也;惡鄭聲,恐其亂樂也;惡紫,恐其亂朱也;惡鄉原,恐其亂德也。』君子反經而已矣。經正,則庶民興;庶民興,斯無邪慝矣。」

孟子の弟子・萬章「孔子は陳に居たときに言いましたよね、『さあ帰ろう、我が一門の志士は狂で荒削りだ。やる気は十分あり、初心を忘れていない』と。孔子は遠い陳に居て、なぜ狂士を思ったのですか?」
孟子「孔子は言った。『中道を心得ないで革命を目指すと、必ず狂か獧(へそ曲がり)になる。狂者にはやる気があり、獧者は気に入らないことを絶対にしない』と。孔子が中道に立ちたがったのは間違いない。だがそれが出来ないから仕方なく、その次の狂や獧を思ったのだ。」
萬章「どんな人を狂者と言うのですか?」
孟子「琴張や、曾皙や、牧皮のような連中だ。」
萬章「どうして狂者なのですか?」
孟子「志が鳥が騒ぐように大げさで、二言目には「昔の人は、昔の人は」と言い回るからだ。冷静になって彼らの行いを考えてみると、言っている事とやっていることが全然違う。狂者は中道に生きることが出来ないものだから、潔癖症の連中とつるみたがる。」
孟子「…その潔癖症の連中が獧で、狂者よりも一段落ちる。しかしいさぎよいだけまだましだ。だから孔子は言ったのだ。『我が家の門を素通りして部屋までやってこなくとも、全然惜しくない連中を、郷原という。郷原こそが人格を高める邪魔をするのだ』と。」
萬章「どういった者を郷原というのですか?」
孟子「孔子は狂獧について言った。『なぜ鳥が騒ぐように大げさだというのか? 口先だけで行動が伴わない。自分の言ったことをすぐ忘れて勝手な振る舞いをする。そのくせ昔の人、昔の人と言い回り、自分一人で身勝手ばかりする。生きるも行動するも、この世の中での話だ。少しは世間に良かれと務めるがいいのに』と。だがもっとたちの悪い者が居る。本心を隠して世間に媚びへつらう連中、これを郷原と言うのだ。」
萬章「どこの村でも一徹者は讃えられます。どこへ行こうと一徹者にもなれない郷原を、孔子は人格を損なう者だと言いました。なぜでしょう?」
孟子「批判のしようがなく、非難のしようもないからだ。世間の風潮に合わせ、汚いことでも平気で手を貸し、正直者のふりをして、あたかも高潔な人物であるかのように取り繕っている。おろかな民衆は喜ぶし、自分で自分を善良だと信じ込んでいる。」
孟子「…ところがこういうニセ者は、堯舜の道には入れない。だから人格を損なうと言われるのだ。孔子は言った。『そっくりなニセモノを嫌う。苗にそっくりな雑草を嫌う。言葉で人をたらし込む奴を嫌うのは、何が正しいかを分からなくするからだ。口で人を釣る奴を嫌うのは、何が信頼かを分からなくするからだ。鄭の淫らな曲を嫌うのは、音楽を滅茶苦茶にするからだ』と。」
孟子「…君子は真っ直ぐな道を行くべきだ。君子が真っ直ぐなら民は繁栄する。民が繁栄するなら、世のごまかしは消えて無くなるだろうよ。」(『孟子』盡心下篇)
また従来訳の注に、以下のように言う。
原文「郷原」の「原」は「愿」に同じ。「愿」は謹厚を意味する。ここでは、周囲の人々に調子を合せ、批難をうけないように細心の注意を払つている人。日本の田舎でも、人格者などといわれている人の中に、こうした種類の人がよくあるものである。いや田舎だけではない、行政官などの中にも、こうした意味での謹直型の人は決して少くはないだろう。「郷原は徳の賊なり」――この言葉は、日本の各方面にもつと広く流布されてもいい言葉ではあるまいか。
『学研漢和大字典』によると「原」は「愿」であるには違いないが、「愿」の語義は円満だが、きまじめでかたくなな心構えのことだという。しかしそうなると孟子の話と違う。世間に迎合するのが孟子の言う「郷原」だからだ。すると孟子の定義が間違っていることになる。
孔子が敢えて「愿人」と言わず「郷原」と言ったのは、田舎者の無知のニュアンスを多分に含んでいるだろう。入ってくる情報が少なければ、限られた範囲内で正しい、ということが通用するからだ。独裁国家で独裁者を賛美するのが最高の道徳として通用するのに似ている。




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