論語詳解360憲問篇第十四(28)君子は思い*

論語憲問篇(28)要約:うすのろ曽子くん、鼻を垂らしてお説教。もちろん後世の贋作ですが、オカルトに凝った宋の儒者は、本章を大げさに取りあげて、ありがたくも曽子先生が、易の解説をしたのだと言い張りました。

このページの凡例

論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

曾子曰、「君子思不出其位。」

校訂

定州竹簡論語

……[思不]出其位。」393

復元白文

曽 金文子 金文曰 金文 君 金文子 金文不 金文出 金文其 金文位 金文

※論語の本章は「思」の字が論語の時代に存在しない。”思う”の語義の場合、置換候補が無い。「司」”つかさどる”に置換して解釈出来なくはないが、曽子は孔子の弟子ではなく家事使用人に過ぎないので、その可能性ははなはだ低い。本章は戦国時代以降の儒者による捏造である。

書き下し

曾子そうしいはく、君子くんしおもくらゐでず。

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 曽子
曽子が言った。「君子が考える事はその身分の範囲から出ない。」

意訳

曽子
君子というのは、その職分の中だけを考えるものであるぞよ。

従来訳

論語 下村湖人

曾先生がいわれた。――
「君子は自分の本分をこえたことは考えないものである。」

下村湖人『現代訳論語』

現代中国での解釈例

曾子說:「君子考慮問題從不超過自己的職權範圍。」

中国哲学書電子化計画

曽子が言った。「君子は自分の職権の範囲を超えないように問題を考慮せよ。」

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

、「 。」


曾(曽)子

論語 曽 金文 論語 子 金文
(金文)

孔子から「うすのろ」と評された弟子とされる人物。実態は孔子家の下男に過ぎない。後世になって神格化された。詳細は論語の人物:曽参子輿を参照。

君子

論語 君 金文 論語 子 金文
(金文)

論語の本章では、”身分と教養ある人格者”。孔子の生前は徹頭徹尾、”貴族”の意だったが、孔子より一世紀のちの孟子は、孔子の教説を販売商材にするために、多くの語義を書き換えた。詳細は論語語釈「君子」を参照。

論語の本章では”考える事”。

「思」の字の初出は戦国末期の金文。論語の時代に存在しない。画数が少なく基本的な動作を表す字だが、意外にも甲骨文には見えず、金文も戦国末期にならないと現れない。同音に「司」があり、”うかがう・守る”の語釈を『大漢和辞典』は載せ、甲骨文から存在する。

だが”思う”の語義の場合、「司」では代用が利かない。

論語 位 篆書
(篆書)

論語の本章では、”地位・身分・職掌”。

『学研漢和大字典』によると会意文字で、立は、人が両足で地上にしっかりたつ姿。位は「立+人」で、人がある位置にしっかりたつさまを示す。もと、円座のこと。まるい座席にすわり、または円陣をなして並び、所定のポストを占めるの意を含む。また、のち広く、ポストや定位置などの意に用いられるようになった、という。詳細は論語語釈「位」を参照。

論語:解説・付記

論語の本章を、従来訳の注には「古註では、前章と合して一章となつている。」という。現代中国での解釈例も、引用元では二章を一体化し、古注は実際そうなっている。

子曰不在其位不謀其政曾子曰君子思不出其位註孔安國曰不越其職也疏子曰至其位 云子曰云云者誡人各專己職不得濫謀圖他人之政也云曾子曰云云者君子思慮當已分內不得出己之外而思他人事思於分外徒勞不可得袁氏曰不求分

孔安国 論語 古注 何晏
注釈。孔安国「その職分を超えないように言ったのだ。」

付け足し。先生は身の程を語った。「子曰く…」は、人はその職分に専念すべきで、みだりに他人の職分のことを考えてはならない、ということである。「曽子曰く…」は、君子の思慮は職分内にあるべきで、職権外や他人の仕事を考えてはならない、ということである。職権外のことを考えても無駄に終わり、何にもならないのである。

袁氏「職権外のことを求めてはならない。」(『論語集觧義疏』)

もし二つを問答と解せば、現代語訳はこうなる。

論語 孔子 説教 論語 曽子 ウスノロ
孔子「人の仕事にちょっかい出すな。」
曽子「はい。私はうすのろですから、分不相応なことは考えられません。」

ところが儒者がオカルトにこり出した宋代、本章を独立させたのはいいのだが、解釈が珍妙になった。

此艮卦之象辭也。曾子蓋嘗稱之,記者因上章之語而類記之也。范氏曰:「物各止其所,而天下之理得矣。故君子所思不出其位,而君臣、上下、大小,皆得其職也。」

論語 朱子 新注 范祖禹
朱子「これは易のゴンの卦を説明したのである。たぶんいつの日か曽子が易を説明したのを、論語の編者が覚えていて、前章の説明のために入れたのである。」

范祖禹「物にはおのおのふさわしい場所というものがある。そのように整えて初めて、天下のことわりが分かるというものである。だから君子は分不相応なことを思わず、君臣・身分の上下・年齢の大小は、それにふさわしい場所を得るのである。」(『論語集注』)

易の艮とはの形。山を象徴し、頂から二筋の尾根と間の谷、北東うしとら。「性止まる」とされる。だから「分相応」につながる。だが朱子自身が「たぶん」と言っているように、曽子が思いもせず、当時成立していたかも怪しい、現伝の易を持ち出したのにはわけがある。

吉川いぼじろう
朱子は、もとよりわけワカメな易を「ボクちゃん知ってるじょー」と自慢したかったのだ。吉川が珍妙な唐音や中国語音を持ち出したのに似ている。中国語の音韻学や北京語を知る者には、吉川のハッタリは笑いものでしかないが、易はそうはいかなかった。

誰にも分からず、どうとでも取れるようにしか書いていないからだ(→『周易』現代語訳)。こういう場合、権力を持つ者の解釈でなければ、図々しい奴の解釈が世にまかり通るのは人類史上に普遍的現象だ。朱子は生前、決して権力的には恵まれなかったため、後者と言える。

これが図らずも、朱子の易解釈がデタラメだと証している。易が分かるなら、なんで政治的に不遇になるのだろう。占い師は「自分を占うと当たらない」と言い訳するが、朱子は他人を占えば当たったのだろうか。かなりキツい弾圧を喰らったからには、そうではあるまい。

時の権力者が何を考えているか、当てることが出来なかったのだから。

さて時代を遡って、本章を偽作した儒者の意図について考えよう。役人が嫌うのは自分の職権が制限されることで、それは直ちに収賄機会の減少に繋がるから、とりわけ儒者官僚にとっては死活問題だった。従って権威化された曽子の「ちょっかい出すな」発言は有り難い。

また現伝論語とほぼ同時期の成立になる『孔子家語』は、現伝論語ほど曽子ばなしが収められていないので、その分信用したくなる。ただ曽子ばなしは皆無ではなく、本章と同じ様な、しおらしいと聞こえなくもなく、その実高慢ちきな話を伝えている。

曾子弊衣而耕於魯,魯君聞之而致邑焉。曾子固辭不受。或曰:「非子之求,君自致之,奚固辭也?」曾子曰:「吾聞受人施者常畏人,與人者常驕人。縱君有賜,不我驕也。吾豈能勿畏乎?」。孔子聞之,曰:「參之言足以全其節也。」

曽子
曽子がボロをまとい、魯国で百姓仕事をして生活していた。気の毒に思った魯の殿様が、「まちを一つ領地にやろう」と申し出た。だが曽子は頑として断った。

ある人「あなたからクレクレと言ったわけでもないのに、せっかくの殿様の好意を無駄にしていませんか?」

曽子「世間で言うだろう、貰って生活する者はいつも怯えていなくてはならず、施す者はいつも威張り返っている、と。たとえ殿様がヤルヤルと言っても、偉そうにされたら頭に来るだろう。そんなのイヤに決まっている。」

話を聞いた孔子「曽子の奴、あの鼻っ柱は大したものだ。」(『孔子家語』在厄3)

まともな史料には、論語時代の魯の殿様と言えばけち臭い話ばかり伝わっており、まちを一つ呉れてやるような、太っ腹だったわけがない。そしてまちの領主と言えば、春秋時代の身分秩序では殿様に次ぐ高位に相当する。つまり別伝のこの話も、どう解しても後世の贋作である。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。もし長生きしたいなら、悪いことはせぬものだ。それでもやるなら、覚悟致せ。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

関連記事(一部広告含む)

コメント