論語詳解419衛霊公篇第十五(41)辞は達するのみ

論語衛霊公篇(41)要約:言葉は通じればそれでいい。孔子先生はそう言います。もちろん、上品な言葉遣いが出来ないのはいけません。しかし飾るための飾りでは、伝えたいことが無いのを白状するようなもの。出過ぎを戒めた一節。

論語:原文・白文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文・白文

子曰、「辭達而已矣。」

書き下し

いはく、ことばたつなり

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 孔子 肖像
先生が言った。「言葉は、意志が通じればそれで終わりなのだ。」

意訳

論語 孔子 波濤
意味なく言葉をひねくるな。

従来訳

論語 下村湖人

先師がいわれた。――

「言葉というものは、十分に意志が通じさえすればそれでいい。」

下村湖人『現代訳論語』

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

辭(辞)

論語 辞 金文 論語 辞
(金文)

論語の本章では”ことば”。『学研漢和大字典』による原義は、法廷で原告被告入り乱れた主張をさばき、罪を断定すること。

論語 達 金文 論語 達
(金文)

論語の本章では”意志が通じる”。『学研漢和大字典』による原義は”安産”。

而已矣(~てやむなり/ジイイ)

論語 而 金文 論語 已 金文
(金文)

論語の本章では、”~で十分だ”。伝統的読み下しでは、三文字で「のみ」と読む。愚直に直訳すると、”~して終わるのである”。ただ、それだけでいいということ。

『学研漢和大字典』によると「而已」は、「のみ」とよみ、「~だけ」「それ以外はない」と訳す。強い限定・断定の意を示す。もと、而(それで)已(やむ)の意。「而已矣」「而已焉」「而已耳」も、「のみ」とよむ。「而已」をさらに強調したいい方。

「而」について詳細は論語語釈「而」を参照。

論語:解説・付記

論語の本章は、意味もなくただ言葉をひねくろうとする事への警告。広江礼威画伯の『BLACK LAGOON』で、ヒロインのレヴィが拳銃を敵に突きつけ、「一ついいことおせえてやるよ。こんなもんはな。撃てて当たりゃあいいんだよ」というセリフがあるが、まさにその通り。
論語 レヴィ

一頃世間を騒がせたトカレフは、安全装置すら付いておらず、撃鉄を半起こしにすることでその代わりをしていた。しかし威力は抜群で、日本の治安を脅かしたのだが、武器なんてそんなものだろう。言葉も同じで、「あるんである」などという言い廻しが廃れたのもそれが理由。

論語の本章の言葉は例によって、他の論語の言葉とぶつかるように見える。例えば論語雍也篇18、「中身が飾りより出過ぎれば荒削りで、飾りが中身より出過ぎれば派手になる。中身も飾りも明らかで、やっと君子になれる。」は言葉の飾りの必要性を説いた言葉だ。

しかし容易にこの言葉は調和を説いたものと分かる。論語の本章は、おそらく弟子の中に、言葉をひねくる癖がある者がいたのだろう。論語のここにこの言葉を載せた子貢も、弁舌に巧みなだけあって、無意味な修辞の無意味さを痛感していたのだろう。

論語 武内義雄 論語之研究
この論語衛霊公篇について、武内義雄『論語之研究』は、斉で活躍した子貢派がまとめた篇だという。かと言って衛霊公篇の全てが子貢たちの手による章とは言えないが、おそらく本章は、孔子の肉声を伝える言葉だろう。言葉が簡潔で、ズバリと事実を指摘しているからだ。

もはや古代の闇の中で想像することしかできないが、論語の中でも短くズバリと言い切っている章は、孔子の肉声に近いと考える。対して長い章や、箇条書きにして整理された章は、用いた言葉や扱った物事から見て、漢代に入って儒者がつけ加えたか、作文した可能性が高い。

もともと論語は、孔子の言葉をメモしたことから始まった。当時の筆記材料が竹簡であることを考えると、そんなに長くはメモできなかったに違いない。だから短い言葉の中にこそ、孔子の真の姿を垣間見れる。それに比べると、言葉が相互に矛盾するのは小さい問題だ。

論語 前漢武帝 論語 董仲舒
前漢武帝時代の、儒教の国教化という大事業に当たって、トウ仲舒チュウジョはじめ儒者たちは、論語にさまざまな孔子伝説を書き加えた。それは水増しであり、本物かどうか検討しないまま加えられたニセモノとも言える。しかし作業に当たった儒者たちの誠意を訳者は疑っていない。

儒者たちが本当に意地悪くなっていくのは、むしろ国教化以降であり、帝国の官僚・司祭としての地位を占めた儒者は、権力の法則通りに腐敗していった。それより前の儒者は、誠心誠意、善行だと思ってつけ加えたのだ。だから儒家と言うより道家のような章さえ見られる。

陰険な足の引っ張り合いのない建設時代とは、いいものだ。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。覚悟致せ。

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