論語郷党篇(きょうとうへん)第十現代語訳

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論語郷党篇:要約

論語 サーラ2 論語 孔子 キメ
サーラ:みなさんこんにちは。航海士ナビゲーターAIのサーラです。アルファーさんに代わり、今回の案内を務めます。

孔子:解説の孔子じゃ。

論語 サーラ3 論語 孔子 楽
早速ですが先生、論語郷党篇はどんなお話なんでしょうか。

孔子:うむ。郷党篇の大部分は、ワシ孔子の、生前の生活を語る弟子の思い出話じゃ。じゃからワシの発言は四つしか記されておらず、それも思い出話の一部としての記録に止まっておる。

じゃから本篇を「愚かしい」と言うた者もおるが、その当否を含め本篇について詳しくは、論語郷党篇は「愚かしい」のか、を参照してくれい。

論語 サーラ4 論語 孔子 遠い目
サーラ:ありがとうございました。ここでは論語郷党篇の大部分を占める、そうした先生の日常話は別ページに移しましたが、何か理由はおありですか。

孔子:うむ。論語とは”筋道を通して教えを説いたことば”じゃが、日常話はワシの語録とは言えぬし、それにこんなときにはどうする、という退屈な話じゃからな。

じゃが礼法とは、すなわちワシの行動に見習うことであって、礼法の教科書としては、大事な内容なのじゃぞ。

論語 サーラ5 論語 孔子 キメ
サーラ:了解しました。つまり論語に言う礼とは、書き記された教科書があったわけではなく、先生の日常生活そのものが模範であり、教科書だ、と言うことですね。

孔子:うむ。よろしい。

論語 サーラ6 論語 出港
サーラ:では開始します。出港!

1

論語 季康子 論語 薬瓶
若家老の季康子さまが、孔子先生が病気と聞いて薬を送ってこられた。先生は拝んで受け取られ、使いの者に仰った。

「かたじけないが、私はこの薬についてよく存じませぬゆえ、頂戴致しませぬと季康子どのにお伝え下され。」


論語 サーラ4 論語 孔子 ぼんやり
サーラ:先生、これは毒殺を恐れたと理解してよろしいでしょうか。

孔子:うむ、その通りじゃ。ワシが魯に帰れたのは、呉国の後ろ盾あってのことじゃ。当時呉国は、我が魯国を属国同然に扱っておった。それだけに門閥家老家にとってはワシは煙たかろうし、万一のことを考えると用心するに越したことはなかったのじゃ。

論語 サーラ7 論語 孔子 せせら笑い
サーラ:呉国没落のあとと考える事は出来ませんか。

孔子:ワシも記憶が曖昧でな。じゃが没落後だとすると、すでにワシは閑職に回されておる。歳も七十を超えておったから、わざわざ手の込んだことをするまいて。よいかな、人は人の死を見たくない生き物じゃ。たとえ政敵であってもじゃ。じゃから「暗殺」と言うのじゃ。

論語 サーラ9 論語 孔子 キメ2
サーラ:あ…あ…はい、了解であります!

孔子:よい子じゃのう、サーラ君や。人は人をあやめてはならぬ。ささいな傷一つすら、人に付けられたら恨みに思う。なのに人をあやめた者に、幸せに死んだ者は一人もおらぬ。幸が分からぬ者は、不幸に死ぬしかないからじゃ。それに気付いてくれい、それがワシの望みじゃ。

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2

先生が朝廷で執務中、お屋敷のうまやが焼けた。先生はお帰りになってから仰った。

「けが人はいなかったか?」
馬についてはお聞きにならなかった。


論語 サーラ8 論語 孔子 慈愛
サーラ:論語の中でも有名なエピソード、「うまやけたり、子、朝より退きて曰く、人を傷つけたるか。馬を問わず」ですね。先生の人道主義を象徴する挿話だと言われていますが。

孔子:うむ。この論語の八佾篇でも語ったが、我が周王朝の文化は人間主義じゃ。むやみに人身御供を行った、夏や殷と違うのはそこじゃ。

サーラ:根拠がおありですか?

論語 孔子 淡々 論語 殷 金文
孔子:では「殷」という文字を説明しようか。これは殷人以外﹅﹅が殷を呼んだことばで、殷人は「商」と自称しておった。「殷」とはなんぞや? 人の生きギモを刃物で取る姿、そこで流れた血の色のことじゃ。じゃからむやみに人をあやめる殷人を嫌って、人はそう呼んだのじゃ。

論語 サーラ4 論語 孔子 水面
サーラ:なるほど。では殷は野蛮であると?

孔子:そこがむつかしい所じゃな。殷が後世に与えたものは、古代としては正確な暦、そして漢字。漢字なくして中華文明は語れぬ。ワシも殷の末裔じゃ。よきものはよし、悪しきものは悪いと認めるしかないじゃろうな。

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3

先生のご友人が亡くなられた。しかし引き取る遺族がいなかった。そこで先生が仰った。

「うちで引き取ろう。」


論語 サーラ4 論語 孔子 遠い目
サーラ:先生、これも論語の中では、先生の人道主義を示すエピソードと言われています。しかし儒家がむやみに派手な葬儀を行い、亡き人との関係によって、待遇に差を付けたことが批判されていますが。

論語 墨子
孔子:むう。ワシの孫弟子に当たる墨子くんが、激しく批判したそうじゃな。じゃが葬儀とは人間関係を正すための大事な儀礼でもある。久しぶりに親戚一同が集まることだってあろう? だからこそ礼法の定めに厳格に従って、正しく行わねばならぬのじゃ。

論語 サーラ5 論語 孔子 キメ
サーラ:儀式は政治の一環でもある、と?

孔子:その通りじゃ。政治を「まつりごと」と日本でも呼んだのはその反映じゃ。政治もつまるところ、大規模な人間関係じゃ。厳粛な儀式を行うことで、精神的に人々を圧倒し、混乱を未然に防ぐ。その効果があったからこそ、論語と儒学は2,500年も生き延びたのじゃ。

論語 サーラ9
サーラ:なるほど。ありがとうございました。

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4

孔子先生が子路さんと山へ出かけられ、谷の小橋に休むキジを見て歌われた。
「♪これ山峡やまかいのメスキジよ、今こそ飛び立つ時を知れ、時を知れ。」

子路さんは「時を知れ」を、「年貢の納め時だ」と勘違いし、キジを捕らえてヤキトリにし、先生の食膳に上せた。

論語 孔子 不気味
孔子「…。(む、むごい)。」
先生は三度匂いを嗅いだだけで、席を立ってしまった。


論語 サーラ4 論語 孔子 楽
サーラ:先生、論語の中でも、古来異説の多い章ですが。

孔子:うむ。論語の他の篇の話が紛れ込んだととも言われておるな。じゃが意味はだいたいこの通りじゃ。ワシは「時じゃぞ、時じゃぞ」としか言っておらんからな。

論語 サーラ7 論語 孔子 不愉快
サーラ:儒者が書いた論語の注釈の中には、子路さんがキジを可愛がろうと近づいたが、怖がったキジは飛んで行ってしまった、というものもありますが。

孔子:うむ。のちのちの儒者も、あまりにむごいと思ったのじゃろうな。じゃがこの話はそもそもが漢代の儒者のでっち上げで、当時の儒者は子路を嫌って、とんでもない乱暴者の筋肉ダルマにしてしまいよったんじゃ。真に受けるな。

論語 サーラ6
サーラ:了解、ありがとうございました。

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論語 サーラ10
サーラ:論語郷党篇は以上です。皆様、どうぞごきげんよう。
またのご乗船を、乗員一同、心よりお待ち申し上げております。

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