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二・二六事件叛乱軍蹶起趣意書:現代語訳

前口上

戦後のRedな詐欺師が世間に向かって、マニフェスト(英)とかシニフィアン(仏)とかゲマインシャフト(独)とかいった、普通の人には聞き慣れない横文字を使ったように、戦前の世間師は漢語を使った。どちらもハッタリで脅し付けるためである。

Redはマルクスを、戦前の世間師は〒冫丿-を他人に拝ませ実はそれらでない自分を拝ませた。

だが戦後のRedで資本論をドイツ語で読める人には、訳者はたった一人しか会ったことがなく、毛沢東選集を原書で読んでいるRedにも会ったことが無い。ロシア語でソ連国歌やインターナショナルが歌えるRedにも出会ったことがない。

訳者は中国とソ連とロシア国歌なら原語で歌えるし、毛沢東選集にはまれにしか辞書は要らないが、決してRedでないし、中露の回し者でも断じてない。研究対象に惚れ込むのは、細菌学者が病原菌に惚れ込んで、まき散らすのと同じと思っているからだ。

それが世間様より長く勉強させて頂いた者の、最低限の禁忌である。

対して戦前の国家主義者や小役人や神主は、漢語で国民をたぶらかしながら、その漢籍の教養は極めて心細い上に、やったことは病原菌撒き散らしに等しい。戦前における漢文業者の愚かしさを示す一例として、下掲の通り蹶起趣意書を現代語訳して閲覧者諸賢のお目に掛ける。

まず原文を挙げたのは、これで意味が分かる方が一人でもいるだろうかという疑問からだ。そもそも振りがな無しでは読めないと思う。戦前も事情は変わらない。社会が絶望的に貧しく教育水準が低かったし、帝大漢学教授だろうと漢文が読めなかった事実は調べれば分かる。

原文

 謹ンデ惟(おもんみ)ルニ我ガ神洲タル所以(ゆえん)ハ万世一系タル*1

天皇陛下御統帥(とうすい)ノ下ニ挙国一体生成化育ヲ遂ゲ遂ニ八紘一宇(はっこういちう)ヲ

完(まっと)ウスルノ国体ニ存ス。

此(こ)ノ国体ノ尊厳秀絶ハ

天祖肇国(ちょうこく)神武建国ヨリ明治維新ヲ経テ益々体制ヲ整ヘ今ヤ方(まさ)ニ万邦ニ

向ツテ開顕進展ヲ遂グベキノ秋(とき)ナリ。

 然(しか)ルニ頃来(けいらい)遂ニ不逞凶悪ノ徒簇出(そうしゅつ)*2シテ私心我慾(がよく)ヲ恣(ほしいまま)ニシ

至尊絶対ノ尊厳ヲ藐視(びょうし)シ僭上(せんじょう)之(こ)レ働キ万民ノ生成化育ヲ

阻碍(そがい)シテ塗炭ノ痛苦ヲ呻吟セシメ随ツテ外侮(がいぶ)外患日ヲ逐(お)ウテ激化ス、所謂(いわゆる)元老、重臣、軍閥、財閥、官僚、政党等ハコノ国体破壊ノ元兇(げんきょう)ナリ。

 倫敦(ロンドン)〔海軍〕軍縮条約、並(ならび)ニ教育総監更迭ニ於ケル統帥権干犯

至尊兵馬大権ノ僭窃(せんせつ)ヲ図リタル三月事件或(あるい)ハ学匪(がくひ)共匪大逆教団等

ノ利害相結ンデ陰謀至ラザルナキ等ハ最モ著シキ事例ニシテソノ滔天(とうてん)ノ罪悪ハ流血憤怒(ふんぬ)真(まこと)ニ譬(たと)ヘ難キ所ナリ。中岡、佐郷屋(さごや)、血盟団ノ先駆捨身(しゃしん)、五・一五事件ノ憤騰(ふんとう)、相沢中佐ノ閃発トナル寔(まこと)ニ故ナキニ非ズ、而(しか)モ幾度カ頸血(けいけつ)ヲ濺(そそ)ギ来(きた)ツテ今尚(いまなお)些(いささ)カモ懺悔(ざんげ)反省ナク然(しか)モ依然トシテ私権自慾ニ居(お)ツテ苟且(かりそめ)偸安(とうあん)ヲ事トセリ。露、支、英、米トノ間一触即発シテ祖宗遺垂ノ此ノ神洲ヲ一擲(いってき)破滅ニ堕(おと)セシムハ火ヲ賭(み)ルヨリ明カナリ。内外真ニ重大危急今ニシテ国体破壊ノ不義不臣ヲ誅戮(ちゅうりく)シ稜威(みいつ)ヲ遮リ御維新ヲ阻止シ来レル奸賊(かんぞく)ヲ芟除(さんじょ)スルニ非ズシテ宏謨(こうぼ)ヲ一空セン。恰(あたか)モ第一師団出動ノ大命渙発セラレ年来御維新翼賛ヲ誓ヒ殉死捨身ノ奉公ヲ期(き)シ来(きた)リシ帝都衛戍(えいじゅ)ノ我等同志ハ、将(まさ)ニ万里征途ニ登ラントシテ而モ省ミテ内ノ亡状ニ憂心転々禁ズル能ハズ。君側ノ奸臣軍賊ヲ斬除シテ彼(か)ノ中枢ヲ粉砕スルハ我等ノ任トシテ能クナスベシ。

 臣子タリ股肱(ここう)タルノ絶対道ヲ今ニシテ尽サズンバ破滅沈淪(ちんりん)ヲ飜(ひるがえ)スニ由(よし)ナシ、茲(ここ)ニ同憂同志機ヲ一(いつ)ニシテ蹶起(けっき)シ奸賊ヲ誅滅(ちゅうめつ)シテ大義ヲ正シ国体ノ擁護開顕ニ肝脳ヲ竭(つく)シ以ツテ神洲赤子ノ微衷(びちゅう)ヲ献ゼントス。

皇神皇宗ノ神霊冀(こいねがわ)クバ照覧冥助(めいじょ)ヲ垂レ給ハンコトヲ!

昭和拾壱年弐月弐拾六日
陸軍歩兵大尉 野中四郎
外同志一同

現代日本語訳

敬虔な信仰心と共に、我が国が神の国である理由を考えると、それは万代にわたって絶えること無く続いた天皇陛下がお治めになり、その下で国民全体が一体となって生まれ育っていき、さらには全世界へ天皇陛下の支配を広げていこうとする、この日本のしくみ(=国体)から始まっている。

この国体の超絶に尊く素晴らしいことは、神様がこの国を開いてから始まり、その末裔である神武天皇が国を建て、明治維新を経て、ますます体制が整い、今まさに世界中に向かって大進撃を始めるのに、ふさわしい時期である。

ところが近ごろは、とうとう思い上がった凶悪な者どもが次々に現れ、私心や我欲から好き放題にふるまい、最高に尊い絶対者である天皇を小ばかにし、思い上がった行動をやらかし、全国民の成長を邪魔し、泥にまみれ炭火であぶられるような苦しみを与え、その結果外国のあなどりや侵略が日に日にひどくなっている。この原因は、元老、重臣、軍閥、財閥、官僚、政党などで、国体を壊している。

ロンドン海軍軍縮条約や、(真崎甚三郎・陸軍)教育総監の解任での、天皇が陸海軍を支配する権限(=統帥権)の侵害や、最高に尊い天皇が握る軍事権を盗み取ろうとした三月事件、さらに大学に潜む悪党、共産主義の悪党、天皇に逆らう新興宗教などが、利害を同じくしてつるみ、しない悪だくみは無いと言って良いのは、一番目立つ事例で、天にも届く罪悪は、血を逆流させるほどの怒りを起こさせ、全く我慢が出来ない。中岡(艮一)佐郷屋(留雄)血盟団の諸氏が先駆けて身を捨てた出来事、五・一五事件の盛り上がり、(軍務局長を斬り殺した)相沢中佐がきらめきとなったのは、実に理由の無いことではない。ところがこんなに血を流してまで警告した者がいるのに、今になってもやはり悔い改めもせず、今まで通り私利私欲に走って、一時的な安心安全に浸っているのである。ソ連、中国、英、米との間はいつ戦争が始まってもおかしくなく、天皇家の開祖が有り難い教えを垂れて作ったこの国が、放り投げられて破滅するのは火を見るより明るくはっきりとしている。国内外の事態は本当に重大で危ないから、今すぐに国体を破壊する悪の謀反人を殺し尽くし、天皇のご威光を覆い隠し、天皇が自分で政治を取るのを妨害してきた悪党を取り除かなければ、この国の大きな計画*3は、空しく終わってしまうだろう。丁度いいことに第一師団(の満洲への)出動を天皇がお命じになり、それ以来今年は天皇が自分で政治を取ることをお助けしようと誓い、そのためなら身を捨てて死んでもかまわなほどのご奉公を決意してきたから、帝都を防衛する我等同志は、今すぐに万里の遠い場所への進軍を始めようとしているが、心の中を覗けば、滅びかかった国内の有様に憂鬱で仕方がない。だから天皇のおそばにいる悪い大臣や軍の上層部にはびこる悪党を斬り殺して取り除き、悪党の総本部を粉々にする仕事は、我々の任務として必ずやって出来る。

天皇の家来であり、天皇の手足である者が従うべき絶対の原則を今ことごとく行わないと、この国の破滅と成り下がりは止めようが無い。だから今、心配事を共有し、同志は行動指針を統一して、跳ね上がるように立ち上がり、悪党を懲らしめ滅ぼして大いなる正義を確立し、国体を守りさらに発展させるために、心と知恵を尽くして、それでこの神の国に住まう天皇の赤ん坊である国民に、我々の真心を差し上げようとしている。

天皇の祖先である神様と引き継いだ先祖の、神であるたましいよ、どうかお願いするから我々を明るく照らしてご覧になり、不思議な力の助けを下さいますように!

昭和11年2月26日
陸軍歩兵大尉 野中四郎
外同志一同

226

訳注

日本大百科全書より引用。

*1:漢文では帝王のように尊貴な対象は、縦書きに書くとき2字分持ち上げて書く。帝王に属する国家などは、1字分持ち上げて書く。帝王が敬うべき祖先や天の神は、枠外に1字はみ出し3字分持ち上げて書く。普通の記述は帝王のために、あらかじめ2字分下げて記す。はみ出しを嫌ってあらかじめ3字下げて記す例もある。

これを擡頭といい、中国の儒者官僚が始めたバカバカしいゴマすりで、その猿真似が日本にも出た。本文で「天祖」「皇神皇宗」が2字分しか上げていないのは、書き手の漢学知識が中途半端だったことを物語る。

*2簇出:「ぞくしゅつ」と原文にあったが、「そうしゅつ」が正しい。「ゾク」は慣用音として辞書にも載るが、間違っているから慣用音なのだ。日本百科全書の筆者に漢語の教養が欠如していることを露呈している。もし野中や北が付けたルビなら、とんでもない勉強不足だ。

*3この国の大きな計画:天皇の大いなるお考え、と解してもいいが、むしろ植民地拡大を言うのであろう。

論語内容補足
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