『警世通言』現代語訳:第二巻荘子休鼓盆成大道

荘子はその歴史的実在にもあやふやな点がある。訳者は『荘子』の著者と言われる荘周の実在を疑わないが、どのような人だったかとなると、たちまち黒い霧に包まれる思いがする。

論語 荘子
老荘思想というものが、そもそも五里霧中のものであり、まさに老子が言うように、「知っている者は言わず、言う者は知らず」の世界と言える。だから現伝の『荘子』や史書をひっくり返すより、荘子にまつわる伝説を拾った方が、その人となりに迫り得る。

確かに「荘子がどんな人だったか」は分からなくても、「荘子がどんな人と思われてきたか」は、歴史時間と伝説の積み重ねによって、説得力のある像を結ぶ。以下はその一例。

長いのであらすじ

いにしえの賢者荘子は仙術を心得ていた。ある日ふらりとお山から下界に降りてみると、若い未亡人が亡夫の墓をバタバタと団扇うちわであおいでいる。理由を尋ねてみると未亡人、夫が「墓の土が乾くまでは再婚してくれるな」と遺言したという。

女は鬼気迫る勢いであおいでいたが、女の細腕ゆえ辛そうである。「どれワシが仙術でなんとかしてやろう」と荘子は言い、神通力でものすごい数の団扇を生じさせて一斉に扇ぐと、あっという間に墓は乾いた。女は大喜びで荘子を拝み、お礼にと銀のかんざしを差し出したが、荘子は受け取らずに代わりに団扇をもらい、家に帰った。

帰った家には、若くて美人で斉の王族出身のかみさんがいたが、荘子は貰った団扇を扇ぎながら、ふとかみさんに「わしが死んだらお前もさっさと再婚するんだろうな」と漏らした。するとかみさんは真っ赤になって怒り狂い、団扇を奪って破り捨て、「決して再婚などするものですか!」と叫んだ。

荘子はさんざん怒鳴られて、なんとか謝って勘弁して貰った。しかしその晩から荘子は弱り始め、みるみるうちに痩せ衰えて、とうとう死んでしまった。かみさんは盛大な葬儀を行い、立派な安置堂と豪華なしつらえを整え、喪服を着て生前同様まめまめしく、荘子の棺に仕えた。

そして七日ほど過ぎた頃。

荘子を訪ねた青年があった。水もしたたるような美男子で、見るからに賢そうな顔つきをしている。年老いた召使いを一人連れ、聞けば楚王の孫だという。荘子が楚国に滞在した折、師弟となる約束をしたのだが、遊学の準備に時間がかかり、今やっと来る事が出来たという。

「あ、あ、あ、荘子先生!」と青年は荘子の棺を拝んで泣き、かみさんに頼み込んだことには、師事するのは叶わなかったが、せめて棺のそばで喪に服したいという。かみさんは一目見て心がコロリと変わり、もちろん青年の願いを許し、手料理まで振る舞ってもてなした。

青年は安置堂のかたわらに小屋がけして、毎日荘子の棺を拝んだ。一方かみさんももう片方に小屋がけしたが、青年が気になって仕方がない。あれこれと色目を使う毎日が過ぎ、将を射んとせばまず馬から、ということで、老いた召使いに酒を振る舞って手なづけた。

そして召使いから青年の好みを聞き出すと、まさに自分に当てはまる。その上自分は王族で、青年も王族だから身分が釣り合う。召使いに説き伏せることには、なんとか仲を取り持ってくれ。うまくいったら、お前の望みは何でも叶えてやると言う。

翌朝そわそわとして返事を待つのももどかしく、出てきた召使いを捕まえて、小屋に引き込んで聞いてみると、ダメな理由が四つあるという。一つは青年の持ち合わせが少なく、婚儀に足りないことであり、二つに大賢者荘子の後釜では、やがて飽きられるに決まっていると言い、三つにさすがに未亡人になってばかりの人を嫁に取れば、世間の聞こえが悪いという。

そして何より、荘子の棺や豪華なしつらえが目の前にあるのに、婚儀などとんでもない、ということらしい。

聞いた女は金なら私が出すと言い、それから荘子は世間が思うほど賢くない、と悪口を言い始めた。さらにここは人里離れたお山だから、うるさい世間がそもそも居ないと言う。そして荘子の棺桶などは、人を雇って裏の物置に放り込んでしまえばいいと言う。

再び召使いを説得にやらせた所、とうとう青年は承知した。

気の早い女はその夜に婚儀を行うという。また召使いを山のふもとにやり、人を雇わせて荘子の棺としつらえを担ぎ出させ、とうとう物置に放り込んでしまった。それを済ませると女は派手な衣装に化粧、青年にも高価な礼服を贈って婚儀を始めた。

一通りの儀礼を終えると、女は青年を寝屋に引き込んで、固めの盃を交わした後、さて始めましょうと床に入った。すると青年が胸を掻きむしり、「心臓が…心臓が…」と言って泡を吹いた。泡を食った女が老いた召使いを呼ぶと、「若様お気を確かに!」と老人が抱き留めた。

「こんな病気、以前から?」と女が聞くと、「はい。時折発作が起こります。このままではお命が…。」と老人。「で、薬は?」「ございません。」「じゃどうしてたの!」「普通の薬では効きません。太古の名医が残した秘方で、生きた人間の脳みそを取り、それを熱燗に混ぜて飲ませます。」

「へえ。どうやって調達してたの?」「そこは王族でございますから、楚王殿下の勅命を頂いて、死刑囚の脳みそを取っておりました。」「脳みそがあればいいのね?!」「はい。でもどうやってこんな山の中で?」「いい考えがあるわ。死んだばかりの脳みそでも、薬になるかしら?」「ええ、二十日程度なら。」「じゃ、決まりね!」

女は斧を担ぐと、物置に駆け込んだ。「おりゃぁぁぁぁぁ!」と斧を打ち下ろす。普通の棺なら、女の細腕では壊れない。だが質素を旨とする荘子は、自分の棺桶を壊れやすい桐で作らせていた。その偶然に助けられ、二三度打ち下ろす間に棺が壊れた。バキバキバキッ!

果然はたして

「お~い、起こしてくれい。」とのんびりした荘子の声がした。仙術で死んだふりをしていたのである。もちろん青年と召使いも、荘子が作りだした幻術だった。女は飛び上がるほど驚いたが、すぐさま現実に引き戻った。なんとか誤魔化さなければ。女は強い。

棺から出た荘子は、スタスタと母屋へ向かっていく。そこには婚儀の飾りとて、蝋燭やその他盛大にキラキラ光っていた。まずいと思った女は、荘子の後ろに隠れるようについていく。

「すごいね。こりゃ何のお祝いだい?」と荘子。「そ、それはあなた、なんだかあなたが生き返るような気がして、嬉しくて飾り付けたのですわ。」と女。「ほお。ではなぜ私の棺桶が、物置に放り込まれていたんだい?」「…。」

荘子「それにお前のその格好。まるで婚礼じゃないか。」

誤魔化しきれぬと悟った女は、そのまま帯を解いて梁に掛け、自分からくびれ死んだ。それをじっと眺めていた荘子、鼓盆なりものを叩いて一通り弔いの歌を歌い、歌いめて住まいに火をかけ、全てを燃やした。ただし『荘子』『老子』の二册だけは、なぜか焼け残って現在に伝わる。

以後、荘子は二度とめとらず、老子と共に中国を出、いずこかへと身を隠したという。以上、荘子鼓盆を叩くを休めて、以て大いなる道を成す。これにておしまい。

付記

世間を知り尽くしたアルフォンゾ先生と、ウブな青年貴族二人を、荘周先生が一人で演じている所を除いて、モーツァルトのオペラ「コジ・ファン・トゥッテ」(→序曲/全幕・日本語字幕付)とほとんど同じ筋書きで、洋の東西を通じて、物書き男が考える事は同じであるらしい。

啓蒙思想期に中国をまるで知らない啓蒙思想家たちが、無邪気にも、ものすごく美化した印象を抱いて中国文化のあれこれをパクパク食った(シノワズリ百科全書派)から、その結果かも知れない。

事を本朝に移すと、とにかく筆が立つことでは戦後ピカイチだった、山本周五郎センセイにも「女は同じ物語」があって、まあ大体はこんな話である。

この『警世通言』も中国で映画化されたらしいが、訳者は見ていない。見ない方がが幸せかも知れない。

現代日本語訳

訳出中、一応。書き下し↓を終えただけで面倒くせえ。どうせ読みたがるのは論文やレポートや原稿に困った漢文業界人だけだろうし。連中にエサをやらんにゃならねえ義理はねえな。

原文

  1. 富貴五更春夢,功名一片浮雲。眼前骨肉亦非真,恩愛翻成讎恨。
  2. 莫把金枷套頸,休將玉鎖纏身。清心寡慾脫凡塵,快樂風光本分。
  3. 這首《西江月》詞,是個勸世之言。要人割斷迷情,逍遙自在。且如父子天性,兄弟手足,這是一本連枝,割不斷的。儒、釋、道三教雖殊,總抹不得「孝」、「弟」二字。至於生子生孫,就是下一輩事,十分周全不得了。
  4. 常言道得好:「兒孫自有兒孫福,莫與兒孫作馬牛。」若論到夫婦,雖說是紅線纏腰、赤繩繫足,到底是剜肉黏膚,可離可合。常言又說得好:「夫妻本是同林鳥,巴到天明各自飛。」近世人情惡薄,父子兄弟倒也平常,兒孫雖是疼痛,總比不得夫婦之情。他溺的是閨中之愛、聽的是枕上之言。多少人被婦人迷惑,做出不孝不弟的事來。這斷不是高明之輩。如今說這莊生鼓盆的故事,不是唆人夫妻不睦,只要人辨出賢愚、參破真假。從第一著迷處,把這念頭放淡下來。漸漸六根清淨、道念滋生,自有受用。昔人看田夫插秧,詠詩四句,大有見解。詩曰:
  5. 手把青秧插野田,低頭便見水中天。
  6. 六根清淨方為稻,退步原來是向前。
  7. 話說周末時,有一高賢,姓莊,名周,字子休,宋國蒙邑人也。曾仕周為漆園吏。師事一個大聖人,是道教之祖,姓李名耳,字伯陽。伯陽生而白髮,人都呼為老子。莊生常晝寢,夢為蝴蝶,栩栩然於園林花草之間,其意甚適。醒來時,尚覺臂膊如兩翅飛動,心甚異之,以後不時有此夢。
  8. 莊生一日在老子座間講《易》之暇,將此夢訴之於師。師是個大聖人,曉得三生來歷,向莊生指出夙世因由,那莊生原是混沌初分時一個白蝴蝶。天一生水,二生木,木榮花茂。那白蝴蝶採百花之精、奪日月之秀,得了氣候,長生不死,翅如車輪。後游於瑤池,偷採蟠桃花蕊,被王母娘娘位下守花的青鸞啄死。其神不散,托生於世,做了莊周。因他根器不凡,道心堅固,師事老子,學清淨無為之教。今日被老子點破了前生,如夢初醒。自覺兩腋風生,有栩栩然蝴蝶之意。把世情榮枯得喪,看做行雲流水,一絲不掛。老子知他心下大悟,把《道德》五千字的秘訣,傾囊而授。莊生默默誦習脩煉,遂能分身隱形,出神變化。從此棄了漆園吏的前程,辭別老子,周游訪道。
  9. 他雖宗清淨之教,原不絕夫婦之倫,一連娶過三遍妻房。第一妻,得疾夭亡。第二妻,有過被出。如今說的是第三妻,姓田,乃田齊族中之女。莊生游於齊國,田宗重其人品,以女妻之。那田氏比先前二妻更有姿色,肌膚若冰雪、綽約似神仙。莊生不是好色之徒,卻也十分相敬,真個如魚似水。
  10. 楚威王聞莊生之賢,遣使持黃金百鎰、文錦千端、安車駟馬,聘為上相。莊生歎道:「犧牛身被文繡,口食芻菽,見耕牛力作辛苦,自誇其榮。及其迎入太廟,刀俎在前,欲為耕牛而不可得也。」遂卻之不受,挈妻歸宋,隱於曹州之南華山。
  11. 一日,莊生出游山下,見荒塚纍纍,歎道:「『老少俱無辨,賢愚同所歸。』人歸塚中,塚中豈能復為人乎?」咨嗟了一回。再行幾步,忽見一新墳,封土未乾。一年少婦人渾身縞素,坐於此塚之旁,手運齊紈素扇,向塚連搧不已。莊生怪而問之:「娘子,塚中所葬何人?為何舉扇搧土?必有其故。」那婦人並不起身,運扇如故,口中鶯啼燕語,說出幾句不通道理的話來。正是:聽時笑破千人口,說出加添一段羞。
  12. 那婦人道:「塚中乃妾之拙夫,不幸身亡,埋骨於此。生時與妾相愛,死不能捨。遺言教妾如要改適他人,直待葬事畢後,墳土乾了,方纔可嫁。妾思新築之土,如何得就乾,因此舉扇搧之。」莊生含笑,想道:「這婦人好性急!虧他還說生前相愛。若不相愛的,還要怎麼?」乃問道:「娘子,要這新土乾燥極易。因娘子手腕嬌軟,舉扇無力。不才願替娘子代一臂之勞。」那婦人方纔起身,深深道個萬福:「多謝官人!」雙手將素白紈扇,遞與莊生。莊生行起道法,舉手照塚頂連搧數扇,水氣都盡,其土頓乾。婦人笑容可掬,謝道:「有勞官人用力。」將纖手向鬢旁拔下一股銀釵,連那紈扇送莊生,權為相謝。莊生卻其銀釵,受其紈扇,婦人欣然而去。
  13. 莊子心下不平,回到家中,坐於草堂,看了紈扇,口中歎出四句:
  14. 不是冤家不聚頭,冤家相聚幾時休。
  15. 早知死後無情義,索把生前恩愛夠。
  16. 田氏在背後,聞得莊生嗟歎之語,上前相問。那莊生是個有道之士,夫妻之間亦稱為先生。田氏道:「先生有何事感歎?此扇從何而得?」莊生將婦人搧塚,要土乾改嫁之言述了一遍。「此扇即搧土之物。因我助力,以此相贈。」田氏聽罷,忽發忿然之色,向空中把那婦人「千不賢,萬不賢」罵了一頓。對莊生道:「如此薄情之婦,世間少有!」莊生又道出四句:
  17. 生前個個說恩深,死後人人欲搧墳。
  18. 畫龍畫虎難畫骨,知人知面不知心。
  19. 田氏聞言大怒。自古道:「怨廢親,怒廢禮。」那田氏怒中之言,不顧體面。向莊生面上一啐,說道:「人類雖同,賢愚不等。你何得輕出此語,將天下婦道家看做一例?卻不道歉人帶累好人。你卻也不怕罪過!」莊生道:「莫要彈空說嘴。假如不幸,我莊周死後,你這般如花似玉的年紀,難道捱得過三年五載?」田氏道:「『忠臣不事二君,烈女不更二夫。』那見好人家婦女吃兩家茶、睡兩家牀?若不幸輪到我身上,這樣沒廉恥的事,莫說三年五載,就是一世也成不得,夢兒裡也還有三分的志氣。」莊生道:「難說!難說!」田氏口出詈語道:「有志婦人勝如男子。似你這般沒仁沒義的,死了一個,又討一個。出了一個,又納一個,只道別人也是一般見識。我們婦道家一鞍一馬,倒是站得腳頭定的。怎麼肯把話與他人說,惹後世恥笑。你如今又不死,直恁枉殺了人!」就莊生手中奪過紈扇,扯得粉碎。莊生道:「不必發怒,只願得如此爭氣甚好!」自此無話。
  20. 過了幾日,莊生忽然得病,日加沉重。田氏在牀頭,哭哭啼啼。莊生道:「我病勢如此,永別只在早晚。可惜前日紈扇扯碎了,留得在此,好把與你搧墳!」田氏道:「先生休要多心!妾讀書知禮,從一而終,誓無二志。先生若不見信,妾願死於先生之前,以明心跡。」莊生道:「足見娘子高志,我莊某死亦瞑目。」說罷,氣就絕了。
  21. 田氏撫屍大哭。少不得央及東鄰西舍,製備衣衾棺槨殯殮。田氏穿了一身素縞,真個朝朝憂悶、夜夜悲啼。每想著莊生生前恩愛,如癡如醉,寢食俱廢。山前山後莊戶,也有曉得莊生是個逃名的隱士,來弔孝的,到底不比城市熱鬧。
  22. 到了第七日,忽有一少年秀士,生得面如傅粉,唇若塗朱,俊俏無雙,風流第一。穿扮的紫衣玄冠,繡帶朱履。帶著一個老蒼頭,自稱楚國王孫,向年曾與莊子休先生有約,欲拜在門下,今日特來相訪。見莊生已死,口稱:「可惜!」慌忙脫下色衣,叫蒼頭於行囊內取出素服穿了。向靈前四拜道:「莊先生,弟子無緣,不得面會侍教。願為先生執百日之喪,以盡私淑之情。」說罷,又拜了四拜,灑淚而起,便請田氏相見。
  23. 田氏初次推辭。王孫道:「古禮,通家朋友,妻妾都不相避,何況小子與莊先生有師弟之約!」田氏只得步出孝堂,與楚王孫相見,敘了寒溫。田氏一見楚王孫人才標致,就動了憐愛之心,只恨無由廝近。楚王孫道:「先生雖死,弟子難忘思慕。欲借尊居,暫住百日。一來守先師之喪,二者先師留下有什麼著述,小子告借一觀,以領遺訓。」田氏道:「通家之誼,久住何妨。」當下治飯相款。
  24. 飯罷,田氏將莊子所著《南華真經》及《老子道德》五千言,和盤托出,獻與王孫。王孫慇懃感謝。草堂中間占了靈位,楚王孫在左邊廂安頓。田氏每日假以哭靈為由,就左邊廂,與王孫攀話。日漸情熟,眉來眼去,情不能已。楚王孫只有五分,那田氏倒有十分。所喜者深山隱僻,就做差了些事,沒人傳說。所恨者新喪未久,況且女求於男,難以啟齒。
  25. 又捱了幾日,約莫有半月了。那婆娘心猿意馬,按捺不住,悄地喚老蒼頭進房,賞以美酒,將好言撫慰。從容問:「你家主人曾婚配否?」老蒼頭道:「未曾婚配。」婆娘又問道:「你家主人要揀什麼樣人物才肯婚配?」老蒼頭帶醉道:「我家王孫曾有言,若得像娘子一般丰韻的,他就心滿意足。」婆娘道:「果有此話?莫非你說謊?」老蒼頭道:「老漢一把年紀,怎麼說謊?」婆娘道:「我央你老人家為媒說合,若不棄嫌,奴家情願服事你主人。」老蒼頭道:「我家主人也曾與老漢說來,道一段好姻緣,只礙師弟二字,恐惹人議論。」婆娘道:「你主人與先夫原是生前空約,沒有北面聽教的事,算不得師弟。又且山僻荒居,鄰舍罕有,誰人議論!你老人家是必委曲成就,教你吃杯喜酒。」老蒼頭應允。臨去時,婆娘又喚轉來囑咐道:「若是說得允時,不論早晚,便來房中回覆奴家一聲。奴家在此專等。」
  26. 老蒼頭去後,婆娘懸懸而望。孝堂邊張了數十遍,恨不能一條細繩縛了那俏後生俊腳,扯將入來,摟做一處。將及黃昏,那婆娘等得個不耐煩,黑暗裡走入孝堂,聽左邊廂聲息。忽然靈座上作響,婆娘嚇了一跳,只道亡靈出現。急急走轉內室,取燈火來照,原來是老蒼頭吃醉了,直挺挺的臥於靈座桌上。婆娘又不敢嗔責他,又不敢聲喚他,只得回房。捱更捱點,又過了一夜。
  27. 次日,見老蒼頭行來步去,並不來回覆那話兒。婆娘心下發癢,再喚他進房,問其前事。老蒼頭道:「不成!不成!」婆娘道:「為何不成?莫非不曾將昨夜這些話剖豁明白?」老蒼頭道:「老漢都說了,我家王孫也說得有理。他道:『娘子容貌,自不必言。未拜師徒,亦可不論。但有三件事未妥,不好回覆得娘子。』」婆娘道:「那三件事?」老蒼頭道:「我家王孫道:『堂中見擺著個凶器,我卻與娘子行吉禮,心中何忍,且不雅相。二來莊先生與娘子是恩愛夫妻,況且他是個有道德的名賢,我的才學萬分不及,恐被娘子輕薄。三來我家行李尚在後邊未到,空手來此,聘禮筵席之費,一無所措。為此三件,所以不成。』」
  28. 婆娘道:「這三件都不必慮。凶器不是生根的,屋後還有一間破空房,喚幾個莊客擡他出去就是,這是一件了。第二件,我先夫那裡就是個有道德的名賢?當初不能正家,致有出妻之事,人稱其薄德。楚威王慕其虛名,以厚禮聘他為相。他自知才力不勝,逃走在此。前月獨行山下,遇一寡婦,將扇搧墳,待墳土乾燥,方纔嫁人。拙夫就與他調戲,奪他紈扇,替他搧土。將那把紈扇帶回,是我扯碎了。臨死前幾日還為他淘了一場氣,又什麼恩愛!你家主人青年好學,進不可量。況他乃是王孫之貴,奴家亦是田宗之女,門第相當。今日到此,姻緣天合。第三件,聘禮筵席之費,奴家做主,誰人要得聘禮?筵席也是小事,奴家更積得私房白金二十兩,贈與你主人,做一套新衣服。你再去道達,若成就時,今夜是合婚吉日,便要成親。」
  29. 老蒼頭收了二十兩銀子,回覆楚王孫。楚王孫只得順從。老蒼頭回覆了婆娘,那婆娘當時歡天喜地,把孝服除下,重勾粉面,再點朱唇,穿了一套新鮮色衣。叫蒼頭顧喚近山莊客,扛擡莊生尸柩,停於後面破屋之內。打掃草堂,準備做合婚筵席。有詩為證:
  30. 俊俏孤孀別樣嬌,王孫有意更相挑。
  31. 一鞍一馬誰人語?今夜思將快婿招。
  32. 是夜,那婆娘收拾香房,草堂內擺得燈燭輝煌。楚王孫簪纓袍服,田氏錦襖繡裙,雙雙立於花燭之下。一對男女,如玉琢金裝,美不可說。交拜已畢,千恩萬愛的,攜手入於洞房。喫了合巹杯,正欲上牀解衣就寢。忽然楚王孫眉頭雙皺,寸步難移,登時倒於地下,雙手磨胸,只叫心疼難忍。田氏心愛王孫,顧不得新婚廉恥,近前抱住,替他撫摩,問其所以。王孫痛極不語,口吐涎沫,奄奄欲絕。老蒼頭慌做一堆。田氏道:「王孫平日曾有此症候否?」老蒼頭代言:「此症平日常有。或一二年發一次,無藥可治。只有一物,用之立效。」田氏急問:「所用何物?」老蒼頭道:「太醫傳一奇方,必得生人腦髓熱酒吞之,其痛立止。平日此病舉發,老殿下奏過楚王,撥一名死囚來,縛而殺之,取其腦髓。今山中如何可得?其命合休矣!」田氏道:「生人腦髓,必不可致。第不知死人的可用得麼?」老蒼頭道:「太醫說,凡死未滿四十九日者,其腦尚未乾枯,亦可取用。」田氏道:「吾夫死方二十餘日,何不斲棺而取之?」老蒼頭道:「只怕娘子不肯。」田氏道:「我與王孫成其夫婦,婦人以身事夫,自身尚且不惜,何有於將朽之骨乎?」
  33. 即命老蒼頭伏侍王孫,自己尋了砍柴板斧。右手提斧,左手攜燈,往後邊破屋中,將燈放於棺蓋之上。覷定棺頭,雙手舉斧,用力劈去。婦人家氣力單微,如何劈得棺開?有個緣故,那莊周是達生之人,不肯厚斂。桐棺三寸,一斧就劈去了一塊木頭。再一斧去,棺蓋便裂開了。只見莊生從棺內歎口氣,推開棺蓋,挺身坐起。田氏雖然心狠,終是女流。嚇得腿軟筋麻,心頭亂跳,斧頭不覺墜地。莊生叫:「娘子扶起我來。」
  34. 那婆娘不得已,只得扶莊生出棺。莊生攜燈,婆娘隨後同進房來。婆娘心知房中有楚王孫主僕二人,捏兩把汗。行一步,反退兩步。比及到房中看時,鋪設依然燦爛,那主僕二人,闃然不見。婆娘心下雖然暗暗驚疑,卻也放下了膽,巧言抵飾。向莊生道:「奴家自你死後,日夕思念。方纔聽得棺中有聲響,想古人中多有還魂之事,望你復活,所以用斧開棺,謝天謝地,果然重生!實乃奴家之萬幸也!」莊生道:「多謝娘子厚意。只是一件,娘子守孝未久,為何錦襖繡裙?」婆娘又解釋道:「開棺見喜,不敢將凶服衝動,權用錦繡,以取吉兆。」莊生道:「罷了!還有一節,棺木何不放在正寢,卻撇在破屋之內,難道也是吉兆?」婆娘無言可答。
  35. 莊生又見杯盤羅列,也不問其故,教煖酒來飲,婆娘只得煖酒送來。莊生放開大量,滿飲數觥。那婆娘不達時務,指望煨熱老公,重做夫妻,緊挨著酒壺,撒嬌撒癡,甜言美語,要哄莊生上牀同寢。莊生飲得酒大醉,索紙筆寫出四句:
  36. 從前了卻冤家債,你愛之時我不愛。
  37. 若重與你做夫妻,怕你巨斧劈開天靈蓋。
  38. 那婆娘看了這四句詩,羞慚滿面,頓口無言。莊生又寫出四句:
  39. 夫妻百夜有何恩?見了新人忘舊人。
  40. 甫得蓋棺遭斧劈,如何等待搧乾墳!
  41. 莊生又道:「我則教你看兩個人。」莊生用手將外面一指,婆娘回頭而看,只見楚王孫和老蒼頭踱將進來。婆娘喫了一驚,轉身不見了莊生,再回頭時,連楚王孫主僕都不見了。那裡有什麼楚王孫、老蒼頭,此皆莊生分身隱形之法也。
  42. 那婆娘精神恍惚,自覺無顏,解腰間繡帶,懸梁自縊。嗚呼哀哉!這倒是真死了。莊生見田氏已死,解將下來。就將劈破棺木盛放了他。把瓦盆為樂器,鼓之成韻,倚棺而作歌。歌曰:
  43. 大塊無心兮,生我與伊。我非伊夫兮,伊非我妻。偶然邂逅兮,一室同居。大限既終兮,有合有離。人生之無良兮,生死情移。真情既見兮,不死何為!伊生兮揀擇去取,伊死兮還返空虛。伊弔我兮,贈我以巨斧;我弔伊兮,慰伊以歌詞。斧聲起兮我復活,歌聲發兮伊可知!噫嘻,敲碎瓦盆不再鼓,伊是何人我是誰!
  44. 莊生歌罷,又吟詩四句:
  45. 你死我必埋,我死你必嫁。
  46. 我若真個死,一場大笑話!
  47. 莊生大笑一聲,將瓦盆打碎。取火從草堂放起,屋宇俱焚,連棺木化為灰燼。只有《道德經》、《南華經》不燬,山中有人撿取,傳流至今。莊生遨遊四方,終身不娶。或云遇老子於函谷關,相隨而去,已得大道成仙矣。詩云:
  48. 殺妻吳起太無知,荀令傷神亦可嗤。
  49. 請看莊生鼓盆事,逍遙無礙是吾師。

書き下し

  1. 富貴は五更の春の夢、功名は一片の浮雲なり。眼前の骨肉亦た真に非ず、恩愛翻りて讎恨と成る。

    五更:{五鼓(ゴコ)}
    ①日没から夜明けまでの一夜を五等分したもの。初更・二更・三更・四更・五更にわかれる。
    ②五更の一つ。日没から夜明けまでの時間を五つにわけたその五番めの時間。戊夜(ボヤ)。

  2. 金を把みて枷頸を套む莫れ、休めよ將に玉鎖の身に纏うを。清心寡慾凡塵を脫け、快樂風光これ本分。
  3. 這の首《西江月》の詞、是れ個つの世に勸むる之言なり。要に人をして迷情を割斷せしめ、逍遙すること自在なり。且つ父子の天性、兄弟の手足、這れ是れ一本の連枝の如く、割きて斷た不るなり。儒、釋、道三教殊らと雖も、總べて「孝」をでるを得不、「弟」二たりもて字たり。於に至らば子を生み孫を生むは、就ち是れ一輩事を下すのみ、十分周く全くして得了え不。

    一輩事→一輩子(生涯)

  4. 常の道を言い好し。「兒孫自ら兒孫の福い有り、兒孫與馬牛を作す莫れ。」若し論夫婦に到らば、是れ紅線纏腰を說くと雖も、赤繩足を繫ぎ、に是れ肉をけずり膚にねばつくに到るも、離るる可く合わす可し。常の言又た說き得好し。「夫妻本と是れ林を同じくする鳥、天明くるに到るをちて各の自ら飛ばん。」近世人情惡くく薄く、父子兄弟の倒るる也平常にして、兒孫是れ疼痛すると雖も、總て夫婦之情に比ぶるを得不。他れ溺ぼれ的るは是れ閨中之愛にして、聽き的るは是れ枕上之言なり。多少の人婦人の迷惑を被むりて。做り出ですは不孝不弟的る事來れり。這れ斷じて是れ高明之輩にあら不。如し今這の莊生鼓盆的る故事を說かば、是れ人を唆して夫妻睦ま不るのみなら不、只だまさに人の賢愚をば辨ち出し、真假のまじわりを破らん。第一從り著しく迷う處、這れ頭に念いて放淡下し來れ。漸漸六根清淨にして、道の念い滋ず生え、自ら受くる用有らん。昔人田夫のなえを插すを看て、詩を詠むこと四句なり、大いに見解くこと有り。詩に曰く、
  5. 手づから青秧把ば野田に插す、頭を低れて便ち水中の天を見る。
  6. 六根清淨方に稻為り、退き步まば原來是れ前を向く。
  7. 話の說くらく、周末の時、一の高賢有り、姓は莊、名は周、字は子休、宋國蒙邑の人也。曾て周に仕えて漆園の吏と為る。師として事うるは一個の大聖人にて、是れ道教之祖、姓は李名は耳、字は伯陽。伯陽生れ而髮白く、人都な呼びて老子と為す。莊生常に晝に寢ね、夢に蝴蝶と為り、栩栩然として園林花草之間於り、其の意甚だ適く。醒め來たる時、尚お臂膊の兩翅にして飛び動くが如きを覺ゆ、心甚だ之を異とするも、以て後に時なら不して此の夢有り。
  8. 莊生一日老子の座間に《易》を講ずる之暇在りて、將に此夢もて之を師於訴う。師是れ個つの大聖人にして、三生の來歷を曉り得、莊生に向いてつと世の因り由るを指し出ださば、那の莊生原より是れ混沌初めて分つ時一個の白蝴蝶たり。天一に水を生み、二に木を生み、木榮えて花茂る。那の白蝴蝶百花之精を採りて、日月之秀でるを奪い、氣候を得了え、長く生きて死せ不、翅車輪の如し。後に瑤池於游び、蟠桃の花蕊を偷み採り、王母娘娘の位下の守花的る青鸞に啄ま被て死す。其の神は散ら不、托けて世於生まれ、莊周と做り了んぬ。因りて他の根器凡なら不、道心堅固にして、老子に師事し、清淨と無為之教えをを學ぶ。今日老子に前生點き破れ被れ了るに、夢初めて醒めるが如し。自ら兩腋の風生うるを覺え、栩栩然として蝴蝶之意有り。世の情たる榮枯得喪把ば、行雲流水と看做し、一絲だに掛ら不。老子他の心大悟に下るを知り、《道德》五千字的秘訣把ば、囊を傾け而授く。莊生默默として誦習脩煉し、遂に能く身を分ちて形を隱し、神に出でて變化せり。此從り漆園吏的る前程を棄て了え、別れを老子に辭し、周游して道を訪ぬ。

    気候:一年間を区画した時候のこと。▽もと、五日を一候、十五日を一気とし、一年を二十四気、七十二候にわけた。

  9. 他清淨之教えを宗ぶと雖も、原より夫婦之倫を絕た不、一連に娶り三遍妻房を過る。第一の妻、疾を得て夭か亡にせり。第二の妻、過有りて出さ被る。今說き的るが如きは是れ第三の妻にして、姓は田、乃ち田齊族中之女なり。莊生齊國於游ぶに、田宗其の人品を重んじ、女を以て之に妻す。那の田氏先前の二妻に比べて更に姿色有り、肌膚冰雪の若し、綽約として神仙に似たり。莊生是れ好色之徒なら不すも、卻る也十分相い敬い、真に個つの魚の水をくるが如し。

    綽約:ゆったりとしてしとやかなさま。「其中綽約多仙子=其の中に綽約として仙子多し」〔白居易・長恨歌〕

  10. 楚威王莊生之賢を聞き、使を遣わして黃金百鎰、文錦千端、安車駟馬を持たしめ、聘きて上相為らしめんとす。莊生歎きて道く、「犧牛は身文繡を被り、口に芻菽を食い、耕牛の力めて辛苦を作すを見て、自ら其の榮れを誇る。其れ太廟迎え入れらるるに及び、刀俎前に在り、耕牛為らんと欲し而得可から不る也」と。遂に之をしりぞけて受け不、妻を挈きて宋に歸り、曹州之南華山於隱る。

    芻菽:まぐさと豆。「力雖窮田疇、腸未飽芻菽=力は田疇に窮まると雖も、腸はいまだ芻菽に飽かず」〔梅尭臣・耕牛〕

  11. 一日、莊生山の下に出で游ぶに、荒れたる塚の纍纍たるを見、歎きて道く、「『老少俱に辨ち無し、賢愚所を同じくして歸る。』人塚の中に歸るに、塚中豈に能く復た人為らん乎」と。咨嗟き了ること一回。再び行きて幾步なるに、忽ち一の新しき墳を見る。土を封せて未だ乾かず。一の年少なる婦人身渾て縞素にして、此の塚之旁於坐り、手に齊紈の素扇をめぐらせ、塚に向いてつらつら搧ぎて已め不。莊生怪み而之に問うらく、「娘子、塚中葬る所は何れの人ぞ。何為れぞ扇を舉げて土を搧がん。必ず其の故有らん」と。那の婦人並びに身を起さ不、扇を運らすこと故の如く、口中鶯啼燕語して、幾句を說き出だすも道理の通ぜ不る的るを話し來たらす。正に是れ、聽く時は千人の口を笑い破り、說き出ださば一段の羞を加え添えん。

    鶯啼:{鶯歌(オウカ)・鶯声(オウセイ)・鶯吟(オウギン)}うぐいすの鳴き声。美しい歌声のたとえ。「間関鶯語、花底滑=間関たる鶯語、花底に滑らかなり」〔白居易・琵琶行〕
    燕語:=讌語。①酒盛りをしてくつろいで語りあう。②うちとけた談話。《同義語》宴語。③つばめのさえずり。④女がにぎやかにしゃべること。女のおしゃべり。⑤恋人どうしや夫婦のむつごと。

  12. 那の婦人道く、「塚中乃ち妾之拙夫なり、不幸にして身亡せり、骨を此於埋む。生れし時妾與相い愛したれば、死して捨つ能わ不。遺言して妾に教えて要に改めて他人に適くが如きは、だ葬事畢りて後を待ち、墳土乾了ぬらば、方に纔に嫁ぐ可しと。妾新たに築ける之土を思い、如何にして就ぐ乾くを得んとて、此に因りて扇を舉げて之を搧ぐ」と。莊生笑いを含みて、想いて道く、「這の婦人に性の急なるかな。さいわいに他れ還りて生前の相愛を說かんか。若し相愛的ら不らば、還た要に怎麼」と。乃ち問うて道く、「娘子、要し這の新土乾燥せしめんとせば極く易し。娘子の手腕嬌軟に因りて、扇を舉ぐも無力ならん。不才願わくば娘子に替りて一臂之勞を代らん」と。那の婦人方に纔に身を起し、深深と個つの萬福を道うらく、「多だ官人に謝す」と。雙手素白紈扇をちて、莊生に遞し與えたり。莊生道法を行き起こし、手を舉げて塚頂を照らすに連ら數扇搧がば、水氣都く盡き、其の土頓かに乾けり。婦人笑容掬す可くして、謝して道く、「官人力を用いて勞有らん」と。將に纖手鬢旁に向け一股銀釵を拔き下げ、那の紈扇に連ねて莊生に送り、權に相い謝すると為せり。莊生其の銀釵を卻け、其の紈扇を受くるに、婦人欣然とし而去る。

    「可掬(キクスベシ)」とは、手にすくうほど多いこと。手にとって見るほど明らかである。「饑寒之色可掬=饑寒の色掬すべし」〔杜子春〕。「舟中之指可掬也=舟中の指掬すべし」〔春秋左氏伝・宣一二〕

  13. 莊子心下平かなら不。家中に回り到りて、草堂於坐り、紈扇看了えて、口中歎きて四句を出せり。
  14. 是れ冤家の頭を聚め不るにあら不、冤家相聚りて幾時休まん。

    冤家:①かたきの家。《類義語》怨家。②恋人。愛人。

  15. 早に死を知りて後に情義無く、生前把ば索めて恩愛あつまる。
  16. 田氏背後に在りて、莊生嗟歎之語を聞き得るや、前に上りて相い問うに、那の莊生是れ個つの道有る之士なり、夫妻之間亦た稱して先生を為す。田氏道く、「先生何事ぞ感歎有らん。此の扇何從りし而得ん」と。莊生將に婦人の塚を搧ぎ、土乾き改め嫁ぐを要むる之言を一遍述了んぬ。「此の扇即ち土を搧ぐ之物。我が助力に因りて、此を以て相い贈られたり」と。田氏聽き罷め、忽ち忿然之色を發し、空中に向けて那の婦人を把み、「千だも賢たら不、萬だも賢たら不」と罵了ぬること一頓。莊生に對いて道く、「此の如き薄情之婦、世間少に有らん」と。莊生又た四句を道出すらく、
  17. 生前個個に恩の深きを說くも、死後は人人墳を搧ぐを欲す。
  18. 龍を畫き虎を畫きて骨をくは難し、人の面を知るを知りて心を知ら不。
  19. 田氏言を聞きて大いに怒る。古自り道く、「親を廢するを怨み、禮を廢するを怒る」と。那の田氏怒中之言、體面を顧み不。莊生に向いて面上一さけび、說きて道く、「人類同じと雖も、賢愚等しから不。你何ぞ輕がるしく此語を出すを得んや、將に天下の婦、道家の一例と看做さん。不道を卻けて人の好みを累ぬるを帶びる人にあきたらず。你の卻ける也罪過を怕れ不うか」と。莊生道く、「要に空を彈きて嘴を說く莫れ。假し不幸に如て、我れ莊周の死後、你這れく花の如く玉に似的るの年紀なり、難道やのばし得て三年五載を過ぎん」と。田氏道く、「『忠臣は二君に事え不、烈女は二夫をが不』とあり。那の好人と見えし家婦とつぎて兩家の茶を吃まんとす。兩家の牀に睡らんか。若し不幸にして我身の上に輪り到らば、這樣の廉恥沒き的る事、三年五載を說く莫くして、就ちに是れ一世だ也成りて得不、夢兒の裡也還た三分的る志氣有り」と。莊生道く、「難說たばぶれなり。難說なり。」田氏口に詈語を出して道く、「婦人の志有るは男子の如きに勝れり。你の似く這般に仁沒く義沒き的るは、一個死に了ぬるも、又た一個をもとめん。一個出で了ぬるも、又た一個を納め、只だ人を別つ也是れ一般の見識を道う。我們婦道家一鞍一馬にて、倒るるも是れ站ち得腳頭定まり的り。怎麼ぞ他人與の說なる話把ば肯ぜば、惹いては後世恥笑いたらん。你如し今又た死せ不らば、直恁ついに人を枉げ殺し了らん」と。就に莊生手中の紈扇を奪い過ぎ、扯き得粉碎す。莊生道く、「必ずしも怒を發不れ、只だ願い得るは此の如き爭氣甚しく好しきのみ」と。此自り話すこと無し。

    難說:難道。表示反詰。吳組緗 《山洪》二十:“有本事你怎么不對他吹吹,把他吹出來給隊伍挑送東西呢?難說他又是不能挑擔的么?” 詰難。《后漢書·儒林傳上·戴憑》:“帝即召上殿,令與諸儒難説, 憑 多所解釋。”
    這般:《俗語》このような。また、このように。《同義語》遮般。
    直恁:猶言竟然如此。《京本通俗小說·錯斬崔寧》:“官人直恁負恩!甫能得官,便娶了二夫人!” 元 金仁杰 《追韓信》第一折:“一回家怨天公直恁困英豪,嘆良金美玉何人曉!”《警世通言·小夫人金錢贈年少》:“是甚么人

  20. 幾日過ぎ了えて、莊生忽然として病を得得、日に沉重を加う。田氏牀頭に在りて、哭き哭き啼き啼く。莊生道く、「我病勢此の如し、永の別れは只だ早晚に在らん。惜しむ可可くは前日の紈扇の扯き碎き了る、此在留むを得ば、好く把りて你に與えて墳を搧しめん」と。田氏道く、「先生要に心多きを休めよ。妾書を讀みて禮を知る、一に從い而終り、誓いて二志無し。先生若し信ぜ見れ不ば、妾願わくば先生之前於死し、以て心の跡を明さん」と。莊生道く、「娘子の高志を見て、我れ莊某死亦た瞑目するに足れり」と。說くを罷めて、氣就ち絕え了ぬ。

    沉=沈

  21. 田氏屍を撫でて大いに哭く。央及び東鄰西舍の少きを得不して,衣衾棺槨殯殮製り備う。田氏一身に素縞を穿ち了え、真に個つの朝朝に憂い悶え、夜夜に悲しみ啼くなり。每に想う莊生生前の恩愛にして、癡が如く醉うが如く、寢食俱に廢つ。山前山後莊戶、のみならず曉らるるを得たる有るは莊生の是れ個つの名を逃る隱士、弔いに來たりうやするもの,到底城市の熱鬧に比ば不。
  22. 第七日の到り了えて、忽かに一の少年秀士有り、生得面粉をれるが如く、唇朱を塗れるが若く、俊俏雙い無く、風流第一なり。穿ちいでたち的るは紫衣玄冠、繡帶朱履なり。一個の老蒼頭じいやを帶び、自ら楚國王の孫を稱し、向きの年曾て莊子與さいわいにも先生約有りて、門下在拜まんとし、今日特に來たりて相い訪ぬ。見れば莊生已に死し、口に稱うらく、「惜しむ可し」と。慌忙て下色の衣を脫ぎ、蒼頭を叫びて行囊內於り素服を取り出して穿ち了。靈前に向いて四拜して道く、「莊先生、弟子緣無く、面會して教えに侍るを得不。願わくば先生の為に百日之喪を執り、以て私淑之情を盡さん」と。說き罷めて、又拜み了ること四拜、淚を灑ぎ而起ち、便ち田氏に請うて相い見ゆ。
  23. 田氏初めの次では推して辭る。王孫道:く、「古禮に、家を通る朋友は、妻妾だに相い避け不、何ぞ況んや小子莊先生與師弟之約有らんを」と。田氏只だ孝堂を步み出づるを得て、楚王孫與相い見え、寒溫を敘べ了る。田氏楚王孫の人才標致なるを一見して、就に憐愛之心を動かし了え、只だ近づきう由無きを恨む。楚王の孫道く、「先生死すと雖も、弟子思慕忘れ難し。尊居を借りて、暫く百日を住かんと欲す。一に先師之喪を守り、二者先師の留め下したる什麼の著述有るを、小子借るを告げて一觀し、以て遺訓に領らん」と。田氏道く、「通家之誼み、久しく住むに何か妨げならん」と。當に飯を下しととのええて相いよろこぶ。

    標致:①書物などの趣旨がよくあらわれている。②《俗語》顔かたちが目だって美しい。器量がよい。

  24. 飯罷りて、田氏將に莊子著す所の《南華真經》及び《老子道德》五千言、盤を和えて托け出だし、王孫與獻ず。王孫慇懃に感謝す。草堂中間靈位を占め了え、楚王の孫左の邊廂に在りてしずかにとどまる。田氏每日假りるに靈を哭くを由を為すを以い、就ち左の邊廂にありて、王孫與話をず。日に漸く情熟れて、眉に來り眼に去り、情已む能わ不。楚王の孫只だ五分有りて、那田氏十分倒る有り。喜ぶ所者深山隱僻、就ち些事いささかもいきちがいを做り了え、人の說を傳える沒し。恨む所者は喪新たにして未だ久しからず、況んや且つ女の男於求むるは、以て齒を啟き難し。

    眉來眼去:彼此間以眼神、表情傳達情意或訊息。啟齒:開口說話,多指有所請求。

  25. 又幾日をび了るに、約めて有半月莫きり。那の婆娘心猿意馬にして、按捺不住そわそわ、悄げ地老蒼頭を喚びて房に進め、賞むるに美酒をい、將に好き言もて撫で慰む。從容として問うらく、「你が家の主人曾て婚配しや否や」と。老蒼頭道く、「未だ曾て婚配らず」と。婆娘又た問いて道く、「你が家の主人、要にえらびて什麼なる樣の人物もてはじめて婚配るを肯んぜんか」と。老蒼頭醉いを帶びて道く、「我が家の王孫曾て言う有り、若し像に娘子の一般に韻の丰かなるを得ば、他れ就ち心滿ち意足らん」と。婆娘道く、「果たして此れ話有りや、你の說くところいつわりに非る莫きか」と。老蒼頭道く、「老漢一えに年紀を把げたり。怎麼んぞ謊りを說かんや」と。婆娘道く、「我你老人家にもとめて媒を為し說き合うに、若し嫌いて棄て不らば、奴が家情你の主人に願いて事をしたがえん」と。老蒼頭道く、「我が家の主人也た曾て老漢與說き來たるに、一段の好き姻緣を道うも、只だ師弟の二字が礙げ、人を惹けて議論せしむるを恐る」と。婆娘道く、「你が主人先夫與原と是れ生前の空約にて、北面聽教的事有る沒く、師弟に算え得不。又た且つ山僻荒居にて、鄰舍罕に有り、誰人ぞ議論せん。你老人家是れ必ず曲に委ねて成就かば、你を教て杯を吃む酒を喜ばしめん」と。老蒼頭應に允す。去るに臨む時、婆娘又た喚に轉り來らしめて囑咐けて道く、「若し是れ說き得允さるる時、早晚を論ぜ不、便ち房中に來りて奴家一聲を回し覆がせ。奴が家此れ專ら等に在り」と。

    心猿意馬:《故事》いろいろと考えが変わって、一つのことに落ち着かないこと。「意馬心猿」とも。〔伝習録・陸原静〕
    按捺不住:拼音是àn nà bù zhù,意思是心里急躁,克制不住。出自《警世通言》。
    丰韻:拼音fēng yùn,用来迷人的肉体特征;优美的姿态,多用于女子。释义有三种:指妇女优美的仪态神情。指景物美丽。指文章饶有韵味。

  26. 老蒼頭去りて後、婆娘懸懸とし而望む。孝堂張を邊らし了えること數十遍、恨みて一條細繩も縛り了えて那れ俏や後俊腳を生じる能わ不、扯きて將に入り來たらんとし、摟め做して一處なり。將に黃昏に及び、那の婆娘等ち得個つの煩いに耐え不、黑暗裡に孝堂に走り入り、左邊廂の聲息を聽く。忽然として靈座上に響き作り、婆娘嚇き了りて一跳び、只だ亡靈出現と道う。急急走りて內室に轉び、燈火を取り來りて照らすに、原來是れ老蒼頭の醉を吃い了、直ぐ挺挺的靈座桌上於臥すなり。婆娘又た敢えては他をば嗔責せ不、又た敢えては他を聲び喚か不、只だ房に回るを得。更けるを捱びて點を捱びて、又た一夜過ぎ了ぬ。
  27. 次の日、老蒼頭行き來たちて步み去るに見い、並びて那の話兒來たらし回り覆さ不。婆娘心の下かゆみを發し、再び他を喚びて房に進み、其の前の事を問う。老蒼頭道く、「成ら不。成ら不」と。婆娘道く、「為何れぞ成ら不る。曾て將に昨夜這些かの話剖きひらくこと明白なら不るに非ざる莫し」と。老蒼頭道く、「老漢都て說り了ぬ、我が家の王孫也た說き得るに理有り。他道く、『娘子容貌、自ら必ず言わ不。未だ師徒を拜さざるに、亦た論ずる可から不。但だ三件の事未だ妥からざる有、好みて娘子に回し覆し得ら不』と」と。婆娘道く「那の三件の事いかん」と。老蒼頭道く、「我が家の王孫道く、『堂中個つの凶器のならぶを見著り、我れ卻けて娘子與吉禮を行わんは、心中何と忍ばん。且つ雅相なら不。二來に莊先生與娘子是れ恩愛の夫妻、況や且つ他れ是れ個つの道德有る的名賢たり、我的才學萬分も及ば不、娘子の輕薄せ被るを恐る。三來に我が家行李尚お後邊に在りて未だ到らず、手空しきこと此く來り、聘禮筵席之費え、一に措く所無し。此の三件が為めに、以て成ら不る所なり』と」と。
  28. 婆娘道く、「這の三件都な必ずしも慮わ不。凶器是れ生根ら不、屋後還た一間の破れ空き房有り、幾個の莊客を喚びて他を擡ぎて出で去らしめば、就ち是れ、這れ是れ一件了ぬ。第二件、我が先夫那の裡就ち是れ個つの道德的有りし名賢なるも、當に初めて家を正す能わ不、妻を出すの之事有るを致し、人其の薄德を稱う。楚の威王其の虛名を慕い、厚禮を以て他を聘きて相為らしめんとす。他自ら才力勝え不るを知り、逃げ走りて此に在り。前月獨り山下に行きて、一の寡婦に遇い、將に搧墳を扇ぎ、墳土の乾燥を待ちて,方に纔に人に嫁がんとす。拙夫就ち他與戲れを調え、他の紈扇を奪い、他に替りて土を搧ぐ。將に那れ紈扇を把りて帶び回るも、是れ我れ扯き碎り了ぬ。死に臨みて前幾日、還りて他が為めに一場の氣をすくい了るも、又た什麼の恩愛ならん。你が家の主人年青くして學を好み、進むに量る可から不。況や他れ乃ち是れ王孫之貴き、奴家亦た是れ田宗之女、門第相い當る。今日此に到らば、姻緣天の合わするところ。第三件、聘禮筵席之費え、奴家主と做るに、誰人か要に聘禮を得ん。筵席也是れ小事にして、奴家が更に私が房なる白金二十兩を積み得、你が主人に贈り與え、一套の新衣服を做らん。你再び去きて道い達し、若し成り就るの時、今夜是れ婚吉日に合わば、便ち要に親と成らん」と。
  29. 老蒼頭二十兩の銀子收め了え、楚の王孫に回り覆す。楚の王孫只だ得て順い從う。老蒼頭婆娘に回り覆し了ぬるに、那の婆娘當に時に歡天喜地し、孝服を把げて除け下げ、勾を重ねて面に粉し、再び朱唇を點け、穿た了は一套の新鮮なる色衣。蒼頭を叫びて近山莊客を顧りて喚ばしめ、莊生の尸柩をかつぎ擡げ、後面の破屋之內於停む。草堂を打ち掃い、準備して合婚筵席を做さんとす。詩有りて證為り。
  30. 俊俏孤孀ことのほか樣嬌かし、王孫意有りて更に相い挑む。

    俊俏:器量がよい.
    孤孀:未亡人,寡婦,やもめ

  31. 一鞍一馬誰人か語る。今夜思い將に快かに婿招く。
  32. 是の夜、那婆娘香房に收拾するに、草堂內ならべ得たるは燈燭の輝煌。楚王の孫は簪纓袍服、田氏は錦襖繡裙、雙雙花燭之下於立ち、一對の男女、玉の如く金を琢きて裝い、美しさ說く可から不。拜を交すを已に畢え、千恩萬愛,、手を攜えて洞房於入る。合の巹杯さかづきをば喫み了え、正に牀に上りて衣を解きて寢に就かんと欲す。忽然として楚の王孫眉頭雙つながら皺よりて、寸步も移り難くして、登時すぐさま地下於倒れ、雙手胸を磨り、只だ心疼忍び難しと叫ぶ。田氏心より王孫を愛せしに、顧みて新婚の廉恥を得不、前に近づきて抱住め、他に替りて撫で摩り、其の所以を問う。王孫痛極まりて語れ不、口に涎沫を吐き、奄奄として絕えんと欲す。老蒼頭慌てて一堆を做す。田氏道く、「王孫平日曾て此症候有るや否や」と。老蒼頭代りて言く、「此の症平日常に有り。或いは一二年に一次を發す。治す可き藥無し。只だ一物有り、之を用いば立ちどころに效く」と。田氏急ぎて問うらく、「用いる所は何物ぞ」と。老蒼頭道く、「太醫傳の一奇方なり、必ず生人の腦髓を得て熱酒もて之を吞まば、其の痛み立ちどころに止む。平日此の病舉げて發さば、老殿下楚王に奏し過ぎて、一名の死囚を撥きて來らし、縛り而之を殺し、其の腦髓を取る。今山中如何にして得可きや。其れ命まさに休み矣ん」と。田氏道く、「生人の腦髓、必ずしも致す可から不。第の死を知ら不る人的を用いて得可き」と。老蒼頭道く、「太醫說くらく、凡そ死して未だ四十九日に滿たざる者にして、其の腦尚お未だ乾き枯れざるは、亦た取りて用う可しと」と。田氏道く、「吾が夫死して方に二十餘日、何ぞ棺を斲ち而之を取ら不る」と。老蒼頭道く、「只だ娘子の肯んぜ不るを怕る」と。田氏道く、「我れ王孫與其れ夫婦成り、婦人身を以て夫に事う、自身尚お且つ惜ま不、何ぞ將に朽ちたる之骨於有らん乎」と。
  33. 即ち老蒼頭に命じて王孫に伏して侍らしめ、自己柴を砍る板斧を尋し了ぬ。右手斧を提げ、左手燈を攜げ、後邊の破屋中に往き、將に燈り棺蓋之上於放つ。棺頭を覷い定めて、雙手もて斧を舉げ、力を用いて劈き去る。婦人家氣力單微にして、如何ぞ棺の開くを劈き得んや。個つの緣故有りて、那の莊周是れ生に達る之人、厚斂を肯ぜ不。桐棺三寸、一斧就ちに劈き去り了えたるは一塊の木頭。再び一斧去りて、棺蓋便ち裂け開き了ぬ。只だ見るは、莊生棺內從り歎きの口氣、棺蓋を推し開き、身を挺して坐り起つ。田氏心狠くこと雖然なるも、終に是れ女流なり。嚇り得腿え筋り、心頭亂れ跳び、斧頭覺え不して地に墜つ。莊生叫ぶらく、「娘子我をば扶け起し來れ」と。

    覷:覰の俗字
    雖然:…ではあるが。

  34. 那の婆娘已むを得不、只だ莊生を扶けて棺を出しむるを得。莊生燈を攜ぐるに、婆娘後に隨いて同じく房に進み來たる。婆娘心に知るよう、房中楚の王孫の主僕二人有り、兩把の汗を捏ぬ。一步を行き、反りて兩步を退がる。房中に到るの比及に看し時、鋪設しつらえ依然燦爛たるも、那の主僕二人、闃然として見え不。婆娘心下に雖然として暗暗驚疑たるも、卻けてまた膽を放下了え、巧言もて抵飾せんとす。莊生に向いて道く、「奴家自ら你死したる後、日夕思い念う。方に纔に棺中に聲の響き有るを聽き得て、古人中多く還魂之事有るを想い、你の復活を望み、所以に斧を用いて棺を開く。天に謝す地謝す地に謝すす、果然として重ねて生まる。實に乃ち奴家之萬幸也」と。莊生道く、「多謝す、娘子の厚意を。只だ是れ一件、娘子孝を守りて未だ久しからざるに、為何れぞ錦襖繡裙せんや」と。婆娘又た解き釋きて道く、「棺を開きて喜びを見、敢えては將に凶服もて衝動せ不、權に錦繡を用い、以て吉兆を取るのみ」と。莊生道く、「罷め了れ。還りて一節有り、棺木何ぞ正寢在放たれ不るや。卻けて撇びて破屋之內に在るは、難道也よもや是れ吉兆ならん」と。婆娘言答うる可き無し。

    闃:ゲキ、しずか。
    衝動:興奮する

  35. 莊生又た杯盤羅列を見、也た其の故を問わ不、酒を煖めて來りて飲ま教むるに、婆娘只だ酒を煖めて送り來らすを得。莊生大量を放ち開き、數觥を滿して飲む。那の婆娘時務に達せ不、煨熱を老公に指し望み、重ねて夫妻と做り、酒壺を緊め挨ち著、嬌を撒き癡を撒らし、甜言美語、要に莊生と牀に上り同寢を哄ぶ。莊生酒を飲み得たること大いに醉い、紙筆を索めて四句を寫き出だせり。
  36. 從前了えて冤家の債を卻け、你之を愛するの時我愛さ不。
  37. 若し重ねて你與夫妻と做らば、你が巨斧の天靈蓋を劈き開くを怕る。
  38. 那の婆娘這の四句詩を看了えて、羞慚滿面、口を頓みて言無きなり。莊生又た四句を寫き出だす。
  39. 夫妻百夜も何の恩有らん、新人見了えらば舊人を忘る。
  40. 甫得たいらな蓋棺斧の劈くに遭わば、如何ぞ搧ぎて墳を乾かすを等ち待たん
  41. 莊生又た道く、「我則ち你を教て兩個の人を看せしむ」と。莊生手を用いて將に外面一指せば、婆娘頭を回らし而看、只楚の王孫和老蒼頭の踱りて將に進み來るを見。婆娘一驚を喫み了え、身を轉して莊生を見了え不、再び頭を回すの時、連ねて楚の王孫主僕都て見え不り了ぬ。那の裡什麼か楚の王孫、老蒼頭有るは、此れ皆莊生の分身隱形之法也。
  42. 那の婆娘精神恍惚として、自ら顏無きを覺え、腰間の繡帶を解きて、梁に懸りて自ら縊れる。嗚呼哀しき哉。這れついに是れ真に死した了。莊生田氏已に死せるを見て、解きて將に下し來たる。就ち將に劈き破るる棺木の盛りたるに他をば放し了えたる。瓦盆を把りて樂器と為し、之を鼓ちて韻を成し、棺に倚り而歌を作る。歌いて曰く、
  43. 大塊無心たる兮、我を生みてこれを與う。我伊れが夫たるに非ざる兮、伊れ我が妻に非ず。偶然邂逅せる兮、一室もて居いを同じくす。大限既に終る兮、合う有り離るる有り。人生之ち良き無き兮、生死情移る。真情既に見える兮、不死何ぞ為さん。伊れ生ける兮取り去るを揀び擇り、伊れ死せる兮還た空虛に返る。伊れ我を弔いたる兮、我に贈るに巨斧を以う。我れ伊れを弔わん兮、伊を慰むるに歌詞を以う。斧の聲起せる兮我が復活、歌聲發ける兮、伊れの知る可きを。噫嘻、瓦盆を敲き碎きて再び鼓た不、伊れ是れ何人ぞ我れ是れ誰ぞ。

    大塊:摂理
    大限:拼音是dà xiàn,解释是寿数:大限有终。也指死期:大限将至。

  44. 莊生歌罷め、又た詩四句を吟ず。
  45. 你死さば我れ必ず埋め、我死さば你必ず嫁ぐ。
  46. 我れ若し真に個つの死たれば、一場これ大いなる笑話なり。
  47. 莊生大笑すること一聲、將に瓦盆もて打ち碎く。火を取りて草堂從り放ち起し、屋宇俱に焚け、棺木を連ねて化して灰燼と為る。只《道德經》、《南華經》の燬け不る有り、山中人有りて撿して取り、傳え流れて今に至る。莊生四方をあそび遊び、終身娶ら不。或いは云うらく、老子と函谷關於遇い、相隨し而去り、已に大道を得て仙と成り矣る。詩に云く、
  48. 妻を殺して吳起太いに知らるる無く、荀令神を傷りしこと亦た嗤う可し。

    荀令:荀彧

  49. 看るを請う、莊生鼓盆の事、逍遙して礙り無きは是れ吾が師。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。覚悟致せ。

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