- 子貢、回々国から食糧をだまし取る
原文
孔子絕粮于陳。命顏回往回々國借粮。以其名與國相同。兾有情熟。比往通訖。大怒曰。汝孔子要攘夷狄。恠俺回々。連你也罵着。說回之為人也擇賊乎。粮斷不與。顏子怏々而歸。子貢請往。自稱平昔奉承。常曰賜也何敢望回々。羣回大喜。以曰粮一擔。先今携去。許以陸續送用。子貢歸。述諸孔子。孔子攢眉曰。粮便騙了以擔。只是文理不通。
粮長𠬧粮在倉。恠其日耗。潜視之。見黃鼠羣食其中。亟開倉掩捕。黃鼠有䕶身屁。放之不已。大怒曰。這樣放屁的畜生。也吃了我的粮去。
書き下し
孔子陳于糧を絶たる。顔回に命じて回々国に往かしめ、糧を借らんとす。其の名国与相同じきを以て、兾(おお)いに情の熟れたる有ればなり。往くに比びて通じ訖んぬ。大いに怒りて曰く、汝孔子、夷狄を攘うを要め、俺れ回々を怪しむ。你を連ぬる也罵しり着(て)、回之人と為り也賊乎と説けり。糧は断じて与え不。顔子怏々とし而帰る。子貢往くを請う。自ら称すらく、平昔より承け奉りて、常に賜也何ぞ敢て回々を望まんと曰うと。群なす回大いに喜ぶ。以て曰うに、糧一担先に携え去れ。許すに陸続と用を送るを以てす。子貢帰り、諸を孔子に述ぶ。孔子眉を攢せて曰く、糧便ち騙り了るに担を以てす。只是れ文理通ぜ不と。
糧長糧を倉在𠬧む。其の日に耗るを怪しむ。潜かに之を視るに、黄鼠の群れて其の中に食うを見る。倉を開きて掩い捕らえんとするに極(いた)りて、黄鼠に䕶身の屁有り。之を放ちて已ま不。大いに怒りて曰く、這る様の屁を放ち的(たる)畜生、也(なお)も我的(の)糧を吃い了え去(たり)。
現代日本語訳
孔子が陳で兵糧攻めに遭った。そこで顔回を回々国(厶教徒の国)に行かせ、食糧を借りる事にした。顔回の名前と国名が同じなので、きっと親しみを覚えてくれるだろうと期待したのである。
顔回が回々国に着いて事情を話すと、回々人は大層怒って言った。
「きさまの師匠の孔子は、いつも我々回々を蛮族扱いして、攻め取ろうとしているな? 第一きさまも孔子に嫌われて、”回の人となりや賊か*”と言ってるじゃないか。断じて食糧は渡さん。さっさと帰れ!」顔回は鬱(ウツ)になって戻ってきた。
そこへ子貢が出てきて言った。「私は平素先生の教えを受けて、いつも”賜(=子貢の名)や何ぞあえて回々を望まん*”と言っています。私なら大丈夫でしょう。」
子貢が回々国に行くと、果たして回々人は大いに喜び、「とりあえず食糧一担ぎをあげますから、持ち帰りなさい。ご入り用なら後からどんどん送ってあげます」と言う。喜んで帰った子貢が、孔子に報告すると、孔子は顔をしかめて言った。
「ひとまず食糧はだまし取れたが、文の読みが滅茶苦茶だなこれは。」
* * *
国有倉庫の長が、年貢の米を倉に収めた。ところが日に日に米が減っていく。おかしいなと思った倉庫長が、こっそりと見張っていると。ネズミがわらわら出てきて米を食う。「おのれ!」と一網打尽にしようとすると、ネズミは護身の屁を放ってやまない。
鼻をつまみながら倉庫長が言った。「こんな屁を放つ畜生*まで、わしの米を食いやがる!」
(『笑府』巻二・喫糧)
*回の人となりや賊か:『礼記』中庸篇「子曰く、回之人と為り也、中庸乎(に)択(えら)べるか」がもとネタで、「回之人と為り也、択」で切り取り、択(ツェイ)→賊(ツェイ)に置き換えたもの。
*賜や何ぞあえて回々を望まん:論語公冶長篇8「賜也何ぞ敢えて回を望まん」(賜ごときがなぜ顔回を望めましょう。)が元ネタ。
*屁を放つ畜生:役人の横領や横流しを言ったもの。
付記
歴史とは過去の事実ではなく、人々が過去をどう信じたかであるという。ここに示したのは、江戸落語のタネ本である『笑府』の一節で、書き手は明の馮夢竜だとされる。道徳の模範である孔子とその高弟たちも、ハッタリ屋の集まりだとまともな中国人は思っていたのだ。
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