論語における「徳」

論語 德 書体

徳とは何か

論語での結論は二つある。一つは”機能”であり、もう一つは機能のうち、”礼を完璧に身につけ仁者を体現してみせる機能”。いずれも、道徳や人徳ではない﹅﹅﹅﹅ことに注意。孔子以外の弟子の発言では、そう解せる場合もあるが、いずれも能力の劣った弟子の発言に限られる。

語源から言えば、徳は心理的圧力を加えつつ各地を巡回することであり、道徳人徳は後付けの意味に過ぎない。

機能としての徳

機能としての徳は、論語顔淵篇の句に代表される。「君子之徳は風、小人之徳は草なり。草の上、風かば、必ずす」とあり、君子の機能を風に、凡人の機能を草にたとえ、草の上を風が吹けば、その機能で必ず草がなびくと孔子は言っている。

ここから機能による能力・効能、その結果としての利益の意味が派生してくるが、やはり道徳とは何の関係もない。論語為政篇で「政を為すに徳を以てす、譬えば北辰の其の所に居て、而かも衆星之を共にするが如し」と言うのは、政治の機能は利益配分であり、利益には誰もが目を向けることを言っている。

また孔子の教説では、機能や能力は見せびらかすものではなく、普段は隠然として隠しておくものだった。論語里仁篇12に「するどきを放ちて行わば、怨み多し」(能力を見せびらかすと嫌われるぞ)と言ったように、新興勢力である孔子一門が、既存の貴族層の中でのし上がるには、能力で旧勢力を叩きのめせば、丸ごと排除されかねなかった。それゆえ「能ある鷹は爪を隠す」のである。

これは孔子一門がこれ見よがしな礼法を見せつけたのとは矛盾しない。礼法は笑われれば済むが、旧勢力に無能を自覚させてしまえば、本気で排除にかかるからで、お金の貸し方同様、相手が望むときに小出しにするのが徳を用いるコツだった。

だから論語憲問篇で、「は其の力をたたえず、其の徳を称える也」と孔子が言うのは、驥=千里の馬の走った姿を人は褒めそやすが、普段おとなしく隠然とした力=機能を蓄えている姿に気付かぬのだろうか、ということ。馬に道徳などあったものではない。

驥は麒麟と混同されやすいが、実在の州産の名馬である。では孔子が見たという麟はどうなのか、という問いはここでは関係が無い。

また徳は、日本漢語の機能だけでなく、英語のfunctionに翻訳できる。functionは機能を意味すると共に、数学の関数を意味する。関数は放置すればただの記号の羅列だが、変数に代入するとさまざまな解を返す。それは場合によって、莫大なエネルギーを生みもする。

E=mc2

有名な相対性理論の関数だが、紙に記したところで何のこともない。しかし質量が、宇宙の極限数の一つである光速の、その自乗という途方もない数に掛けられた結果が、エネルギーだと言っている。これによって、人類は核兵器や原発のような巨大なエネルギーを得た。

孔子が論語の中で、ここまで語ってはいないことはもちろんだ。しかし、目に見える物質や作用と、それを生み出す抽象的な機能の違いには気付いていた。論語の時代から現在まで、極めて実利的・即物的な中国人の中にあって、抽象的な概念に巨大な力を見たのだった。

子路、徳=隠然とした力のすさまじさは、ほとんど誰も知らないぞ。(論語衛霊公篇4

論語の時代から、中国の諸子百家の世界が始まるが、その諸説のほとんどは、たわいもない妄想か寓話に過ぎない。従ってほぼ現代的意味がない。だが論語に言葉を残した孔子に限ると、普遍的性格を現代でも持つのは、孔子が百家の中でただ一人、徳の存在に気付いたからだ。

論語の時代から、中国人は抽象的思考=論理が苦手だが、孔子はそれが出来た例外だった。従って後世の儒者には論語の言葉がまるで分からず、徳についてもあれこれ議論しているが、どれも的を外している。徳を道徳と決めつけて済ましており、だから論語の意味が分からない。

徳という教説の根本が分かっていない。だから儒者の注釈は、論語の読解に役立たない。

仁者の体現としての徳

しかし機能だけでは舌足らずとなる徳が、論語には記されている。論語先進篇で徳行の弟子として扱われている、顔回子淵,閔子騫ビンシケンゼン伯牛,冉雍センヨウ仲弓がそれで、彼らはいずれも仕官しなかったか、仕官しても一切の業績が史料に記されていない。いずれも持ち上げられた人たちなので、善政の一つも行ったらメモ魔の中国人が書かないわけがないが、何も伝わっていない。

彼らは言わば、姫無きオタサーの一員だった。孔子が社会の底辺からのし上がる過程で、あこがれるようにして想像し創造したのが仁者であり、古記録から仁者にふさわしいスペックを集めたのが礼だった。言わば仁者は、孔子にとっての理想的な等身大「仁」フィギュア。
論語 仁 フィギュア 単体

顔回以下の徳行の弟子たちは、孔子とフィギュアの趣味が合った。従って複雑煩瑣な礼法を学び取り実践し、顔回に至ってはついに、仁者になりおおせた。それ以外の弟子はそこまでは行かなかったが、孔子とフィギュアの趣味が合ったわけ。だから煩瑣な礼法も苦にならない。

趣味人というのは、はたから見れば理解しがたいほどの苦行をしたがるものだが、オタサーの一員たる者、そうでなくてはやっていけない。従って人格が優れていたかは怪しく、実務能力に至っては皆無だった可能性が高い。現代人が有り難がるような人ではなかったのだ。

それ以外の徳

論語を読む限り、孔子の一門を大別すれば、実務家とオタサーのメンバーと、どちらでもない人物の三つに分類できる。この三つめに属するのが曽子や有若と言った、ボンクラやウスノロの弟子で、孔子がいくら教えてもメモも取らず、かといって仕事も出来ず、孔子が熱く趣味を語ると冷笑する。好き嫌いの激しい孔子にとっては嫌な弟子で、だから口を極めて罵倒した。

三千人も弟子を取れば無理のない話で、弟子の多くは単に仕官が目当てで入門したのだから、孔子の熱く語るオタク話は聞きたくなかっただろう。しかも能も無いか、ほどほどの能しかない者がほとんどだったろうから、言わば彼らは論語に言う小人=凡人である。

凡人はそれゆえに自分を大きく見せようとするものだが、だからこそ彼ら凡人派は孔子の真意をわからないまま、徳という言葉を振り回した。後世の儒者も小人であることに変わりはないから、徳の上っ面の意味だけを拡大解釈して、何か得体の知れない脅し文句として活用した。

それが現代で言う、徳である。

語義・語源

『大漢和辞典』

論語 徳 隷書
(隷書)

心に養い身に得たるもの、よい品格。行為、節操。賢者。はたらき。真理。はじめ。四時の旺気。おしえ。めぐみ。めぐむ。恩恵に感じる。鳳凰のくびすじのかざり。さいわい。たよりがよい、利益。あたる。たつ。のぼる。得に通ず。易の乾卦の象。諡。姓。国の名、ドイツ。(邦)とく、財産。

学研漢和大字典

論語 悳 徳 隷書
(隷書)

その原字はトクと書き、「心+音符直」の会意兼形声文字で、もと、本性のままのすなおな心の意。德はのち、それに彳印を加えて、すなおな本性(良心)に基づく行いを示した会意兼形声文字。直(まっすぐ)と同系のことば。

字通

論語 徳 甲骨文 論語 徳 金文 論語 徳 篆書
(甲骨文・金文・篆書)

てき+省+心。篆文の字形は悳に従い、とく声。金文の德はもと心に従わず、のちに心を加える。〔説文〕二下に「のぼるなり」とあり、升陟の意とする。〔易、剝〕(釈文、董遇本)に「君子、車にる」、〔礼記、曲礼上〕「車に德り、はたを結ぶ」などの例によるものであろうが、字の本義ではない。〔広雅、釈詁三〕に「得なり」とするのも同音の訓。字は省の初文と近く、省は目に呪飾を加えて省道巡察を行う。彳は諸地を巡行する意。その威力を心的なものとして心を加え、德という。のち徳性の意となる。

論語 省 甲骨文
「省」(甲骨文)

論語での用例

論語学而篇

曾子曰:「慎終追遠,民歸厚矣。」

論語為政篇

子曰:「為政以,譬如北辰,居其所而眾星共之。」

子曰:「道之以政,齊之以刑,民免而無恥;道之以,齊之以禮,有恥且格。」

論語里仁篇

子曰:「君子懷,小人懷土;君子懷刑,小人懷惠。」

子曰:「不孤,必有鄰。」

論語雍也篇

子曰:「中庸之為也,其至矣乎!民鮮久矣。」

論語術儒篇

子曰:「之不脩,學之不講,聞義不能徙,不善不能改,是吾憂也。」

子曰:「志於道,據於,依於仁,游於藝。」

子曰:「天生於予,桓魋其如予何?」

論語泰伯篇

子曰:「泰伯,其可謂至也已矣!三以天下讓,民無得而稱焉。」

舜有臣五人而天下治。武王曰:「予有亂臣十人。」孔子曰:「才難,不其然乎?唐虞之際,於斯為盛。有婦人焉,九人而已。三分天下有其二,以服事殷。周之,其可謂至也已矣。」

論語子罕篇

子曰:「吾未見好如好色者也。」

論語先進篇

行:顏淵,閔子騫,冉伯牛,仲弓。言語:宰我,子貢。政事:冉有,季路。文學:子游,子夏。

論語顔淵篇

子張問崇、辨惑。子曰:「主忠信,徙義,崇也。愛之欲其生,惡之欲其死。既欲其生,又欲其死,是惑也。『誠不以富,亦祗以異。』」

季康子問政於孔子曰:「如殺無道,以就有道,何如?」孔子對曰:「子為政,焉用殺?子欲善,而民善矣。君子之風,小人之草。草上之風,必偃。」

樊遲從遊於舞雩之下,曰:「敢問崇、脩慝、辨惑。」子曰:「善哉問!先事後得,非崇與?攻其惡,無攻人之惡,非脩慝與?一朝之忿,忘其身,以及其親,非惑與?」

論語子路篇

子曰:「南人有言曰:『人而無恆,不可以作巫醫。』善夫!」「不恆其,或承之羞。」子曰:「不占而已矣。」

論語憲問篇

子曰:「有者,必有言。有言者,不必有。仁者,必有勇。勇者,不必有仁。」

南宮适問於孔子曰:「羿善射,奡盪舟,俱不得其死然;禹稷躬稼,而有天下。」夫子不答,南宮适出。子曰:「君子哉若人!尚哉若人!」

子曰:「驥不稱其力,稱其也。」

或曰:「以報怨,何如?」子曰:「何以報?以直報怨,以。」

論語衛霊公篇

子曰:「由!知者鮮矣。」

子曰:「已矣乎!吾未見好如好色者也。」

子曰:「巧言亂,小不忍則亂大謀。」

論語季氏篇

季氏將伐顓臾。冉有、季路見於孔子曰:「季氏將有事於顓臾。」孔子曰:「求!無乃爾是過與?夫顓臾,昔者先王以為東蒙主,且在邦域之中矣,是社稷之臣也。何以伐為?」冉有曰:「夫子欲之,吾二臣者皆不欲也。」孔子曰:「求!周任有言曰:『陳力就列,不能者止。』危而不持,顛而不扶,則將焉用彼相矣?且爾言過矣。虎兕出於柙,龜玉毀於櫝中,是誰之過與?」冉有曰:「今夫顓臾,固而近於費。今不取,後世必為子孫憂。」孔子曰:「求!君子疾夫舍曰欲之,而必為之辭。丘也聞有國有家者,不患寡而患不均,不患貧而患不安。蓋均無貧,和無寡,安無傾。夫如是,故遠人不服,則修文以來之。既來之,則安之。今由與求也,相夫子,遠人不服而不能來也;邦分崩離析而不能守也。而謀動干戈於邦內。吾恐季孫之憂,不在顓臾,而在蕭牆之內也。」

齊景公有馬千駟,死之日,民無而稱焉。伯夷叔齊餓于首陽之下,民到于今稱之。其斯之謂與?

論語陽貨篇

子曰:「鄉原,之賊也。」

子曰:「道聽而塗說,之棄也。」

論語微子篇

楚狂接輿歌而過孔子曰:「鳳兮!鳳兮!何之衰?往者不可諫,來者猶可追。已而,已而!今之從政者殆而!」孔子下,欲與之言。趨而辟之,不得與之言。

論語子張篇

子張曰:「執不弘,信道不篤,焉能為有?焉能為亡?」

子夏曰:「大不踰閑,小出入可也。」

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