*このコンテンツは旧説です。新説は論語解説「漢文が読めるようになる方法2022」をご覧下さい。
漢文の主述構造とは
みなさんこんにちは。アシスタントAIのカーラです。今回から論語本文での講義を行います。今回も教材プリントpdfがありますので、各自受け取って下さい。
今回は、漢文の基本構造の一つである、主述構造を学びます。今回取り上げるのは、論語の冒頭・学而篇1です。まず全体を眺めましょう。
原文)子曰。「學而時習之、不亦說乎。有朋自遠方來、不亦樂乎。人不知而不慍、不亦君子乎。」
書き下し)子曰く。学び而時に之習う、亦いに説しからず乎。有朋遠方自り来る、亦いに楽しからず乎。人知らずし而慍らず、亦いに君子ならず乎。
現代語訳)先生が言った。坐学で学んでから時を置いて体で実習するのは、大いに喜ばしいことではないか。学友が遠くから来たのは、大いに楽しいことではないか。他人の無知に腹を立てないのは、大いに知識人らしいではないか。
では部分ごとの解説を始めましょう。
原)子曰。
下)子曰く。
訳)先生が言った。
解)子(主部)-曰(述部)
子は先生に対する敬称、曰は”言う”を意味する、論語で最も一般的な言葉です。
「子曰」は、子が主部、曰が述部を構成しています。主部とは文が述べる内容の主体(先生が)となる部分で、述部とは文の記述内容(言った)そのものを言います。漢文では原則として、主部が前、述部が後ろに来ます。これは日本語や英語と同じですね。
主部-述部の順序は当たり前の事のようですが、漢文読解には決定的なカギになります。学校漢文で後ろに返って読むことを教わったので、漢文の順序はごちゃごちゃだ、という思いがあるかも知れません。しかしそれを綺麗に忘れて、漢文は前から読むものだ、と知って下さい。
もちろん、中国語と日本語の大きな違いとして、中国語は主語Sのあとに動詞Vが来て、その後ろに目的語Oを持ちます。対して日本語はS-O-V構造です。この場合に限っては、返り読みするしかありません。ですがそれは、述目構造のうち、(動詞)V-O構造に限られるのです。
- 漢文には主部と述部がある。
- 原則として主部は前、述部はその後ろ。
- 漢文は前から読むもの。
- 返読はV-O構造の時だけ。
多義語の選択と語義のないことば
次に進みましょう。
原)學而時習之、不亦說乎。
下)学び而時に之習う、亦いに説しから不乎。
訳)坐学して時が過ぎてから体で実習することは、大いに喜ばしいことではないか。
解)學而時習之(主部)-不亦說乎(述部)
學(学):坐学。頭で学ぶこと
而:順接・逆接の接続詞
時:”時を置いて”を意味する副詞
習:実習。体を使って学ぶこと
之:直前が動詞であることを示す構造助詞
不:否定の助動詞
亦:”大いに”を意味する副詞
說(説):音が「悦」に通じて、”喜ぶ”を意味する動詞
乎:疑問・反語・詠嘆を意味する文末助詞
主部・述部は、複数の漢字で構成されることもあります。むしろその方が多数派です。このように複数の語がまとまって意味を表しているかたまりを、フレーズ(句・節)と言います。漢文のフレーズは述部を含めば独立して文になり得ますが、含まねば文の部品です。
ここで、学と習の意味の違いに注目して下さい。学は頭で、習は体で学ぶことです。習を復習と訳すのは誤訳です。漢字は表音文字でも表意文字でもない、表語文字です。一つの漢字が一つの単語ですから、漢字が違えば意味が違います。そうでなければ方言の違いです。
古代、大きな川を華北で黄「河」と呼び、華南で長「江」と呼んだようにです*。論語の時代ごろまでは、こうした似た意味の漢字の区別は厳格でした。しかし時代が下ると混用され、さほど意味が変わなくなりました。古典の中でも古い論語は、語義に注意せねばなりません。
*ベルンハルド・カールグレンによる先秦復元音。異説はあります。
だから字書と仲良くなる必要があるのです。次に而は漢字にありふれた多義語です。名詞としては「なんじ」と読んで”お前”を、指示詞としては”その”を意味します。では「學」が”学ぶ”という動詞だとして、「學而時習之」の而を、名詞や指示詞として解釈出来るでしょうか?
名詞)而が時を置いて実習したことを学ぶ。
指示詞)而を学び、時を置いて実習する。
接続詞)学ん而、時を置いて実習する。
この発言者は子=孔子先生だと前に明記されています。名詞の場合、弟子の自習した内容を先生が学ぶはずありませんし、実習まで進んだのに坐学を弟子がやり直すのもおかしいでしょう。指示詞の場合、「それ」が何を指しているのか、文中に材料はありません。
従って、一番あとの接続詞としての解釈が、一番文意がはっきりすると分かるでしょう。漢文は昔の電報に似た、きわめて簡略化された書き言葉です。時制や格による変化も原則としてありません。助詞を外した日本語と同じで、解釈が読み手に任される比重が大きいのです。
次に「時習之」です。
下)時に之習う。
訳)時を置いて体で実習する。
時は習を修飾しています。漢文では、修飾語は被修飾語の前にも後ろにも付き得ます。ここでの之は、意味内容を持っていません。直前が動詞であることを示す記号です。漢文の読解は一文字ずつ、日本語に置き換えていく作業ですが、このような語義のない言葉もあり得ます。
ただしここでの之について、動詞の目的語だと解釈することも出来ます。
下)時に之を習う。
訳)学んだことを時を置いて体で実習する。
代詞とはいわゆる代名詞のことですが、之=「これ」が言い換えている内容とは何でしょうか? 直前の「学」しかあり得ませんね。しかしこの例文での学は、動詞でした。代名詞は一般に、名詞(句・節)を言い替える言葉ですが、漢文では動詞でさえ言い換えが利くのです。
だから代名詞と言わず代詞というのですが、論語のこの部分の之が、助詞なのか代詞なのかは学説が安定していません。漢文を学ぶ者にとっては「どうせいちゅうんじゃ」と言いたいところですが、代詞として解釈出来るならそのように解釈してしまってもいいと思います。
孔子先生もこう言っていますから。
なおあえて之を助詞と解したことを示したい場合は、送りがなを付けずに読む流儀があります。漢文の読み下しには茶道や武道のような流派があり、誤読さえなければ、どれが正しい・間違っているとは言えません。「そんなこともあるのだな」と小耳に挟むだけで結構です。
代詞と解した場合)学び而時に之を習う。
而のような、いわゆる置き字を読むか読まないかも同様です。しかしその選択が自由であることから、「あれも置き字、これも置き字」として無視したまま訳さないでおくと、とんでもない誤読をする事があります。受験漢文ならともかく、読解ではできるだけ読みましょう。
漢字の音通
次に進みましょう。
不は否定の助動詞です。動詞を修飾する動詞を助動詞と言い、動詞の一種です。漢文の場合は否定の記号と捉えるより、”~でない”・”~がない”・”~しない”という動詞と考えて下さい。次にここでの亦は”~もまた”ではありません。副詞ではあっても、”大いに”の意味です。
説はことばで頭のもやを晴らすことを意味する動詞ですが、ここでは音が同じの悦、つまり”よろこぶ”の意味です。古代では、漢字は全てのことばを表現できるほど、数が揃っていませんでした。ですから音が似た漢字を借りて、別の意味を表す例が多数有ります。
こうした場合を音通=音が通じると言い、転用された漢字を仮借文字と言います。最後に乎は、「はぁ」と発散される語気を意味し、疑問や反語、詠嘆を表す文末助詞です。
原)有朋自遠方來、不亦樂乎。
下)有朋の遠方自り来る、亦いに楽しから不乎。
訳)学友が遠方から来たことは、大いに楽しいではないか。
解)有朋自遠方來(主部)-不亦樂乎(述部)
有:友の仮借。
自:”~から”を意味する前置詞。
ここでも、二つのフレーズが主述関係でつながっていることに注目して下さい。
論語の古い版本では、有を友と書いています。友は腕をかざして互いにかばい合う仲間、朋は横並びになった対等の友人を意味します。論語では逆順の「朋友」という言葉で表されている章がほとんどですが、論語の時代では原則として、一文字一語義で熟語は例外的です。
自は副詞と、前置詞の場合があります。前置詞の場合には後ろに目的語を持ちます。その目的語は、場所や時間を意味する名詞です。この場合は遠が目的語です。一方副詞の場合は、後ろに動詞を伴って修飾します。
自:
前置詞)後ろに時や場所を表す名詞を目的語として持つ。
ex.自遠(遠くから) 自古(昔から)
副詞)後ろに動詞を持つ。
ex1.自信(自分で自分を信じる)・自生(自然に生える):主語と目的語を兼ねる
ex2.漢王自謝項王(漢王が自分で項王に謝る):主語と目的語は異なる
否定文の特例
最後の節に進みましょう。
原)人不知而不慍、不亦君子乎。
下)人知らずし而慍らず、亦いに君子ならず乎。
訳)人が知らなくても怒らないことは、まさしく君子ではないか。
解)人不知而不慍(主部)-不亦君子乎(述部)
慍:心に閉じこもった不快感を感じること。
「人不知」は目的語を持っていません。伝統的解釈では己を補って、”自分が人に知られなくても怒らない”と解釈します。文法的には誤りではありません。しかし補わなくても解釈出来るなら、その方が文意に近くなります。補充は読み手の勝手次第だからです。
もし目的語に己を補うなら、このような否定辞-目的語-動詞の順になります。
これは古い時代の漢文の規則で、否定の助動詞の直後に否定の目的語が置かれます。新しい時代の漢文や現代中国語では、わざと古い言葉遣いをしない限り、このような形は見られなくなります。
原)吾聞。君子詘乎不知己。(『新序』節士篇。前漢時代の下)
下)われ聞くならく。君子は己知られざるに詘む。
訳)私はこう聞いている。君子は知られないことに悩むと。
原)我没有透露姓名。(現代中国語)
訳)私は名前を知られない。
この語法は甲骨文が書かれた殷の時代の語法が残ったもので、殷王朝とそれを滅ぼして成立した周王朝の民族とでは、話す言葉に相当大きな違いがあったことを窺わせます。殷の言語には格変化があり、例えば一人称も主格・所有格では「吾」を、目的格では「我」を使います。

原)帝不我又。(殷代の甲骨文)
下)帝我を又け不るか。
訳)天の神は私を助けないか。
論語の時代になると、こうした否定文の語順や一人称の格変化はあいまいになり始め、漢の時代になるとほぼ消失します。逆に言えばこうした規則が残っている章は、論語の中でも古くに書かれたと分かるのですね。孔子先生自身は、厳格にこの特例を守っていたようです。
漢文での品詞の活用
さて、最後の節をもう一度ご覧下さい。
述部解)不(助動詞)-亦(副詞)-君子(名詞→動詞)-乎(文末助詞)
述部に注目すると、名詞の君子が”君子である”という動詞として用いられていることがわかります。この述部を英訳するなら、”Is he not just a gentleman ?”となるでしょうか。いずれにせよbe動詞を必要としますが、漢文では、名詞はそのまま動詞になり得ます。
日本語でも同様です。「彼は君子?」は動詞を伴わず文になます。格助詞あればこそですが、漢文では助詞無しで、名詞・形容詞・動詞のような内容語ばかりか、副詞のような準機能語でさえ、変化や記号を伴うこと無しに他の品詞に化けます。上掲の例は名詞の動詞化です。
この用語を覚える必要はありません。代わりに漢文には格変化が無いことに加え、品詞の分類にあまり意味がないと知って下さい。論語のように古い文章では、形容詞が動詞や名詞に化けることはまれですが、名詞が化けたり動詞や副詞が名詞に化ける例は数多くあります。
名詞の形容詞化:
原)其爲人也孝弟。(論語学而篇2)
下)その人と為るや孝弟なり。
訳)その人柄が孝行で年下らしく慎ましい。
名詞の動詞化:
原)敬事而信。(論語学而篇5)
下)事を敬しみて信あり。
訳)行政を慎重に行って信用を得る。
動詞の名詞化:
原)吿諸往而知來者。(論語学而篇15)
下)諸に往けるを告げて来たるを知る者なり。
訳)これに過去を話せば未来を知る者である。
副詞の名詞化:
原)故兵以詐立,以利動,以分合為變者也。故其疾如風,其徐如林,侵掠如火,不動如山,難知如陰,動如雷霆。(『孫子』軍争篇)
下)故に兵は詐を以て立ち、利を以て動き、分かれ合うを以て変るを為す者也。故に其の疾きこと風の如く、其の徐かなること林の如く、侵し掠めること火の如く、動か不ること山の如く、知り難きこと陰の如く、動くこと雷霆の如し。
訳)だから軍隊は作戦があってこそ成り立ち、利益があってこそ行動し、分散や集合によってこそ変化できるものだ。だからその速いさまは風のようで、静かなさまは林のようで、敵を攻撃し荒らすさまは火のようで、動かないさまは山のようで、探知されないさまは影のようで、動くさまは稲妻のようだ。
「主述構造」まとめ
それでは今回のまとめです。
- 漢文の基本構造に、主述構造がある。
- 主述構造は、主部-述部の順に並ぶ。
- 主述構造は、それ単独で文になりうる。
- 主述構造は、フレーズとして文の一部を構成しうる。
- 漢字は表語文字。字が違えば意味が違う。
- 多義語は文脈から、最も適した語義を読み手が選ぶ。
- 置き字も出来るだけ読む。
- 漢文の品詞はそのままで他の品詞に化けることがある。
漢文で品詞を分類することにあまり意味はない。
以上です。みなさん、おつかれさまでした。
なお今回取り上げた論語学而篇1についてさらに詳しい情報は、論語詳解をご覧下さい。
コメント