『春秋左氏伝』現代語訳:昭公二十九年・晋、刑鼎を鋳る

晋、刑鼎を鋳る

現代語訳

昭公二十九年(BC513)、冬、晋の趙鞅と荀寅が、軍を帥いて汝水の岸に城を築いた。そのまま晋国中から鉄を徴発して、一鼓*(≒110kg)を得て、刑鼎を鋳た。そこには范宣子が述べた刑罰を鋳込んだ。

孔子「晋は滅ぶぞ。古くからの掟を捨てたからだ。そもそも晋国は、開祖唐叔が周王から受けた掟を守って民を治めてきた。上級貴族は位階に従って掟を守ったので、民は貴族を尊んだ。その掟を尊んで、貴族は地位を守り、身分秩序が乱れなかった。これこそが掟だ。

文公は掟に従って執秩之官(身分を定める官職)と被廬之法(身分・職分を定める法)を作り、それで天下の覇者となった。今はその掟を捨て、刑鼎を作った。

民は鼎ばかり尊んで、貴族を馬鹿にするだろう。貴族はどうやって地位を守ったらいいのだ。身分が乱れて、どうやって国を治めるのだ。それに宣子が述べた刑罰は、夷で諸侯を集めたときの掟だ。晋国が乱れたので仕方なく定めたものだ。これを法律に仕立てるとは何事だ。」

史官の蔡墨「范氏と中行氏は、滅ぶだろう。中行寅は下卿なのに、上の命令にそむいて好き勝手に刑器を作り、国法に仕立てた。これは法をかたる悪党だ。それに范氏はどうして、鼎の条文を書き換えたのだ。滅亡の災いは、趙氏に及ぶだろう。だが趙孟は鋳造に関わったと言っても、やむを得ず手を貸したという。だからもし「徳」*があれば、滅亡を免れるだろう。」

書き下し

冬、晋の趙鞅、荀寅は、師を帥いて汝浜に城く。遂に晋国に賦とりて一鼓の鉄をえ、以て刑鼎を鋳る。著して范宣子謂う所の刑を書き焉。仲尼曰く、晋其れ亡ばん乎。其の度を失え矣。夫れ晋国、将に唐叔之受くる所の法度を守り、以て其の民を経緯おさむ。卿大夫序でを以て之を守り、民は是れ以て能く其の貴きを尊ぶ。是を貴びて以て能く其の業を守り、貴賎たがわ不。これ所謂る度也。文公是れ以て執秩之官を作り、被廬之法を為し、以て盟主為り。今是の度を棄する也、し而刑鼎を為す。民鼎に在る矣や、何を以て貴を尊ばん。貴何ぞ業之守らん。貴賎序で無く、何を以て国を為めん。且つ夫れ宣子之刑は、夷之蒐也。晋国之乱制也。之を以て法と為すは若何。蔡史墨曰く、范氏,中行氏,其れ亡ばん乎。中行寅下卿為るに、し而上令を干し、擅に刑器を作り、以て国法と為す。是れ法姦也。又た加えて范氏、焉ぞ之を易えん。亡ぶ也、其れ趙氏に及ばん。趙孟与り焉るも、然るに已むを得不。若し徳あらば以て免がるる可し。

原文

冬,晉趙鞅,荀寅,帥師城汝濱,遂賦晉國一鼓鐵,以鑄刑鼎,著范宣子所謂刑書焉,仲尼曰,晉其亡乎,失其度矣,夫晉國將守唐叔之所受法度,以經緯其民,卿大夫以序守之,民是以能尊其貴,貴是以能守其業,貴賤不愆,所謂度也,文公是以作執秩之官,為被廬之法,以為盟主,今棄是度也,而為刑鼎,民在鼎矣,何以尊貴,貴何業之守,貴賤無序,何以為國,且夫宣子之刑,夷之蒐也,晉國之亂制也,若之何以為法,蔡史墨曰,范氏,中行氏,其亡乎,中行寅為下卿,而干上令,擅作刑器,以為國法,是法姦也,又加范氏,焉易之,亡也,其及趙氏,趙孟與焉,然不得已,若德可以免。

訳注

一鼓:=480斤。漢代の1斤=226.67g。

徳:かっこ付きにして訳さなかったのは、論語における「徳」の意味か、儒者的ごますりの”人徳”なのか、判別しがたいため。

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