- 儒者の礼法の矛盾
原文
儒者:「迎妻,妻之奉祭祀,子將守宗廟,故重之。」應之曰:「此誣言也,其宗兄守其先宗廟數十年,死喪之其,兄弟之妻奉其先之祭祀弗服,則喪妻子三年,必非以守奉祭祀也。夫憂妻子以大負絫,有曰『所以重親也』,為欲厚所至私,輕所至重,豈非大姦也哉!」
書き下し
儒者は妻を迎うるに、妻は之れ祭祀を奉り、子将に宗廟を守らんとす、故に之を重んずと。之に応じて曰く、此れ誣(あざむ)きの言也。其の宗兄、其の先宗の廟を守ること数十年なるも、死して之に喪するや其のみ。兄弟之妻、其の先之祭祀を奉るも服せ弗。則ち妻子は三年喪なすは、必ず以て祭祀の奉りを守るに非る也。夫れ妻子を憂えて以て大いに絫(ルイ)を負い、有(ま)た曰く、親を重んじる所以也と。私に至る所を厚くせんと欲する為に、重きを至す所を軽んず。豈に大姦に非ざる也哉。
現代日本語訳
〔儒者の主張では、妻と嫡男が亡くなれば三年間喪に服する。それを〕儒者はこう言い訳する。「妻は嫁ぎ先の祖先の祭祀に共同で参加し、子を生んで祭祀が絶えないようにする。嫡男がいずれ祭祀を行うのは言うまでもない。だから丁重に扱うのだ」と。ウソ八百もたいがいにしたらよかろう。
本家の長男は数十年間、祖先の祭祀を執り行うというのに、亡くなっても一年しか喪に服さない。その嫁が亡くなった場合はもっとひどい。全然喪に服さない。自分の妻子が亡くなれば喪は三年なのに。儒者が言う祖先の祭祀うんぬんは、まったくの口実に過ぎない。
妻子を重ねに重ねて尊重しながら、儒者が「親類縁者を大事にする」などと言い張るのは、自分の好みを言っているだけで、本当に祭祀を行う者を軽んじている。大変な悪党と言って良かろう。
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