『史記』現代語訳:仲尼弟子列伝(13)子張

論語時代史料:『史記』原文-書き下し-現代日本語訳

顓孫師子張(せんそんし・しちょう)

顓孫師,陳人,字子張。少孔子四十八歲。子張問干祿,孔子曰:「多聞闕疑,慎言其餘,則寡尤;多見闕殆,慎行其餘,則寡悔。言寡尤,行寡悔,祿在其中矣。」他日從在陳蔡閒,困,問行。孔子曰:「言忠信,行篤敬,雖蠻貊之國行也;言不忠信,行不篤敬,雖州裏行乎哉!立則見其參於前也,在輿則見其倚於衡,夫然後行。」子張書諸紳。子張問:「士何如斯可謂之達矣?」孔子曰:「何哉,爾所謂達者?」子張對曰:「在國必聞,在家必聞。」孔子曰:「是聞也,非達也。夫達者,質直而好義,察言而觀色,慮以下人,在國及家必達。夫聞也者,色取仁而行違,居之不疑,在國及家必聞。」
顓孫師は、陳の人なり、字は子張。孔子より少きこと四十八歳。子張、禄を干(もと)むるを問う。孔子曰く、「多く聞きて疑いを闕き、慎みて其の余を言えば、則ち尤(とがめ)寡なく、多く見て殆きを闕き、慎みて其の余を行えば、則ち悔い寡なし。言、尤寡なく、行い、悔い寡なければ、禄は其の中に在り。」他日、従いて陳・蔡の間に在り、困しむ。行われんことを問う。孔子曰く、「言、忠信にして、行い、篤敬ならば、蛮貊の国と雖も行われん。言、忠信ならず、行い、篤敬ならずは、州理と雖も行われんや。立てば則ち其の前に参(まじわ)るを見、輿に在れば則ち其の衡に倚るを見る。夫れ然る後に行われん。」子張、諸を紳に書す。子張問う、「士、何如なるを斯に之を達と謂う可きか。」孔子曰く、「何ぞや、爾が謂う所の達なる者は。」子張對えて曰く、「国に在りても必ず聞こえ、家に在りても必ず聞こゆ。」孔子曰く、「是れ聞なり、達に非ず。夫れ達なるものは、質直にして義を好み、言を察して色を観、慮り以て人に下る、国及び家に在りても必ず達せん。夫れ聞なる者は、色、仁に取りて行い、違い、之に居りても疑わず、国及び家に在りても必ず聞こゆ。」

顓孫師は、陳の人である。字は子張。孔子より四十八歳年少。

子張が仕官の手口を学んでいた。孔子が言った。「たくさん聞いて疑わしい話を取り除き、慎重に残った事柄を言えば、めったに非難されることがない。たくさん見て危うい事柄を取り除き、慎重に残った事柄を行えば、めったに後悔することがない。発言への非難も行動への後悔も少なければ、仕官の口はその中にある。」

それとは別の時、子張は孔子の放浪に付き従って、陳・蔡のあたりで苦難を経験した。そこで子張が行動の原則を聞いた。孔子が言った。
「嘘をつくな。まじめで人を見下すな。これが守れたら蛮族の国でも歓迎されるし、守れなければ中華諸国でも嫌われる。立っている時も車に乗っている時も、いつもこの三つが頭から離れない、そうであって欲しいね。」子張はこの教えを帯の垂れに書き留めた。

子張「士族はどうなれば、一人前と言えますか。」
孔子「お前の言う一人前とは何だ。」
子張「仕官してもしなくても、評判が立つことです。」
孔子「それはただの目立ち者で、一人前とは言えないぞ。一人前とは根が真っ直ぐで正義を好み、ウソは見破る企みは見抜く、余計な見栄は張りもしない。目立とうとそうでなかろうと、一人前の自信があるからだ。目立ち者はそうでない。うわべは愛想よく振る舞うが、ウラで何をしているか分かったもんじゃない。それでいいと思っている。となれば仕官しようが引き籠もろうが、目立ってしまいました、というわけさ。お前は目立って金が欲しいのか。それともお前が目指す立派な士族になりたいのか。どっちなんだ?」

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