『史記』現代語訳:仲尼弟子列伝(2)顔回

論語時代史料:『史記』原文-書き下し-現代日本語訳

論語 聖行顔随

顔回子淵(がんかい・しえん)

顏回者,魯人也,字子淵。少孔子三十歲。顏淵問仁,孔子曰:「克己復禮,天下歸仁焉。」孔子曰:「賢哉回也!一簞食,一瓢飲,在陋巷,人不堪其憂,回也不改其樂。」「回也如愚;退而省其私,亦足以發,回也不愚。」「用之則行,捨之則藏,唯我與爾有是夫!」回年二十九,發盡白,蚤死。孔子哭之慟,曰:「自吾有回,門人益親。」魯哀公問:「弟子孰為好學?」孔子對曰:「有顏回者好學,不遷怒,不貳過。不幸短命死矣,今也則亡。」
顔回は、魯の人なり、字は子淵。孔子より少きこと三十歳。顔淵、仁を問う。孔子曰く、「己に克ち礼に復(かえ)らば、天下、仁に帰りなん。」孔子曰く、「賢なるかな回や、一箪の食、一瓢(ヒョウ)の飲、陋巷(ロウコウ)に在り、人は其の憂いに堪えず、回や其の楽しみを改めず。」「回や愚なるが如し、退きて其の私を省みれば、亦た以て発するに足る、回や愚ならず。」「之を用いらるれば則ち行い、之を捨つれば則ち藏る、唯我と爾とのみ是れ有るかな。」回、年二十九、髪尽く白くして、蚤(つと)に死す。孔子、之を哭して慟し、曰く、「吾に回有りて自り、門人益々親しむ。」魯の哀公問う、「弟子は孰をか学を好むと為すか。」孔子對えて曰く、「顔回なる者有り、学を好み、怒りを遷さず、過ちを貮たびせず。不幸短命にして死せり。今や則ち亡し。」

顔回は魯の人である。字は子淵。孔子より三十歳若い。

顔回が仁を問うた。孔子が言った。「我欲に勝ち礼法に基づくよう行動すれば、天下の誰もが帰る所、それが仁、すなわち常時無差別の愛だ。」

孔子が言った。
「人の出来がいいなあ顔回は。竹茶碗一杯の飯、ひょうたんのお椀一杯の汁物だけで過ごし、貧民街に住んでいる。常人なら耐えられまいが、顔回はその暮らしを楽しんで変えようとしない。」
「顔回はバカのように見える。しかし私生活を眺めていると、教えたことを自分で活用して喜んでいる。顔回はバカではない。」
「就職できたら一生懸命働き、出来なかったら隠遁する。それが出来るのは私と顔回だけだな。」

顔回は二十九歳で、髪がすっかり白くなり、若死にしてしまった。孔子は声を上げて泣き、わなわなと震えて言った。「顔回が入門してから、弟子の仲が良くなった。」

魯の哀公が問うた。「弟子では誰が学問好きか。」
孔子が答えた。「顔回という者がおりました。学問を好み、八つ当たりせず、間違いは二度としませんでした。ところが不幸にも若死にしてしまいまして、今はもう、学問を好むと言うほどの弟子はいません。」

誰もが褒めちぎるので、同時代の面白い話は全く残っていない。ただし儒者が想像したがるような本の虫ではなく、武芸も達者で孔子の放浪にも付き従った。中国で貴族の地位をずっと保っていたのは孔子の子孫ぐらいだが、顔回の子孫もその余慶に預かっている。詳細については、論語の人物:顔回子淵を参照。

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