論語時代史料:『史記』原文-書き下し-現代日本語訳
端木賜子貢(たんぼくし・しこう)その三
斉を出た子貢は、呉に向かい呉王に説いた。
「私めが聞きますに、王者は他国を滅ぼすようなことをせず、覇者は敵を強くするようなことをしないといいます。千鈞の重さで釣り合っていても、たった銖両を片方に加えれば天秤は傾きます。
ところが今、戦車万乗の斉国が、千乗の魯国を攻め潰そうとしています。釣り合うどころの話ではありません。私は王のために、この事態を心配しています。その上ここで魯を救えば、大王の名は天下に轟き、斉を討伐すれば、ごっそり土地と戦利品を得られます。
魯国と同じ泗水のほとりに居並ぶ諸国を助けて安心させ、暴虐な斉を懲らしめ、その勢いで強国・晋を征服すれば、これ以上の利益はないと言っていいでしょう。大義名分は魯の救済ですが、実は邪魔な強国の斉を弱らせ、大王の覇業達成の助けになるのです。賢明な大王にはおわかりでしょう。」
呉王夫差「よろしい。だが私は以前越国と戦かって勝ち、その国王勾践以下を会稽に住まわせている。勾践めは自ら苦労して兵士を養い、私に仇討ちしようと狙っている。そなたは少し待つがいい。越を滅ぼしたらその後で、そなたの計略に随おう。」
子貢「越は魯ほど強くはありません。呉の強さは斉ほどではありません。大王が斉を放置して越と戦えば、その頃には魯は斉に滅ぼされています。しかも大王は覇者として、滅びかかった国を救って名声を上げようとしているのに、ちっぽけな越を弱い者いじめして、斉を怖がるというのなら、意気地なしと笑い者になりますぞ。
そもそも勇者は困難を避けず、仁者は困窮せぬものです。智者は時期を見逃さず、王者は小国を見捨てません。それでその正義が保証されるのです。今、越を放置しても諸侯からは仁者だと褒めそやされ、魯を救い斉を伐ち、大王の武威を晋国に加えれば、諸侯は争って大王の元へ挨拶に訪れ、覇業は達成されましょう。
もしそれでも越が憎たらしいと仰るなら、私が越に出向いて説得し、越王に兵を出させて呉軍を助けさせましょう。そうなれば越の兵を空っぽにすると言う実利が得られ、大義名分としては諸侯と同盟して堂々と斉・晋を伐つことになりましょう。」
呉王は大いに喜んで、そこで子貢を越に行かせた。