論語義疏巻一08「論語義疏敘」

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語也。然此語是孔子在時所說。而論是孔子沒後方論。論在語後。應曰語論。而今不曰語論。而云論語者。其義有二。一則恐後有穿鑿之嫌。故以語在論下。急標論在上。示非率爾故也。二則欲現此語非徒然之說。萬代之繩凖。所以先論已以備。有圓周之理。理在於事前。故以論居語先也。又此書遭焚燼至漢時。合壁所得。及口以傳授。遂有三本。一曰古論二曰齊論三曰魯論。既有三夲。而篇章亦異。古論分堯曰下章子張問。更為一篇。合二十一篇。篇次以鄉黨為第二篇。雍也為第三。篇內倒錯不可具說。齊論題目。與魯論大體不殊。而長有問王知道二篇。合二十二篇。篇內亦微有異。魯論有二十篇。即今日所講者是也。尋當昔撰録之時。豈有三本之別。將是編簡缺落。口傳不同耳。故劉向別録云。魯人所學。謂之魯論。齊人所學。謂之齊論。合壁所得謂之古論。而古論為孔安國所注。無其傳學者。齊論為瑯琊王卿等所學。魯論為太子太傅夏侯勝及前將軍蕭望之少傅夏侯建等所學。以此教授於侯王也。晚有安昌侯張禹。就建學

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だし、訳者に連絡のお気遣いも不要だが(ただしネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。

言い訳無用。訳者が「やった」と思えば全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。空港の刃物検査通過は、やったことがあるが存外簡単だ。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。もし長生きしたいなら、悪いことはせぬものだ。朴ったら○すぞ。それでもやるなら、覚悟致せ。



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