論語地図・年表:孔子時代諸侯国図

春秋諸侯国

論語 春秋時代地図

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中原諸侯国

論語 中原諸侯国地図

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魯国周辺図

論語 魯国周辺図

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解説

時代は紀元前500年代、今からおよそ25世紀も前なので、技術上の制約から明確な国境線が引けるわけではない。精密な測量も出来ず、国境線を管理する土木技術も、人員もないからである。

従って当時の諸侯国は、平原に点在する邑や城と呼ばれる城郭都市の連合体で、その一つ一つを取った取られたと争っていた。国境の代わりになるのは河川や山脈、また交通路上に設けられた関所だった。

城郭都市を一歩外に出れば、言語も定かならぬ野人が往来しており、その勢力は大国同士の決戦を左右するほどだった。

また当時は戦乱の時代で、西北の晋・山東半島の斉・南方の楚といった大国が、黄河流域に点在する中原諸侯国を巻き込みながら抗争していた。後に全土を統一する秦は、まだ大国とは言えない西方の辺境国に過ぎなかった。

目を東方に転じると、論語の時代に日の出の勢いで伸びてきた、呉と越国があった。両国はもと東夷と呼ばれた異民族で、孔子のように中原の文明国人から見れば、野蛮人でしかなかった。

しかしその勢いに孔子とその門下は注目し、何らかの政治工作を行っていたことが想像される。

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