2020.10.1:主な改訂内容

漢字の古さからは、論語の本章を後世の創作とする証拠は無いが、本質的に革命家だった孔子は、亡命作の衛国で政府転覆工作をやり、弟子の司馬牛を見殺しにするなど、後ろ暗いことを随分やってきた。巷間「孔子は理想の政治の場を求めて放浪した」の現実がそれである。

すでに確立した政権に、政治を変えろと要求するのは、それはクーデターに他ならないからだ。その孔子が「素直に生きろ」と言われても、釈然としないものを感じる。人当たりのよい、政治工作には携わらなかった子夏あたりに、語った言葉ではなかろうか。

孔子一門は、子路・顔淵・子貢・冉有といった年長組と、子夏・子張・樊遅といった年少組に分かれる。子游はその中間ぐらいの年齢だが、グループとしては後者と言ってよい。年長組は孔子亡命前に弟子になり、放浪にも同行し、戦闘や謀略など、孔子の私兵となって働いた。

対して年少組は、年齢から孔子帰国後に入門したと思われ、孔子68歳から逝去した73歳までの、約5年間しか師弟の接触が無い。帰国後の孔子は後ろ盾の呉国が凋落したこともあって、さほど活発に政治工作を行ったわけでは無かった(孔子・論語年表)。

論語の本章は、おそらくそのような折の発言だろう。あるいは、孔子71歳の時、見捨てた弟子の司馬牛が、わざわざ魯国に来て変死しているから、自分に対して「素直に生きればよかった」という嘆きかも知れない。もしそうなら、論語の本章にはぐっと迫力が出るのである。

論語雍也篇(19)要約:人は正直に生きなければならない。時には裏道も必要ですが、いつも裏をかいていると、いつかは自分が裏をかかれます。非常手段と普段の行いは分けるべきだと、孔子先生は説くのでした。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。覚悟致せ。

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