2020.9.16:主な改訂内容

復元白文

子 金文曰 金文 好 金文勇 金文疾 金文亂 金文也 金文 人 金文而 金文不 金文仁 甲骨文 疾 金文之 金文已 矣 金文論語 甚 金文 亂 金文也 金文

※仁→(甲骨文)。論語の本章は貧の字が論語の時代に存在しない。也の字をおそらく断定に用いている。本章は戦国時代以降の儒者による捏造である。

現代中国での解釈例

孔子說:「崇尚勇猛而討厭貧困的人,是禍害;被人唾棄的沒良心的人,是禍害。」

中国哲学書電子化計画

孔子が言った。「勇猛を尊んで貧困を嫌がる人は、もう災いでしかない。人にツバをかけられる良心の無い人は、もう災いでしかない。」

論語泰伯篇(10)要約:呉国使節の接待から中座してきた孔子先生。何とか取り込もうと機嫌を取ったのですが、やはり相手は野蛮の風味を残した田舎者でした。やれやれとため息をつく先生。しかし何としてでも味方に付けねばなりません。

復元白文

子 金文曰 金文 如 金文有 金文周 金文公 金文之 金文論語 才 金文之 金文美 金文 使 金文喬 金文且 金文吝 金文 其 金文論語 余 金文不 金文足 金文観 金文也 金文已 矣 金文

※驕→喬。

現代中国での解釈例

孔子說:「一個人即使有周公一樣的美好的才能,如果驕傲吝嗇,也就不值一提了。」

中国哲学書電子化計画

孔子が言った。「たとえ一個人が周公と同様の素晴らしい才能を持っていても、もしおごり高ぶってケチなら、つまり全く価値が無い。」

論語泰伯篇(11)要約:呉国使節の接待から中座中の孔子先生。あまりの田舎者ぶりにうんざりしますが、だからこそ文化的にたらし込み取り込むつもりでした。しかし使節が酔って暴れでもしたのでしょうか。愚痴を言いたくなりました。

復元白文

子 金文曰 金文 三 金文年 金文学 學 金文 不 金文至 金文於 金文穀 金文 不 金文易 金文得 金文也 金文

※論語の本章は、恐らく也の字を断定に用いている。本章は戦国時代以降の儒者による捏造の可能性がある。

現代中国での解釈例

孔子說:「學了三年,還找不到好工作的人,很少有。」

中国哲学書電子化計画

孔子が言った。「三年間学び終えても、それでもよい職にありつけない者は、非常に少ない。」

論語泰伯篇(12)要約:呉国使節の接待に戻った孔子先生。名高い孔子塾について問われます。使節はあるいは、自分の子を入門させたいのかも知れません。まあ卒業までに三年はかかりましょうな、と先生は答えるのでした。

復元白文

子 金文曰 金文 督 甲骨文信 金文好 金文学 學 金文 論語 守 金文死 金文善 金文道 金文 論語 危 甲骨文邦 金文不 金文入 金文 亂 金文邦 金文不 金文居 挙 舉 金文 天 金文下 金文有 金文道 金文則 金文見 金文 無 金文道 金文則 金文邦 金文有 金文道 金文且 金文安 焉 金文也 金文 邦 金文無 金文道 金文 畐 金文且 金文安 焉 金文也 金文

※篤→督(甲骨文)・危→(甲骨文)・焉→安・富→畐。論語の本章は赤字が論語の時代に存在しない。也の字を断定に用いている。本章は、戦国時代以降の儒者による捏造である。

現代中国での解釈例

孔子說:「堅守信譽,努力學習,誓死主持正義;不入險地,不住亂世;國家太平則一展才華,社會黑暗則隱姓埋名。治世中,貧賤就是恥辱;亂世中,富貴也是恥辱。」

中国哲学書電子化計画

孔子が言った。「信用と名誉を堅く守り、勉学に励み、死を賭して正義を維持せよ。危険な土地には行かず、乱世には住むな。国家が平和なら才能を発揮し、社会が混乱したら隠れ住め。平和な世で貧しく卑しいのは恥だ。乱世で富んで出世するのも恥だ。」

論語泰伯篇(13)要約:呉国使節を接待中の孔子先生。親として子供の教育論を尋ねられます。得意分野だけに先生は持論を語りますが、あくまで相手は新興の田舎者。弟子たち相手とは違って、分かりやすく具体的に語ったのでした。

復元白文

子 金文曰 金文 不 金文在 金文其 金文位 金文 不 金文論語 謀 金文其 金文政 金文

現代中国での解釈例

孔子說:「不在那個位置上,就不要想那個位置上的事。」

中国哲学書電子化計画

孔子が言った。「そのような地位にいなければ、全くそのような地位の事を思ってはならない。」

論語泰伯篇(14)要約:呉国使節を接待中の孔子先生。そこへちょっかいが入ります。呉国との関係強化を、快く思わない政治家たちもいるのです。人の仕事にちょっかいを出すな。宿願がかかっているだけに、先生は即座に断るのでした。

復元白文

子 金文曰 金文 師 金文摯 甲骨文之 金文論語 始 金文 關雎之 金文亂 金文 洋 甲骨文洋 甲骨文乎 金文 嬴 金文耳 金文哉 金文

※摯・洋→(甲骨文)・盈→嬴。論語の本章は赤字が論語の時代に存在しない。本章は漢帝国以降の儒者による捏造である。

現代中国での解釈例

孔子說:「從音樂大師開始獨奏,到結尾的合奏,美妙的音樂充滿了我的耳朵!」

中国哲学書電子化計画

孔子が言った。「宮廷楽団長が独奏を始め、最後の合奏に至ると、美しい音楽が私の耳に満ちあふれる。」

論語泰伯篇(15)要約:呉国使節を接待中の孔子先生。楽師がミサゴの歌を奏でます。音楽にことのほか造詣の深い先生は、その聞き所を使節に解説します。文化的に遅れた呉国の使節も、もの珍しげに、歌に聞き入った事でしょう。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶった○る。覚悟致せ。

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