2020.9.8:主な改訂内容

復元白文

子 金文曰 金文 文 金文 莫 金文吾 金文猶 金文人 金文也 金文 身 金文行 金文君 金文子 金文 則 金文吾 金文未 金文之 金文有 金文得 金文

※躬→身。

現代中国での解釈例

孔子說:「在理論知識方面,我還過得去;在品德修養方面,我卻做得不夠好。」

中国哲学書電子化計画

孔子が言った。「理論や知識については、私はよく分かっているが、人格修養では、私は今なお十分ではない。」

論語述而篇(32)要約:自分はまだ至らないという、孔子先生の自分語り。

復元白文

子 金文曰 金文 若 金文論語 聖 金文与 金文仁 甲骨文 則 金文吾 金文論語 其 金文敢 金文 抑 甲骨文為 金文之 金文不 金文厭 金文 論語 誨 金文人 金文不 金文巻 金文 則 金文可 金文謂 金文雲 金文爾 金文已 矣 金文已 矣金文 公 金文論語 西 金文華 金文曰 金文 論語 正 金文唯 金文弟 金文子 金文不 金文能 金文学 學 金文也 金文

※仁→(甲骨文)・豈→其・抑→(甲骨文)・倦→巻・矣→已。論語の本章は、也の字を断定に用いている。少なくとも公西赤の発言は、戦国時代以降の儒者による捏造である。

現代中国での解釈例

孔子說:「如果說到聖人和仁人,我豈敢當?不過,永不滿足地提高修養,不厭其煩地教育學生。則可以這麽說。」公西華說:「這正是我們做不到的。」

中国哲学書電子化計画

孔子が言った。「もし聖人や仁者について言うなら、私はなれているか?いやとんでもない。自己修養にこれでいいのだと慢心しない、面倒くさい弟子の教育にあきない、これらは出来ると言える。」公西華が言った。「それはまさしく我らができないことだ。」

論語述而篇(33)要約:自分はまだ至らないという、孔子先生の自分語りと、付け足しの弟子のお追従。しかし論語を理解するには絶対に外せない、非常に重要な一節。孔子の教説の中心が、その姿を現します。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。未だ人を斬ったことが無い。刀(登録証付)の手入れは毎日している。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回す。覚悟致せ。
斬首
このナイスガイについてはこちら

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

関連記事(一部広告含む)