2020.9.7:主な改訂内容

復元白文

子 金文曰 金文 仁 甲骨文遠 金文乎 金文哉 金文谷仁 甲骨文 斯 金文仁 甲骨文至 金文已 矣金文

※仁→(甲骨文)・欲→谷・矣→已。

現代中国での解釈例

孔子說:「仁離我們很遠嗎?我想要仁,仁就來了。」

中国哲学書電子化計画

孔子が言った。「仁は我らからそんなに遠くにあるものか?私が仁を求めるとき、仁はすぐにやって来る。」

論語述而篇(29)要約:仁とは常時無差別の愛をいい、基本は人間の持つ思いやりですから、やろうと思えば誰でも出来ます。しかしそれを分け隔て無く、いつも行うのは難しい。そう言うお話。

復元白文

陳 金文論語 司 金文敗 金文問 金文 章 金文公 金文智 金文論語 礼 金文乎 金文 孔 金文子 金文曰 金文 智 金文論語 礼 金文 孔 金文子 金文退 金文論語 巫 金文馬 金文論語 期 金文而 金文進 金文之 金文 曰 金文 吾 金文聞 金文君 金文子 金文不 金文当 黨 金文 君 金文子 金文亦 金文当 黨 金文乎 金文 君 金文娶 甲骨文於 金文吳 金文為 金文論語 同 金文論語 姓 金文 謂 金文之 金文吳 金文孟 金文子 金文 君 金文而 金文智 金文論語 礼 金文 孰 金文不 金文智 金文論語 礼 金文 論語 巫 金文馬 金文論語 期 金文㠯 以 金文告 金文 子 金文曰 金文 丘 金文也 金文幸 金文有 金文過 金文 人 金文必 金文智 金文之 金文

※昭→章・黨→當・娶→(甲骨文)。論語の本章は赤字が論語の時代に存在しない。本章は漢帝国以降の儒者による捏造である。

現代中国での解釈例

陳司敗問:「昭公知禮嗎?」孔子說:「知禮。」孔子走後,陳司敗對巫馬期說:「我聽說君子不袒護人,君子也袒護人嗎?昭公娶了一個吳國人做夫人,也姓姬,他卻將她改名換姓,叫她吳孟子。他也知禮,誰不知禮?」巫馬期把這話告訴了孔子,孔子說:「我真幸運,一有錯,就必定有人知道。」

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陳の司法長官が問うた。「昭公は礼を知っていたか?」孔子が言った。「礼を知っていた。」孔子が去った後、陳の司法長官が巫馬期に言った。「私は、君子は人をかくまわないと聞いていたが、君子もまた人をかくまうのか?昭公は呉国人を一人娶って夫人としたが、当然その性は(魯の昭公と同じ)姫だ。それなのに彼は彼女の性を改めさせ、彼女を呉孟子と呼んだ。彼が礼を知っているなら、誰が礼を知らないのか?」巫馬期はこの話を孔子に告げた。孔子は言った。「私はまことに幸運だ。一つ間違いをすると、すぐに必ず人が教えてくれる。」

論語述而篇(30)要約:朱子のように頭のアレな人が解釈すると、極めてSゑむチックなお話ですが、本来は孔子先生も結構ワルだったことが分かる、珍しいお話。

復元白文

子 金文与 金文人 金文歌 金文而 金文善 金文 必 金文使 金文反 金文之 金文 而 金文後 金文論語 和 金文之 金文

※歌→訶。

現代中国での解釈例

孔子和別人一起唱歌,如果別人唱得好,就必定要他再唱,然後自己跟著唱。

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孔子は人と共に歌うとき、もし人が歌って上手ければ、すぐに必ず再度歌わせて、その後で自分も共に歌った。

論語述而篇(31)要約:孔子先生は歌を歌うのが好きでした、という、弟子による思い出話。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。未だ人を斬ったことが無い。刀(登録証付)の手入れは毎日している。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回す。覚悟致せ。
斬首
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