2020.9.3:主な改訂内容

復元白文

子 金文曰 金文 加 金文我 金文年 金文 五 金文十 金文㠯 以 金文学 學 金文論語 易 金文 可 金文㠯 以 金文無 金文大 金文過 金文已 矣金文

※矣→已。論語の本章は數の字が論語の時代に存在しない。本章は戦国時代以降の儒者による捏造である。

現代中国での解釈例

孔子說:「如果我能多活幾年,五十歲學《周易》,就可以無大錯了。」

中国哲学書電子化計画

孔子が言った。「もしもう幾年か生きられたら、五十歳で”周易”を学び、つまりそれで大きな間違いをしないようになれるだろう。」

論語述而篇(16)要約:未知を推定する方法は二つ。データを集めて分類し、それぞれの量を比較して傾向を探るのが一つ。そしてもう一つは、運動の法則そのものを見つけて、データを代入するやりかた。後者を学び始めた先生は…。

復元白文

子 金文所 金文牙 金文言 金文 詩 論語 書 金文 執 金文論語 礼 金文 論語 皆 金文牙 金文言 金文也 金文

※雅→牙。論語の本章は詩の字が論語の時代に存在しない。也を断定で用いている。本章は戦国時代以降の儒者による加筆である。

現代中国での解釈例

孔子有時講普通話:讀詩、讀書、舉行典禮時,都用普通話。

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孔子は講義の際には共通語を使った。詩を読み、書を読み、儀式を行うとき、全て共通語を使った。

論語述而篇(17)要約:孔子先生は古語で授業を行いました、というお話。授業内容に古典が多かったから、との理由だけではなく、おそらく当時の人にも、日常の会話で使う俗な言葉より、みやびに聞こえたのでしょう。

復元白文

葉 金文公 金文問 金文孔 金文子 金文於 金文子 金文路 金文 子 金文路 金文不 金文対 金文 子 金文曰 金文  汝 甲骨文論語 奚 金文不 金文曰 金文 其 金文為 金文人 金文也 金文 論語 発 金文忘 金文論語 食 金文 楽 金文㠯 以 金文忘 金文論語 憂 金文 不 金文智 金文論語 老 金文之 金文將 甲骨文至 金文雲 金文爾 金文

※汝・將→(甲骨文)。論語の本章は憤の字が論語の時代に存在しない。本章は戦国時代以降の儒者による捏造である。

現代中国での解釈例

葉公問子路:孔子是怎樣的人,子路不回答。孔子說:「你怎麽不說:他這個人啊,發憤學習就忘記吃飯,高興起來就忘記了憂愁,不知道快要變老了等等?」

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葉公が子路に問うた。「孔子はどのような人か。」子路は答えなかった。孔子が言った。「お前はどうして言わなかったのだ。彼という人は、学習に発憤すると飯を食うのを忘れ、高まると憂いを忘れ、もうすぐ老いるのを知らない人ですなどと。」


帝政期の日本は、天皇を神サマ扱いしないとぶち込まれ、拷問死の憂き目に遭う吉外国家で、その神格化を言い出したのは神主ではなく儒者。吉外神主はその後でわいたに過ぎない。従って孔子も信仰の対象で、八紘一宇などの洗脳スローガンをまき散らしたのも、税金を湯水のように使って帝大より優遇された、大東文化学院に巣食った吉外儒者どもである。

西田幾多郎
和辻博士の言うことは、その分割り引いて聞かねばならない。その属した京都学派も、うさんくさい連中の集まりで、親分格の西田キタローは、俗物極まるネズミ男で、日本の文系論文に分けの分からない言葉で書くという流儀を持ち込んだ。金に困って軍部の先棒をかつごうとしたが、あまりに人間が卑しいので、東条英機に断られた。和辻博士にも油断は出来ない。

論語述而篇(18)要約:本章も述而篇の例にならって、孔子先生の自分語りです。遠い南方の大国・楚への使いから帰ってきた弟子の子路に、私をこのように紹介して欲しかった、と自分語りをします。

復元白文

子 金文曰 金文 我 金文非 金文生 金文而 金文智 金文之 金文者 金文 好 金文古 金文 敏 金文而 金文求 金文之 金文者 金文也 金文

※論語の本章は、也の字を断定に用いている。本章は戦国時代以降の儒者による捏造である。

現代中国での解釈例

孔子說:「我不是天生就有學問的,衹是個喜歡讀書、勤奮敏捷地追求知識的人。」

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孔子が言った。「私には生まれつき学識があったわけではない。ただ読書を喜ぶ性格で、努めて素早く知識を追求する人間だっただけだ。」


孟子 お笑い芸人 孟子 梁恵王
論語の本章を恐らくは孟子がでっち上げたわけは、孟子の個人的フトコロ都合による。孟子は世間師として売り出すに当たり、たまたま郷里にその痕跡があった儒家を商材として選んだが、富国強兵を最優先する戦国諸国に売り出すには、そのままでは都合が悪かった。

つまりもう忘れ去られた古い儒学を売るためには、「古いことは良いことだ」と顧客に勘違いを植え付けないと、売れないのである。要するに孟子は金儲けのために、戦国の世にアホの粉をまき散らしたのであって、論語の本章に深い歴史的・哲学的意義は全くない。

儒家は孔子の生前も、「昔のことばかり言い立てて現在を見誤る」と批判されたとされるが、元ネタは『晏子春秋』で、その成立が晏嬰の生前やその直後であったかは極めて怪しい。ただ後世、儒者がむやみに昔を言い立てることが、批判の対象になったのは確かである。

儒教が持つ愚かしいほどの復古主義は、ニュートンが微積分を実用化するまでは、その病原性が表沙汰にならずに済んだ。地大物博を誇る中国は、天候の激変やよほどの政治的ヘマの連続がない限り、異民族に対して偉そうな態度を取り続けられたからだ。だから宿痾となった。

その発端は上記したように、孟子の個人的な欲望にあり、つまり孟子は二千年にわたって中国人に迷惑を掛けたと言って良い。もちろん孟子の先棒をかついだ代々の儒者どもが、共犯であることは言うまでも無い。儒教が世間をクルクルパーにする邪教であるゆえんである。

論語述而篇(19)要約:本章も孔子先生の自分語りです。先生に感情移入できないと、老人のつまらないつぶやきでしかありません。「はあそうですか」と読み飛ばして構わないでしょう。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶった○る。覚悟致せ。

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