2020.06.18:主な改訂内容

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論語詳解:随筆版を「小説家になろう」サイトに投稿。

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復元白文

論語 子 金文論語 曰 金文 論語 夏 金文論語 礼 金文 論語 吾 金文論語 能 金文論語 言 金文之 金文 論語 杞 金文論語 不 金文論語 足 金文論語 徵 金文大篆也 金文 論語 殷 金文論語 礼 金文 論語 吾 金文論語 能 金文論語 言 金文之 金文 論語 宋 金文論語 不 金文論語 足 金文論語 徵 金文大篆也 金文 論語 文 金文論語 献 金文論語 不 金文論語 足 金文論語 故 金文也 金文 論語 足 金文論語 則 金文論語 吾 金文論語 能 金文論語 徵 金文大篆之 金文已 金文

※杞宋文獻→未検証/徵→金文大篆/矣→已

現代中国での解釈例

孔子說:「夏朝的禮,我能說清楚,杞國不足以證明;商朝的禮,我能說清楚,宋國不足以證明。現在無法證明是由於文獻不足,否則,我就能證明瞭。」

中国哲学書電子化計画

孔子が言った。「夏王朝の礼法を、私ははっきりと説くことが出来るが、杞国はその証明には役立たない。殷王朝の礼法を、私ははっきり説くことが出来るが、宋国はその証明には役立たない。今、証明する方法が無いのは、文献が不足しているからだ。そうでなければ、私はすぐにも明らかに証明できるのだが。」

***

また、「孔子の学問に対する態度が実証を尊重したことが、この章によって示される」とあるが、吉川一流の妄誕(でたらめ)に過ぎない。そもそも孔子の言う「礼」が、孔子の創作だった。孔子は自分の妄想に都合の良い証拠を欲しがっただけで、実証を重視したわけではない。

https://hayaron.kyukyodo.work/syokai/hatiitu/post-1462.html

復元白文

論語 子 金文論語 曰 金文 論語 示 金文論語 帝 金文論語 自 金文論語 既 金文論語 灌 潅 金文大篆而 金文論語 往 金文論語 者 金文 論語 吾 金文論語 不 金文論語 欲 金文大篆論語 観 金文之 金文已 金文

※示既往→未検証/灌欲→金文大篆/禘→示帝・矣→已

意訳

論語 孔子 激怒
禘の祭りでは酒を撒く。それでご先祖様のたましいをお呼びする。その後は見たくない。ワケなど知るか。見たくないから見たくないんじゃ!

***

ただし、「禘」がどのような祭祀だったか分からないと、孔子がなぜ見るのを嫌がったかが分からない。ところがこの点について、漢文資料はすさまじく頼りない。

後漢の『説文解字』では、「諦祭のことだ」とだけあり、文字が「諦」になっていることが知れるのみ。前漢の『爾雅』も、「大きな祭だ」とだけいい、祭の内容は分からない。当時すでに、分からなくなっていたのだ。

現在でも中国や台湾の孔子廟で、「禘」と称するちんちんドンドンは行われているが、無論論語時代のそれでは無い。

「禘」が復活したのは、後漢の光武帝になってのことで、それまで久しく絶えていた。

二十六年,詔純曰:「禘、祫之祭,不行已久矣。『三年不為禮,禮必壞;三年不為樂,樂必崩』。宜據經典,詳為其制。」

論語 光武帝劉秀
〔儒教マニアで偽善者の〕光武帝が、治世の二十六年(AD50)に、大臣の張純に命令を下した。「禘と祫の祭は、廃れてから長くなった。三年サボれば礼儀を忘れてダメになる、音楽もダメになる、と言うではないか。古記録をよく調べて、やり方を整理して提出するように。」(『後漢書』張曹鄭列傳)

コウもまた君主が行う祖先祭だが、禘と同様、その内容が分からない。だから儒者官僚が一生懸命偽作した『礼記』は、相互に記述が矛盾している。

天子、諸侯宗廟之祭:春曰礿,夏曰禘,秋曰嘗,冬曰烝。天子犆礿,祫禘,祫嘗,祫烝。諸侯礿則不禘,禘則不嘗,嘗則不烝,烝則不礿。諸侯礿,犆;禘,一犆一祫;嘗,祫;烝,祫。

論語 儒者
天子と諸侯の祖先祭は、春に行うのを礿ヤク、夏に行うのを禘、秋に行うのをショウ、冬に行うのをジョウという。天子は天下にただ一人、礿・禘・嘗・烝の祭を四つとも行う。諸侯は一つだけ行ってよい。だから礿をやったら禘はやらず、禘をやったら嘗はやらず、嘗をやったら烝はやらない。礿・禘・嘗・烝、どれか一つだけ行うのである。(『礼記』王制)

孔子曰:「於呼哀哉!我觀周道,幽、厲傷之,吾舍魯何適矣!魯之郊禘,非禮也,周公其衰矣!杞之郊也禹也,宋之郊也契也,是天子之事守也。故天子祭天地,諸侯祭社稷。」

ニセ孔子
孔子先生が泣きながら言った。「うああああおああああ。哀しいのう。周の歴史を読んでいると、バカ殿幽王と厲王が滅茶苦茶にした。しかし、周公の末裔であり、周の文化を引き継ぐ魯国を出ていっても、あてが無い。魯公が禘の祭を行うのは礼に背いている。周公はもう忘れられてしまったのだ。シクシク。杞国が開祖の禹を祀り、宋国が開祖の契を祀るのは、もと天子だった伝統を守るためだ。だから天子は天地を祀り、諸侯は土地神と穀物神を祀るのだ。」(『礼記』礼運)

こういう、滅茶苦茶の偽作を元に漢学教授が、ペラペラと知ったかぶりの禘の解説を書くので、もはや真相は誰にも分からない。

***

だが元ネタは例によって儒者のホラで、根拠が無い。

古注『論語集解義疏』

註孔安國曰禘祫之禮為序昭穆也故毀廟之主及羣廟之主皆合食於太祖灌者酌鬱鬯灌於太祖以降神也既灌之後别尊卑序昭穆而魯為逆祀躋僖公亂昭穆故不欲觀之矣

論語 古注 孔安国
注釈。孔安国「禘や祫の祭は、祖先の霊位に順序を付けるために行う。だから個別の祖先廟を一旦壊して、開祖のまします、おまとめ安置堂に位牌を並べ直し、一括してお供えを差し上げるのだ。祭の際にはチューリップ酒を開祖以来の位牌群に振りかける。すると全自動で霊位の順位が決まるのだ。ところが魯では禘の祭を勝手にやって、とうとう僖公から出た分家が、魯公よりも威張り返る結果になった。だから見たくないと言ったのだ。」

孔安国は実在そのものが怪しい人物で、孔子の子孫という事になっている。だからといって数百年前の史実を知っているとは限らない。「全自動」は訳者のシャレだが、酒を掛けるだけで順位が定まるなら、魯で順位が滅茶苦茶になる理由が無いではないか。

要するに論語時代の魯国で家老が威張っているのを、ケシカランと怒る振りをしているのだ。

新注『論語集注』

灌者,方祭之始,用鬱鬯之酒灌地,以降神也。魯之君臣,當此之時,誠意未散,猶有可觀,自此以後,則浸以懈怠而無足觀矣。蓋魯祭非禮,孔子本不欲觀,至此而失禮之中又失禮焉,故發此歎也。

論語 朱子 新注
そそぐと書いてあるのは、祭を始めるときに、チューリップ酒を地面に撒き散らし、それで霊位を呼び降ろす。魯国の君主と臣下はこの時ばかりは、真面目な顔をしていたが、撒き終えてしまうとだらけて見るに堪えないありさまになった。多分魯国の祭は、礼法に背いていたのだろう。だからもともと、孔子は見たくなかったのだ。その上さらにこのだらけようでは、ブツブツと文句を言わざるを得なかったのだ。

もちろん訳者だって、論語時代の祭で何が撒かれていたかは知らない。ただし偽作でありながら、こういう記述を元に想像は出来る。

夏后氏尚明水,殷尚醴,周尚酒。

論語 位
夏王朝は貧乏くさい真水まみずを尊び、殷王朝は甘ったるい濁り酒を尊んだ。だが周王朝になってやっと、濁り酒を布袋に入れてチュウとし取った、清んだ酒を尊ぶ。(『小載礼記』明堂位

貧乏くさい真水を撒かれて、神様が降りてくるとは論語時代の人間は考えなかっただろう。アサガオに水やりするたび先祖が降りてきては、かえって迷惑だ。従って酒に違いないと想像するのである。

https://hayaron.kyukyodo.work/syokai/hatiitu/post-1467.html

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。もし長生きしたいなら、悪いことはせぬものだ。それでもやるなら、覚悟致せ。

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