2020.06.14:主な改訂内容

新規投稿

訳者の論語の研究に書かせない、台湾文科省のサイト、「漢字古今字資料庫」がダウンしてしまった。事実上研究はストップである。たかが一人の人間ごと...

復元白文

論語 子 金文論語 曰 金文 論語 非 金文論語 其 金文論語 鬼 金文而 金文論語 祭 金文之 金文 娟 金文也 金文 論語 見 金文論語 義 金文論語 不 金文論語 為 金文 論語 無 金文論語 勇 金文也 金文

※諂→娟。/非・鬼・勇:漢字古今字資料庫ダウンのため未調査。

論語の本章は、秦漢帝国以降の儒者による可能性が高い。

***

論語の本章は、話そのものはいかにも孔子が言いそうなことで、言葉も簡潔なことから、孔子の肉声と思いたい。だがそう断じるのをためらう理由は、「諂」の字が論語当時の金文にさかのぼれない事もさることながら、「也」の用法が句末の断定で、どうにも違和感がある。

”…である”を孔子が言うとき、普通は「矣(已)」を用い、「也」は通常”…については”の接続辞か(「是をも忍ぶ可き論語八佾篇1)、句末であれば疑問辞”…か”か(「何の謂いぞ論語為政篇5)、”…になる”という動詞として使う(「れ害なるのみ論語為政篇16)。

対して明らかに後世の捏造と分かる有若の説教に、断定の也が多用されているのを指摘できる(「た行うからなり論語学而篇12)。となると本章は、もと「已」で終わっていたのを、後世の儒者が書き換えたのだと、弁護したくなる。

それほど訳者にとって、魅力ある言葉だからだ。だが依怙贔屓はいけないだろう。出鱈目を積み重ねた儒者や教授と同じになってしまう。

訳者は論語のこの研究を、原則を明らかにした上で(漢文の示準化石)、誰がやっても同じ結論になるようにしたいと願っている。「俺はこう思う」の猿山のボス猿では無く、PCプログラムのように、アルゴリズムのように、批判も自由だが改良も自由にしておきたい。

九分九厘が人間のクズである漢学教授に対して、団塊が食い荒らしてしまった今の社会のありさまに対して、訳者如きが一矢報いるには、こんな音楽を思いつつ、それしか手段が無いと確信している。その思いに比べたら、以下のおしゃべりは、ただの付け足しに過ぎない。

https://hayaron.kyukyodo.work/syokai/isei/post-1247.html

日本の論語の受容が5世紀の昔に始まるという情報は、現代の論語読者にはどうでもいい話だ。だが日本儒学史を語るには欠かせない情報でもある。ありがたい論語と儒学が伝わったからではない。日本の儒学は始めから、うそデタラメでっち上げとセットだとわかるからだ。

論語 カプロスクス 邪
論語を伝えたのはという百済人だったとされる。日本をおとしめたがるいかれた連中とその回し者が、必ず取り上げる人物である。しかしその事跡はあまりに伝説めいているため、実在を疑う史家も多い。ところが王仁の墓は枚方市に実在し、それをあかす古文書まで揃っている。

伝王仁墓

(c)枚方市ホームページより引用

現在、現地は後述する間の抜けた帝国大学教授のおかげも被って、本当に王仁が実在するなら腰を抜かすであろう、朝鮮風のテーマパークみたいな結構が整えられている。だが枚方市は大真面目のようで、まつわる古文書にまるで疑いを持たずに、誇らしくHPをこしらえている。

だがそれらの古文書は、全部偽作だった。以下、馬場隆弘『椿つばもんじょ』中公新書より紹介する。黒船が来る直前まで、江戸時代の近畿で妙な大活躍をした儒者に椿井政隆がいた。肩書きは儒者だが本業は文書の偽作である。村や寺社が利権を争っている所、すぐこの男が現れた。

いずれもゼニかねが関わる話である。「お前に有利な古文書を探してきてやろう。」椿井はそう言うと、関連資料をしらみつぶしに調べ、さもありそうな古文書を作った。文書ごとに筆跡を変え、いざ捕まったときに「シャレでんがな」と言い訳できる仕掛けまで備わっていた。

精密な絵図まで描いた。王仁の墓も同様で、「おに塚」と呼ばれていた自然石を、王仁の墓だと証す文書を作った。それだけでは金にはならないが、近隣の豪農など、偉い先祖が載る系図が欲しくてたまらない愚かな小金持ちの所へ出かけ、王仁の末裔とする系図を何枚も書いた。

古墳の専門家からは、以前からそのいわれに疑問が投げかけられており、時代的に見てあり得ない墓だという。本当に王仁が実在して朝廷から尊崇されたのなら、そんな粗末な自然石をごろりと転がしただけの墓ではあり得ず、本格的な古墳を作っただろうと言うのである。

以上が上掲書の記す内容である。

論語 宇野哲人
相当な金になっただろう。椿井文書はあまりに大量に存在し、あまりに出来が良すぎたため、当時の百姓や幕府だけでなく、現代史家までコロリとだまされた。このニセ王仁塚は、のちに日本漢学界のボスになる東京帝国大学教授・宇野哲人によって、さらなる格付けが施された。

この手の系図は戦前まではごく一般的だったらしく、戦後、立つ筆に任せて文壇を風靡した山本周五郎の作品に、「けえずかい」という言葉は注釈抜きで出てくる。そもそも山本文学は徹底的に大衆娯楽文学であり、注が要るようなもったいぶった作風とはほぼ無遠と言って良い。

日本の儒学は、その始まりからインチキで、椿井のやり口は現在の某元教授と同じである。

この手の系図は戦前まではごく一般的だったらしく、戦後、立つ筆に任せて文壇を風靡した山本周五郎の作品に、「けえずかい」という言葉は注釈抜きで出てくる。そもそも山本文学は徹底的に大衆娯楽文学であり、注が要るようなもったいぶった作風とはほぼ無遠と言って良い。

日本の儒学は、その始まりからインチキだった。

結論:日本には過去も現在も、まともな儒者や漢学者はほとんどいなかった。だが今後は分からない。 論語と日本儒教史 目次 1.日本漢学前史~...

宇野は先述の通り、枚方市のニセ王仁塚を顕彰する奉加帳を作製し、その発起人の一人になった間抜けでもある。帝国大学教授様で文学博士様という権威は、さぞかし利き目があったのだろう、ニセ王仁塚は立派に整備された。そのおつむの程度がどれほどかが分かるだろう。

論語と日本儒教史 目次 1.日本漢学前史~江戸初期までの漢文業界と論語 2.ラーメン屋の熱血おやじ~江戸時代の漢文業界と論語 3.渋沢...

漢学教授の頭の悪さは、戦後にも引き継がれた。人づてに聞いた話なので事実は保証しかねるが、ごく最近東大史料編纂所の教授が、「戦国時代の新潟平野に上杉謙信が拠点を置かなかったのは愚かであった」と言ったらしい。沖積平野に人が住めるようになる前に、という話は。

気の利いた高校生でも知っている。やはり文字が読める日本人の中で、最も頭が悪いままだ。

論語と日本儒教史 目次 1.日本漢学前史~江戸初期までの漢文業界と論語 2.ラーメン屋の熱血おやじ~江戸時代の漢文業界と論語 3.渋沢...

復元白文

論語 孔 金文論語 子 金文論語 謂 金文論語 季 金文論語 氏 金文 論語 八 金文論語 佾 金文大篆論語 舞 金文於 金文論語 庭 金文大篆 論語 是 金文論語 可 金文論語 忍 金文也 金文 論語 孰 金文論語 不 金文論語 可 金文論語 忍 金文也 金文

※氏・八・舞・忍・孰→未確認/佾・庭→金文大篆

現代中国での解釈例

孔子說季氏:「他用天子的舞蹈陣容在自己的庭院中舞蹈,這樣的事可以容忍,什麽事不能容忍?」

中国哲学書電子化計画

孔子が季氏を言った。「彼は天子の舞踏の人数を揃えて自邸の中庭で舞わせた。このようなことを堪え忍べるのなら、どんなことが堪え忍べないだろうか?」

https://hayaron.kyukyodo.work/syokai/hatiitu/post-1261.html

復元白文

論語 三 金文家 金文論語 者 金文以 金文論語 雍 金文論語 徹 金文 論語 子 金文論語 曰 金文 論語 相 金文論語 辟 金文論語 公 金文 論語 天 金文論語 子 金文論語 穆 金文論語 穆 金文 論語 奚 金文論語 取 金文於 金文論語 三 金文家 金文之 金文論語 堂 金文

※家・雍・徹・相・辟・穆・取・堂→未調査/維→暫定

現代中国での解釈例

掌握魯國實權的三個家族在祭祖儀式結束時,唱著天子祭祖時所用的詩歌。孔子說:「歌詞中的『諸侯輔助,天子肅穆』,怎能唱於三家的廟堂?」

中国哲学書電子化計画

魯国の実権を握っている三家族が祖先の祭礼を締めくくるとき、天子が祖先を祀る時に用いる歌を歌った。孔子が言った。「歌に言う”諸侯が手助けし、天子は慎む深く恭しい”を、なぜ三家の祖先霊殿で歌えるのか?」

https://hayaron.kyukyodo.work/syokai/hatiitu/post-1298.html

以下は儒者の根拠の無い個人的感想に基づいたごたくである。時代によって意味が異なり、夏祭りである場合もあるが、もと天子が天帝を祭る祭祀。魯の公室は開祖が周公という大物だったこともあり、禘祭の執行を許されていたという。以上ごたく終わり。

論語 甲骨文 帝不我又
つくりの「帝」は甲骨文よりある文字で、「神」を意味した。早稲田大学所蔵の甲骨に、「かみ我にせり、土方やばんじんたすけをあたうか」(神は私にではなく、蛮族どもに力を貸すか)とあり、殷22代目の武丁の甲骨とされる(早稲田大学會津八一記念博物館所蔵甲骨文字考釈)。

帝 甲骨文 示 甲骨文
「帝」「示」(甲骨文)

では「帝」とはどんな神か。『字通』によると、それは交差させた脚を束ねた上に板をのせた、天上界にいる祖先の霊向けの祭壇の形で、まだ昇天していない父祖の霊である「示」(これも祭壇の形だが一本足)と区別したという。尊さによって祭壇の脚に区別を付けたか。

「禘」はその二つを足しっぱなしにした文字=言葉であり、帝国の儒者による儀式にもったいが付けられる前は、漠然と祖先一般を祀る祭だったことになる。

https://hayaron.kyukyodo.work/syokai/hatiitu/post-1467.html

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。もし長生きしたいなら、悪いことはせぬものだ。それでもやるなら、覚悟致せ。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

関連記事(一部広告含む)