論語に見る孔子の肖像(3):要約

アルファー:孔子先生の解説は、訳者が詳解を書き終えてから掲載します。しばらくお待ち下さい!

憲問篇

子路が石門のまちで一泊した。翌朝城門を通ろうとすると、門番が聞いた。
「どこから来た?」「孔子先生のお宅からです。」
「ああ、あの出来ないと分かっていても、おやりになる先生か。」
陽貨篇
孺悲が孔子に会おうとした。孔子は病気だと言って断った。取り次ぎの者が部屋を出た。孔子は琴を取って歌い、孺悲に聞かせた。
微子篇
1

斉の景公が孔子を召し抱えるに当たって言った。
「魯の季氏がそなたを迎えたような待遇は出来ぬ。季氏と孟氏の間ぐらいでどうか。」
しばらくして言った。
「わしは老いた。そなたを迎えるわけにはいかぬ。」
孔子は斉を去った。
2

斉の者が女楽団を魯へ送ってきた。季桓子*は迎え入れて三日間政務を執らなかった。孔子は魯を去った。
※魯国門閥三家老家筆頭、季孫家の当主。
3
楚のもの狂い者、接与が歌いながら孔子のかたわらを過ぎた。
おおとりよ! おおとりよ!
周王朝の力の、なんと衰えたことか。
過ぎたことは取り戻せない、
だがこれからのことなら何とかなる。
やめなされ、やめなされ。
こんな世で政治に関わると危ないぞ。
孔子は車を降りて、接与と語ろうとした。しかし走って逃げてしまったので、話すことが出来なかった。
子張篇
1
衛の家老、公孫朝が子貢に問うた。「孔子はどこで学んだのか?」

子貢「周の開祖文王・武王の示した道は、まだ消え去らずに人の世に残っています。賢者はその中でもすばらしいものに気付き、不賢者はつまらないものに気付きます。文王武王の道は、この世の隅々にまで生き残っているのです。従って孔子先生は、この世のいずれからでも道を学び取れます。となれば、決まった師匠というのもいないのです。」
2
魯の家老、叔孫武叔*が家老たちに語って言った。「子貢は孔子より優れている。」
家老の一人、子服景伯がその話を子貢に言った。

子貢「私を宮殿の塀に例えるなら、肩に届く程度の高さです。外から家中が修まっているのが見えるでしょう。しかし先生の高さは人二人分はあるでしょう。きちんと門から入らなければ、祖先祭殿の美しさや官吏たちの居並ぶ姿が見えません。しかしこの門から入ることは難しい。叔孫武叔どのがそう仰るのも、無理はないでしょうね。」
*叔孫武叔:魯の門閥家老三家の一つ、叔孫氏の当主。BC505年に家を継ぐ。孔子と同時期に家老職にあったことになる。
3
魯の家老、叔孫武叔が孔子の悪口を言った。

子貢「おやめなさい。先生の悪口は言うだけ無駄です。世の賢者とは丘程度で、歩いて越えられますが、先生は月日のようなもの、越える手立てはありません。こちらで月日と縁切りをしたくても、月日にとっては痛くもかゆくもありません。悪口を言えば、却ってもの笑いになりますぞ?」
4
子禽が兄弟子の子貢に言った。

「兄者はうやうやしく仕えていますが、孔子先生って兄者より賢いんですかね?」
「コラ! 口を慎め、君子は言葉一つで評価ががらりと変わるぞ? 先生は天のようなもので、はしごの掛けようもないほど高い賢者だ。先生が一国の政治を執れば自由自在。自立させるも、導くも、安心させるも、和ませるも思いのままだ。先生あればこそ国は栄え、亡くなれば人々は悲しむ。私如きの及ぶ所ではない。」
論語速読・孔子の肖像終わり
お疲れ様でした。
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