孔子の肖像・論語学而ガクジ篇~子罕シカン篇要約

アルファー:こんにちは! ナビゲーターAIのアルファーです。
孔子:解説の孔子じゃ。
アルファー:先生、ここからは、お弟子さんたちから見た先生の姿を見ていくわけですが。
孔子:うむ。ここでは論語冒頭の学而篇から、第九子罕篇までの内容を集めた。論語の前半をまとめたのは、政治に興味を示さず、魯国で塾の留守番をしておった、曽子や有若らの派閥じゃ。じゃからこのページは、彼らから見てワシがどうであって欲しいか、ということじゃな。

アルファー:分かりました。それでは、始めましょう。

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学而篇
子禽が兄弟子の子貢と語り合っている。

子禽「どうもみっともないですね、孔子先生は。諸国をうろついて、執念深く官職あさりばかりしていました。好きこのんでそうなさっていたのでしょう? ひたすら、官職に就きたい就きたいと狙っていたんでしょう?」

子貢「これ! 何ていう事を言うんだ。先生は、穏やかで、善良で、丁寧で、慎ましく、控えめだったから、政治の専門家として頼りにされたんだ。他の連中が利権ほしさに政治業者になったのと、全然違うんだぞ!」

アルファー:あれれ先生、昔からの論語の解釈では、先生って諸国を回っても、どこの国でも受け入れられずに不遇だったんじゃありませんか。
孔子:そんなことはないぞ。これでも、もと魯国の首相格じゃ。どこの国へ行っても、それなりの待遇で迎えられたのじゃ。ほれ、最初の滞在国・衛国で、111億円の年俸をもらった話はしたじゃろう。

アルファー:あー、そうでしたね。
孔子:確かに、時には命の危険もあったが、おおむね政治の専門家として尊敬されたのじゃ。ワシの不遇伝説は、ワシを持ち上げるために、後世の儒者がこしらえたでっち上げじゃ。不遇に見えるとしたらただ一つ、政権をごっそり寄こした殿様が一人もいなかった事じゃな。

アルファー:そうでしたね。先生は管仲さんになりたかったんですよね。
孔子:そうじゃ。じゃがいきなりやってきたワシに、政権をごっそり寄こせというのは無理じゃったのう。どの国にも、それなりに人材はおるし、既得権益もあったからの。じゃから相談役のようなことをして、諸国の政治に関わっておったんじゃ。
八佾ハチイツ篇
放浪中、国境を超えようとしたとき、儀のまちの関守が言った。
「本官はお役目上、ここを通る身分ある方には必ずお目にかかることにしている。孔子どのに会わせたまえ。」
弟子が関守を案内した。
会見を終えて出てきた関守が言った。
「君たち、気を落とすことはない。ろくでもない世の中になって長くなった。天は君たちの先生を遣わして、正しい道の伝道者になさったのだ。」

アルファー:先生、儀のまちってどこですか?
孔子:ワシも忘れてしもうた。黄河沿いの、魯国から衛国への入り口という学者もおるがな。それに従うと、ワシは魯国を出てから川沿いに西に進み、渡し場の儀のまちから衛国に入ったことになる。じゃが、当時の街道のルートは残っておらん。なにせ黄河は暴れ川じゃからな。

アルファー:それとこのお話が、論語の故事成句、「木鐸」の語源なんですよね。
孔子:そうじゃ。木鐸とは打ち舌が木で出来た鐘のことじゃ。日本の銅鐸のようなものを想像してくれるといいかのう。木で打つから柔らかい音が出てな、政令の発布の際に鳴らしたものじゃ。打ち舌も金属で出来たのは金鐸と言って、これはいくさなどの緊急事態に鳴らした。
公冶長コウヤチョウ篇

子貢「先生の教えのうち、文化芸術はよく分かった。しかし生物学と天文学は、あまり分からなかった。」

アルファー:先生、これはどういうことですか?
孔子:うむ。もちろんワシは生物学や天文学にも通じておった。魯の天文官の間違いを指摘したり、誰も正体が分からなかったけものを麒麟じゃと見分けたぐらいじゃからな。じゃがそうした数学や物理、生物学は、学ぶにも向き不向きがあったんじゃ。

アルファー:でも先生、「性」と「天道」って、”人の本来の姿”と”天の定め”のことじゃないんですか?
孔子:アルファー君はなかなかよく儒学を勉強しておるのう。感心じゃ。じゃがいわゆる「性命論」、つまり人は生まれつき善か悪かは、ワシが世を去ったあと、戦国時代の孟子くんや荀子くんが研究したことじゃよ。ワシの頃は、まだそうした議論はしなかったのう。

孔子:「天道」もそうじゃ。熟語として何らかの道徳的・思想的意味が加わる前の時代での。単に”天の道”、つまりは天体の運行原則のことで、天文学じゃ。
述而篇
1
先生が自宅でくつろいで過ごす時は、のびのびと楽しそうだった。

アルファー:先生、原文には「燕居」とありますが。
孔子:燕の字は安の字と音が似ていてな。ゆっくりくつろぐことを燕居と言ったのじゃ。
2
先生は喪中の人と食事を共にする時、腹一杯食べなかった。
葬儀に出かけた日は、歌わなかった。
3
先生は、とりわけ三つの事柄について慎重だった。
非常時のものいみ、戦争、病気。

アルファー:先生、どうしてこの三つだったんですか?
孔子:古代人のワシにとって、大自然は絶対者じゃからな。じゃから非常時には慎んだ。戦争は言うまでも無かろう? 病気を重大事と見たのは、論語の時代の平均寿命が30ほどじゃったのに、ワシが70過ぎまで生きた秘訣じゃ。
4
孔子先生は古典解説や祭典では、古語を使ったのであるぞよ。だから古語を知る我ら儒者に、もっとお金を寄こしなさい。

アルファー:先生、なんですかこれ。
孔子:儒者どもの利権あさりじゃよ。全くのでっち上げじゃ。
5
先生は、絵空事、怪物話、自然への諦め、神話を語らなかった。

アルファー:要するに、オカルトを言わなかったということですか?
孔子:そうじゃ。論語の時代も、人はつい、オカルトにのめり込む。しかしその正体は、いい加減な事が多いものじゃ。周の文化は人間主義ぞ。人間の持ちうる理性をフルに発揮して、世の中の事を正しく理解せねばならん。
6
先生は四つを教えた。
文章、行動、己を偽らないこと、他人を偽らないこと。

アルファー:自分を偽らないことが忠で、誰かをだまさないのが信なんですね。
孔子:そうじゃ。忠義というお題目は、論語の時代にはまだ忠の字の意味としては広まっておらん。中とはおなか、つまり忠とはおなかの心、偽りのない自分の心の事じゃ。
7
先生は、一本釣りはしたが、はえ縄でごっそり魚を捕らなかった。
飛ぶ鳥は射たが、休んでいる鳥は射なかった。

アルファー:へぇ。先生は生き物もいたわったんですね。
孔子:そうでもないぞ。食べる分だけ取る、無駄なことはしないだけじゃ。それに野の鳥やけものも、水の魚も、人にとっては生きるための大事な生活の糧じゃ。政治家として、乱獲など思いも寄らなかったのじゃよ。
8
先生は人と歌って気に入ると、必ず相手に一人で歌って貰い、また一緒に歌った。
9
先生は穏やかだったが、気性は激しかった。
威厳はあったが、人を見下さなかった。
へりくだって安らかだった。

アルファー:穏やかと気性が激しいことが同居してるって、どういうことですか。
孔子:怒るべき時には怒る、じゃが用もないのに不機嫌にして、人を脅さなかったという事じゃ。ほれ、徳とは人間の機能のことじゃと言うたじゃろ? 徳を高めておれば、つまらぬ威張りをする必要なんて無いのじゃ。人は弱いと、他人の気分に振り回されるからのう。
子罕篇
1
利益と天命と仁については、先生はめったに言わなかった。

アルファー:これっておかしくありません? 先生は仁を盛んに語ってますよね。
孔子:そうじゃよ。じゃからこの話は、後世のでっち上げじゃ。
2
先生は四つをしなかった。
憶測、執念、頑固、私欲。

アルファー:四つの区別がよく分かりませんが。
孔子:「意」は自分勝手な想像、「必」は現実を見ないで、こうなるに決まっていると決めつけてしまうこと、「固」は自分の視野でしかものが見られないこと、「我」は我欲にとらわれる事じゃ。いずれも現実を見る目を曇らせる。理性が台無しになるのじゃよ。
3
先生は、喪服の人、礼服の人、盲目の人を見かけた場合、年下であっても立ち上がって姿勢を正した。かたわらを過ぎる時は、必ず小走りした。

アルファー:先生、小走りって?
孔子:貴人に対する礼じゃな。立ち上がるのも敬礼の一種じゃ。葬列や儀式に出かける人は、人界と天界の間を行き来するのでな。めしいの人は、論語の時代よりずっと昔から、神に近い存在とされておったんじゃよ。もちろん、人道からもいたわらねばならぬ。
4

顔淵(顔回)が深くため息をついて言った。
「先生を仰げばますます高く、切り込めばますます固い。前にいるかと思えば、いつの間にか後ろにいる。先生は穏やかに筋道を通して巧みに人を導き、私の知見を文章で広め、礼でけじめを付けた。その指導につい釣り込まれて、止めようとしても止まない。すでに私の才は出し尽くしたが、まだひときわ高くそびえ立っている。付き従おうとしても、手がかりが得られない。」

アルファー:なんだか卒業式の歌みたいですねえ。
孔子:うむ。後世の儒者のでっち上げじゃが、ここまで褒めちぎられるとムズかゆいな。ワシは怒りもすれば泣きもする、どこにでもおる普通のオッサンでありジイサンじゃったのにな。

アルファー:孔子の肖像・論語学而篇~論語子罕篇はこれでおしまいです。みなさん、おつかれさまでした。
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