論語126雍也篇第六(9)季氏閔子騫をして

論語雍也篇(9)要約:閔子騫ビンシケンは人格を孔子先生に評価された弟子。筆頭家老家の季氏が、執事に雇おうとしましたが、ちょっと大げさな言葉で断ってしまいます。先生は仕官したがらない弟子が好きでしたから、きっと好感を持ったでしょう。

論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

季氏使閔子騫爲費宰。閔子騫曰、「善爲我辭焉。如有復我者、則吾必在汶上矣。」

書き下し

季氏きし閔子騫びんしけん使さいらしめんとす。閔子騫びんしけんいはく、ためなんわれふたたびすることすなはわれかならぶんほとりと。

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

季氏が閔子騫ビンシケンを費邑の代官に任じようとした。閔子騫が言った。「上手に私のために断って下さい。もしもう一度私を用いようとするなら、私は汶河のほとりに行きます。」

意訳

論語 使者
使者「ご家老の思し召しであるぞ。貴殿を費の代官に任じる。」

論語 閔子騫
閔子騫「うまいこと言って断って下さい。もう一度ここに来たら、私は斉へ逃げますからね。」

従来訳

 魯の大夫季氏が閔子騫びんしけんの代官に任用したいと思って、使者をやった。すると、閔子騫は、その使者にいった。――
「どうか私に代ってよろしくお断り申しあげて下さい。もし再び私をお召しになるようなことがあれば、私はきっとぶん水のほとりにかくれるでございましょう。」

下村湖人『現代訳論語』

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

閔子騫(ビンシケン)

論語 閔 金文大篆 論語 子 金文 論語 騫 金文大篆
(金文)

BC536ーBC487。孔子の弟子。姓は閔、名は損、字は子騫。『史記』によれば孔子より15年少。徳行を孔子に評価され、孔門十哲の一人。詳細は論語の人物:閔損子騫参照。

論語 費 金文
(金文)

論語では魯国の都市。季氏の根拠地。子路が代官を務めたことがある。

論語 魯国 地図

Map via http://shibakyumei.web.fc2.com/

汶(ブン)

論語 汶 金文大篆
(金文)

論語では、斉国との国境にある河(汶水)という。
論語 地図 汶水
Map via http://shibakyumei.web.fc2.com/

論語:解説・付記

論語 吉川幸次郎
既存の論語本では吉川本に、日中の儒者が閔子騫の、仕官を断った態度を賞賛した例がいくつかあるという。ただし論語・史記に次ぐ論語理解の史料である『孔子家語』によれば、閔子騫はちゃっかり費の代官になっている。一端断ってから気が変わったのか、『孔子家語』がでっち上げなのかも知れない。いずれにせよその記述はおおむね以下の通り。

論語 閔子騫 論語 孔子 説教
閔子騫が費の代官になって、政治を孔子に問うた。孔子曰く、「德と法に従いなさい。そもそも德と法は、民を従える道具であり、馬を操るくつわや手綱のようなものだ。主君が御者で、役人がくつわで、刑罰がムチだ。つまり人を治めるとは、くつわやムチを手にするようなことに過ぎない。」子騫曰く、「すみませんが、いにしえの政治の道をご教示下さい。」孔子曰く、「(おうおう、よくぞ聞いてくれた、嬉しいな!)ウムそれはじゃな、くどくどくどくどくど…。」(『孔子家語』執轡)

論語にはこのような、何をしたんだかよく分からない弟子が出て来る。それだけに尾ひれを付けやすく、後世の儒者にとっては格好のでっち上げの材料だった。孔子に徳を褒められたとある人物は、単に等身大フィギュア造形師としての孔子と趣味が合ったと理解すればいい。

従って実務能力にはほぼ無能だったと断じてよく、徳がどうあれ何か業績を残したなら、メモ魔の中国人が書き残さないわけがない。いたずらに論語の人物を神格化し、他者を虚喝はったりで脅すのが儒者の通癖だが、現代人がそれに付き合う理由はさらさらない。

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