論語詳解132雍也篇第六(15)孟之反ほこらず’

論語雍也篇(15)要約:孔子塾生が目指す君子とは、戦時には出陣する武人でもあります。先生は戦士としての役割も弟子に期待し、武術の稽古をつけました。魯国が大国・斉に攻められた際も、君子たちの武勇伝が生まれ、というお話。

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論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

子曰、「孟之反不伐、奔而殿、將入門、策其馬、曰、『非敢後也、馬不進也。』」

校訂

春秋左氏伝

孟之側後入,以為殿,抽矢策其馬曰,馬不進也。

定州竹簡論語

]曰:「孟之反不伐,賁a而[殿,將入門,策其馬,曰:『非]123……,馬不進。』」124

  1. 賁、今本作「奔」。

→子曰、「孟之反不伐、賁而殿、將入門、策其馬、曰、『非敢後也、馬不進也。』」

復元白文

子 金文曰 金文 論語 孟 金文之 金文反 金文不 金文論語 伐 金文 論語 奔 金文而 金文殿 金文 將 甲骨文論語 入 金文門 金文 冊 金文其 金文論語 馬 金文 曰 金文 論語 非 金文論語 敢 金文論語 後 金文也 金文 論語 馬 金文不 金文論語 進 金文也 金文

※賁→奔・將→(甲骨文)・策→冊。論語の本章は、文末の也の字を断定で用いているなら、戦国時代以降の捏造の可能性がある。

書き下し

いはく、孟之反まうしはんほこらず。はし殿しんがりたり。まさもんらむとして、うまむちうちていはく、あへおくれたるにあらざるなりうますすまざるかな(ればなり)と。

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 孔子 肖像
先生が言った。「孟之反モウシハンは誇らない。敗走の際にしんがりを務めた。今にも門に入ろうとする時、その馬にムチを打って言ったのには、わざと遅れたのではない、馬が進まなかったのだよ、と。」

意訳

論語 孔子 褒める
孟之反どのはあっぱれなサムライだ。魯国軍が敗れて敗走する際にしんがりを務め、攻めかかる敵を防いだが、やっと魯国の城門に入る頃になって、「わざとしんがりを務めたのではござらぬ。馬が走らなかっただけでござる」と言ったそうだ。

従来訳

論語 下村湖人
 先師がいわれた。――
孟子反(もうしはん)は功にほこらない人だ。敗軍の時に一番あとから退却して来たが、まさに城門に入ろうとする時、馬に鞭をあてて、こういったのだ。――自分は好んで殿(しんがり)(やく)をつとめたわけではないが、つい馬がいうことをきかなかったので。――」

下村湖人『現代訳論語』

現代中国での解釈例

孔子說:「孟之反不自誇,打仗撤退時,主動在後面掩護,剛進城門,他策馬快速通過歡迎隊伍,說:『不是我有膽走在最後,是馬跑不快』。」

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孔子が言った。「孟之反は自慢しない。戦場で撤退するとき、中心となって後尾の援護を務め、やっと城門まで退いたとき、彼は馬に鞭打って迅速に歓迎する部隊を通り過ぎ、言った。”私は肝が太くて最後を進んだのではない。馬が速く走らなかったからだ”。」

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

、「 殿 、『 。』」


孟之反(モウシハン)

論語 孟 金文 論語 之 金文 論語 反 金文
(金文)

魯国の貴族。おそらくは孟之側と同一人物。魯の哀公十一年(BC484)春、斉国が侵攻してきた際に出陣し、陳瓘チンカン・陳莊・涉泗ショウシと共に、孟武伯が率いる魯国右軍に戦車に乗って加わったが敗走した。その際矢を取ってムチとし、馬を打って疾走させた。

その際の発言が本章に当たる。『左伝』によれば、共にしんがりを務めた四人の内誰かの発言であり、時期も戦場でのことであって城門ではない。しかもこの時孔子は魯におらず、おそらく衛国で報告を受け取っただけに過ぎない。詳細は論語の人物:樊須子遅参照。

なお「孟」とは長男のことで、公族の長男が分家して名乗ることがある。論語語釈「孟」を参照。

論語 伐 金文 論語 伐
(金文)
論語の本章では、”武器=で人を脅すようにして誇ること”。『大漢和辞典』の第一義は”攻撃する”。詳細は論語語釈「伐」を参照。

奔(ホン)→賁

論語 奔 金文 論語 奔
(金文)

論語の本章では、”吹き上がるように疾走すること”。「奔」は論語ではここだけに登場。

『学研漢和大字典』によると会意文字で、「大(ひと)+三つの止(あし)」。また上部を走の字と解し「走+二つの止(あし)」とみてもよい。ぱたぱたと急いではしるさまを示す。噴(ぷっとふき出す)と同系。勃(ボツ)(ぱっとおこる)・飛(ぱっととび出す)とも縁が近い、という。

『字通』によると会意文字で、夭(よう)+歮(しゆう)。夭は人の走る形で、歮は三止(趾(あし))。足早に奔る意を示すために、三止を加えた。〔説文〕十下に「走るなり」と訓し、「賁(ほん)の省聲なり。走と同意。倶に夭に從ふ」とするが、賁の従うところは賁飾(ひしょく)の形で、奔の従うところとその意象が異なる。金文に、祭事に従うことを「夙夜(しゆくや)奔走せよ」というのが例であり、奔走とはその際の足早な歩きかたをいう。女子には敏捷といい、敏・捷はいずれも髪飾りをした夫人が、祭事にいそしむ姿である。わが国では、祭事のときの歩きかたを「わしる」という、という。

「賁」は、カールグレン上古音でpiărと読んで”かざる”、bʰi̯wənと読んで”大きい”、pwənと読んで”走る”。pwənの同音に「奔」があり、置換候補となる。

殿

殿 金文 論語 競馬 速
(金文)

論語の本章では音が「臀」(おしり)と通じ、”後ろ・最後”。論語での登場は本章のみ。カールグレン上古音はdhiənまたはtiən。前者の同音は殄”つくす・やむ”のみ。後者の同音は典”つかさどる”のみ。いずれにも”しんがり”の語釈は『大漢和辞典』に無い。

『大漢和辞典』の第一義は”大きな建物”。

『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、左側は臀(デン)(しり)の原字で「尸(シ)(からだ、しり)+兀(こしかけ)+冂(台)」の会意文字。大きい尻をずっしりと台上に乗せたさまを示す。殿はそれを音符とし、殳(動詞の記号)をそえた字で、尻をむちでうつこと。

ただし、その音符の字はもとずっしりと大きく重いの意を含んでいるので、殿はずっしりと土台を構えた大きい建物の意に転用され、また、尻は人体の後部にあるため、しんがりをつとめるの意となった。

墩(トン)(ずっしりした土台)・豚(トン)(ずっしりと重いぶた)などと同系のことば、という。

『字通』によると会意文字。𡱂(とん)+殳(しゆ)。𡱂は臀(とん)の初文。人が丌(き)(牀几)に腰かけている形で、臀(しり)の部分を強調した字。殳はおそらく攴(ぼく)の意。殿は臀たたきの俗を示す字のようである。〔説文〕三下に「撃つ聲なり」とし、〔太平御覧、一七五〕に引く〔説文〕には「堂の高大なる者なり」とみえる。〔詩、小雅、采薇〕「天子の邦を殿(をさ)む」の〔毛伝〕に「鎭(しづ)むるなり」とあるのは、動詞の用法であるから、殿字の初義と関係があろう。殿堂の意は臀と関係があるべきではないから、あるいは㞟(でん)の字義であるかもしれない。〔説文〕八上に㞟を「偫(たくは)ふるなり」と訓するが、神尸の前に薦腆(せんてん)する意とみられ、その祀所を殿といい、堂というものと思われる、という。

論語 策 金文 論語 策
(金文)

論語の本章では、『大漢和辞典』の第一義と同じく”ムチ”。論語での登場は本章のみ。初出は上掲戦国末期の金文で、論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はtsʰĕk。同音の冊は、音通する文字として『大漢和辞典』が扱っている。

『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、朿(シ)・(セキ)はとげの出た枝を描いた象形文字。刺(さす)の原字。策は「竹+〔音符〕朿(シ)(とげ)」で、ぎざぎざととがっていて刺激するむち。また竹札を重ねて端がぎざぎざとつかえる冊(短冊)のこと。

積(端がぎざぎざとするように重ねる)・朔(サク)(木をぎざぎざに並べたさく)などと同系のことば、という。

『字通』によると形声文字。声符は朿(し)。朿は責の声符、責に嘖・幘(さく)の声がある。朿は先のとがった長い木。〔説文〕五上に「馬の箠(むち)なり」という。〔論語、雍也〕「其の馬に策(むちう)つ」のように、動詞にも用いる。文字をしるす簡策の策は、冊が本字。冊は柵の初文であるが、のち簡策・編冊の意に用いる。策は簡策の意より策謀・籌策の意となった、という。

論語 敢 金文 論語 敢
(金文)

論語の本章では『大漢和辞典』の第一義と同じく”あえて・すすんで”。詳細は論語語釈「敢」を参照。

論語:解説・付記

既存の論語本では吉川本にも、論語と『左伝』の記載の違いを記す。

〔哀公〕十一年(BC484)春…右師奔(はし)るに、斉人之に従う。陳瓘,陳莊,涉泗,孟之側後より入り、以て殿(しんがり)と為る。矢を抽(ぬ)き其の馬に策(むちうち)て曰く、馬進ま不れば也。(『春秋左氏伝』)
魯の右軍が敗走すると、斉の軍勢は追撃にかかった。陳瓘、陳荘、渉泗、孟之側は戦車を最後尾に乗り付け、しんがりを引き受けた。矢を抜き取って牽き馬にムチを打ちながら、「馬が進まないのでござる」と言った。

上記樊遅のリンク先にも書いたが、この話にはおかしな所があって、中国の弓は日本で言う半弓であり、矢も短く軽い。軽いが例えばモンゴル騎兵の持つ弓は小さくとも、遠距離を飛び高い貫通力を持つ。

論語 戦車戦車から半弓の矢を差し出した所で、馬の尻に届くはずがない(図は兵馬俑出土の実測値で作製)。これは戦場を知らない儒者の創作と思われるが、もう一つ『春秋左氏伝』の筆者左丘明が盲人だったと言われる証拠になるかも知れない。見えないものは、想像して書くしかない。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。もし長生きしたいなら、悪いことはせぬものだ。それでもやるなら、覚悟致せ。

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コメント

  1. […] 將入門、策其馬曰、非敢後也、馬不進也。(『論語』雍也) 〔將に門に入らんとして、其の馬に策て曰く、敢えて後るるに非る也、馬進ま不れば也、と。〕 […]