論語詳解450陽貨篇第十七(16)昔は民に三疾有り

論語陽貨篇(16)要約:昔はよかった。やり過ぎの人々にさえ、よいところもあったと孔子先生。いつの世も、若者をうんざりさせる「昔は良かったばなし」ですが、先生がこんな事を言ったのでしょうか? 史実性に疑問のある一節。

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原文・白文

子曰、「古者民有三疾、今也或是之亡也。古之狂也肆、今之狂也蕩。古之矜也廉、今之矜也忿戾。古之愚也直、今之愚也詐而已矣。」

書き下し

いはく、いにしへたみに三しつり、いまあるひこれこれかなとす。いにしへきやうひたすらなり、いまきやうおぼるるなり。いにしへきようかどめあるなり、いまきよう忿いかもとるなり。いにしへなほきなり、いまいつは而已のみかな

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 孔子 肖像
先生が言った。「昔は人々に三種類の度を超した者がいた。今はひょっとするとそれすらもいなくなってしまったものだよ。昔の狂人は一途だった。今の狂人は好き勝手でしまりがない。昔の矜人はけじめ正しかった。今の矜人は怒りっぽくて道理に外れている。昔の愚人は愚直だった。今の愚人は嘘をつくばかりだよ。」

意訳

論語 孔子 ぼんやり
昔から度を超した人というのはいて、それにもいい所があったのだが、今はもうそれすらいなくなってしもうた。

昔の一徹者は一途だったが、今のはただのわがままだ。昔の力み者はいさぎよかったが、今のはただ悪口ばかり言う嫌われ者だ。昔の愚人は小細工をしない人を言ったが、今の愚人は小ずるい奴ばっかりだ。

従来訳

論語 下村湖人

先師がいわれた。
「昔の人に憂うべきことが三つあつたが、今はその憂うべきことを通りこして、全く救いがたいものになっているらしい。昔の理想狂の弊は、自由奔放で小事にこだわらない程度であった。然るに今の理想狂は徒らに放縦である。昔、ほこりをもって己を高くした人々の弊は、廉直に過ぎて寄りつきにくい程度であった。然るに今のそうした人々は強情でひねくれている。昔の愚か者は正直であった。然るに今の愚か者はずるくて安心が出来ない。」

下村湖人『現代訳論語』

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

古者

論語 古 金文 論語 者 金文
(金文)

論語の本章では”昔は”。ここでの「者」は主格を表す記号で、人・者・事に関わらず、主格であれば用いられ得る。

論語 民 金文 論語 民 奚
(金文)

論語の本章では”人々”。原義は奴隷を意味し、狭義には被支配者層を言うが、ここでは為政者も含めた全ての人々と解さないと文意が通じない。「三疾」は君子にも見られる現象だからだ。詳細な語釈は論語語釈「民」を参照。

論語 有 金文 論語 有
(金文)

論語の本章では”存在する”。「民有三疾」は形式的には「民、三疾をたもつ」と書き下すべき文で、民(主語)-有(動詞)-三疾(目的語)の形を取っている。しかし漢文では、「aにbがある」を意味するとき、「a有b」と記し、直訳的には”aがbを持つ”と表現する。

漢文が日本語と共通するのは、主語を必要としないことだが、日本語と共通せず英語と共通するのは、必ず主語を想定して表現すること。「有」などの存在を意味する動詞は、英語のthere is構文と同じく、存在の場を必ず主語として書く、または想定する。

従って「民有三疾」は機械的に”men had three failings”と翻訳できる。これを”人々は三つの間違いを持っている”と訳しては日本語にならない。

三疾

論語 三 金文 論語 疾 金文
(金文)

論語の本章では、”三つの行きすぎ”。漢文では奇数の数でその前後程度の量を表現することがある。三は最小の奇数であり陽の数である一と、最小の偶数であり最小の陰の数である二を足した和であり、三以上の数を表して「しばしば」と訓読されることがある。

従って物事の項目を数える際、三・五・七・九を数え上げることが多いが、それは必ずしも、項目がその数だけしかないことや、必ずその数だけはあることを意味しない。数あわせのために、意味のない事柄を数え上げたりする場合もある。

今也或是之亡也

論語の本章では、”今となっては、あるいはそれすら無くなってしまったものだよ”。伝統的には、「今あるいはこれだにもなり」と読み、「之」を置き字として書き下さない。

「今也」の「也」は、”~について言えば”の意で、主部を強調する働きをする。「或」は武内本では「助辞にて意味なし」とするが、藤堂本では”ひょっとすると”と訳して意味を取っている。「是」が「三疾」を指す指示代詞であることは、諸本が一致している。

ここでの「之」は、「a之b」で「aをこれbす」と読み、「aをbする」を意味する。倒置・強調の意を表す。ここでは倒置していないが、これを受けて藤堂本では、”それすらも”と訳している。

「也」は文末助詞として、「なり」と読んだ場合は断定・決定を意味するが、ここでは「かな」と読んで、詠嘆を意味すると解した。

論語 或 金文 論語 戈
(金文)

「或」(ワク)は『学研漢和大字典』によると会意文字で、「戈(ほこ)+囗印の地区」から成る。また囗印を四方から線で区切って囲んだ形を含む。ある領域を区切り、それを武器で守ることを示し、域や國(コク)(=国)の原字である。

ただし一般には有(ɦɪuəg-ɦɪəu(イウ))にあて、ある者、ある場合などの意に用いる。或の原義は、のちに域の字であらわすようになった、という。

論語 狂 金文大篆 論語 狂
(金文)

論語の本章では”狂おしいほど自分の行動にこだわる人”。『学研漢和大字典』による原義は、むやみに走り回る狂犬。甲骨文字から見られる古いことば。

「狂」は「ケン」とならんで、論語時代の人間類型の一つとなるもので、誰が何と言おうとやるのが「狂」、誰が何と言おうがやらないのが「狷」。ただし孟子の時代まで時代が下ると、「狂」は口先ばかりで実行の伴わない誇大妄想狂を指すようになる。

論語の本章はその過渡期を述べており、孔子在世当時の言葉かどうかには疑問がある。

肆・蕩

論語 肆 金文大篆 論語 蕩 金文大篆
(金文)

論語の本章では、”一途な”と”だらしがない”。

「肆」は『学研漢和大字典』によるとものを手にとって長く並べるさま。書店のことを「書肆」というのはこれに基づき、商品を横に並べて見せ、売る店を意味する。人間の姿としては、ある一方向へ伸びるだけ伸びた様をいい、『大漢和辞典』に”極める”の語釈を載せる。
論語 肆 大漢和辞典

対して「蕩」は洪水で草がなびく様が原義で、しまりなくどちらへもなびくさま。洪水は見渡す限りおこることから、どこででもしまりのないことを含んでいる。

なお「肆」・「蕩」共に、甲骨文・金文・戦国文字には見られず、古文には見られる。

矜(キョウ)

論語 矜 金文大篆 論語 矛
(金文)

論語の本章では、”自負心の強い者”。『学研漢和大字典』による原義は、刃先を固く取り付けた矛で、矛の強さやそれでもって守る決意の固いこと。この文字は甲骨文・金文には見られず、楚系戦国文字や古文から現れる。上掲の文字は出典が不明で、復元文字の可能性がある。

廉(レン)

論語 廉 古文 論語 廉
(古文)

論語の本章では、”かどめ・けじめのあるさま”。この文字は甲骨文・金文には見られず、古文から現れるが、木偏を伴ったり、論語 廉 異体字の形で記されている。

『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、兼は「禾二本+手のかたち」の会意文字。別々の物をかねまとめて持つこと。廉は「广(いえ)+(音符)兼」で、家の中に寄せあわせた物の一つ一つを区別する意を示す。転じて、物事のけじめをつけること、という。

忿戾(戻)

論語 忿 金文大篆 論語 戻 古文
「忿」(金文)・「戻」(古文)

論語の本章では、”むやみに怒って道理にさからうさま”。「忿」は”怒る”、「戻」は”もとる”。

『学研漢和大字典』によると「戻」は会意文字で、「戸(とじこめる)+犬」。暴犬が戸内にとじこめられてあばれるさまを示す。逆らう意から、「もとる」という訓を派生した。辣(ラツ)・剌(ラツ)と同系のことば、という。

ただし「戻」は古文になって初めてみられ、その形も一定せず、論語 戻 異体字論語 戻 異体字に書かれているものがある。「忿」は古文には見られないが、秦系・楚系の戦国文字に見られる。

論語 愚 金文 論語 猿 愚
(金文)

論語の本章では”おろか”。『学研漢和大字典』による原義は、人のものまねをするようなサルのような心の意。語釈として『大漢和辞典』は”正直でかけひきが無いを記し、出典として論語先進篇の「柴や愚」につけた何晏の注、「愚は愚直の愚なり」を引く。

しかしこれは何晏のひいきの引き倒しと見るべきで、本章同様”愚か者”のことと解するべきだろう。本章では、「愚」は「三疾」=三つの急性病のような欠点に含まれており、以降にあるように「直」=率直でもありえるが「詐」=偽りでもあるからだ。

直・詐

論語 直 金文 論語 詐 金文
(金文)

論語の本章では、”愚直”と”いつわり”。乍は「作」の原字で、「詐」とは言葉で作り事をしていつわること。詳細は論語語釈「直」を参照。

而已矣

伝統的読みでは三字を合わせて「のみ」と読む。「而已」だけでも「のみ」とよみ、「~だけ」「それ以外はない」と訳す。強い限定・断定の意を示す。もと、而(それで)已(やむ)の意。「矣」は文末助詞で、断定・疑問・反語・推量・仮定などさまざまな意を表す。ここでは詠嘆と解釈した。

「而」について詳細は論語語釈「而」を参照。

論語:解説・付記

論語の本章の史実性について、武内義雄『論語之研究』では、清儒の崔述が「文体の疑わしい章」として分類した章と記している。箇条書きなどの整った文体は、論語の言葉でも孔子の肉声ではなく、後世の創作の可能性が高い、と訳者も同意する。

本章は他の箇条書きの章ほど整った印象はないが、ある現象について古今の対比で述べたことは、あるいは整っていると言えるかもしれない。ただ訳者が史実性に疑いを持つのは、文字が古文や金文までさかのぼれない事で、おそらく戦国時代になってからの作文だろう。

ただ内容に関しては、過去を尊しとする孔子の言いそうなことではある。ただしよく内容を吟味してみると、本章の言葉は単に”今の人間は人が悪くなった”という愚痴でしかない。すると本章での孔子の姿は、孟子でさえ批判した、ただの狂人になってしまう。

論語 孟子
孟子「孔子は狂ケンについて言った。『なぜ鳥が騒ぐように大げさだというのか? 口先だけで行動が伴わない。自分の言ったことをすぐ忘れて勝手な振る舞いをする。そのくせ昔の人、昔の人と言い回り、自分一人で身勝手ばかりする。生きるも行動するも、この世の中での話だ。少しは世間に良かれと務めるがいいのに』と。」(『孟子』盡心下篇)

ここで獧というのはケンのことで、人が何と言おうと、やりたくないことはやらない者を言う。いずれにせよ孟子やその近い弟子たちが、孔子を論語の本章のように、「昔の人、昔の人と言い回」る人物として創作したとは考えがたい。それとも孟子がうっかりしたのだろうか?

あるいは孔子は実際に、こういう懐古趣味のじいさんだった可能性はある。しかしそんな師匠に、弟子がついていくだろうか? 本章の「今の力み者は、ただ悪口ばかり言う嫌われ者」との部分が、当の発言者である孔子に当てはまってしまう所も考え物だ。

どうも作文であるにしても、あまり出来がよくないように感じる。それと孟子が上記のように言ったことは、孟子の読んだ原・論語には、本章を含む「昔の人」ばなしが載っていなかったことを意味するだろう。すると本章の成立は、孟子没後の戦国時代末期以降になる。

おそらく本章は、漢代の儒教の国教化と共に進められたであろう、漢代儒者による論語膨張作業でつけ加えられた話と見るべきだろう。孔子について本章のような伝説はあったのだろうが、史実としての孔子の姿や発言を伝える章と評価するのは、難しいと言わねばならない。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。未だ人を斬ったことが無い。刀(登録証付)の手入れは毎日している。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回す。覚悟致せ。
斬首
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