論語詳解438陽貨篇第十七(4)子武城にゆく*

論語陽貨篇(4)要約:遠い武城の代官となった弟子の子游シユウ。訪ねてきた孔子先生を迎えるに当たって、ヤラセの音楽で演出します。先生はヤラセと気付いたでしょうが、孫のように若い子游が可愛かったのか、とがめ立てしませんでした。

論語:原文・白文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文・白文

子之武城、聞弦歌之聲、夫子莞*爾而笑曰、「割雞焉用牛刀。」子游對曰、「昔者、偃也聞諸夫子、曰、君子學道則愛人、小人學道則易使也。」子曰、「二三子、偃之言是也、前言戲之耳。」

校訂

武内本

釋文云、爾一本莞爾に作る、莧は正字、莞は借字、微笑の貌。

定州竹簡論語

……[對曰:「昔者偃也聞]505……人學道則易使也。』」子曰:「二三子!偃之言是也。506……

復元白文

子 金文之 金文武 金文城 金文 聞 金文論語 玄 金文歌 金文之 金文聲 甲骨文 夫 金文子 金文爾 金文而 金文笑 金文 曰 金文 割 金文雞 金文安 焉 金文用 金文牛 金文刀 金文 子 金文游 金文対 金文曰 金文 昔 金文者 金文 偃 金文也 金文聞 金文者 金文夫 金文子 金文曰 金文 君 金文子 金文学 學 金文道 金文則 金文哀 金文人 金文 小 金文人 金文学 學 金文道 金文則 金文易 金文使 金文也 金文 子 金文曰 金文 二 金文三 金文子 金文 偃 金文之 金文言 金文是 金文也 金文 前 金文言 金文戲 金文之 金文耳 金文

※弦→玄・聲→(甲骨文)・焉→安・愛→哀。論語の本章は莞の字が論語の時代に存在しない。本章は戦国時代以降の儒者による捏造である。

書き下し

武城ぶじやうき、弦歌げんかこゑく。夫子ふうし莞爾くわんじとしわらひていはく、にはとりくにいづくんぞ牛刀ぎうとうもちゐむ。子游しいうこたへていはく、むかしえんこれ夫子ふうしけり、いはく、君子くんしみちまなばばすなはひとあいす、小人せうじんみちまなばばすなは使つかやすなりと。いはく、二三えんことただしきなり前言ぜんげんこれたはむのみと。

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 子游 論語 孔子
先生が武城に行くと、琴を弾いて歌う声が聞こえてきた。先生はニッコリ笑って言った。「にわとりをさばくのにどうして牛刀を使うのかね?」子游シユウが答えた。「実に昔わたくしエンは、こういうことを先生から聞きました。すなわち、君子が道理を学ぶと必ず人を愛する、凡人が道理を学ぶと使いやすくなる、と。」先生が言った。「きみたち、偃の言葉は正しい。今言った言葉はからかっただけだよ。」

意訳

論語 武城弦歌
子游が遠い武城の代官になった。先生は子游を訪ねて武城に行った。すると琴を弾いて歌う声が聞こえてきた。先生は笑って、出迎えた子游に言った。

孔子「トリ料理に牛をさばく大包丁を使うのかね。派手な出迎えは嬉しいが、やり過ぎではないかね。」

子游「申し訳ありません。ですが昔、先生からこう教わりましたのを確かに覚えております。君子が道理を学べば人を愛し、凡人が学べばおとなしく世間の役に立つ。まさにそれが道理だからだ、と。教育は洗脳になるほどに、やり過ぎぐらいで丁度いいのではありませんか?」

先生はお供の弟子たちを振り返って言った。
孔子「いや全くその通り。諸君、いまのは冗談だよ。」

従来訳

論語 下村湖人

先師が武城に行かれた時、町の家々から弦歌の声がきこえていた。先師はにこにこしながらいわれた。――
「雞を料理するのに、牛刀を使う必要もないだろうにな。」
武城は門人子游がその代官をつとめ、礼楽を盛んにして人民を善導し、治績をあげていた小さな町であった。
で、子游は先師にそういわれると、けげんそうな顔をしていった。――
「以前私は、先生に、上に立つ者が道を学ぶとよく人を愛し、民衆が道を学ぶとよく治まる、とうけたまわりましたが……」
すると、先師は、お伴をしていたほかの門人たちをかえりみて、いわれた。――
「今、偃がいったことはほんとうだ。私のさっきいったのは、じょうだんだよ。」

下村湖人『現代訳論語』

現代中国での解釈例

孔子去武城,聽到彈琴唱歌的聲音。孔子微微一笑說:「殺雞哪用得上宰牛的刀?」子游對他說:「以前我聽您說過:『君子學道就會愛護別人,小人學道就會服從指揮。』」孔子說:「同學們,子游說得對,剛才我是在開玩笑。」

中国哲学書電子化計画

孔子が武城に行くと、琴を弾いて歌う声が聞こえてきた。孔子は微笑んで言った。「トリをさばくのになぜ牛を切り分けるような刀を用いるのか?」子游が彼に対して言った。「以前私はあなたからこう聞きました。”君子が道徳を学ぶと、必ず他人を愛し護るようになる。小人が道徳を学ぶと、必ず目上の言うことに従えるようになる”と。」孔子が言った。「弟子の諸君。子游の話は正しい。今私がやったのは、ほんの冗談だ。」

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

論語 之 金文 論語 之 解字
(金文)

論語の本章では”行く”。『学研漢和大字典』による原義は進み行く足の動作だから、音を借りた「~の」の意味より古い。詳細は論語語釈「之」を参照。

武城

論語 武 金文 論語 城 金文
(金文)

論語の本章では、魯国南部にあったまちの名前。
論語 魯国 地図
出典:http://shibakyumei.web.fc2.com/

論語 聞 金文 論語 聞
(金文)

論語の本章では”聞こえる”。詳細は論語語釈「聞」を参照。

本来孔子在世当時は、「聞」は隔たりを通して間接的に聞くこと、または聞くつもりが無くても聞こえてくることで、「孔子一行が武城に近づくと、姿は見えないけれど音楽が聞こえてきた」という、子游との対面までの時間の前後を示している。

なお「聴」は、直接的・能動的・意志的に聞く事。「拝聴」というのは、偉い人のお言葉や音楽を注意して聞く事で、意識を向ける手間を捧げることになる。対して君主に進言することを「奏聞ソウモン」と言うが、君主の意識を強制せず、「お耳に入れる」にあたる謙譲語。

歌・声

論語 歌 篆書 論語 声 篆書
(篆書)

論語の本章では”うた”と”楽器の音”。「歌」の現行字体は甲骨文・金文には見られないが、秦系戦国文字・古文には見られる。異体字が金文から出ている。「声」は古文にも見られないが、なぜか甲骨文が見つかっている。とは言え、人間社会に歌や楽器の無いことは想像しがたいから、どちらもことばそのものは太古の昔からあっただろう。

論語語釈「歌」論語語釈「声」を参照。

弦歌之聲(声)

論語 弦 古文 論語 弦歌
「弦」(古文)

論語の本章では、琴を弾いて歌う声。孔子の教説では、為政者は民の教育を礼法と音楽の二本立てで行うべきとされた。「弦」の字は論語では本章のみに登場。秦系戦国文字から見られるが、甲骨文・金文共に未発掘でも、弓・楽器の”つる”に当たる言葉が無かったとは想像しがたい。

植物の”つる”については「蔓」という字があるが、こちらは戦国文字・古文にすら見られないが、それにあたることばが無かったとは想像できないのと事情は同じ。おそらく「弦」は、春秋戦国時代には「玄」=黒い、暗い、暗くて分からないほどか細い、と書かれたのだろう。

なぜなら上掲、年代不明の古文の字形が部品で近音の「玄」と酷似しているからで、論語時代の置換候補と判断する。詳細は論語語釈「弦」を参照。

「弦」は『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、玄は、一線の上に細いいとの端がのぞいた姿で、いとの細いこと。弦は「弓+(音符)玄」で、弓の細いいと。のち楽器につけた細いいとは絃とも書いた、という。

夫子

孔子

論語の本章では孔子を指す。「きみ」と訓み下し、その場に居ない第三者を尊重して呼ぶ言葉。「子」の原義は王子を指した。ただし本章では地の文で三人称として用いるのは通例通りだが、子游が二人称として使っているのは極めて異例。論語語釈「夫」論語語釈「子」も参照。

莞爾(カンジ)

論語 莞 古文 莞 字解
「莞」(古文)

論語の本章では”にっこりと”。「莞」は論語では本章のみに登場。初出は楚系戦国文字。論語の時代に存在しない。論語時代の置換候補もない。『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、「艸+(音符)完(まるい)」。まるい管状をした草をあらわす。原義はかやつりぐさ科の多年草の名で、沼などの湿地に自生する。茎は円柱状をして、むしろを織るのに使う。まるすげ。また、いで織ったもの。転じて、まるい、まろやか、という。詳細は論語語釈「莞」を参照。

「爾」の初出は甲骨文。原義は大きな角形の判子で、「然」と同じく、そうだ、との肯定の意を表す。つまり「莞爾」は「莞然」と同義語で、まろやかに笑うさま、という。論語語釈「爾」を参照。

論語 笑 古文
(古文)

論語の本章では”笑う”。甲骨文~戦国文字には見られず、古文から見られるが、これもことばとして”わらう”が太古から無かったとは想像しがたい。

『学研漢和大字典』によると会意文字で、夭(ヨウ)は、細くしなやかな人。笑は「竹+夭(ほそい)」で、もと細い竹のこと。正字は「口+(音符)笑」の会意兼形声文字で、口を細くすぼめて、ほほとわらうこと。それを誤って咲(わらう→さく)と書き、また、略して笑を用いる、という。

しかし「笑」字の現在最も古い書体を集めても、また『大漢和辞典』にも「口+笑」は見あたらず、『学研漢和大字典』にいう正字があったかどうか、つじつまが合わない。

結論として論語時代の置換候補は关だが、关単体での論語時代以前からの出土例はない。詳細は論語語釈「笑」を参照。

論語 割 金文 論語 割
(金文)

論語の本章では、肉を切って食べやすいように整えること。「割」は刃物で切り分ける事で、「割烹」というのは肉を切り分けて煮ること。初出は春秋早期の金文。詳細は論語語釈「割」を参照。

論語 雞 金文 論語 雞
(金文)

論語の本章では”にわとり”。初出は甲骨文。『学研漢和大字典』によると奚(ケイ)は「爪(手)+糸(ひも)」の会意文字で、系(ひもでつなぐ)の異体字。鷄は「鳥+(音符)奚」の会意兼形声文字で、ひもでつないで飼った鳥のこと。また、たんなる形声文字と解して、けいけいと鳴く声をまねた擬声語と考えることもできる、という。詳細は論語語釈「鶏」を参照。

論語の時代、にわとりは牛・馬・羊・犬とともに五畜に数えられ、重要な食用家禽だった。

焉(いずくんぞ)

論語 焉 金文 論語 焉 字解
(金文)

論語の本章では、”なぜ”という疑問辞に使われている。句読では疑問辞、句末では完了・断定の助辞となる。原義はエンという黄色い鳥。『字通』によるとその羽根で神に祈ったという。詳細は論語語釈「焉」を参照。

牛刀

論語 牛 金文 論語 刀 金文
(金文)

論語の本章では、牛をさばく大きな刀。「牛」も「刀」も象形文字。「牛」の詳細は論語語釈「牛」を参照。

「刀」は論語では本章のみに登場。初出は甲骨文。『学研漢和大字典』によると刃のそったかたなを描いた象形文字、という。詳細は論語語釈「刀」を参照。

論語 鸞刀
牛は儀式や盟約の際に犠牲として用いられる重要な家畜で、儀式に用いるのには専用のラン刀という刀を用いた。いずれにせよ大きな牛をさばくには、大きくて分厚い刀が必要で、小さなにわとりをさばくには適さない。

孔子は子游に、小さなまちでおおげさな音楽だ、とからかったわけ。

昔者(セキシャ/げにむかし)

論語 昔 金文 論語 者 金文
(金文)

論語の本章では二文字で”実にむかし”。「者」は時間を表す言葉を強調する助辞で、伝統的には読み下さない。論語語釈「昔」論語語釈「者」を参照。

論語 昔者
同様の例に、「今者=いま」「近者=ちかごろ」「古者=いにしえ」「昨者=きのう」「頃者=このごろ」「比者=このごろ」「間者=このごろ・ちかごろ」「向者=さきに」「先者=さきに」「日者=さきに」「嚮者=さきに」などがある。

偃(エン)

論語 偃 金文大篆 論語 子游
(金文大篆)

論語の本章では、孔子の弟子、子游の本名。語義は”伏せる”こと。文字的には論語語釈「偃」を参照。

論語 諸 金文 論語 諸
(金文)

論語の本章では、”これを~に”。「之於」(シヲ)が「諸」の音を借りて一文字になったことば。詳細は論語語釈「諸」を参照。

論語 道 金文 論語 道
(金文)

論語の本章では”道理・そうあるべき理の当然”。「道」の原義は”道路”で、転じてある目的へ至る”方法”を意味し、さらにそれがもっともなことであることから”道理”へと派生した。論語での「道」の意味は、「先王の道」のように、模範とすべき”方法”に止まる。

しかし本章では”理の当然”と解さないと文意が分からない。君子が人を治め、凡人は人に治められるのが理の当然とされるからこそ、子游の発言が成り立つのだから。従って本章は孔子在世時代の話ではなく、儒教が権威化された後世の創作と思われる。

詳細は論語語釈「道」を参照。

論語の本章では”大切に思う”。初出は戦国末期の金文。論語の当時に存在しない。カールグレン上古音はʔəd(去)。上古音ədはərに変わり得る。ゆえに論語時代の置換候補はʔər(平)。詳細は論語語釈「愛」を参照。

易使

論語 易 金文 論語 使 金文
(金文)

論語の本章では”使いやすい”。「易」はもとヤモリの意とも(『学研漢和大字典』)、巫女が踊る姿(『字通』)とも言う。『学研漢和大字典』によるとヤモリの特徴を表したことばで、はって次々と位置を変え、また次々に色を変えるので、”~しやすい”の意に転じた。

論語語釈「易」論語語釈「使」を参照。

二三子

論語 二三子
論語の本章では”君たち”。複数の目下を親しんで、「子」=きみ、と丁寧に呼びかける言葉。論語では八佾篇で初出。

二三子、何患於喪乎。
関守「君たち、亡命に落ち込んではいけないよ。」(論語八佾篇23)
無寧死於二三子之手乎。
孔子「むしろ君たちに看取られて世を去りたい。」(論語子罕篇12)
非我也、夫二三子也。
孔子「私がやった事ではない。君たちが勝手にやったことだ。」(論語先進篇10)
二三子、以我爲隱乎。
孔子「君たち、私が隠し事をしていると言うのかね。」(論語述而篇23)

是(ゼ)

論語 是 金文 論語 是 解字
(金文)

論語の本章では”正しい”。『学研漢和大字典』によると原義は真っ直ぐなさじと足との組み合わせで、真っ直ぐに進む事を言う。詳細は論語語釈「是」を参照。

戲(ギ)

論語 戲 金文 論語 戲
(金文)

論語の本章では”からかう”。論語では本章のみに登場。初出は西周早期の金文

『学研漢和大字典』によると「戈(ほこ)+(音符)虛(コ)」の形声文字で、「説文解字」は、ある種の武器で、我(ぎざぎざの刃のあるほこ)と似たものと解する。その原義は忘れられ、もっぱら「はあはあ」と声をたてて、おどけ笑う意に用いる、という。詳細は論語語釈「戯」を参照。

耳(ジ)

論語 耳 金文 論語 耳
(金文)

論語の本章では、「のみ」と読み下し、”~だけ”という限定の言葉。初出は甲骨文。『学研漢和大字典』によると而已ジイ(それでおわり、それだけ)をつづめて、…耳と書くようになった、という。詳細は論語語釈「耳」を参照。

論語:解説・付記

論語の本章は、論語の名言「鶏を割くにいずくんぞ牛刀を用いん」の出典であり、温かい師弟関係を窺わせるいい話ではあるが、同じ場面を描いた論語雍也篇14には、子游のおそらくヤラセの音楽の話は書かれていない。

また、「道」が”理の当然”として使われており、そのような語義は論語の当時にはほぼあり得ない。武内義雄『論語之研究』によると、清代の儒者・サイ述も文体が怪しいと評したという。
論語 武内義雄 論語 清儒

しかし後世の儒者が話をでっち上げるにも、元ネタがなければ難しいことで、おそらく子游がヤラセの演出で孔子を出迎えた事はあったのだろう。のちに礼法の大家として知られた子游は、孔子流の大げさな演出を好んで行っただろうからだ。その演出には音楽がふさわしい。

なぜなら住民を躾けて礼法を学ばせたところで、酔っ払いがたった一人でも昼間から道をうろついていたら、それで演出は台無しになるのに対し、音楽は素養のある者数人を仕込めば可能だからだ。住民全てをお行儀よくさせるより、はるかに手間も時間もかからない。

子游の学派はのちに冠婚葬祭業の大手となったようで、戦国時代のジュン子は批判して言った。

論語 荀子
どこかで葬式があると聞くと大喜びで駆けつけ、恥知らずにもその場で飲み食いし、では何の役に立つかと言えば、「君子は力仕事なんてしない」とうそぶいて、お上品なことしかやらない。これが子游の系統を引く、腐れ儒者どもだ。(『荀子』非非十二子篇)

弟子や孫弟子の行為にまで責任は取れないだろうが、開祖の性格はその派閥に反映されるものだ。子游が孔子に対してヤラセをするような人物であるとの想像は、許されていいだろう。おそらく孔子は気付いただろうが、35年の歳下、孫のような子游が可愛かったのかも知れない。

論語 古注 孔安国
なおなぜ孔子が音楽を不釣り合いと言ったかは、おおかたの論語本では「この小さな田舎町には不釣り合いだ」からと解する。そう言い出したのは前漢の儒者で孔子の末裔、孔安国で、その後の儒者はかさにかかって「先王の道に反する」などと言いたい放題言った者もいる。

しかし『春秋左氏伝』などを読む限り、武城は都城の曲阜を離れたまちではあっても、魯国と南方を結ぶ交通の要衝で、けっして小さな田舎町とは言えない。訳者の見解は、孔子が子游のヤラセに気付いて、「大げさではないかね」とたしなめ気味に言ったと解釈する。

それにも開き直った子游を孔子が許したのは、やはり可愛かったのではなかろうか。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。もし長生きしたいなら、悪いことはせぬものだ。それでもやるなら、覚悟致せ。

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