論語詳解205泰伯篇第八(21)禹は吾間然とする*

論語泰伯篇(21)要約:古記録を読む孔子先生。聖王たちの中で、王は比較的、具体的に何をしたのかが分かっています。それは自分の生活を質素にして、治水や神霊の祭祀にお金を掛ける事でした。完璧だ。孔子先生は評するのでした。

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論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

子曰、「禹吾無間然矣。菲飮食、而致孝乎鬼神、惡衣服、而致美乎黻冕、卑宮室、而盡力乎溝洫。禹、吾無間然矣。」

復元白文

子 金文曰 金文 禹 金文 吾 金文無 金文間 金文然 金文已 矣金文 菲飲 金文食 金文 而 金文論語 致 金文孝 金文乎 金文鬼 金文神 金文 亜 金文衣 金文論語 服 金文 而 金文論語 致 金文美 金文乎 金文論語 免 金文 卑 金文論語 宮 金文室 金文 而 金文盡 尽 金文力 金文乎 金文冓 金文淢 金文 禹 金文 吾 金文無 金文間 金文然 金文已 矣金文

※矣→已・惡→亞・洫→淢。論語の本章は赤字が論語の時代に存在しない。本章は漢帝国以降の儒者による捏造である。

書き下し

いはく、われ間然ことあぐることなり飮食いんしよくうすく、しかう鬼神きしんいたし、衣服いふくしく、し黻冕ふつべんいたし、宮室きうしついやしく、しちから溝洫こうきよくつくす。われ間然ことあぐることなり

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 孔子 肖像
先生が言った。「禹王は私にとって付け入る隙がない。普段の飲食を節約して、亡き人の魂にお供えし、普段の衣類を節約して、美しい礼服を作り、宮殿の造りを節約して、治水工事に力を入れた。禹王は私にとって付け入る隙がない。」

意訳

論語 孔子 人形
禹王は完璧だ。粗末なものを食べてお供えに回し、粗末なものを着て礼服で政治を盛んにし、粗末な住まいに住んで治水工事に予算を回した。本当に完璧だ。

従来訳

論語 下村湖人

先師がいわれた。――
「禹は王者として完全無欠だ。自分の飲食をうすくしてあつく農耕の神を祭り、自分の衣服を粗末にして祭服を美しくし、自分の宮室を質素にして灌漑水路に力をつくした。禹は王者として完全無欠だ。」

下村湖人『現代訳論語』

現代中国での解釈例

孔子說:「禹,無可挑剔。他自己粗茶淡飯,而祭品卻很豐盛;自己衣服樸素,而祭服卻很華美美;自己宮殿簡陋,卻盡力興修水利。禹,無可挑剔。」

中国哲学書電子化計画

孔子が言った。「禹は、とがめることが出来ない。彼自身は飲食を質素にしたが、祭礼の供え物は非常に豪華にした。自身は衣類を質素にしたが、祭礼の衣服は非常に豪華にした。自身の宮殿は質素にしたが、治水工事には尽力した。禹は、とがめることが出来ない。」

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

禹(ウ)

論語 禹 金文 論語 禹
(金文)

論語の本章では、創作上の古代の聖王。現代実在が確認された最も古い王朝である、夏王朝の開祖とされるが、おそらくは周代に入ってから出来た伝説。実在の人物ではない。

現伝の『史記』によると、丘を沈めるような大洪水を十三年かかって治水して収めたという。
書経図説 導黒水副図

間然

間 金文 然 金文
(金文)

論語の本章では、”隙間をつついて非難すること”。武内本は「間然は間焉に同じ、間とは非なり。無間然とは非難すべきなきをいう」という。

『学研漢和大字典』によると「間」は会意文字で、間は俗字で、本来は閒と書く。門のとびらのすきまから月の見えることをあらわすもので、二つにわけるの意を含む。▽間の本来の意味のほか、「閑」の意にも用いられる。

簡(ひもでつづってすきまのできる竹の札)・柬(カン)(よりわける)・界(区切り)と同系のことば、という。

「間然」については論語の本章を載せて、すきまを指摘する。疑わしいところや欠点をとりあげて非難すること、という。

菲(ヒ)

論語 菲 篆書 論語 菲
(篆書)

論語の本章では”粗末なものでしのぐ”。元は野菜の一種のことだが美味しくなかったのだろうか、”粗末な・うすい”の意がある。

初出は後漢の『説文解字』で、論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はpʰi̯wərで、同音に霏”雪の降るさま”、妃、騑”そえうま”、斐”うるわしい”、悱”言い悶える”。斐の字に”軽いさま”の語釈を『大漢和辞典』が載せるが、初出は後漢の『説文解字』

『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、「艸+(音符)非(左右にひらく、うすっぺら)」、という。

乎(コ)

論語 乎 金文 論語 兮 乎
(金文)

論語の本章では「」「」に通じ、”~に”の意味。『字通』による原義は”鳴子”。

鬼神

論語 鬼 金文 論語 神 金文
(金文)

論語の本章では”神霊と亡き人の魂”。

「鬼」は亡霊。「神」は大地や穀物などの自然界に遍在する精霊だが、のちには業績の特に優れた人は、死後に神霊になれるようになった。そのいきさつをラノベにしたのが『封神演義』。

論語 神 金文 論語 神
「神」(西周早期の金文)

『学研漢和大字典』によると「神」はいなずまが落ちる姿で、自然の威力、という。

黻冕(フツベン)

論語の本章では、「黻」は反対を向いた弓の模様が左右に刺繍された礼服の前掛け、「冕」は礼冠。
論語 黻冕

「黻」の初出は後漢の『説文解字』。カールグレン上古音はpi̯wətで、同音に弗、紱”ひも・祭服”、綍”ひつぎなわ”、紼”乱れた麻、おおづな”、巿”ひざかけ・草木が盛ん”、韍”ひざかけ・組み紐”、笰”車の後ろの戸”。論語時代の置換候補は無い。

「冕」は論語の時代、「免」と書き分けられていない。

溝洫(コウキョク)

論語 溝 篆書 論語 洫 篆書
(篆書)

論語の本章では、溝も洫も”みぞ”。治水・潅漑工事を指す。「溝」は論語の時代、さんずいの無い冓と書かれた。「洫」の初出は後漢の『説文解字』で、論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はxi̯wəkで、同音に殈”裂ける・卵が孵化しない”、侐”静か”、閾”敷居”、緎”縫い目”、淢”速い流れ”。ヨクが論語時代の置換候補。

『学研漢和大字典』によると「溝」は会意兼形声文字で、「水+(音符)冓(コウ)」。冓は、両側を同じ形に組みたてること。構(組みたてた組み木)と同系。洫(キョク)は、田畑の通水路、という。

「洫」は会意文字で、血は、皿(さら)の上に、━印をそえて血のたまったさまを描いた象形文字。洫(キョク)は「水+血」で、血がからだの血管をめぐるように、田畑をめぐって水を与えるみぞを示す。ただしキョクという語は、域(くぎり、わく)・梅(イキ)(外わくのみぞ)などと同系で、田畑の外わくをなすみぞのこと。溝は、構と同系で、対照に組みたてて構えたみぞ、という。

論語:解説・付記

論語の本章が捏造であることはいいとして、孔子は禹を知っていたのだろうか。孔子と入れ替わるように生きた墨子は、堯舜と並んで禹に言及しているが、気になるのは数カ所、禹を聖王の筆頭に挙げた記述があることだ。

昔之聖王禹、湯、文、武,兼愛天下之百姓,率以尊天事鬼,其利人多,故天福之,使立為天子,天下諸侯皆賓事之。(『墨子』法儀)

使不知辯,德行之厚若禹、湯、文、武不加得也,王公大人骨肉之親,躄、瘖、聾,暴為桀、紂,不加失也。(『墨子』尚賢下)

故昔三代聖王禹湯文武,欲以天之為政於天子,明說天下之百姓,故莫不犓牛羊,豢犬彘,潔為粢盛酒醴,以祭祀上帝鬼神,而求祈福於天。(『墨子』天志上)

昔三代聖王禹湯文武,此順天意而得賞也。(『墨子』天志上)

故昔者三代聖王禹湯文武方為政乎天下之時,曰:必務舉孝子而勸之事親,尊賢良之人而教之為善。…故昔者禹湯文武方為政乎天下之時,曰『必使飢者得食,寒者得衣,勞者得息,亂者得治』,遂得光譽令問於天下。(『墨子』非命下)

昔者,三代之聖王禹湯文武,百里之諸侯也,說忠行義,取天下。(『墨子』魯問)

『墨子』は清末になって再発見され、その間の儒者による改竄を免れているという。しかし墨子が世を去ってからかなり過ぎた戦国時代に、弟子によってまとめられたと言われている。その間に、世間で新たに売り出された堯舜が紛れ込んだとすれば、もとは禹しか知られなかったことになる。

つまりこういうラノベが成立するのだ。

  1. 孔子の時代、堯舜禹は知られなかった。
  2. 孔子没後、墨家を立てた墨子が、工人集団の祖先神として禹を祭り上げた。それゆえに禹には治水伝説がある。
  3. 墨子没後、儒家を復興した孟子が、禹より偉い=中国的価値観ではより古い聖王として舜を祭り上げた。
  4. 孟子の在世中か没後に、儒家に対抗するためおそらく道家が、舜より偉い聖王として堯を祭り上げた。その他の学派も対抗上、より偉い聖王をでっち上げた結果、黄帝やら嚳やら顓頊やらが偽造された。
  5. 中国の古代史は、分けが分からなくなった。

その結果が本章のような、他人の夢話のようなつぶやきである。禹も神話上の創作人物には違いないが、『史記』の記述は堯よりは多い。むしろその多さにうんざりするのは、理由は舜や大臣たちとの、なれ合いの褒めあいばかり書いてあるから。

具体的に禹が何をやったかと言えば、丘を沈め天に届くばかりの大洪水があって、舜が禹の父親のコンに治水を命じたのだが、九年かかっても洪水が引かなかった。そこで鯀を殺して息子の禹に治水を命じた所、曲尺や水準器を携えて全国の山を測量し、みごと水が引いたという。

それに要した期間は十三年。鯀より長いのに処刑されなかった理由は書いていない。

鯀とは大きな魚のことで、禹とはヘビやトカゲを言う。つまり両者とも水の象徴で、治水技術を持つ集団の祖先神だったのだろう。功績を褒められて舜の後継者となった禹が、贅沢をしなかったことは論語の本章とほとんど同じ記述が『史記』にある。

『論語』泰伯篇おわり

お疲れ様でした。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶった○る。覚悟致せ。

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