論語詳解492子張篇第十九(21)君子の過つや*

論語子張篇(21)要約:為政者が間違いを起こすと、部下や民衆がみんな見ている。隠し通すことは出来はしない、と弟子の子貢。その代わり、改めればそれも見られているから、と。要するに「過ちを改めるに憚るなかれ」と同じお説教。

論語:原文・白文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文・白文

子貢曰、「君子之過也、如日月之食*焉。過也、人皆見之。更也、人皆仰之。」

校訂

武内本

蝕唐石経食に作る。

定州竹簡論語

……[贑曰]:「君子之過也,如日月之食也a:過b,人皆見之;586……

  1. 食也、阮本作”食焉”、皇本、高麗本作”蝕也”。
  2. 今本”過”下有”也”字。

→子贑曰、「君子之過也、如日月之食也。過人皆見之。更也人皆仰之。」

復元白文(論語時代での表記)

子 金文江 金文曰 金文 君 金文子 金文之 金文過 金文也 金文 如 金文日 金文月 金文之 金文食 金文安 焉 金文 過 金文也 金文 人 金文皆 金文見 金文之 金文 更 金文也 金文 人 金文皆 金文之 金文

貢→江・焉→安。論語の本章は「仰」の字が論語の時代に存在しない。少なくとも本章の最後の句は、漢帝国の儒者による捏造である。

書き下し

子贑しこういはく、君子くんしあやま日月じつげつしよくごとなりあやまたばひとみなこれる。あらたむるひとみなこれあふぐ。

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

子貢が言った。「為政者が間違いを起こすのは、まさに日食・月食のようであるに違いない。間違いを起こすと、人はみなそれを見る。改めると、人はみな仰ぎ見る。」

意訳

ニセ子貢
子貢「為政者たる者、間違いが露見せずには済まないぞ。日食や月食と同じで、やらかすと部下民衆みんなが見ているし、改めると部下民衆みんながやはり見ている。」

従来訳

論語 下村湖人

子貢がいった。――
「君子の過ちは日蝕や月蝕のようなものである。過ちがあると、すべての人がそのかげりを見るし、過ちを改めると、すべての人がその光を仰ぐのだから。」

下村湖人『現代訳論語』

現代中国での解釈例

子貢說:「君子的缺點,象日蝕月蝕。一有缺點,人人都能看見;一旦改正,人人都會敬仰。」

中国哲学書電子化計画

子貢が言った。「君子の欠点は、日食や月食のようなもので、一つでも欠点があると、人々みなによく見える。一旦改めると、人々みなが敬い仰ぐようになる。」

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

子貢

論語 子貢

論語では孔子の弟子で、弁舌の才を孔子に評価された孔門十哲の一人、端木賜子貢のこと。

君子

論語 貴族 孟子

論語の本章では”為政者”。教養人、「諸君」という呼びかけの意味もあるが、ここではそう理解しないと文意が通らない。孔子生前は参政権のある士族を含む貴族を意味し、”教養ある人格者”との偽善的意味は、孔子没後一世紀に現れた孟子による宣伝コピー。詳細は論語における「君子」を参照。

過也

論語 過 金文 論語 也 金文
(金文)

論語の本章では”間違いを起こすと”。「過」は同じ間違いでも、加減を知らずやり過ぎることから来る間違い。詳細は論語語釈「過」を参照。

ここでの「也」は断定の「なり」ではなく、”~については、それは”という主題を強調する働きをしている。「也」は日本古語の「や・か」と同様、主格の指示・疑問・反語・詠嘆の意味を持ち、奇しくも音が「や」で一致している。

これは偶然と言うよりも、日本語が中国語を取り入れたのかも知れない。詳細は論語語釈「也」を参照。

論語 如 古文 論語 如 字解
(古文)

論語の本章では”~のようだ”。初出は甲骨文。『学研漢和大字典』によると、「口+〔音符〕女」の会意兼形声文字で、もと、しなやかにいう、柔和に従うの意。ただし、一般には、若とともに、近くもなく遠くもない物をさす指示詞に当てる、という。詳細は論語語釈「如」を参照。

日月之食

論語 食 金文
「食べ」(金文)

論語の本章では”太陽や月の食”=”日食や月食”。

「食」の初出は甲骨文。『学研漢和大字典』によると、「亼(あつめて、ふたをする)+穀物を盛ったさま」をあわせた会意文字で、容器に入れて手を加え、柔らかくしてたべることを意味する、という。詳細は論語語釈「食」を参照。

清家本=日本伝の古い論語の定本の食→「蝕」の初出は楚系戦国文字。論語の時代に存在しない。『大漢和辞典』で音ショク訓むしばむは、他に存在しない。『学研漢和大字典』によると「虫+(音符)食(くいこむ)」の会意兼形声文字、という。詳細は論語語釈「蝕」を参照。

古代中国では、日食や月食は天災の一つと捉えられ、恐れると共に為政者は身を慎んで回復を願った。

焉(エン)

論語 焉 金文 論語 焉 字解
(金文)

論語の本章では”(とりもなおさず)~なのだ”。

原義はエンと言う名の黄色い鳥で、巫女がその羽で祭器をさすって神意を問うたと『字通』にあるが、その意味で使われることはめったにない。漢文では概ね断定・完了の意を示し、”そうなってしまった・そうであるに違いない”を表す。詳細は論語語釈「焉」を参照。

人皆見之

論語 皆 金文 論語 見 金文
「皆」「見」(金文)

論語の本章では”人々が皆それを見る”。「見」は同じ”みる”でも、目立つものが否応なく人の目に入ることで、意図的に見ることではなく、むしろ「見える」を意味する。日食月食は高い所にあるわけだから、目立つ上に災害として誰もが目に止める、ということ。詳細は論語語釈「見」を参照。

論語 更 金文
(金文)

論語の本章では”あらためる”。論語では本章のみに登場。

『学研漢和大字典』によると会意文字で、丙は股(モモ)が両側に張り出たさま。更はもと「丙+攴(動詞の記号)」で、たるんだものを強く両側に張って、引き締めることを示す、という。詳細は論語語釈「更」を参照。

論語 仰 古文
(古文)

論語の本章では”仰ぎ見る”。初出は後漢の『説文解字』。論語の時代に存在しない。論語時代の置換候補もない。『学研漢和大字典』によると、右側は、高くたって見おろす人と低くひざまずいて見あげる人との会意文字。仰はそれを音符とし、↓↑の方向にかみあう動作を意味す会意兼形声文字で、迎(ゲイ)(→の方向に来る者を←の方向に出迎えて→←型に出あう)と同系のことば、という。詳細は論語語釈「迎」を参照。

論語:解説・付記

日食
日食はみんなが仰ぎ見る、はその通りかも知れない。いつだったか観測機器を陋宅前にしつらえていたら、近所のおじさんおばさんまで珍しがって我が遠めがねを覗いていた。だがそうかといって、子貢生前に君子を日食にたとえて説教する言葉に、史実性があるとは限らない。

論語の本章は上記の検討通り、子貢の生の声とは言えない。”間違いを仕出かすとみんなが見る”まではあり得るが、”改めると人民どもが有り難がる”の部分は、おそらく前漢の武帝に取り入って儒教を帝国の公認イデオロギーに仕立てた、董仲舒の仕業である。

日照り・洪水・地震と言った自然災害を前にしては、君主も平民もただ恐れ入るしか無いのは当然だが、日食月食彗星の類は、それが出たからと言っておそれ敬う理由が取り立てて無い。『春秋左氏伝』が伝える春秋時代のもようも、それを反映している。

(隱公)三年,春,王二月,己巳,日有食之。
(桓公)三年…秋,七月,壬辰朔,日有食之,既。
(桓公)十七年…冬,十月朔,日有食之,不書,日官失之也,天子有日官,諸侯有日御,日官居卿以底日,禮也,日御不失日,以授百官于朝。


隠公三年(BC720)、春、王の二月、つちのとみの日、日食があった。

桓公三年(BC709)、…秋、七月、みずのえたつの朔日、日食があり、皆既日食だった。

桓公十七年(BC695)…冬、十月の朔日、日食があったが、記録しなかった。周王の天文官がサボったのである。天子は日官という天文官を雇い、同じく諸侯は日御を雇った。日官は卿(都市国家の領主格)の位にあり、カレンダーの下書きをした。これが礼の定めである。日御は毎日お天気日記を付け、毎日参内する百官に写しを配った。

これでおしまいであり、何かしたとは書いてない。もちろん気が向けば何かした。

(莊公)二十五年…夏,六月,辛未朔,日有食之,鼓用牲于社,非常也,唯正月之朔,慝未作,日有食之,於是乎用幣于社,伐鼓于朝。


荘公二十五年(BC669)…夏、六月、かのとひつじの朔日、日食があったので、祖先祭殿の前でちんちんドンドンをやり、生け贄を供え、そのお下がりでみんなでバーベキューをした。普段はこんなことしないのだが、ただ正月の朔日だけは、不吉な気が満ちる先手を打つため、日食があれば、祖先祭伝でお供えをし、朝廷でちんちんドンドンをする。

春秋時代の暦については諸説あって専門外の訳者には手が負えないが、この条からは、魯での正月は六月だったと思われる。ともあれ「普段はこんなことしない」と書いているし、日食などのたび神官どもにバーベキュー大会をやられては、国公の財布が保たない。


春秋時代以来、君主が行うお供えと言えば、牛・羊・豚それぞれ最低一頭づつであり、お下がりは神官や上級貴族で分け合って、美味しく食べちゃったのである。孔子が亡命を決意したのも、そのお下がりを貰えなかったことに腹を立てたからだ、と『史記』に記している

だからこうした天文現象は、不吉に見る者もいたし、笑い飛ばす者もいた。

三十二年,彗星見。景公坐柏寢,嘆曰:「堂堂!誰有此乎?」群臣皆泣,晏子笑,公怒。晏子曰:「臣笑群臣諛甚。」景公曰:「彗星出東北,當齊分野,寡人以為憂。」晏子曰:「君高臺深池,賦斂如弗得,刑罰恐弗勝,茀星將出,彗星何懼乎?」公曰:「可禳否?」晏子曰:「使神可祝而來,亦可禳而去也。百姓苦怨以萬數,而君令一人禳之,安能勝眾口乎?」

論語 斉景公 論語 晏嬰
斉の景公三十二年(BC515)、彗星が現れた。景公は常在の御殿で横になりながら、「ああ、この堂々たる斉国も誰かの手に渡ってしまうのだろうか」と言い、ゴマスリの群臣どもがこぞってわあわあとウソ泣きを始めた。宰相の晏嬰が「ゲラゲラゲラ。」

景公「何を笑っとるのじゃ!」
晏嬰「ゴマスリどものマヌケ面につい笑いました。」

景公「彗星はまさに東北、つまりこの斉国に不吉があると予言しておる。ワシの憂いがわからんか!」
晏嬰「知りませんね。国中に重税と重罰をかけておきながら、中抜きがひどくてちっとも国庫は豊かにならない。泥棒も減らない。そんな有様でありながら、いまさら彗星など歎いて何になりますか。」

景公「ではせめて、みこを呼んでお祈りでもさせよう。」
晏嬰「無駄ですな。重税重罰を課された民の恨みは数え切れないほどで、たかが数人のみこの口で、どうにか誤魔化されるわけがありません。」(『史記』斉世家・景公)

景公も晏嬰も一世代上ながら、孔子と同時代の人物で、面識もある。ここから孔子一門や春秋時代の人間にとって、日食などの天文現象は、良くてオカルトと断じるのが知性的態度だったと知れる。それを大騒ぎに仕立て上げたのは、上記の通り前漢の董仲舒。

是故《春秋》之道,以元之深正天之端,以天之端正王之政,以王之政正諸侯之即位,以諸侯之即位正竟內之治,五者俱正而化大行。故書日蝕、星隕、有蜮、地震、夏大雨水、冬大雨雹、隕霜不殺草、自正月不雨至於秋七月、有鵒來巢,《春秋》異之,以此見悖亂之徵。

董仲舒
ですから『春秋』に秘められた正しい政道とは、宇宙の根本原理に従って天文現象が決まり、天文現象によって王の政治が決まり、王の政治によって諸侯の即位が決まり、諸侯の即位によって領内の政治が決まります。この五つがともに滞りなく行われて、やっと全人民おりこうさん計画が完成するのです。

ですから日食や、隕石や、イナゴの類や、地震を記録し、夏の大雨、冬のひょう、草を枯らさない程度の霜降り、正月から七月まで続く日照り、九官鳥が飛んできて巣をかけること、これらを『春秋』は全て重大事と考え、世の乱れの予兆と恐れたのです。(『春秋繁露』二端)

というわけで、漢帝国以降の皇帝は、日食などがあるたびに身を慎まねばならなくなった。

儒者の言う通りのおりこうさん皇帝ばかりでなかったのはもちろんだが、役人どもは少なくとも同様に謹慎しないと、悪党呼ばわりされてクビになりかねないから、一生懸命謹んだ振りをし、役所の前ではちんちんドンドンをやった。だが世間が同調したとは限らない。

洪武帝
明帝国といえば、初代洪武帝がオカルトたっぷりの朱子学を帝国のイデオロギーに採用したから、日食のちんちんは制度化されたが、かつて共に一揆を起こしたマニ教徒を、おかみさんを除き全員むごく殺して立派な儒者になりすました洪武帝の偽善を、民衆に見抜かれていた。

有客他鄉者。問本鄉逢日食如何護日。以府縣公服率軍校持兵擊鼓為對。因問客曰。貴鄉同否。客曰。敝䖏不然。只是善求。問如何善求。曰。合掌了對黑日說道。阿弥陀佛。喫得勾了。剩些罷。(※月→日)

論語 笑府 馮夢竜
旅の者「こちらでは、日食があったらどうする決まりになっていますか?」
土地の者「市役所や町役場では、首長がおまわり一同を引き連れ、みな正装してちんちんドンドンをします。お国ではどうですか?」

旅の者「うちの田舎ではそうじゃありませんね。”はやくもとに戻れ”と祈っておしまいです。」
土地の者「どのように祈るのです?」

旅の者「手を合わせて真っ黒な太陽に、”なんまいだぁ~。食い過ぎだぁ~。ちっとはわしらに、残しとけぇ~。”」(『笑府』巻十二・日食)

そんな庶民の視線をよそに、王朝は董仲舒らがでっち上げたラノベを、清の滅亡まで後生大事に抱えていた。『書経』夏書・胤征篇からそのラノベを紹介する。引用した画像はその名も『欽定書経図説』であり、清の光緖帝陛下のお墨付きが付いた官製絵本である。

書経図説
夏の中康王から天文官を任されていた羲氏と和氏は、仕事を放り出して飲んだくれになりました。

書経図説
たったそれだけのことに中康王は大軍を送りつけて、二人の首をちょん切っただけでなく、親族やご近所まで丸ごと殺し、住まいを焼いて回りました。

書経図説
さらに白昼堂々と特高警察をうろつかせ、特高はチンカン鐘を叩いて歩いたので、人々は怖がって、引き籠もりになってしまいました。

書経図説
ところがそんなハッタリは天には通用しなかったので、勝手に日食が始まりました。王は家来を集めて庭でドンドコ太鼓を叩かせ、「太陽を救うのじゃ」と言いましたが、勝手に日食はおさまりました。めでたしめでたし。

太鼓を用意する間に日食は収まると思うが。原文は下の通り。だいたい、上記のようなことが書いてある。

羲和湎淫,廢時亂日,胤往征之,作《胤征》。惟仲康肇位四海,胤侯命掌六師。羲和廢厥職,酒荒于厥邑,胤后承王命徂征。告于眾曰:「嗟予有眾,聖有謨訓,明徵定保,先王克謹天戒,臣人克有常憲,百官修輔,厥后惟明明,每歲孟春,遒人以木鐸徇于路,官師相規,工執藝事以諫,其或不恭,邦有常刑。」「惟時羲和顛覆厥德,沈亂于酒,畔官離次,俶擾天紀,遐棄厥司,乃季秋月朔,辰弗集于房,瞽奏鼓,嗇夫馳,庶人走,羲和尸厥官罔聞知,昏迷于天象,以干先王之誅,《政典》曰:『先時者殺無赦,不及時者殺無赦。』今予以爾有眾,奉將天罰。爾眾士同力王室,尚弼予欽承天子威命。火炎崑岡,玉石俱焚。天吏逸德,烈于猛火。殲厥渠魁,脅從罔治,舊染污俗,咸與維新。嗚呼!威克厥愛,允濟;愛克厥威,允罔功。其爾眾士懋戒哉!」(『書経』夏書・胤征篇1)

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だし、訳者に連絡のお気遣いも不要だが(ただしネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。

言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。もし長生きしたいなら、悪いことはせぬものだ。それでもやるなら、覚悟致せ。

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