論語詳解278D先進篇第十一(28)三子者出づ*

論語先進篇(28)要約:一人だけ孔子先生のおそばに残った曽点は、政治への抱負を述べた弟子たちの答えについて、先生の論評を求めます。それぞれあるがままに答える先生。結局この一連の話は、曽点神格化のためのでっち上げでした。

このページの凡例

論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

三子者出、曾皙後。曾皙曰、「夫三子者之言何如。」子曰、「亦各言其志也已矣。」曰、「夫子何哂由也。」*曰、「爲國以禮、其言不讓、是故哂之。」「唯求則非邦也與。」「安見方六七十、如五六十、而非邦也者。」「唯赤則非邦也與。」「宗廟*會同、非諸侯而何*。赤也爲之小、孰能爲之大*。」

校訂

武内本

清家本により、曰の前に子の字を補う。宗廟の下に之事如の三字を補う。文末に相の字を補う。唐石経、如之何の三字磨改して而何の二字となす。

定州竹簡論語

三子者,306……。」「吾a子[何哂]由也?」[子b曰]:「為國以禮,其言不讓,是故[哂]307。」「雖c求也d則非國也與?」「安見方六七十□非e國也者?」」雖f308則非國耶g?」宗廟h會同,非諸侯而i何?赤也為之小,309[能為之大j]?」310

  1. 吾、阮本作”夫”、皇本作”吾”。
  2. 子、阮本無、皇本有”子”字。
  3. 雖、今本作”誰”。古通。
  4. 也、今本無。
  5. 今本”非”字前有”五六十而”四字。
  6. 雖、今本作”唯”。
  7. 耶、今本作”也與”。
  8. 皇本、高麗本”廟”字下有”之事如”三字、『釋文』云”本或作’宗廟之事如會同’、非”。
  9. 而、皇本作”如之”、『釋文』云”一本作’非諸侯如之何’”。
  10. 赤也為之小、孰能為之大、皇本”小”與”大”下均有”相”字。

※非邦也→非國也は高祖劉邦の避諱。


→三子者出、曾皙後。曾皙曰、「夫三子者之言何如。」子曰、「亦各言其志也。」曰、「吾子何哂由也。」子曰、「爲國以禮、其言不讓、是故哂之。」「雖求則非邦也與。」「安見方六七十、而非邦也者。」「雖赤則非邦耶。」「宗廟會同、非諸侯而何。赤也爲之小、孰能爲之大。」

復元白文

三 金文子 金文者 金文出 金文 曽 金文後 金文 曽 金文曰 金文 夫 金文三 金文子 金文者 金文之 金文言 金文何 金文如 金文 子 金文曰 金文 亦 金文各 金文言 金文其 金文志 金文也 金文 曰 金文 論語 吾 金文子 金文何 金文由 金文也 金文 曰 金文 為 金文国 金文㠯 以 金文礼 金文 其 金文言 金文不 金文 是 金文故 金文之 金文 論語 雖 金文求 金文則 金文非 金文邦 金文也 金文与 金文 安 焉 金文見 金文方 金文六 金文七 金文十 金文 而 金文非 金文邦 金文也 金文者 金文 論語 雖 金文赤 金文則 金文非 金文邦 金文 宗 金文廟 金文論語 会 金文同 金文 非 金文者 金文侯 金文而 金文何 金文 赤 金文也 金文為 金文之 金文小 金文 孰 金文能 金文為 金文之 金文大 金文

※論語の本章は赤字が論語の時代に存在しない。本章は前漢帝国の儒者による捏造である。

書き下し

子者ししやづ、曾皙そうせきおくれたり。曾皙そうせきいはく、の三子者ししやことのは何如いかんいはく、おほい各〻おのおのこころざしへるなりいはく、吾子あがしなんいうわらいはく、くにをさむるにはれいもちふるに、ことのはくだらず。ゆゑこれわらふと。雖〻ただきうすなはくにあらざるなるいづくんぞはう六七十、しくにあらざるなるものやと。雖〻ただせきすなはくにあらざる宗廟そうべう會同くわいどうは、諸侯しよこうあらずしなんぞ。せきこれせうたらば、たれれがだいらむ。

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

〔承前〕

論語 孔子 曽点
三人が先生の前を下がって、曽皙だけが残った。曽皙が言った。「あのお三方のお話しはどうですか。」先生が言った。「大いにそれぞれの志を言ったまでだろう。」曽皙が言った。「ではなぜ由(子路)を笑ったのですか。」先生が言った。「国を治めるには礼法が大事だ。子路の言い方には礼儀というものがない。だから笑った。」曽皙が言った。「しかし求(冉有)も国政の話ですが。」先生が言った。「四方六・七十とか五・六十と言うからには、国でないわけがない。」曽皙が言った。「(公西)赤も国の話ではないですか。」先生が言った。「祖先祭殿とか外交の場とか、それは諸侯の話でなくて何だ。しかし赤ほどの人物が下役を務めるなら、誰が上役を務めるのだろう。」

意訳

三人が去り、曽セキだけが残った。

曽点 ニセ孔子
曽皙「お三方の話をどう思われます?」
孔子「言いたいことを言ったまでだろう。」

子路 ニセ
曽皙「ではどうして子路を笑われました?」
孔子「政治の基本は礼儀だといつも教えておるのに、あやつときたら大言壮語しよって…礼儀にふさわしい慎みというものがない。だから笑った。」

冉有
曽皙「冉求も政治の話では?」
孔子「ナントカ四方と言うからには、それはそうだが、まあ言い方が謙虚だったからな。」

公西赤
曽皙「公西華もそうですが…?」
孔子「祭殿とか外交と言えばそうに決まっているが、あいつも控えめでよろしい。しかしあれが下役では、上役はさぞやりにくかろうなあ。」

従来訳

論語 下村湖人

間もなく三人は室を出て、曾皙だけがあとに残った。
 彼はたずねた。――
「あの三人のいったことを、どうお考えになりますか。」
 先師はこたえられた。――
「みんなそれぞれに自分相応の抱負をのべたに過ぎないさ。」
 曾皙――
「では、なぜ先生は由をお笑いになりましたか。」
 先師――
「国を治むるには礼を欠いではならないのに、由の言葉は高ぶり過ぎていたので、ついおかしくなったのだ。」
 曾皙――
「求は謙遜して一国の政治ということにはふれなかったようですが……」
 先師――
「方六七十里、或は五六十里といえば、小さいながらも国だ。やはり求も一国の政治のことを考えていたのだよ。謙遜はしていたが。」
 曾皙――
「赤のいったのは、いかがでしょう。ああいうことも一国の政治といえるでしょうか。」
 先師――
「宗廟のことや国際会談の接伴というようなことは、諸侯にとっての重大事で、やはり一国の政治だよ。しかも赤せきはその適任者だ。謙遜して、補佐役ぐらいなところを引きうけたいといっていたが、彼が補佐役だったら、彼の上に長官になれる人はないだろう。」

下村湖人『現代訳論語』

現代中国での解釈例

其他三人走後,曾皙問:「他們三人的話怎樣?」孔子說:「衹是各談各的志向而已。「您為何笑仲由呢?「治國要講禮讓,他的話一點也不謙虛,所以笑他。「冉求談的是治國嗎?「怎麽見得治理方圓幾十里的地方就不是治國呢?「公西赤談的是治國嗎?「祭祀和外交,不是國家大事是什麽?如果公西赤衹能當助理,誰能當總理?」

中国哲学書電子化計画

その他三人が去った後、曽皙が問うた。「彼ら三人の話はia加賀ですか?」孔子が言った。「ただそれぞれの願望を、おのおの言っただけだ。」「あなたはなぜ仲由*を嘲り笑ったのですか?」「国を治めるには礼法と謙譲が必要だ。彼の話には一点も謙虚さがない。だから笑った。」「冉求*は国政を語ったのではないですか?」「数十里四方の地方の面倒を見ると言えば、国政の話でなくて何だ?」「公西赤*が語ったのは国政ではないですか?」「祭祀と外交は、国家の重要事でなくて何だ?もし公西赤が単にその助手をするだけなら、だれが取り締まりを務められるだろうか?」

*曽点は三人とも呼び捨てにしている。

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

、「 。」 、「 ( )。」、「() 。」 、「 。」「() 。」「 、( 、) 。」「() () ()。」「 。」


前章、前々章、前々々章もあわせ参照。

也已矣→也

三文字は論語の本章では直訳すると”あるんであるんである”。アルツハイマーにかかって後の大隈重信のような物言いは、後漢儒者がもったいを付けるために取って付けたハッタリ。

夫子→吾子

「夫子」は論語で多用される”先生・あのお方”という敬称。だが定州竹簡論語の言う「吾子」は、対等以下の人に向かって呼びかける物言いで、つまり本章を偽作した前漢の儒者は、曽点は孔子と対等だと言っている。
吾子 大漢和辞典

由・求・赤

曽点
↓↓↓↓
論語 子路 怒り冉有公西華

それぞれ子路、冉有、公西華のいみ名だが、曽点は偉そうに、三人まとめて呼び捨てにしている。史実だったら大変だ。

何せ三人とも、春秋時代の君子である。子路にぶちのめされ、冉有にふん縛られ、公西華に「こいつはバカです」と首に立て札を懸けられて、盛り場のさらし者にされただろう。

論語の本章では”へり下る”。初出は戦国文字で、論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はȵi̯aŋ(去)。同音は旁に襄を持つ一連の漢字群。論語の時代には恐らく部品の「」(のぼる・たすける:カ音sni̯aŋ)と書かれたと考えられるが、「襄」に”譲る”の意味は無い。詳細は論語語釈「譲」を参照。

唯→雖

論語 唯 金文
(金文)

武内本にも「唯雖通ず」とある。『大漢和辞典』もこれを支持する。詳細は論語語釈「唯」論語語釈「雖」を参照。

也與→耶

論語の本章では疑問辞。

「耶」は論語では本章のみに登場。初出は前漢の隷書。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はzi̯ɔ(平)。同音に邪。邪に疑問辞の語釈があるが、初出は戦国末期の金文。詳細は論語語釈「耶」を参照。

赤也爲(為)之小、孰能爲之大

論語 赤 金文 公西華
「赤」(金文)

論語の本章では、”公西赤が下役では、誰が上役が務まるだろうか”。

「孰」は疑問を表すことば。「能」は”~できる”で、可能を表すことば。「爲」は論語の本章では、”役目を務める”。詳細は論語語釈「孰」論語語釈「能」論語語釈「為」を参照。

別解として「赤やこれが為め小なり、孰(なん)ぞ能(よ)くこれが大を為さんや」と読み下し、”公西赤は下働きをすると言ったが、それは分相応というもので、どうして長官が務まろうか”と解釈も出来る。ただしこれは派生義で、本章の偽作家の意図ではないだろう。

なぜならおそらく書き手は、「赤は正装させて朝廷に出仕させ、外交交渉は務まる」(論語公冶長篇7)という孔子の発言を、踏まえているに違いないから。

『学研漢和大字典』によると「赤」は会意文字で、「大+火」。大いにもえる火の色。赭(シャ)(あか)・灼(シャク)(まっかにもえる)・炙(シャ)(火をもやす)などと同系のことば、という。詳細は論語語釈「赤」を参照。

論語:解説・付記

論語 白川静 論語 武内義雄
白川静『孔子伝』によると、今回を最後とするこの論語最長の章は、「曽子の後学が偽作したもの」といい、すでに和辻哲郎が指摘しているという。「曽子の後学」は当たっているが、それは論語の時代から300年も過ぎた前漢時代だった。

また武内義雄『論語之研究』によると、曽子の父・曽点が、論語以外の儒教経典の中で現れるのは『孟子』が最初で、狂士=「いたずらに理想だけ大きくして行いの伴わない人」として描かれているという(下記)。また曽点が孔子を「夫子」と呼んでいるのもおかしいという。

「夫子」=”あの人”で、論語では通常三人称として孔子を呼ぶ場合に用いている。しかし後世の創作が疑われる論語陽貨篇では、たびたびこの言葉を二人称として用いている。『論語之研究』では結論として、本章は儒家の中でも老荘的な者による、後世の挿入だとしている。

老荘的な者かどうかは知らないが、「夫子」どころか「吾子」、訳しようによっては”お前さん”とまで言える無礼を曽点に言わせており、正気の沙汰とは思えない。そして前回の語釈で、曽「点」といういみ名がすでにウソであることを指摘した。曽子のおやじなど、曽子を除けば誰も知らなかったのである。その曽点ならぬ曽皙の初出が以下の文。

萬章問曰:「孔子在陳曰:『盍歸乎來!吾黨之士狂簡,進取,不忘其初。』孔子在陳,何思魯之狂士?」
孟子曰:「孔子『不得中道而與之,必也狂獧乎!狂者進取,獧者有所不為也』。孔子豈不欲中道哉?不可必得,故思其次也。」
「敢問何如斯可謂狂矣?」
曰:「如琴張、曾皙、牧皮者,孔子之所謂狂矣。」
「何以謂之狂也?」
曰:「其志嘐嘐然,曰『古之人,古之人』。夷考其行而不掩焉者也。狂者又不可得,欲得不屑不潔之士而與之,是獧也,是又其次也。孔子曰:『過我門而不入我室,我不憾焉者,其惟鄉原乎!鄉原,德之賊也。』」

萬章問うて曰く、「孔子陳に在りて曰く、『盍ぞ歸らざる乎來かな。吾が黨之士狂にして簡、進みて取り、其の初めを忘れ不』と。孔子陳に在りて、何ぞ魯之狂士を思うや」と。 

孟子曰く、「孔子『中道を得不り而之に與るは、必ず也狂獧乎。狂なる者は進みて取り、獧なる者は為さ不る所有る也』と。孔子豈に中道を欲せ不る哉。必ず得可から不れば、故に其の次を思える也」と。 

「敢えて問う、斯の狂と謂う可きは何如矣らん」 と。

曰く、「琴張、曾皙、牧皮の如き者は孔子之所謂狂矣」と。

「何ぞ以て之を狂と謂う也」と。

曰く、「其の志はコウ嘐然として、曰く『古之人、古之人』と。たやすく其の行いを考え而掩わ不り焉る者也。狂なる者は又た得可から不。いさぎよしとせ不潔しと不る之士を得んと欲し而之に與するは、是れ獧也。是れ又た其の次也。孔子曰く、『我が門を過り而我が室に入ら不るは、我憾ま不り焉る者にして、其れ惟だ鄉原乎。鄉原は、德之賊い也。』」

論語 弟子 孟子
万章「孔子先生は陳で言いました。”さあ帰ろう。我が故郷の同志諸君はもの狂いで率直、貪欲に進歩を求め、学び始めた頃の初々しい心を忘れていない”と。孔子先生は遠い陳国で、どうして魯の狂士=もの狂いな弟子たちを思ったんでしょうね。」

孟子「孔子先生は、”片寄りの無い立場を取れない者は、必ずもの狂いか潔癖症になる。もの狂いは貪欲に進歩を求め、潔癖症の者はやりたくないことは絶対にやらない”と言った。先生は片寄り無しでいたかったと思うよ。でもそうもいかないから、まだもの狂いか潔癖症の方がましだと思ったんだろうね。」

万章「では、そうしたもの狂いの人とはどのような人でしょう。」

孟子「琴張や曽皙や牧皮のような人が、孔子先生の言うもの狂いだね。」

万章「どうしてもの狂いなんですか?」

曽点
孟子「願望ばかり大きくて、まるでニワトリがけたたましく鳴くように、二言目には”昔の人なら! 昔の人なら!”と目の前の出来事にケチをつける。軽率に何でも出来ると思い上がっていて、そのくせ実行が伴わない。いつまでたっても、何もやり遂げることが無い。

また何事にもケチを付けて、自分だけいい子になろうとする連中とばかり付き合いたがるのが、先生の言う潔癖症の者だ。これはもの狂いの次に、世の役立たずと言うべき人だ。

だから孔子先生は言ったのだ。”我が家の前をうろちょろしながら、教えを聞きにはやってこない。そんな奴はどうなろうが知ったことではなく、いわゆる田舎の大将というやつだ。田舎の大将ほど、教育の邪魔になる連中はいない”と。」(『孟子』尽心下篇)

曽点ではなく「曽皙」になっている。『論語集釋』はあれこれの儒者の御託を検討した結果、曽点子皙のいみ名は正しいがあざ名が違うと言っている。だが点やその異体字も皙(→論語語釈)も、共に論語の時代に存在しない。やはり曽子のおやじなど、誰一人知らなかったのだ。

そして『孟子』のこの部分は、少なくとも漢代以降の手が加わっている。皙の初出が後漢の説文解字だからだ。すると「曽皙は馬鹿だ」と言った孟子の言葉が、そもそも怪しいことになってくる。だが『論語』で手一杯の訳者には、『孟子』の面倒まで見切れない。

『論語』先進篇おわり

お疲れ様でした。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。もし長生きしたいなら、悪いことはせぬものだ。それでもやるなら、覚悟致せ。

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