論語詳解244郷党篇第十(9)席正しからざらば°

論語郷党篇(9)要約:礼法の大きな目的の一つが、同じ場にいる人々からなめられないようにすることでした。なめられては個人として不愉快であるばかりでなく、政治家として意見を通しにくくなることにもつながるからでした。

このページの凡例

論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

席不正不坐。

校訂

定州竹簡論語

……坐。鄉人飲酒,杖者253……

復元白文

席 金文不 金文正 金文不 金文坐 甲骨文

※坐→(甲骨文)。

書き下し

せきただしからざらばせず。

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 孔子別像
席が正しくなければ座らない。

意訳

決められた席次通りに自分の席が置かれていないと、座らなかった。

従来訳

論語 下村湖人

座席のしき物がゆがんだり曲がったりしたままでは坐られない。

下村湖人『現代訳論語』

現代中国での解釈例

坐席沒擺正,不坐。

中国哲学書電子化計画

座席が正しく並べられていないと、座らなかった。

※宮中席次通りに席が並んでいないと、蹴立てて帰っちゃった、と解せる。

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

論語 席 甲骨文 論語 席 金文
(甲骨文・金文)

論語の本章では”座る場所”。論語の時代は日本と同じく、床の上に下の画像のような座布団を敷いて座った。椅子とテーブルの生活が中国に入ってくるのは、南北朝時代に北方遊牧民の生活習慣が入った後のこと。
論語 席

「席」は『学研漢和大字典』によると「巾(ぬの)+音符庶」の形声文字で、巾印をつけて座布団を示す。ショ(敷物)-セキ(敷き草)と同系のことば。▽エンは、延ばし広げるむしろ。ジョクは、柔らかい敷きぶとん。意味:むしろ。座る場所。しく。職務上や成績上のポスト。

一方『字通』によると、初形は广げん+蓆の形。室中に席を布く意。〔説文〕七下に「くものなり」〔段注本〕とし、字を庶の省に従うとするが、庶は烹炊の象であるから、関係がない。籍は祭籍。神への供薦のものをおく席。長者との席の間は一丈をれるので、目上への手紙の脇付には函丈という。

訓義:むしろ、上むしろ。せき、座席、席次。宴会、会合、席場。しく、よる、ひろげる。

詳細は論語語釈「席」を参照。

なお時代劇などで「狼藉者」と言うのは、狼は寝るときに下草を押し広げて寝るので、狼藉=狼の寝床であり、狼のような者を指すようになった、という。出典は『史記』滑稽伝・淳于髡ジュンウコン列伝で、淳于髡は奴隷出身の丸坊主頭という異色の学者。斉の威王に仕えた。

日暮酒闌,合尊促坐,男女同席,履舄交錯,杯盤狼藉,堂上燭滅,主人留髡而送客,羅襦襟解,微聞薌澤,當此之時,髡心最歡,能飲一石。

日が暮れて宴会もたけなわになり、乾杯してお互い「どうぞどうぞ」と言って座るように促し、男女が交じり合い、座布団を敷いて座り、杯や料理の皿が散らかって、座敷のともし火が油が切れるほど長い間飲み、主人は私を引き止めて帰る客を見送り、下着も丸見えになるほど襟がくつろいで、ほのかに体臭も漂っている。

私はこんな宴会が大好きで、これなら酒は一石まで飲めます。

論語時代にも斉国は大国だが、一旦亡んで公室が変わり、田氏の国となったので田斉という。威王はその最盛期の王で、都城のショク門の下に邸宅を与えて学者を優遇した。それらの学者を稷下の士という。孔子の教説を商材にして、儒学に宗教的神秘性を持たせた希代の世間師・孟子もその一人。対して同僚の淳于髡は外交使節として活躍し、威王を喜ばせた。

その慰労の宴会で淳于髡が気の置けない酒宴の例として言ったのが「杯盤狼藉」で、器や座布団が散らかっている様子を言う。なお孟子は、次代の宣王に仕え燕国を攻めさせた。これが恨みを買い、のちに斉は一旦滅び、殿様は惨殺されるほどの被害を受けた。迷惑な人である。

論語の本章では”正しい”。これをどう解釈するかで本章の文意はまるで変わってくる。

『学研漢和大字典』は原義を、「一+止(あし)」で、足が目標の線めがけてまっすぐに進むさまを示す。征(まっすぐに進む)の原字。聖(純正な人)・貞(ただしい)・挺(まっすぐ)などと同系。また是(ゼ)・(シ)(ただしい)と縁が近い。類義語に匡、という。

『字通』は、一+止。卜文・金文の字形は、一の部分を囗(い)の形に作り、囗は都邑・城郭の象。これに向かって進む意であるから、正は征の初文。征服者の行為は正当とされ、その地から貢納を徴することを征といい、強制を加えて治めることを政という。〔説文〕二下に「是なり。止に從ひ、一以て止まる」とするが、一に従う字ではない。その支配にあたるものを正といい、周初の金文〔大盂鼎(だいうてい)〕に「殷の正百辟」という語がみえ、官長たる諸侯の意。官の同僚を「友正」という。征服・征取・政治の意より、正義・中正、また純正・正気の意となる、という。詳細は論語語釈「正」を参照。

前者の”まっすぐであること”と解すと、しわくちゃなどになって乱れた席には座らない、ということになり、後者の”政治的強勢”と解すと、自分の決められた席次ということになる。いずれが正しいとも言いかねるが、おそらく後者だろう。

鎌倉から江戸時代にかけて朝廷に実権が失われても、日本人の序列が官位で決まったように、中国で朝廷の席次の上下は一大事であり、宮殿の前庭に立って儀式に参加するにも、殿中で政治を議論するにも、席次が厳密に定められていた。いわゆる上座下座の区別が厳しい。

これは現代中国に至るまでそうで、諸国でナントカ大臣に当たる人物でも、共産党の席次が低い者の発言は、当てにならないしあまり相手にもされない。孔子も魯の宰相職にあったとき、席次にふさわしい祭祀のお下がりが来なかったので、国を出たと史記は言う

現代の論語読者なら、何でそんなことで、と思っても無理ないが、これは魯国公からも、貴族団からも「お前は要らない」と言うに等しいイヤガラセだったわけで、自力で身分差別を乗り越え這い上がった、つもりだった孔子は、これに耐えられるほど面の皮を厚く出来なかった。

さてそれでも、「座席そのものの乱れ」と解すなら、こう訳せる。

座席が乱れていたら座らず、整えてから座った。

論語:解説・付記

論語の本章を前後の章から切り分けたのは新注からで、すでに書いたように大した理由はない。論語郷党篇6の「君子は紺緅を以て」から論語郷党篇12の「康子薬をおくる」の前まで、一つながりに記されたことは上掲定州竹簡論語からも分かる。

だが古注の時代からすでにこれは長すぎるとされ、郷党篇6「君子は紺緅を以て」~7「斉には必ず明衣あり」、8「食は精を厭わず」、9「席正しからざらば」~10「郷人の飲酒には」の途中、10「郷人の飲酒には」の残り、11「人を他邦に問わば」の五つに分けている。

さて例によって、論語は短いほど解釈が難しい。中国で椅子とテーブルの生活が根付いたと確実に分かるのは唐帝国から。それは遣唐使の持ち帰ったモダンな習慣として、奈良朝から平安朝初期にかけて流行した。

論語 桓武天皇

桓武天皇

論語 空海

空海

しかし論語時代は本編にもあるように、床の上にござや畳のようなものを敷き、その上に草や毛皮で作った座布団を敷いて座った。日本も平安朝以降はそれに戻り、百人一首の絵札のように畳に座った。しかし本家中国では椅子とテーブルが根付き、唐帝国では皇帝と大臣が同じテーブルにつき、お茶を飲みながら政治についてカンガク々の議論をした。

論語 椅子生活

ところが次の宋王朝になると、大臣は立ったまま皇帝のお指図を承るようになり、明清帝国に至っては、土下座して皇帝のお言葉を頂戴した。ただし座布団生活は古式ゆかしい風習として絶えはせず、清の雍正帝も書斎では座布団に座って全中国からの報告書に返事を書いた。

論語 座布団生活

論語時代の座席が椅子ではなく敷物だったことは、『孔子家語』にも記されている。

孔子之守狗死。謂子貢曰:「路馬死則藏之以帷,狗則藏之以蓋。汝往埋之。吾聞弊帷不棄,為埋馬也;弊蓋不棄,為埋狗也。今吾貧無蓋,於其封也,與之席,無使其首陷於土焉。」(『孔子家語』子貢問25)

孔子家の番犬が死んだ。

孔子「これ子貢や、飼い馬が死んだときにはカーテンで包んでやり、飼い犬が死んだときには車の日傘で包んでやるものだ。手間を掛けるが、弔ってやってくれ。だから話によると、破れたカーテンを捨てないのは飼い馬のため、破れ傘を捨てないのは飼い犬のため、という。今ワシは貧乏でな、手持ちの傘が無いから、敷物を出してやろう。これで犬を包み、土へ頭をじかに埋めるようなことがないようにしてやってくれ。」

また、丁寧さを表す作法として、あえて自分の席を”避ける”ことがあった。

子夏問於孔子曰:「顏回之為人奚若?」子曰:「回之信賢於丘。」曰:「子貢之為人奚若?」子曰:「賜之敏賢於丘。」曰:「子路之為人奚若?」子曰:「由之勇賢於丘。」曰:「子張之為人奚若?」子曰:「師之莊賢於丘。」子夏避席而問曰:「然則四子何為事先生?」子曰:「居!吾語汝。夫回能信而不能反,賜能敏而不能詘,由能勇而不能怯,師能莊而不能同。兼四子者之有以易吾,弗與也。此其所以事吾而弗貳也。」(『孔子家語』六本12)

子夏「顔回とはどういう人ですか。」
孔子「顔回の正直はワシにまさる。」

子夏「子貢はどういう人ですか。」
孔子「子貢の目敏さはワシにまさる。」

子夏「子路はどういう人ですか。」
孔子「子路の勇気はワシにまさる。」

子夏「子張はどういう人ですか。」
孔子「子張の押し出しはワシにまさる。」

その誰よりも年下で気弱な子夏は、自分の席を避けて、恐る恐る聞いた。

子夏「ではどうしてお四方は、先生の弟子になっているのでしょう?」
孔子「まあ、座れ。教えてやろう。顔回は正直が過ぎて、頼みを断り切れぬ所がある。子貢は目敏すぎて、言わんでもいいことを言ってしまう。子路は勇ましすぎて、慎重に敵勢を観察できない所がある。子張は押し出しが強すぎて、誰も友達づきあいしてやらない。それに四人の出来ること全部をまとめてワシと張り合っても、敵いっこない。だから四人とも、腰を低くしてワシの弟子であり続けておるわけだな。」

※與:ここでは「かなう」。”相手になる”。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。もし長生きしたいなら、悪いことはせぬものだ。それでもやるなら、覚悟致せ。

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