論語詳解347憲問篇第十四(15)臧武仲防を以て’

論語憲問篇(15)要約:孔子先生が生まれたばかりの頃にあった魯国の政変。そこで悪役にされてしまった貴族の一人を、先生は弁護します。従来”武力で脅した”と言われていた貴族に、先生は自分と同様の趣味を見て、同情したのでした。

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論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

子曰、「臧武仲以防、求爲後於魯。雖曰不要君、吾不信也。」

校訂

定州竹簡論語

……「臧武中a以房b求為376……[於魯,雖]曰不要c,吾弗377……

  1. 中、今本作”仲”。古文中、仲通、『説文』云:”仲、中也”。
  2. 房、今本作”防”。可通假。
  3. 今本”要”下有”君”字。

→子曰、「臧武中以房、求爲後於魯。雖曰不要、吾弗信也。」

復元白文(論語時代での表記)

子 金文曰 金文 臧 金文武 金文仲 金文㠯 以 金文 求 金文為 金文後 金文於 金文魯 金文 雖 金文曰 金文不 金文要 金文君 金文 吾 金文不 金文信 金文也 金文

※論語の本章は房(防)の字が論語の時代に存在しないが、固有名詞のため概念が論語の時代に存在しなかったとは言えない。ただしもし也の字を断定で用いているなら、戦国時代以降の儒者による捏造の可能性がある。

書き下し

いはく、臧武中ざうぶちうばうもつて、のちてむことをもとむ。もとめずとふといへども、われしんかななり

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

孔子 切手
先生が言った。「ゾウ武仲は防のまちで、魯国に自分の跡継ぎを立てるよう求めた。国君の支援を求めなかったと言われているが、私は信じないね。」

意訳

孔子 水面
臧武仲は領地の防に引き籠もって、自分の跡継ぎを立てるよう魯国に求めた。殿様にすがろうとはしなかったと言われているが、私は信じない。襄公さまを信じていたのだ。

従来訳

下村湖人

先師がいわれた。――
「臧武仲は、罪を得て魯を去る時、その領地であった防にふみとどまり、自分の後嗣を立てることを魯君に求めたのだ。彼が武力に訴えて国君を強要する意志はなかったといっても、私はそれを信ずるわけには行かない。」

下村湖人『現代訳論語』

現代中国での解釈例

孔子說:「臧武仲以離開自己的封地作條件,要求冊立其後代做大夫,雖說表面上不是要挾君主,但實質上是。」

中国哲学書電子化計画

孔子が言った。「臧武仲は自領から立ち去る条件として、跡継ぎを家老として立てることを求めた。表面上は主君に強要しなかったと言っても、実際は強要したのだ。」

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

、「 ( ()、 ()、 () 。」


臧武仲(ゾウブチュウ)

臧 篆書 武 篆書 仲 篆書
(篆書)

孔子が生まれた頃までに活躍した、魯の重臣。別名、臧孫コツ。臧文仲(論語公冶長篇17)の子で、『春秋左氏伝』では成公十八年(BC573)に初めて名が見える。襄公二十三年(BC550、孔子生誕の翌年)、かねてより嫌われていた門閥三家老家の一家・孟孫氏に追われ、従来好意的だった季孫氏も同調して、国外に追われた。

臧武仲は一旦隣国のチュに逃れてから、自分の領地だった防に入り、宝物で占いに用いる大亀の甲羅を異母兄弟に贈り、家を断絶させないため、兄弟に跡を継ぐよう求めた。その結果弟が臧家を継いだが(『春秋左氏伝』襄公二十三年条)、その後臧家は振るわず、論語にもほとんど言及が無くなる。

なお臧武仲については、論語憲問篇13にも「知恵者」として言及がある。

防→房

論語の本章では、魯国の邑(城郭都市)の名。下図左下。面倒くさい住人が多くて統治に手間のかかった、赤字で記した「単父ゼンホ」(論語憲問篇3付記参照)のすぐ北にある。
魯国 地図
出典:http://shibakyumei.web.fc2.com/

漢字「防」と「房」は同音同調で、ともに論語では本章のみに登場。「防」の初出は前漢の篆書。「房」の初出は楚系戦国文字。共に論語の時代に存在しない。ただし固有名詞のため、論語の時代に都市名が存在しなかったとまでは言えない。詳細は論語語釈「防」論語語釈「房」を参照。

論語の本章では”跡継ぎ”。『春秋左氏伝』の記事から、家名の断絶を恐れて、存続を願ったとされる。文字の詳細は論語語釈「後」を参照。

不要君

要 金文
「要」(金文)

「君を要さず」と読むのは訳者も従来の論語解説本と同じだが、解釈は全く異なる。”君主を脅さなかった”のではなく、”君主に期待しなかった”のであって、”(武力で)脅す”という余計な情報が入ったのは、日本漢学界の「大人の事情」に過ぎない。

戦前の論語業界で権威だったのは、東京帝国大学教授だった宇野哲人で、宇野は本章についてこう書いている(『論語新釈』講談社学術文庫)。

宇野哲人
臧武仲は防に拠ってそむこうとする気勢けはいを示した…この章は臧武仲の心の奸悪なことをめたのである。…君を要するのは上を無視するので、大きな罪である。武仲の領地は君から与えられたものである。罪を得て出奔した以上は、後嗣を立てる立てないは君の権限で、己の勝手にできることではない。しかるに、領地に拠って後嗣を立てることを請うたのは、彼が知を好んで学を好まないのに由るのである。(范祖禹の説)

最後まで読んで頭を抱えた。宇野の言葉として読み進めたのに、「ワシじゃない。どっかの儒者が言ってた」とは。ともあれこの作り事が一人歩きし、臧武仲悪党説が論語にぺったり貼り付くことになった。この膏薬はずいぶん頑固で、今に至るまではがれていない。

宇野の言う「范祖禹の説」とは次の通り。ついでに楊時の説も記す。

范氏曰:「要君者無上,罪之大者也。武仲之邑,受之於君。得罪出奔,則立後在君,非己所得專也。而據邑以請,由其好知而不好學也。」楊氏曰:「武仲卑辭請後,其跡非要君者,而意實要之。夫子之言,亦春秋誅意之法也。」

范祖禹 楊時
范祖禹「主君に強要するのは思い上がりであり、重い罪である。武仲の邑は、主君から拝領したものだ。罪を犯して国を出たあとは、主君の手に戻る。自分勝手に出来ないはずだ。それなのにその邑に立てこもって強要したのは、領地にこだわるあまり、道理を学ぶための学問を好まなかったからだ。」

楊時「武仲は下手に出て家名存続を乞うたが、跡継ぎを強要しなかったと言っても、実は強要したのだ。論語の本章に記された孔子先生の言葉は、先生が歴史書『春秋』を書いて、”過去の不届き者の悪行を、それとなく暴き立ててやる”と仰せになったのと同じ書き方で、武仲の強要をそれとなく、だ。」

以上をどう読むかは人それぞれだろうが、何の根拠も無く悪党呼ばわりしている。頭がおかしいとしか思えない。文化人類学的には、交通の杜絶した山奥の寒村などで、こういう集団発狂を観察できることがあるが、宋帝国は栄西が『喫茶養生記』で褒めちぎったように、紛れもないアジアの大国だったはずだが。

また宇野は「知」を”知識”と解したようだが、それでは文意が通じない。ここでは”知行”の意で、東京帝国大学教授の漢文読解力だろうと、所詮この程度である。ともあれこんなでっち上げは、どうせ軍国主義者の朱子も同じと思って、『論語集注』の残りを見てみると…。

則將據邑以叛,是要君也(則ち将に邑に拠って以て叛かんとす。是君を要する也)。
朱子 新注
そこで自分の領地に立てこもって反乱を起こそうとした。これが国君に強要したということだ。(『論語集注』憲問15)

やっぱりそうだった。いずれにせよ宇野のような馬鹿者の事大主義(権威に媚びへつらうこと)は、もう現代ではゴミ箱に入れねばならない。なお「要」の文字的詳細は論語語釈「要」を参照。

論語:解説・付記

既存の論語本で、従来訳のように「武力で脅した」と書いている本があるが、『春秋左氏伝』を読んで書いたとは思えない。読んだ振りをしている宇野や吉川が、儒者の猿真似で「武力で脅迫した」と書いているのを、そうした論語本は史実と鵜呑みにしているのではないか。

臧武仲が逃亡する際、門のかんぬきを切り落として逃げたことは『左伝』にあるが、それ以外は至って腰を低くしており、悪辣なことをしたという記録がない。孔子はほぼ同時代の人間だから、『左伝』にない情報を知っていたのかも知れないが、現代ではそれは憶測になる。

孔子が生まれた頃、魯国の政治権力は三桓=門閥三家老家に独占されていたわけではなく、臧家のような有力氏族もいた。三桓も季孫氏が圧倒的に強かったわけではなく、臧武仲の亡命騒ぎも、孟孫氏の代替わりを機会に、孟孫氏が季孫氏をそそのかした結果である。

『左伝』を読む限り、孔子は臧武仲が魯公を脅したとは思っておらず、むしろ自分と同様、殿様にすがろうとしたがかなわなかった、と論語の本章は解釈すべきだ。論語と言えば二言目には「三桓ガー!」と書くのは、ごろつきエコロや憲法九条教徒の発狂と変わらない。

儒教にオカルトを持ち込んだのが、朱子を筆頭とする宋儒であることは、たびたび記したとおりだが、オカルトには例えば「九条は絶対に正しい」という思い込みを人に植え付け、それに都合のよい情報しか頭に入らなくさせる作用がある。つまり一種のクルクルパーである。

クルクルパーは、漢儒の董仲舒が儒教を帝国のイデオロギーとして作り替えたころ以来の特徴で、儒教からこの作用を分別して「儒術」という。人をクルクルパーにして従わせる技術を指す。九条が元・米占領軍や現・中朝韓にとって儒術の一種であることは、言うまでも無い。

そして平気でオカルトを儒教に持ち込んだ宋儒の高慢ちきは、科挙制度の確立と不可分だ。科挙制とは夢見がちな人類があこがれる賢人政治の一種で、試験秀才が社会を統治する仕組みだが、見事に失敗した。理由はいかなる賢人政治も、揃って一層の愚民化を目指すからだ。

そして何より差別と迫害と不公平を肯定し、反対者を虐殺する。住人の心は荒れ果てる。

Изменниковイズミェーニコフ подлыхポードリフ гнилуюグニールユ породуパロードゥ
”裏切り者は卑劣にも、腐り切ってはびこっている”

Тыトィ грозноグローズナ сметаешьスミェターイェシ с путиプーチ своегоスウォーイェウォ.
”君は奴らを震え上がらせて道から掃き出す”

Тыトィгордостьゴルダスチ народаナローダ, тыトィмудростьムゥードラスチ народаナローダ,
”君は人民の誇り、人民の英知”

Тыトィсердцеシェルツェ народаナローダ, тыトィсовестьソーウェスチ егоイェウォ.
”君は人民の愛情、人民の良心”


(歌唱用訳)

党は砕く、腐り果てた

特権階級のウジ虫を

民の誇り、民の英知

民の愛が清め行く

(ロシアボリシェビキ党歌)

それには一つの例外も無い。こんな歌を歌っている者こそが、特権階級そのものとなる。

人類が生物である以上、賢人政治は向かない。いかなる賢人志向政治も、実は反知性主義に他ならないことは、ルイセンコ論争のような「あーあ」が示している。だからチャーチルが喝破したように、民主主義が最悪でありながら、他のいかなる政治制度よりマシでありうる。

以上のことは、現代の論語読者にはどうでもいい話に見えるが、権威は一旦確定すると、権威者当人も思わなかったでっち上げを横行させるから油断できない。論語の本章のデタラメ解釈も、事の発端は宇野・吉川と言うより、むしろそれ以前の儒者のごますりにあるだろう。

そういう論語にぺったり貼り付けられたウソの一例が、本章にも見られるわけで、学問として論語を読む若い人は、十分注意して頂きたい。要は自分で原書を求め、自分で辞書を引き、自分で解読し、自分の言葉で書けばいい。小学校の理科実験に帰ったような気持になることだ。

数学者もマンデルブロ級だと、黒板一杯の数式を一目見ただけで、高次元の図形が運動するさまが頭に浮かぶという。それができない訳者如き文系バカは、せめてしげしげと現象を観察し、ちまちまとデータを記録し、ちくちくとグラフを引いて、事の傾向を読み取るしか無い。

漢文の読解も同じだ。まずは徹底的に辞書を引くこと。それ無しでは始まらない。言い換えるなら、「知るを知ると為し、知らざるを知らざると為す」(論語為政篇17)ことだ。この立場に立つ限り、ソーカル事件のような、数理に対する劣等感に悩まされることもなくなる。

そうした劣等感からの解脱は、必ず人生を豊かにするに違いない。ごろつきエコロもえせリベラルも、その狂態は実のところ、劣等感からの解放を求めてのことに他ならない。どうせ解放されるなら、人様に迷惑を掛けない方が心地よかろう? そう考えるのが人文というものだ。

だが詐欺漢を兼業する人文業者は、このようなインチキで人をたぶらかしてきた。

S(記号表現)/s(記号内容) = s(言表されたもの)、
S = (-1) によって、 s = √-1 が得られる

(橘玲『”読まなくてもいい本”の読書案内』)

ラカンの理論を「疑似科学」とする見方もある。…ラカンは自らの理論を数式として表すことを好んだが、物理学者アラン・ソーカルらは、これが数学的にはまったくのデタラメであり、科学的な外観を装う虚飾であると批判した。(wikipediaジャック=ラカン条)

これが日本の団塊、欧米のヒッピー、中国の紅衛兵をクルクルパーにし、大勢の人を死ぬ目の不幸にした。訳者も団塊には、何度も何度も、よってたかっていびり殺されかけた。たとえ話ではない。死んだ方がましと思わせるようなことを、奴らは実際にやりやがったのだ。

シャンイー!上了一个ハオ!…シェンパオ!”誰でもいい、俺の戦車に乗れ!…よく来た!”
先生シェンション。”よろしくお願いします。”
什么シェンマシィタオ?”何を持ってきた?”
チエン”つるぎだ。”
チーハオイーツァイチョン团块トゥアンクアイレンイーツゥ!”よかろう。団塊には、ただ一字あるのみ!”
什么シェンマツゥ?”何だ?”
シャー!”ぶち○せ!”
シャー!”ブッ○せ!”


だが自覚ある文系バカならば、ごじゃごじゃした数式に、ただ一言問えばよい。「何ですかこりゃ」と。聞いても分からなければ、堂々と「分からん」と言えばよい。何せ孔子様が味方に付いている。怖がらずに断じたらよい。「はあ。あなた私を欺そうとしてますね。」

誰にでも出来る不幸予防法と思う。素人に分かるよう説明できない専門家は役立たずであり、素人に分かり得ない事物は核廃棄物だ。かかわってはいけない。分かったことだけで楽しく生きる。孔子も次のように言って励ましている。

子路問於孔子曰:「君子亦有憂乎?」子曰:「無也。君子之修行也,其未得之,則樂其意;既得之,又樂其治。是以有終身之樂,無一日之憂。小人則不然,其未得也,患弗得之;既得之,又恐失之。是以有終身之憂,無一日之樂也。」

子路 あきれ 孔子 たしなめ
子路「君子になれても、まだクヨクヨと悩む羽目になるんですかね。」

孔子「そりゃあ無いな。君子が世のことわりを学ぶと、まだ自分に出来ない事は出来たあかつきを思って楽しみ、出来ることは、その成り行きを楽しむ。だから生涯悩みが無いし、毎日をクヨクヨ過ごすことも無い。

小人はそうでない。まだ出来ない事を、出来ないからと言って悩み、すでに出来ることも、成果を横取られたらどうしよう、と悩む。だから生涯悩むことになるし、悩まない日が来ることも無いわけだ。」(『孔子家語』在厄2)

して来たことを誇れるよう行動しよう。その成果に自信を持つために。たった一つでも自信があれば、𠮷外や詐欺師の食い物にならずに済む。他人を不幸にする必要も無い。訳者が文系バカに過ぎないのに、論語の解釈に限っては、世界の誰にも引け目を感じていないように。

もっと読めてる人がいたら? しめしめ、教えて貰おう!

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だし、訳者に連絡のお気遣いも不要だが(ただしネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。

言い訳無用。訳者が「やった」と思えば全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。空港の刃物検査通過は、やったことがあるが存外簡単だ。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。もし長生きしたいなら、悪いことはせぬものだ。朴ったら○すぞ。それでもやるなら、覚悟致せ。



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