論語018為政編第二(2)詩三百一言を以て

論語為政篇(2)要約:孔子先生は詩人でもあります。詩は本の少ない古代では、人々にカッコイイものの言い方や、先祖の物語を教える大事なツールでした。それをまとめて本にした孔子先生が、仕事を終えてつぶやいた一言。

論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

子曰、「詩三百、一言以蔽之、曰、思無邪。」

書き下し

いはく、三百、一げんもつこれおほはば、いはく、おもひよこしまし。

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 孔子 褒める
先生が言った。「『詩経』に収めた三百編の詩、これを一言で言うなら、思いに邪悪なところがない。」

意訳

やっと三百編に詩集を編集し終えた。どれも悪気のないうたばかりだ。

従来訳

 先師がいわれた。――
「詩経にはおよそ三百篇の詩があるが、その全体を貴く精神は『思いよこしまなし』の一句につきている。」

下村湖人『現代訳論語』

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

論語 詩 金文 論語 詩 字解
(金文)

論語では、孔子の編纂した歌集『詩経』のこと。それまでの歌詞三千から、孔子が三百編を選んで収めたとされる。また個々の詩は孔子の手により、加筆・削除・改編されたと思われる。論語八佾篇で子夏が問うた詩がその一例。

蔽(ヘイ)

論語 蔽 金文大篆 論語 ジャングル 蔽
(金文)

論語の本章では、”要約して言う”。『大漢和辞典』の第一義は”おおう”。論語の本章でもこの意味。”さだめる”と読み下す本もある。

『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、「艸+〔音符〕敝(ヘイ)(左右にさく、横にひろがる)」で、草が横にひろがって物をかくすこと。幣(横にひろがる布)と同系のことばという。

論語 邪 金文 論語 カプロスクス 邪
(金文)

論語の本章では、”邪悪な心”。

『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、牙は、くい違った組み木のかみあったさまを描いた象形文字。邪は「阝=邑(むら)+(音符)牙」。もと琅邪ロウヤという地名をあらわした字だが、牙の原義であるくい違いの意をもあらわす。

齬(ゴ)(くい違い)・忤(ゴ)(くい違い)・牙と同系のことば、という。

なおこの文字の甲骨文は未発掘で、金文も戦国末期にならないと現れない。

論語:解説・付記

論語 藤堂明保
藤堂明保『学研漢和大字典』に、「詩は何よりもうたである」とある。目で見たり、ただ棒読みで声に出すものではなく、音楽を伴っていた。また歌詞は会話の中でよく引用されたので、貴族にとって必須の教養でもあった。孔子が『詩経』を編纂したのも、その教科書のため。

孔子が最も得意とした技能は音楽で、歌うのも好きだったことが論語郷党篇31に見えるが、『詩経』編纂の意図は教科書以外に、趣味にもあっただろう。しかし元の歌が三千となると、もともとよこしまな歌がなかったとは考えにくく、そうでないのをまとめたのだろう。

ただし『詩経』の中でも鄭の民謡は別かも知れない。論語の衛霊公篇や陽貨篇で、孔子は「鄭の歌は淫らだ」と言っており、顔回に「政治を取るなら捨ててしまいなさい」と言っている。よこしまではないが淫らなのだろうか、それともよこしまでかつ、淫らなのだろうか?

現存する『詩経』の鄭風を読む限り、なるほど逢い引きや夜這い、歌垣をへた男女の行為が歌われている。他国の民謡もざっと眺めてみると、ここまであからさまに、かつ多くの恋愛歌が載ってはおらず、西方の秦国の歌に至っては、おおむね武張った歌ばかりが載っている。
論語 史記 秦軍

ならば孔子は削除してしまっても構わないと思うのだが、全国の民謡を収録するために、そうはいかなかったらしい。ただ気になるのは、当の魯国の歌が全く収録されていないことで、ひょっとすると衛以上に淫らな歌が多かったから、孔子が全部取ってしまったのかも知れない。

孔子は論語述而篇1で、過去を記述はするが創作はしない、と断言しているが、削除してしまうのも述べることにならないのだろうか? 例えば権力者が変死して、その理由の記録がないならば、それは暗殺されたという事だ。もちろん想像の域を出ないから、断言は差し控える。

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