論語024為政篇第二(9)吾回と言ること終日

論語為政篇(9)要約:弟子の中でも顔回は、奇蹟のような人でした。孔子先生を本当に理解したのは、前にも後にも顔回しかいませんでした。そんな顔回の私生活を観察した先生は、自己修養を苦痛ではなく喜びとする顔回に驚いたのでした。

論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

子曰、「吾與回言終日、不違如愚。退而省其私、亦足以發。回也不愚。」

書き下し

いはく、われくわいひて終日ひねもしたがはざるはおろかなるがごとし。退しりぞわたくしかへりみ、おほいもつひらくにれり。くわいおろかならず。

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 孔子 切手
先生が言った。「私は顔回と対話すること一日中だったが、言葉が食い違わないことあたかも愚人のようだった。しかし顔回は私の前を退いてその私生活を省みて、私の言葉から大いに気付くことがありそれを満足している。顔回は愚人ではない。」

意訳

論語 顔回 輝き 論語 孔子 説教
顔回に一日中、仁者のあるべき姿について熱く語っても、はい、はい、とまるで愚か者のように逆らわない。加えて彼は私の見ていない所でも、私の話を自分に当てはめて、理想の仁者に近づこうとし、それを大いに喜んでいる。顔回は愚か者どころではない。

従来訳

 先師がいわれた。――
かいと終日話していても、彼は私のいうことをただおとなしくきいているだけで、まるで馬鹿のようだ。ところが彼自身の生活を見ると、あべこべに私の方が教えられるところが多い。回という人間は決して馬鹿ではないのだ。」

下村湖人『現代訳論語』

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

論語 吾 金文 
(金文)

論語の本章では”わたし”=孔子。古い中国語には格変化があり、主格の一人称には「吾」を用いた。しかし論語の時代、次第に「我」と混用されるようになり、格変化は消失した。『字通』による原義は祝詞を入れた容器に堅くフタをすることで、”まもる”こと、という。

與(与)

論語 与 金文 論語 与
(金文)

論語の本章では”~と”。語源は手を携えて象牙を運ぶこと。詳細な語釈は論語語釈「与」を参照。

論語 回 金文
(金文)
論語の本章では、孔子の弟子、顔回子淵のこと。BC521ごろ – BC481ごろ。いみなは回、あざなは子淵。顔淵ともいう。魯国出身、『史記』に依れば孔子より30年少。論語先進篇2で孔子からは徳=人格力の実践に優れていると評され、孔門十哲の一人でもっとも愛された弟子。

存命中の人物では、ただ一人孔子から仁者だと評された(論語雍也篇7)。

従って孔子にその将来を嘱望されたが、孔子に先立つこと二年前に死去。仕官もせず名誉を求めず、貧窮生活にありながら人生を楽しみ、ひたすら仁の修養に邁進した。ここから老荘思想発生の一源流とみなす説もある。詳細は論語の人物:顔回子淵を参照。

論語 言 金文 論語 宣誓 言
(金文)

論語の本章では”語る”。

『学研漢和大字典』によると会意文字で、「辛(きれめをつける刃物)+口」で、口をふさいでもぐもぐいうことを音(オン)・諳(アン)といい、はっきりかどめをつけて発音することを言という。

唁(ゲン)(ていねいにいう)・彦(ゲン)(かどめのついた顔)・岸(ガン)(かどだったきし)などと同系のことば。類義語の謂(イ)は、だれかに向かって、または何かを評して、一般的にものをいうこと。曰(エツ)は、発言の内容を紹介して「…という」の意、という。

『字通』によると入れ墨の針「辛」+祝詞を収めた「サイさい」で、誓約のときもし違約するときは入れ墨を受けるという自己詛盟の意をもって、その盟誓の器の上に辛を添え、その誓いの言葉を言という。

言語はもと「ことだま」的行為で、言を神に供えてその応答のあることを音という。神の「音なひ」を待つ行為が言であった、という。

終日

論語 終 金文 論語 日 金文
(金文)

論語の本章では”一日中”。朝から晩まで。

論語 違 金文 論語 違 解字
(金文)

論語の本章では、『大漢和辞典』の第一義と同じく、”たがう・そむく”。語源は左右互い違いの方向を向いた足。

詳細な語釈は論語語釈「違」を参照。

論語 愚 金文 論語 猿 愚
(金文)

論語の本章では、”おろか”。孔子は論語先進篇17で曽子を「ウスノロ」と評すると同時に、弟子の子羔を「柴や愚」と評している。

『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、禺(グウ)は、おろかな物まねざるのこと。愚は「心+〔音符〕禺」で、おろかで鈍い心のこと。偶像の偶(人に似ているが動作のできない人形)と同系のことば、という。

『字通』によると禺(グウ)は頭の大きなものの形。字の構造は禺より禹(ウ)に近く、禹は二竜相交わる形。禺もおそらくその形で、竜蛇のたぐいであるらしく、頭が大きくて動作の緩やかな状態は機略に乏しく、愚鈍の意に用いるという。

退而省其私

論語 私 金文大篆 論語 米農家 私
「私」(金文)

論語の本章では、「私」は”私生活”。従来の論語本では”顔回が退いて孔子がその私生活を見ると”と解すが、主語が統一されているとここでは判断した。変更の記号がないからだ。

〔顔回〕(主語)退(動詞1)而省(動詞2)其私、亦足(動詞3)以發(動詞4)

「私」は『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、厶(シ)は、自分だけのものをうででかかえこむさま。私は「禾(作物)+(音符)厶」で、収穫物を細分して、自分のだけをかかえこむこと。ばらばらに細分する意を含む。四(細かい)・細(こまかい)などと同系のことば、という。

發(発)

論語 発 金文 論語 発 解字
(金文)

論語の本章では、”発見する・啓発される”。『大漢和辞典』の第一義は”射る”。

『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、癶(ハツ)は、左足と右足とがひらいた形を描いた象形文字。それに殳印(動詞の記号)を加えた字(音ハツ)は、左右にひらく動作をあらわす。發はそれを音符とし、弓を加えた字で、弓をはじいて発射すること。ぱっと離れてひらく意を含む。

別(左右に離す)・犮(ハツ)(左と右にはねる)・撥(ハツ)(左右にはなす)と同系。判(左と右に切り離す)は、その語尾がnに転じたことば、という。

お上品に訳すと、”花が咲いたように明らかにする”だが、要するに、孔子と顔回は仁フィギュア趣味(論語における「仁」を参照)を共にする同好の士で、顔回は自室に帰ってフィギュア、と言うより自分がなるのだからコスプレに没頭していたわけ。

現代のコスプレで言うなら魔法少女の杖なんかを新たに入手して、「うふふ」とうれしそうにしている風景を想像するとよい。
論語 コスプレ

冗談のように聞こえるが、訳者はまじめである。論語に言う仁とは何かを追い求めると、それは他人から見れば非常に滑稽な、大げさな作法を必ず﹅﹅伴うものだったし、論語で言う礼とは作法に止まらず、日常生活のあらゆる行動を規制するもので、当然服装も含まれていた。

なお従来の論語本ではこの主語も孔子と解する。その場合は「亦」を「また」と読む方が文意が通る。

論語:解説・付記

本章は、上記したように孔子と顔回が仁フィギュア趣味を共にする同好の士であることに気付かないと、オトツイの方向に解釈してしまう罪な一節。仁者とは孔子があこがれた人間の理想像で、礼とはその詳細なスペック、知とは礼を知ってコスプレに没頭することに他ならない。

論語における「仁」
論語における「礼」
論語における「知」

本章はいっそ、こう訳したい所。

論語 孔子 微笑み論語 仁 フィギュア 単体
顔回に一日中仁フィギュア趣味を熱く語っても、はいはいとまるでバカのように逆らわない。彼は私の前にいない時も、自分を仁のスペックに当てはめて、理想のフィギュアである仁者に近づき、大いに喜んでいる。顔回はバカどころではない。

論語 吉川幸次郎
なお「亦足以發」の解釈を吉川本では「弟子たちと一緒にいる時の言動を観察すると、人をはっとさせるものが充分にある」とする。また「発」を、「古注には大体を発明すると説き、新注には夫子の道を発明す、と説く」と言う。どちらも違う。フィギュアを発明するのだ。

論語のような古典の解釈で難しいのは、このように文の背景が抜け落ち消えてしまって、想像するしかないことにある。訳者はここのように主語の入れ替えがあり得る場合、原則としてその記号がない限り入れ替えはないとするが、それもかたよった読み方かも知れない。

論語 儒者
しかし論語に限らず、歴代の儒者が好き勝手に主語述語を入れ替えて、よってたかって古典を自己宣伝の材料にしてきた史実を思うと、そういうでたらめやこじつけを可能な限り排除するには、論語の時代には形を保っていただろう、漢文の文法を想定せねばならない。

古来、論語は自在に読めることから、『円珠経』との別名も付けられた。従って読む人が読みたいように読めばいいと訳者も思うが、それゆえに拙訳もあっていいだろう。ただし時代背景や同時代史料を踏まえた方が、より正確に論語の原意を復元できると考えている。

論語 教授 論語 清儒
それはどこかの偉い人がそう言った、という恣意的な解釈を排除するためにも必要で、現代の漢学者が何かと気にする、先行研究を踏まえるという事ではない。清代の考証学が発掘によってあっさり覆されたように、論拠が自分や権威では、他者に同意を求める道理がないからだ。

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