論語詳解062八佾篇第三(22)管仲の器は*

論語八佾篇(22)要約:いにしえの名宰相・管仲を、孔子先生は器が小さいと評論します。それは管仲が分不相応な、豪奢な生活をしたからでした。身分秩序にこだわる先生には、管仲の巨大な功績も帳消しに見えた、という作り話。

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論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

子曰、「管仲之器小哉。」或曰、「管仲儉乎。」曰、「管氏有三歸、官事不攝、焉得儉*。然*則管仲知禮乎。」曰、「邦君樹塞門、管氏亦樹塞門。邦君爲兩君之好、有反坫*、管氏亦有反坫。管氏而知禮、孰不知禮。」

校訂

武内本

(清家本により儉の下に乎を補う。然の上に曰を補う。)唐石経乎曰の二字なし。玷(テン、かける・きず)、釋文及唐石経坫に作る。此本(清家本)玷に作るは誤。

定州竹簡論語

曰:「管中a之器小[哉!」或]□:「管仲儉乎?」曰:「管氏[有三歸,官]58……樹塞門。國b君為兩君之好,有反坫,管氏59……

  1. 中、今本作「仲」。中借為仲。
  2. 國、今本作「邦」、漢石経作「國」。避高祖劉邦諱、以下同。

→子曰、「管中之器小哉。」或曰、「管中儉乎。」曰、「管氏有三歸、官事不攝、焉得儉。然則管中知禮乎。」曰、「國君樹塞門、管氏亦樹塞門。邦君爲兩君之好、有反坫、管氏亦有反坫。管氏而知禮、孰不知禮。」

復元白文(論語時代での表記)

子 金文曰 金文 官 金文中 金文之 金文器 金文小 金文哉 金文 或 惑 金文曰 金文官 金文中 金文乎 金文 曰 金文官 金文氏 金文有 金文三 金文帰 金文 官 金文使 金文不 金文 得 金文 然 金文則 金文官 金文中 金文智 金文礼 金文乎 金文 曰 金文邦 金文君 金文樹 金文塞 金文門 金文 官 金文氏 金文亦 金文樹 金文塞 金文門 金文 邦 金文君 金文為 金文両 金文君 金文之 金文好 金文 有 金文反 金文 官 金文氏 金文亦 金文有 金文反 金文 官 金文氏 金文於 金文智 金文礼 金文 孰 金文不 金文智 金文礼 金文

※管→官。論語の本章は赤字が論語の時代に存在しない。「之」「器」「或」「乎」「然」「則」「禮」「孰」の用法に疑問がある。本章は前漢帝国の儒者、おそらく董仲舒による捏造である。

書き下し

いはく、管中くわんちううつはちいさきかなるひといはく、管中くわんちうつつしみなるいはく、管氏くわんしりしとき、まつりごとことらず、いづくんぞつつしみなるをむとなす。しからばすなは管中くわんちうれいいはく、國君こくくんててもんふさぐ、菅氏くわんしまたててもんふさぐ。國君こくくん兩君りやうくんよしみすに反坫はんてんり、菅氏くわんしまた反坫はんてんり。菅氏くわんしにしれいらば、たれれいらざらむ。

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

孔子 肖像 管仲
先生が言った。「管仲の能力は小さいな」。ある人が言った。「管仲は慎み深かったのですか。」先生が言った。「管仲が三人の正妻をめとった時、政治を取らなかった。どうして慎み深いと言えようかと考えた。だから管仲は礼法は知っていた。」ある人が言った。「諸侯は門の内側に塀を建てて目隠しにします。管仲もまた塀を建てました。諸侯は固めの盃の際に、盃を返して置く台を設けます。管仲もまた台を設けました。管仲が礼を知るなら、誰が礼を知らないでしょう。」

意訳

孔子「管仲には大した能は無い。」

ある人1 孔子 人形
ある人「無いなりに、慎んだのでしょうか?」

孔子「とんでもない。奥さんを三人も貰い、それにふけって政治を忘れた。だがこれはいかんと思い直した所は、礼法を知ると言っていい。」

ある人「とんでもない。礼法破りの門を建て、礼法破りの応接間を建てたんですよ?」

孔子「…。」

従来訳

下村湖人
先師がいわれた。――
「管仲は人物が小さい。」
するとある人がたずねた。――
「管仲の人物が小さいと仰しゃるのは、つましい人だからでしょうか。」
先師がいわれた。――
「つましい? そんなことはない。管仲は三帰台(さんきだい)というぜいたくな高台を作り、また、家臣を多勢使って、決して兼任をさせなかったぐらいだ。」
「すると、管仲は礼を心得て、それに捉われていたとでもいうのでしょうか。」
「そうでもない。門内に塀を立てて目かくしにするのは諸侯の邸宅のきまりだが、管仲も大夫の身分でそれを立てた。また、酒宴に反坫を用いるのは諸侯同志の親睦の場合だが、管仲もまたそれをつかった。それで礼を心得ているといえるなら、誰でも礼を心得ているだろう。」

下村湖人『現代訳論語』

現代中国での解釈例

孔子說:「管仲真小氣!」有人問:「管仲儉樸嗎?」孔子說:「他家不僅有三個錢庫,而且傭人很多,怎麽儉樸?「那麽管仲知禮嗎?「宮殿門前有屏風,他家門前也有屏風;國宴有酒臺,他家也有酒臺。管仲知禮,誰不知禮?」

中国哲学書電子化計画

孔子が言った。「管仲はまことに気が小さい。」ある人が言った。「管仲は慎む深く素朴でしたか。」孔子が言った。「彼の家にはたった三個の金庫しかなかった。それなのに使用人ははなはだ多かった。どうして慎み深く素朴と言えようか。」「それなら管仲は礼法を知っていたのですか。」「宮殿の門前には目隠し塀を建てる。彼の家にも目隠し塀があった。国家の宴会では盃台を用意する。彼の家にも盃台があった。管仲が礼法を知るなら、誰が知っていただろう。」

※管仲の生きた春秋前期に「銭」は存在しない。

論語:語釈 →項目を読み飛ばす


子曰(シエツ)(し、いわく)

君子 諸君 孔子

論語の本章では”孔子先生が言った”。「子」は貴族や知識人に対する敬称で、論語では多くの場合孔子を指すが、そうでない例外もある。「子」は生まれたばかりの赤ん坊の象形、「曰」は口から息が出て来る事を示す会意文字。「子」も「曰」も、共に初出は甲骨文。辞書的には論語語釈「子」論語語釈「曰」を参照。

この二文字を、「し、のたまわく」と読み下す例があるが、漢語の「曰」に敬語の要素は無い。おじゃる公家の昔から、日本の論語業者が世間から金をむしるためのハッタリと見るべきで、現在の論語読者が従うべき理由はないだろう。詳細は論語と日本儒教史を参照。

管仲(カンチュウ)→管中(カンチュウ)

論語では、かつての斉国の名宰相。?ーBC645。姓は管、名は夷吾、字は仲。中国春秋時代における斉の政治家で、桓公に仕え、覇者に押し上げた。

管 隷書 管 字解
「管」(前漢隷書)

「管」の初出は前漢の隷書。部品の「官」は同音、初出は甲骨文。字形は「竹」+「官」で、原義は『説文解字』の言う、”笛”だと理解するしか法が無い。論語では斉の名宰相管仲の姓氏として用いるが、当時存在しない字であり、どのように書かれていたかは憶測するしかない。おそらく「官」だったろう。詳細は論語語釈「管」を参照。

仲 甲骨文 仲 字解
「仲」(甲骨文)

「仲」の初出は甲骨文。ただし字形は「中」。現行字体の初出は戦国文字。「丨」の上下に吹き流しのある「中」と異なり、多くは吹き流しを欠く。字形は「○」に「丨」で真ん中を貫いたさま。原義は”真ん中”。「漢語多功能字庫」は「甲金文」というおおざっぱな括りで、「仲」=兄弟の真ん中、次男を意味したという。論語語釈「中」も参照。詳細は論語語釈「仲」を参照。

中 甲骨文 中 字解
「中」(甲骨文)

定州竹簡論語の「中」の初出は甲骨文。甲骨文の字形には、上下の吹き流しのみになっているものもある。字形は軍司令部の位置を示す軍旗で、原義は”中央”。甲骨文では原義で、また子の生まれ順「伯仲叔季」の第二番目を意味した。金文でも同様だが、族名や地名人名などの固有名詞にも用いられた。また”終わり”を意味した。詳細は論語語釈「中」を参照。

之(シ)

之 甲骨文 之 字解
(甲骨文)

論語の本章では”…の”。この語義は春秋時代では確認できない。初出は甲骨文。原義は進むこと。”これ”という指示代名詞に用いるのは、音を借りた仮借文字だが、甲骨文から用例がある。「…の」や、直前の動詞を強調する用法は、戦国時代以降にならないと現れない。詳細は論語語釈「之」を参照。

器(キ)

器 金文 器 字解
(金文)

論語の本章では、”人間の器量”。この語義は春秋時代では確認できない。初出は西周早期の金文。新字体は「犬」→「大」と一画少ない「器」。字形は中央に「犬」、周囲に四つの「𠙵」”くち”。犬を犠牲に捧げて大勢で祈るさま。原義は大規模な祭祀に用いる道具。金文で人名に用いられた例がある。詳細は論語語釈「器」を参照。

小(ショウ)

小 甲骨文 小 字解
(甲骨文)

論語の本章では”小さい”。初出は甲骨文。甲骨文の字形から現行と変わらないものがあるが、何を示しているのかは分からない。甲骨文から”小さい”の用例があり、「小食」「小采」で”午後”・”夕方”を意味した。また金文では、用例を詳しく記さないが、謙遜の辞、”若い”や”下級の”を意味した。詳細は論語語釈「小」を参照。

哉(サイ)

𢦏 金文 哉 字解
(金文)

論語の本章では”…だなあ”。詠歎の意を示す。初出は西周末期の金文。ただし字形は「𠙵」”くち”を欠く「𢦏サイ」で、「戈」”カマ状のほこ”+「十」”傷”。”きずつく”・”そこなう”の語釈が『大漢和辞典』にある。現行字体の初出は春秋末期の金文。「𠙵」が加わったことから、おそらく音を借りた仮借として語気を示すのに用いられた。金文では詠歎に、また”給与”の意に用いられた。戦国の竹簡では、”始まる”の意に用いられた。詳細は論語語釈「哉」を参照。

或(コク)

或 甲骨文 或 字解
(甲骨文)

論語の本章では”ある人”。この語義は春秋時代では確認できない。初出は甲骨文。「ワク」は呉音。甲骨文の字形は「戈」”カマ状のほこ”+「𠙵」”くち”だが、甲骨文・金文を通じて、戈にサヤをかぶせた形の字が複数あり、恐らくはほこにサヤをかぶせたさま。原義は不明。甲骨文では地名・国名・人名・氏族名に用いられ、また”ふたたび”・”地域”の意に用いられた。金文・戦国の竹簡でも同様。詳細は論語語釈「或」を参照。

儉(ケン)

倹 秦系戦国文字 倹 字解
(秦系戦国文字)

論語の本章では、”つつしみ深い”。新字体は「倹」。初出は秦の戦国文字で、論語の時代に存在しない。論語の時代の置換候補も無い。字形は「亻」”人”+「僉」(㑒)で、初出が春秋末期の金文である「僉」の字形は、「シュウ」”あつめる”+「兄」二つ。「兄」はさらに「口」+「人」に分解でき、甲骨文では「口」に多くの場合、神に対する俗人、王に対する臣下の意味をもたせている。『魏志倭人伝』で奴隷を「生口」と呼ぶのは、はるか後代の名残。「儉」は全体で、”多数派である俗人、臣下らしい人の態度”であり、つまり”つつしむ”となる。詳細は論語語釈「倹」を参照。

乎(コ)

乎 甲骨文 乎 字解
(甲骨文)

論語の本章では、”…か”。疑問を示す。この語義は春秋時代では確認できない。初出は甲骨文。甲骨文の字形は持ち手を取り付けた呼び鐘の象形で、原義は”呼ぶ”こと。甲骨文では”命じる”・”呼ぶ”を意味し、金文も同様で、「呼」の原字となった。句末の助辞として用いられたのは、戦国時代以降になる。詳細は論語語釈「乎」を参照。

管氏(カンシ)

氏 甲骨文 氏 字解
「氏」(甲骨文)

論語の本章では”管仲と家族や使用人を含めたその一党”。辞書的には論語語釈「氏」を参照。春秋時代では血統を条件にする「姓」に対し、「氏」は山賊のような同業集団でも名乗り得た。論語で文字史的に偽作を疑えない章にも例がある。

門番「どっから来たのかね。」
子路「孔氏からだ。」(論語憲問篇41)

子路は孔子の母・顔徴在の属した顔氏一族の頭領、顔濁鄒の妹を娶っているから、孔子と縁戚ではあるものの、血統のつながりは無い。「孔氏」とは孔子一門、または孔子を頭領とする政党を意味した。孔子が「管仲」と「管氏」をどう使い分けているのかは、下記・付記を参照。

有(ユウ)

有 甲骨文 有 字解
(甲骨文)

論語の本章では”持っている”。初出は甲骨文。ただし字形は「月」を欠く「㞢」または「又」。字形はいずれも”手”の象形。原義は両腕で抱え持つこと。詳細は論語語釈「有」を参照。

三歸(サンキ)

三 金文 帰 金文
(金文)

論語の本章では”三人の正妻”。「歸」の新字体は「帰」。字形は「𠂤」+「帚」で、凱旋軍を迎える王妃のさま。武内本には「三区の邸宅をいう、一説には三百乗の誤という」とある。詳細は論語語釈「三」論語語釈「帰」を参照。

官事(カンシ)

官 甲骨文 事 甲骨文
(甲骨文)

論語の本章では”政務”。従来の論語本では、「官」kwɑn(平)は「館」kwɑn(去)と同音だから意味が通じて”屋敷の業務”と解する。「館」の初出は秦系戦国文字で、それ以前は部品の「官」が”屋敷”を意味した可能性はあるが、ブツとして証拠が出ていない。「官」」の字形は「宀」”屋根”+「𠂤」”軍隊”で、兵舎に待機した軍隊のさま。原義は”役所”。甲骨文では地名に用い、金文では原義、”管理する”、”官職”、戦国の金文では”広い”の意に用いた。「事」を「ジ」と読むのは呉音。詳細は論語語釈「官」論語語釈「事」を参照。

不(フウ)

不 甲骨文 花の構造
(甲骨文)

漢文で最も多用される否定辞。初出は甲骨文。原義は花のがく。否定辞に用いるのは音を借りた派生義。「フ」は呉音、「ブ」は慣用音。詳細は論語語釈「不」を参照。

攝(ショウ)

摂 隷書 摂 字解
(隷書)

論語の本章では(政務を)”執行する”。新字体は「摂」。「セツ」は慣用音。初出は前漢の隷書で、論語の時代に存在しない。論語時代の置換候補もない。同音に「葉」があり、『大漢和辞典』は”おさえる・あつめる”の語釈を載せる。ただし物証として漢代の帛書以前にその語義は確認できない。字形は「扌」+「聶」”とる”で、物事を手に取るさま。原義は”とる”。部品の「聶」の初出は楚系戦国文字。詳細は論語語釈「摂」を参照。

官事不攝(おおやけごととらず)

論語の本章では、”政務をとらない”。

”屋敷の業務を兼任させない”と従来の論語本では解する。武内本には「官ごとに専任の役人をおくなり」とある。しかし「摂」は”とる・従事する”が原義で、”兼ねる”の語義は戦国時代以前には確認できない。『大漢和字典』は「夾に通ず」とあるが、なぜ通じるのか根拠を書いていない。

『学研漢和大字典』の”あわせて手に持つ”から、従来訳のような”兼ねる”意が出たのだろうし、『大漢和辞典』では論語の本章などと共に、『春秋左氏伝』昭公十三年の記事、「羊舌鮒攝司馬」を載せるが、春秋左氏伝の現存する最古の版本は唐代の「開成石経」であり(→京大蔵写本)、かならずしも春秋時代の文字列を伝えているわけではない。

焉(エン)

焉 金文 焉 字解
(金文)

論語の本章では「いずくんぞ」と読んで、”なぜ”を意味する疑問のことば。初出は戦国早期の金文で、論語の時代に存在せず、論語時代の置換候補もない。漢学教授の諸説、「安」などに通じて疑問辞と解するが、いずれも春秋時代以前に存在しないか、疑問辞としての用例が確認できない。ただし春秋時代までの中国文語は、疑問辞無しで平叙文がそのまま疑問文になりうる。

字形は「鳥」+「也」”口から語気の漏れ出るさま”で、「鳥」は装飾で語義に関係が無く、「也」は戦国時代以降では、疑問・反語・断定を意味した。詳細は論語語釈「焉」を参照。

得(トク)

得 甲骨文 得 字解
(甲骨文)

論語の本章では”…でありうる”。初出は甲骨文。甲骨文に、すでに「彳」が加わった字形がある。字形は「貝」”タカラガイ”+「又」”手”で、原義は宝物を得ること。詳細は論語語釈「得」を参照。

然(ゼン)

然 金文 然 字解
(金文)

論語の本章では”それなら”。この語義は春秋時代では確認できない。初出は春秋早期の金文。「ネン」は呉音。初出の字形は「黄」+「火」+「隹」で、黄色い炎でヤキトリを焼くさま。現伝の字形は「月」”にく”+「犬」+「灬」”ほのお”で、犬肉を焼くさま。原義は”焼く”。”…であるさま”の語義は戦国末期まで時代が下る。詳細は論語語釈「然」を参照。

則(ソク)

則 甲骨文 則 字解
(甲骨文)

論語の本章では、「A則B」で”AはBである”。この語義は春秋時代では確認できない。初出は甲骨文。字形は「テイ」”三本脚の青銅器”と「人」の組み合わせで、大きな青銅器の銘文に人が恐れ入るさま。原義は”法律”。従って論語の時代=金文の時代では、”法”・”のっとる”・”刻む”の意しかなく、そう解釈出来ない接続詞の用法は、戦国時代の竹簡まで時代が下る。詳細は論語語釈「則」を参照。

知(チ)

知 智 甲骨文 知 字解
(甲骨文)

論語の本章では”知る”。現行書体の初出は秦系戦国文字。孔子在世当時の金文では「智」と区別せず書かれた。甲骨文で「知」・「智」に比定されている字形には複数の種類があり、原義は明瞭でない。ただし春秋時代までには、すでに”知る”を意味した。”知者”・”管掌する”の用例は、戦国時時代から。詳細は論語語釈「知」を参照。

禮(レイ)

礼 甲骨文 礼 字解
(甲骨文)

論語の本章では”身分秩序”。この語義は春秋時代では確認できない。新字体は「礼」。しめすへんのある現行字体の初出は秦系戦国文字。無い「豊」の字の初出は甲骨文。両者は同音。現行字形は「示」+「豊」で、「示」は先祖の霊を示す位牌。「豊」はたかつきに豊かに供え物を盛ったさま。具体的には「豆」”たかつき”+「牛」+「丰」”穀物”二つで、つまり牛丼大盛りである。詳細は論語語釈「礼」を参照。

邦(ホウ)→國(コク)

邦 甲骨文 邦 金文
(甲骨文・金文)

論語の本章では、建前上周王を奉じる”春秋諸侯国”。初出は甲骨文。甲骨文の字形は「田」+「丰」”樹木”で、農地の境目に木を植えた境界を示す。金文の形は「丰」+「囗」”城郭”+「人」で、境を明らかにした城郭都市国家のこと。詳細は論語語釈「邦」を参照。

戈 漢高祖劉邦
同じ「くに」でも、「國/国」は「囗」+「戈」(カマ状のほこ。春秋戦国時代の主力兵器)の組み合わせで、武装した都市国家を言う。詳細は論語語釈「国」を参照。

現伝の論語が編まれたのは前後の漢帝国だが、「邦」の字は開祖の高祖劉邦のいみ名(本名)だったため、一切の使用がはばかられた。つまり事実上禁止され、このように歴代皇帝のいみ名を使わないのを避諱ヒキという。王朝交替が起こると通常はチャラになるが、定州竹簡論語では秦の始皇帝のいみ名、「政」も避諱されて「正」と記されている。

君(クン)

君 甲骨文 君主
(甲骨文)

論語の本章では”君主”。初出は甲骨文。甲骨文の字形は「コン」”通路”+「又」”手”+「口」で、人間の言うことを天界と取り持つ聖職者。詳細は論語語釈「君」を参照。

樹(シュ)

樹 甲骨文 樹 字解
(甲骨文)

論語の本章では”築造する”。論語では本章だけに登場。初出は甲骨文。「ジュ」は呉音。甲骨文の字形にも金文同様「豆」”たかつき”を添えたものがある。字形は「又」”手”+「木」で、木を植えるさま。原義は”植える”。たかつき=お供えを伴った字は、何らかの宗教的威儀のある植樹を指すと考えるべき。詳細は論語語釈「樹」を参照。

塞(ソク/サイ)

塞 甲骨文 塞 字解
(甲骨文)

論語の本章では”閉じる”→”目隠しする”。論語では本章だけに登場。初出は甲骨文。「ソク」の音で”ふさぐ”を意味し、「サイ」の音で”とりで”を意味する。字形は「宀」”屋根”+「工」”工具”二つ+「廾」”両手”で、両手で建物にかんぬきを掛けるさま。原義は”閉じる”。甲骨文での語義は不明。金文では「息」として国名に、戦国や漢代の竹簡・帛書では原義に用いた。詳細は論語語釈「塞」を参照。

伝統的な中国家屋・四合院。via https://ja.pngtree.com/

門(ボン)

門 甲骨文 門 字解
(甲骨文)

論語の本章では”屋敷の門”。初出は甲骨文。「モン」は呉音。字形はもんを描いた象形。甲骨文では原義で、金文では加えて”門を破る”(庚壺・春秋末期)、戦国の竹簡では地名に用いた。詳細は論語語釈「門」を参照。

亦(エキ)

亦 甲骨文 学而 亦 エキ
(甲骨文)

論語の本章では”…もまた”。初出は甲骨文。原義は”人間の両脇”。論語では主に”おおいに”の語義で用いられるが、甲骨文の頃より”…もまた”の語義を持った。本章の場合、「亦」は「又」に通じたもので、このように時代が下るにつれ、多くの漢字が多義語化していった。詳細は論語語釈「亦」を参照。

爲(イ)

為 甲骨文 為 字解
(甲骨文)

論語の本章では”する”。新字体は「為」。初出は甲骨文。原義は象を調教するさま。甲骨文の段階で、”する”や人名を、金文の段階で”作る”を意味した。それ以外の語義は戦国時代以降の後起。詳細は論語語釈「為」を参照。

兩(リョウ)

両金文 両 字解
(金文)

論語の本章では”二人の”。新字体は「両」。初出は西周早期の金文。字形は車を牽く家畜のくびきの象形で、原義は不明。金文では”二つ”、量の単位に用いた。詳細は論語語釈「両」を参照。

好(コウ)

好 甲骨文 好 字解
(甲骨文)

論語の本章では”親睦”。初出は甲骨文。字形は「子」+「母」で、原義は母親が子供を可愛がるさま。春秋時代以前に、すでに”よい”・”好む”・”先祖への奉仕”の語義があった。詳細は論語語釈「好」を参照。

反坫(ハンテン)

反 甲骨文 坫 隷書
「反」(甲骨文)/「坫」(隷書)

論語の本章では、飲み終えた盃を反して置く土製の台。爵坫。坫は論語では本章のみに登場。

「反」は”ひっくり返す”で、初出は甲骨文。字形は「厂」”がけ”+「又」”手”で、崖をよじ登るさま。金文から音を借りて”かえす”の意に用いた。その他”背く”、”青銅の板”の意に用いた。詳細は論語語釈「反」を参照。

「坫」の初出は前漢の隷書。論語の時代に存在しない。論語時代の置換候補もない。詳細は論語語釈「坫」を参照。

『大漢和辞典』

孰(シュク)

孰 甲骨文 孰 字解
(甲骨文)

論語の本章では”誰が”。この語義は春秋時代では確認できない。初出は甲骨文。「ジュク」は呉音。甲骨文の字形は「キョウ」”たかどの”+「ケキ」”ささげる”で、臣下が礼拝するさま。原義はおそらく”拝む”。甲骨文では「塾」”宮門の番屋”の意に、金文では「熟」”煮る”、”誉める”の意に用いられた。詳細は論語語釈「孰」を参照。

論語:解説・付記

董仲舒
論語の本章、「管仲之器小哉」は、春秋戦国の誰一人引用せず、再出は董仲舒の「春秋繁露」精華篇の4になる。論語の時代に存在しない文字、漢字の用法を合わせ考えると、いわゆる儒教の国教化を進めた董仲舒一派が、論語の本章を偽作したと考えるのが筋が通る。

また従来訳のように、従来の論語本は、本章の切り分けを間違っている。「曰く」でそれぞれの発言を切るべきだろう。『論語集解』を参照すると、この間違いは古注からで、新注の朱子も疑問を抱かなかったようだ。

従来の論語本

  1. 子曰、「管仲の器は小さき哉。」
  2. 或曰、「管仲、倹なるか。」
  3. (子)曰、「管氏に三帰あり、官の事は摂(か)ねさせず、焉(いずく)んぞ倹なるを得ん。」
  4. (或曰、)「然らば則ち、管仲は礼を知るか。」
  5. (子)曰、「邦君は樹(た)てて門を塞(ふさ)ぐ、管氏もまた樹てて門を塞ぐ。邦君、両君の好(よし)みを為すに、反坫あり。管氏もまた反坫あり。管氏にして礼を知らば、孰ぞ礼を知らざらん。」

3と4を勝手に切り、4の頭に「或曰」を補い、5を孔子の言とする。だから3の「官事不攝」を、”屋敷の業務を分担させない”という、でっち上げたような妙な訳をする。しかし摂政というように、官事を摂(と)ると言えば政治を行うことで、管仲は斉の名宰相だった。

冒頭で孔子が「管仲は器が小さい」と言っている事から、管仲に対して否定的な言葉は全て孔子の言としたのだろう。加えて、門の塞ぎや反坫といったウンチクは、知識に優れた孔子が言ったに違いないとの思い込みがある。儒者がいかに当てにならないか、おわかりだろうか。

訳者による切り分け

  1. 子曰、「管仲の器は小さき哉。」
  2. 或曰、「管仲、倹なるか。」
  3. (子)曰、「管氏に三帰あり、官の事を摂(と)らず。焉(いずく)んぞ倹なるを得んとす。然らば則ち、管仲は礼を知るか。」
  4. (或)曰、「邦君は樹(た)てて門を塞(ふさ)ぐ、管氏もまた樹てて門を塞ぐ。邦君、両君の好(よし)みを為すに、反坫あり。管氏もまた反坫あり。管氏にして礼を知らば、孰ぞ礼を知らざらん。」

論語における、孔子による管仲の評価は一定しており、論語最上の徳とされる「仁」=貴族らしさを身につけていると評価する(論語憲問篇17)。器が小さいのは大した問題ではなく、贅沢してはっと我に返った=礼を知るのだから、当然仁を身につけていることになる。

論語に言う仁-礼-知の関係は、まず孔子が想定した「貴族らしさ」が仁であり、仁の定義が礼であり(論語顔淵篇1)、礼を知ることが知だった。管仲は孔子のメガネにかなう、立派なサムライだったのだ。

なお露悪的に考えると、「管仲は奥さん三人ごときで政治を忘れた。器の小さいお人だ」と孔子が言ったとも考えられる。衛国の霊公夫人、南子の誘惑をはねのけて見せた孔子は(論語雍也篇28)、自分の性●制御に自信があったのだろう。朱子のごとき助平の及ぶ所ではない。

さて、ここで以上をあるいはブチ壊す話をせねばならない。日本の清家本と中国の唐石経を校訂した武内本によると、清家本では論語の本章はこうなっていたという。太字が上掲原文と違う箇所。

子曰、管仲之器小哉。或曰、管仲儉乎。曰、管氏有三歸、官事不攝、焉得儉、然則管仲知禮乎。曰、邦君樹塞門、管氏亦樹塞門。邦君爲兩君之好、有反、管氏亦有反。管氏而知禮、孰不知禮。

太字のうち玷は坫の誤りと武内本も指摘するが、新たに加わった「乎・曰」は、清家本が正しいとすると、「どうして管仲が慎ましいと言えよう」と「では管仲は礼を知っているか」の間で話者が孔子から「ある人」へ移ったことになる。そうすると従来訳が正しいことになる。

この異同はおそらく清家本を引いたであろう、大坂・懐徳堂の『論語義』でも同じであり、皇侃の疏(注の注)も「又或人問也」とあって、「乎・曰」があろうとなかろうと、日中で話者が入れ替わったと解釈していることになる。ただし皇侃の疏には根拠が記されない。

皇侃以前の注釈として、『論語義疏』には「苞氏曰、或人以儉問、故荅以安得儉、或人聞不儉、更謂為得知禮也」とあり、後漢の時代にはやはり話者が入れ替わったと解釈されていたことを示す。ただし後漢の儒者はごますりがひどく、あまり信用できないように訳者は思う。

どちらが正しいか、それは武内本でさえ言明を避けており、訳者ごときの及ぶ所ではない。清家本が唐石経より古いとは必ずしも言えず、古いから正しいとは言えないからだ。ただ、さすがの孔子先生も反論されて口ごもることもあったのかと、微笑ましく思いたい。

なお論語の本章についてはもう一つ、捨てきれない別の解釈がある。「管氏有三歸、官事不攝、焉得儉。」の「焉」が、句頭ではなく句末の助辞だったとするとどうなるか?

管氏有三歸、官事不攝焉、得儉。然則管仲知禮乎。
管氏三たりつま有るに、おおやけごとらざりぬるもて、しまりを得たり。然らば則ち管仲礼を知る
管氏が妻を三人めとった時、政務を放り出したことで、やっと家政を取り締る余裕が出来た。となると管仲は、(取り締まりの原則である)礼だけは知っていたんだろうか。

倹 篆書
「倹」(篆書)

「焉」は句末では完了・断定を意味する。「倹」は金銭を節約することである事と同時に、原義は大勢の人やものを取り締まること、と『学研漢和大字典』はいう。この解釈が正しいとすると、論語の本章全体を再解釈する必要がある。

孔子:管仲には大した能が無いなあ。
或る人:でも家政をビシッと取り締まってはいたんでしょう?
孔子:それでもおとことして小さい小さい。めかけにしておけばいいものを、管一族の繁栄に焦って、三人も正妻をめとった挙げ句、とても面倒が見きれず、政務を放り出して、やっとのことで家政を治める余裕を作った。まあそれでも、家政取り締まりの原則としての礼は、一応知っていたことにはなるがな。
或る人:でも礼法破りの門を建て、分不相応の応接間をしつらえました。管仲程度の知識で礼を知っているなんて言ったら、世間の誰もが知っている事になってしまいますよ。
孔子:ホホホ。それはそうじゃなあ。

訳者は存外、これが正解なのではないかと思っている。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だし、訳者に連絡のお気遣いも不要だが(ただしネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。

言い訳無用。訳者が「やった」と思えば全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。空港の刃物検査通過は、やったことがあるが存外簡単だ。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。もし長生きしたいなら、悪いことはせぬものだ。朴ったら○すぞ。それでもやるなら、覚悟致せ。



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