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論語詳解498B堯曰篇第二十(6)何をか恵みて’

論語堯曰篇(6)要約:前回の続き。民と利益を共有するなら、施しても財政が傷まない。するべき努めに励めば、誰を怨むことも無い。まことに立派な君子らしい行いをしたのだから、それで満足ではないか。ただし今回も史実性に疑問が。

論語:原文・白文・書き下し

原文・白文

(前回より続く)
子張曰、「何謂惠而不費。」子曰、「因民之所利而利之、斯不亦惠而不費乎。擇*可勞而勞之、又誰怨。欲仁而得仁、又焉貪。君子無衆寡、無小大、無敢慢、斯不亦泰而不驕乎。君子正其衣冠、尊其瞻視、儼然人望而畏之、斯不亦威而不猛乎。」
(次回へ続く)

校訂

諸本

  • 武内本:清家本により、擇の下に其の字を補う。

後漢熹平石経

子󱩾白何謂惠而不費子白󱩾民之…󱩾󱩾󱩾󱩾󱩾󱩾󱩾󱩾仁而…亦泰而…尊其瞻視儼󱩾󱩾󱩾而畏之斯不亦威而不猛乎

  • 「不」字:〔一八个〕。
  • 「其」字:上半分中心に〔丨〕一画あり。

定州竹簡論語

……[曰:「何謂惠]而不費?」子曰:「因民之所利而利之,不a亦606而不費乎?擇b可勞而勞之,有c誰怨?欲仁而得仁,607……[貪?君子無衆寡,無]小大,毋d敢漫,斯不亦泰而不[驕]乎?608子正其衣冠,尊其瞻視,嚴e然人望而畏之,不f亦609……不猛乎?」子張曰:「何胃四惡?」子曰:「不教而殺胃之[虐];610

  1. 今本”不”字前有”斯”字。
  2. 皇本”擇”字下有”其”字。
  3. 有、今本作”又”。古文字同。
  4. 毋、今本作”無”。
  5. 嚴、今本作”儼”字。嚴借為儼。
  6. 今本”不”上有”斯”字。

→子張曰、「何謂惠而不費。」子曰、「因民之所利而利之、不亦惠而不費乎。擇可勞而勞之、有誰怨。欲仁而得仁、又焉貪。君子無衆寡、無小大、毋敢慢、斯不亦泰而不驕乎。君子正其衣冠、尊其瞻視、嚴然人望而畏之、不亦威而不猛乎。」

復元白文(論語時代での表記)

子 金文張 金文大篆曰 金文 何 金文謂 金文恵 惠 金文而 金文不 金文弗 金文 子 金文曰 金文 因 金文民 金文之 金文所 金文利 金文而 金文利 金文之 金文 不 金文亦 金文恵 惠 金文而 金文不 金文弗 金文乎 金文 擇 金文可 金文労 金文而 金文労 金文之 金文 有 金文誰 金文夗 怨 金文 谷仁 甲骨文而 金文得 金文仁 甲骨文 又 金文安 焉 金文貪 甲骨文 君 金文子 金文無 金文衆 金文寡 金文 無 金文小 金文大 金文 母 金文敢 金文曼 金文 斯 金文不 金文亦 金文大 金文而 金文不 金文喬 金文乎 金文 君 金文子 金文正 金文其 金文衣 金文冠 甲骨文 尊 金文其 金文占 甲骨文視 金文 厳 金文然 金文人 金文望 金文而 金文畏 金文之 金文 斯 金文不 金文亦 金文威 金文而 金文不 金文孟 金文乎 金文

※張→(金文大篆)・費→弗・怨→夗・欲→谷・仁→(甲骨文)・焉→安・貪→(甲骨文)・慢→曼・泰→大・驕→喬・冠→(甲骨文)・瞻→占(甲骨文)・猛→孟。論語の本章は、「之」「正」の用法に疑問がある。意味内容にも疑問がある。

書き下し

子張しちやういはく、なにをかめぐつひやさふ。いはく、たみまうけとするところこれまうけとす、おほいめぐつひやさるにあらつときをえらこれつとむ、たれうららん。よきひともとよきひとまたいづくんぞむさぼらむ。君子もののふおほすくなく、ちひさしおほく、あへあなどなかれ。おほいゆたかにしおごるにあらや。君子もののふ衣冠いくわんただし、瞻視めつきたかくし、嚴然いかめしとしてひとのぞこれおそる、またおそれありたけからざるにあらずや。

論語:現代日本語訳

逐語訳

子張が言った。「何を”恵んでもすり減らない”というのですか。」先生が言った。「民が利益だと思うことを利益だと見なす。まさに恵んでもすり減らないことではないだろうか。努力すべき事に精を出す。誰が怨むことがあるだろうか。貴族らしさを望んでそれを獲得する。これ以上どうして望むだろうか。君子には多い少ない、大きい小さいの区別が無い。自分から油断してはならない。これこそ余裕があって威張らないことではないだろうか。君子は身なりを整え、目つきを高く上げる。厳かな様を人々が遠目に見て、威厳を感じる。これこそ威厳はあっても猛々しくないことではないだろうか。」

意訳

子張「恵んでもすり減らないとは、どういうことでしょう。」
孔子「民に恵んでやるとは、つまり民が儲かったことだ。すなわち自分の利益でもあるから、すり減らない。」

子張「では恨まず、貪らず、驕らずというのは。」
孔子「やるべき事に精を出すなら、やったことに満足し、誰も文句は言わんだろうよ。自分が貴族らしいと実感できたら、それ以上もの欲しがる事も無い。そもそも貴族とは、チマチマした多少や大小の差別が無い。だから決して自堕落になるな。だから余裕があるが威張りもしない、ということになる。」

子張「威厳があっても凶暴ではない、とは。」
孔子「君子が身なりを整え、目つきを清げに保つなら、人は遠目に見て侵し難い威厳を感じるが、乱暴者だとは思うまい。」

従来訳

下村湖人

子張がその説明を求めた。先師はこたえられた。――
「人民自ら利とするところによって人民を利する、いいかえると安んじて生業にいそしませる、それが何よりの恩恵で、それには徒らに財物を恵むような失費を必要としないであろう。正当な労役や人民が喜ぶような労役をえらんで課するならば、誰を人民が怨みよう。欲することが仁であり、得ることが仁であるならば、貪るということにはならないではないか。君子は相手の数の多少にかかわらず、また事の大小にかかわらず、慢心をおこさないで慎重に任務に当る。これが泰然として驕慢でないということではないか。君子は服装を正しくし、容姿を厳粛にするので、自然に人に畏敬される。これが威厳があって猛々しくないということではないか。」

下村湖人先生『現代訳論語』

現代中国での解釈例

子張說:「怎樣才能給群衆實惠而不浪費財政?」孔子說:「做有益於人民的事,給人民以實惠,不就是給群衆實惠而不浪費財政嗎?制定利國利民的計劃讓群衆去建設,誰會怨恨?經濟繁榮的目標得到實現,還有什麽可貪圖?君子不管人口多少、不管年齡小大、都尊重他們,不就是平易近人而不驕傲自大嗎?君子衣冠整齊,註重儀表,莊重嚴肅,人人見了都很敬畏,不就是威武嚴肅而不凶猛可怕?」

中国哲学書電子化計画

子張が言った。「どうすればやっと群衆に恵んで財政を浪費しないと言えますか。」孔子が言った。「人民に利益のあることを行い、人民に実際の利益を与えてやれば、事実人民が利益を得て、財政を浪費しないことにならないか?国や民に利益のある計画を立てて群衆に実行させれば、誰が怨んだりするだろうか?経済繁栄の目標が実現できたら、それなのにどうして独り占めしようとする(民が出る)だろうか?君子が人口の多少や、年齢の大小にかかわらず、だれでも尊重するなら、人が慕い寄ってきてしかも自分が思い上がらない事にならないか?君子が装束を整えて、謹直に威儀を示し、荘重に厳めしくすれば、人々はそれを見てみな大層敬い畏れる、厳めしいが凶暴で恐ろしくはない事にならないか?」

論語:語釈

子張

子張

論語では孔子の若き弟子で、何事もやり過ぎと評された、セン孫師子張のこと。あざ名の「張」の字は論語の時代に存在しないが、固有名詞のため同音近音のいかなる漢字も置換候補となる。辞書的には論語語釈「張」を参照。

論語の本章では”ついやす”。春秋時代では「弗」と書き分けられていない。『学研漢和大字典』によると弗(フツ)は「豆のつる+ハ印(ふたつにわける)」の会意文字で、まとまった物を左と右にはらいわけること。拂(=払。はらう)の原字。費は「貝(財貨)+(音符)弗(フツ)」の会意兼形声文字で、財貨を支払って、ばらばらに分散させてしまうこと、という。詳細は論語語釈「費」を参照。

論語の本章では”…に従って”。初出は甲骨文。『学研漢和大字典』によると、「囗(ふとん)+∧印(乗せた物)、または大(ひと)」の会意文字で、ふとんを下に敷いて、その上に大の字に乗ることを示す。下地をふまえて、その上に乗ること。茵(イン)(しとね)の原字、という。詳細は論語語釈「因」を参照。

之(シ)

之 甲骨文 之 字解
(甲骨文)

論語の本章では”…の”・”これ”。初出は甲骨文。字形は”足”+「一」”地面”で、あしを止めたところ。原義はつま先でつ突くような、”まさにこれ”。殷代末期から”ゆく”の語義を持った可能性があり、春秋末期までに”~の”の語義を獲得した。詳細は論語語釈「之」を参照。

民(ビン)

民 甲骨文 論語 唐太宗李世民
(甲骨文)

論語の本章では”たみ”。初出は甲骨文。「ミン」は呉音(遣隋使より前に日本に伝わった音)。字形は〔目〕+〔十〕”針”で、視力を奪うさま。甲骨文では”奴隷”を意味し、金文以降になって”たみ”の意となった。唐の太宗李世民のいみ名であることから、避諱ヒキして「人」などに書き換えられることがある。唐開成石経の論語では、「叚」字のへんで記すことで避諱している。詳細は論語語釈「民」を参照。

因民~不費乎

利 金文
「利」(金文)

論語のこの部分では、”民が利益だと思う基準に従って、それを利益だと考える”。古来、民衆の利益になるようなことを利益だと考える事、とされ、為政者=君子は民に恵んでも、それは民の利益になるのだから、それで得したと思いなさい、と解釈される。

史実の孔子が、そう言った可能性はある。だが後世の儒者にとっては意味が違う。

これほど史実とかけ離れた、開き直ったウソ偽りも珍しい。中国史上九分九厘九毛九十九糸の儒者=役人は、徴税・公共事業のごまかしとワイロで儲けたいから苦労して役人になったのであり、社会的にそういうものだと暗黙的に理解された利権が、役人の職というものだった。

従ってこの部分の解釈は、阿弥陀経の金銀キラキラと同列のおとぎ話でなければ、カラスを白いと思えという、儒者=役人が世間に押し付けた無理難題。いかなる暴政を行おうとも、それを暴政と言う口を閉ざす、儒者に都合のよい社会的保安装置と言っていい。

又舍利弗 極樂國土 有七寶池 八功德水 充滿其中 池底純以 金沙布地 四邊階道 金銀瑠璃 玻瓈合成 上有樓閣 亦以金銀瑠璃 玻瓈硨磲 赤珠碼碯 而嚴飾之
(仏は説かれた。)またサーリプッタよ、極楽の国土には金銀宝玉七つの宝に満ちた池がある。そこには八つの有り難い効能のある水がなみなみとたたえられ、池の底は混じりけの無い砂金が敷かれている。池から上がる四方の階段は、金銀宝玉が組み合わさって出来ており、その上には大きな建物がある。それを各種取りそろえた金銀宝玉が飾っている。(『仏説阿弥陀経』)

ただしこの装置は一時凌ぎで、だからこそ王朝が崩壊すると、旧支配層は飢えた流民の群れに襲われて、皆殺しになったわけ。流民の大親分が皇帝になる頃合いには、大量殺人によって土地=生産力に対する人口は激減しているからバランスが戻り、めでたく新しい王朝が成立。
械闘

すぐさま役人がたかってせっせとワイロと税の着服に精を出し、おおむね百年以上をかけて社会的格差を増大させる。そこへ飢饉や異民族の侵入といったきっかけがあり、その復旧に耐えられないまで王朝の機能が不全だと、また飢えた流民が出て…という繰り返し。

救いが無い。ケースで蟻の巣を飼ったことのある方には、理解して頂けるかも知れない。

夗 怨 字解

論語の本章では”うらみ”。この文字の初出は戦国文字で、論語の時代に存在しないが、同音の夗を用いて夗心と二文字で書かれた可能性がある。『学研漢和大字典』によると、上部の字(音エン)は、人が二人からだを曲げて小さくまるくかがんださま。怨はそれを音符とし、心を加えた会意兼形声文字で、心が押し曲げられてかがんだ感じ。いじめられて発散できない残念な気持ちのこと、という。詳細は論語語釈「怨」を参照。

擇可~誰怨

可 金文
「可」(金文)

論語の本章では、”手を付けて当然の仕事にいそしむなら、この上誰が怨み事を言うだろうか”。「可」の原義はかすれた声をやっと出すさまで、第一義に”できる”の意味だが、日本古語の「べし」と同様、当然や勧誘、適当の意味がある。

皆曰、紂可伐矣(皆曰く、紂伐つ可しと)
皆が言った。紂王を討伐して当然だ、と。(『十八史略』)

これを四角四面に”できる”の意だと捉えて、”民が負担できる﹅﹅﹅限度内で動員して労役につかせるなら、どうして怨まれるだろうか”と受け身に解釈する例があり、藤堂本でさえこの解釈を取るが、原文に受け身を示す記号は無い。

論語の本章では”求める”。初出は戦国文字。同音は存在しないが、金文では「谷」を「欲」として用いると『字通』が言う。『学研漢和大字典』によると谷は「ハ型に流れ出る形+口(あな)」の会意文字で、穴があいた意を含む。欲は「欠(からだをかがめたさま)+(音符)谷」の会意兼形声文字で、心中に空虚な穴があり、腹がへってからだがかがむことを示す。空虚な不満があり、それをうめたい気持ちのこと、という。詳細は論語語釈「欲」を参照。

仁(ジン)

仁 甲骨文 貴族
(甲骨文)

論語の本章では、”貴族(らしさ)”。初出は甲骨文。字形は「亻」”ひと”+「二」”敷物”で、原義は敷物に座った”貴人”。詳細は論語語釈「仁」を参照。

通説的な解釈、”なさけ・あわれみ”などの道徳的意味は、孔子没後一世紀後に現れた孟子による、「仁義」の語義であり、孔子や高弟の口から出た「仁」の語義ではない。字形や音から推定できる春秋時代の語義は、敷物に端座した”よき人”であり、”貴族”を意味する。詳細は論語における「仁」を参照。

「仁」は辞書によって語義が違い、明瞭でないのは、孟子が諸侯に売り出すためのキャッチコピーで、相手次第で語義をコロコロ変えたからである。

焉 字解

論語の本章では”どうして”。初出は戦国時代末期の金文。論語の時代に存在しない。原義はその名を持つ黄色い鳥で、その羽根を占いに使ったと『字通』はいう。また「安」に音が近かったので「いずれ・いずこ」の語義を獲得したと『学研漢和大字典』は言う。従って論語時代の置換候補は「安」。詳細は論語語釈「焉」を参照。

貪 甲骨文
「貪」(甲骨文)

論語の本章では”むさぼる”。甲骨文より存在するが、金文は未発掘。『学研漢和大字典』によると、今は「△印(ふた)+━印」の会意文字で、物を封じこめるさまを示す。貪は「貝+今」の会意文字で、財貨を奥深くためこむことをあらわす、という。詳細は論語語釈「貪」を参照。

欲仁~焉貪

論語の本章では”仁=思いやりを望んでそれを実現させたなら、この上なぜ欲を張るだろうか”。本章は後世の創作なので、「仁」の語義は孟子以降の「仁義」と同じ、情けや思いやり。

「得仁」は、”自分が情けと利益にありついた”とも、”他人に情けと利益を与えた”とも解釈出来るが、本章を捏造した漢代の儒者は、ここで大偽善大会を開いているのである。

だから”与えるだけ与えて満足する”と解釈してあげないと、誤読になって気の毒だ。

曼 金文
「曼」(金文)

論語の本章では”思い上がる”。初出は後漢の『説文解字』で、論語の時代に存在しない。同音同調の「嫚」の初出は春秋早期の金文で、「慢」と語義を共有し、論語時代の置換候補になる。また金文の段階では、部品の「曼」と書き分けられていない。

『学研漢和大字典』によると、曼(マン)とは、目をおおい隠すさま。長々とかぶさって広がる意を含む。慢は「心+(音符)曼」の会意兼形声文字で、ずるずるとだらけて伸びる心のこと、という。詳細は論語語釈「慢」を参照。

『学研漢和大字典』によると、「曼」は「冃(おおい)+目+又(て)」の会意文字で、ながいたれ幕を目の上にかぶせてたらすことを示し、幔(マン)(ながいたれ幕)・漫(水がながながと広がる)・蔓(マン)(草がずるずるとながく広がる)・綿(ながい繊維)などと同系、という。

眾(シュウ)

衆 甲骨文 衆 字解
(甲骨文)

論語の本章では”多い”。「眾」「衆」は異体字。初出は甲骨文。字形は「囗」”都市国家”、または「日」+「人」三つ。都市国家や太陽神を祭る神殿に隷属した人々を意味する。論語の時代では、”人々一般”・”多くの”を意味した可能性がある。詳細は論語語釈「衆」を参照。

君子~敢慢

論語の本章では、”君子には多少・大小の区別や、わざと油断するような事が無い”。人を差別しないし、いい加減に取り扱うことも無い、ということ。論語語釈「君子」も参照。

論語の本章では”おおらか”。初出は定州竹簡論語で、論語の時代に存在しない。近音に「大」があり、大きい・太いの意を持つ場合にのみ、論語時代の置換候補となりうる。『学研漢和大字典』によると、「水+両手+(音符)大」の会意兼形声文字で、両手でたっぷりと水を流すさまを示す、という。詳細は論語語釈「泰」を参照。

論語の本章では”思い上がる”。初出は戦国末期の金文。論語の時代に存在しない。部品で同訓に「喬」があり、初出は春秋末期。論語時代の置換候補となる。『学研漢和大字典』によると、「馬+(音符)喬(キョウ)(高くのびて先が曲がる)」の会意兼形声文字で、背の高い馬。また、高く上に出て、他を見さげること、という。詳細は論語語釈「驕」を参照。

正(セイ)

正 甲骨文 正 字解
(甲骨文)

論語の本章では”正す”。初出は甲骨文。字形は「囗」”城塞都市”+そこへ向かう「足」で、原義は”遠征”。論語の時代までに、地名・祭礼名、”征伐”・”年始”のほか、”正す”、”長官”、”審査”の意に用い、また「政」の字が派生した。詳細は論語語釈「正」を参照。

『定州竹簡論語』論語為政篇1の注釈は「正は政を代用できる。古くは政を正と書いた例が多い」と言う。その理由は漢帝国が、秦帝国の正統な後継者であることを主張するため、始皇帝のいみ名「政」を避けたから。結果『史記』では項羽を中華皇帝の一人に数え、本紀に伝記を記した。

論語の本章では”かんむり”。初出は甲骨文だが、金文は未発掘。『学研漢和大字典』によると、「冖(かぶる)+寸(手)+(音符)元」の会意兼形声文字で、頭の周りをまるくとり囲むかんむりのこと。まるいかんむりを手でかぶることを示す、という。詳細は論語語釈「冠」を参照。

瞻(セン)

論語の本章では”上目に見る”。初出は戦国文字で、論語の時代に存在しないが、同音の「占」に”見る”の語釈があり、甲骨文より存在する。ただし金文は未発掘。「瞻視」は”見上げてみること”、またその目つき。

『学研漢和大字典』によると、「目+(音符)詹(セン)(もちあげる)」の会意兼形声文字で、目をもちあげてみること、という。詳細は論語語釈「瞻」を参照。

尊其瞻視

尊 金文 瞻 古文
「尊」(金文)・「瞻」(古文)

論語の本章では、”目つきを立派にする”。

何尊

「何尊」西周時代/陝西省宝鶏市出土

「尊」はここでは”尊んで上品にする”の意だが、孔子在世当時は原義である酒器の一種(尊=樽)を意味し、”尊ぶ”などの意が生まれるのは、戦国時代以降まで時代が下り、本章が後世の創作である可能性を示している。

なお上掲の金文は、孔子とほぼ同時期の書体だが、こざとへん(=神が降りてくるはしご段)が付いていることから分かるように、明確に祭祀に用いられた酒器の一種である。

西周~春秋時代:
白牡騂剛、犧將將。(白きおうしあかおうしいけにえにしてさかだる將將うるわし)
白い牡牛と赤い牡牛、捧げた犠牲と供えた酒樽﹅﹅が美しい。(『詩経』魯頌・宮)
戦国時代末:
故所謂生者,全生之謂。(故に所謂いわゆる生を尊ぶと、生を全うするを之れ謂う。)
だから生命を尊ぶ﹅﹅というのは、生命を無事に終えることを言うのだ。(『呂氏春秋』仲春紀・貴生)

儼然→嚴然

𠑊 古文 厳 金文
「儼」(古文)・「厳」(金文)

論語の本章では”険しいさま”。「儼」の確実な初出は説文解字。ただしにんべんの無い「嚴」(厳)は定州竹簡論語に記されると共に異体字とされ、論語時代以前の金文にも見られる。『学研漢和大字典』によると、嚴(=厳)は、がっしりといかつい言動を意味する。儼は「人+(音符)嚴(ゲン)」の会意兼形声文字で、人間のがっしり構えたさま、という。詳細は論語語釈「儼」を参照。

「嚴」の初出は西周末期の金文。『学研漢和大字典』によると、嚴の下部(音ガン)は、いかつくどっしりした意を含む。巖(ガン)(岩)の原字。嚴はそれを音符とし、口二つ(口やかましい)を加えた会意兼形声文字で、いかついことばを使って口やかましくきびしく取り締まることを示す、という。詳細は論語語釈「厳」を参照。

人(ジン)

人 甲骨文 人 字解
(甲骨文)

論語の本章では”民衆”。初出は甲骨文。原義は人の横姿。「ニン」は呉音(遣隋使より前に日本に伝わった音)。甲骨文・金文では、人一般を意味するほかに、”奴隷”を意味しうる。対して「大」「夫」などの人間の正面形には、下級の意味を含む用例は見られない。詳細は論語語釈「人」を参照。

人望而畏之

畏 金文
「畏」(金文)

論語の本章では”人々がそれ(=君子)を遠巻きに見て、威圧を感じる”。「畏」とは頭の大きな=亡霊などバケモノが、金棒のような棒を持って脅す様で、もとは「猛々しい」けしきを意味する。初出は甲骨文。詳細は論語語釈「畏」を参照。

論語の本章では”たけだけしい”。初出は戦国文字。論語時代の置換候補は同音異調の「孟」。『学研漢和大字典』によると、孟は「子+皿(ふたをしたさら)」の会意文字で、ふたをして押さえたのをはねのけて、どんどん成長することを示す。猛は「犬+(音符)孟」の会意兼形声文字で、押さえをきかずにいきりたって出る犬。はげしく外へ発散しようとする勢いを意味する、という。詳細は論語語釈「猛」を参照。

論語:付記

中国歴代王朝年表

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サーラ 帆走
論語の本章の史実性については、前回も疑問を呈したが、今回の部分にも、上記した「尊」の語法のほか、「利」にも疑問がある。

まず今回の「利」は”利益”と解するしかないが、論語の時代に通用した金文で、”利益”の意をもつものを知らない。訳者が知らないだけである可能性は高いが、孔子の生前はおそらく、「利」は原義の”するどい”だったと思われる。だが台湾の研究ではそうでもないようだ。

「漢語多功能字庫」利条

甲骨文象以「刀」割「禾」,象以刀割禾之形,本義為割禾收成。字或從「勿」。「勿」是「刎」的初文,字從「刀」從數點,有以為數點象穀實(林義光),有以為數點象禾稈飛屑(劉興隆)。以後又有從「刃」(可看成刀字加點的繁化),如《郭店楚簡.老子甲》簡28。秦文字以下「利」皆從「刀」。


甲骨文は「刀」で「禾」を刈る形で、刀で穀物の茎を刈り取る象形。原義は刈り入れ。字はあるいは「勿」の字形に属するものがある。「勿」は「刎」の最初の字形で、字形は「刀」にいくつかの点を付したもので、点はおそらく穀物の実を意味している(林義光)。あるいは茎の刈りくずを意味する(劉興隆)。以後は「刃」」(「刀」の字に点を加えた複雑化した文字と見なせる)の字形に属すものも現れ、郭店楚簡の『老子甲』の簡28号に見られる。秦系戦国文字以降は、「利」の字はみな「刀」の字形に属する。


「利」的本義是割禾收成,有增益之義,後詞義擴展到凡順利之事都可稱為「利」。甲骨文中「利」字用為吉利,如《合集》31244:「利,無災」。又如《合集》36536:「其伐𣼳,利。」另甲骨文「利」又可用為人名或地名。


「利」の原義は穀物の刈り入れで、利益を増す意味がある。後に語義が拡がって、およそ都合のよい事柄は全て「利」と記すようになった。甲骨文での「利」は”目出度いこと”の意で、『甲骨文合集』31244に、「利、無災」とある。また『甲骨文合集』36536に、「其伐𣼳、利」とある。また甲骨文では、人名や地名にも用いられた。


金文「利」可用作人名,如利簋:「易(賜)又(右)吏(史)利金。」指賜金給名叫利的右史。另上曾大子鼎上有「利錐」一詞,用以喻才思敏捷的人,此詞同見於《晉書.祖納傳》(孫敬明、何琳儀、黃錫全)。


金文の「利」は人名にも用いられた。「利簋」に「易(賜)又(右)吏(史)利金」とあり、”青銅を利という名の側近に与えた”の意。また「上曾大子鼎」に「利錐」とあり、才能が鋭い人をたとえている。この言葉は、『晋書』祖納伝にも見られる(孫敬明、何琳儀、黃錫全)。


傳世古書中「利」字有用作本義。《左傳.成公二年》:「先王疆理天下,物土之宜,而布其利。」俞樾即以「利」為土地所出。


古文献では、「利」の字は原義で用いられている。『春秋左氏伝』成公二年に、「先王疆理天下、物土之宜、而布其利。」とあり、清末の俞樾は、「利」を”地面が生みだしたもの”と解している。


「利」由以刀割禾引申有利益、吉利之意,另又引申為鋒利的意思。《說文》:「利,銛也。从刀。和然後利,从和省。《易》曰:『利者,義之和也。』」按許慎以「銛」釋「利」,正表明「利」有鋒利一義。不過他提到「利」從「和」省,則沒有充分證據。


「利」は刈り取りを意味し、派生義として利益や目出度いことを意味する。また派生義として、刃物の鋭さを意味する。『説文解字』には、「利とは銛(すき)である。刀の字形に属す。調和の後で利益があるから、和の略体の字形にも属す。『易経』に、”利は、正義の結果だ”という。」とある。編者の許慎が「銛」を「利」と解釈したことから、「利」をただ刃物の鋭さと解したとわかる。その他つけ加えた「和」うんぬんには、十分な証拠が無い。

結局台湾の漢学界でも諸説紛々で、論語における「利」の解釈は速断できないようだ。ただ上掲から分かるのは、「利」には甲骨文の時代から”目出度い”の意があったこと、字形からは”刈り取り”が原義であることだ。そして”するどい”は後漢の許慎が提唱したと分かる。

対して藤堂博士は言う。

『学研漢和大字典』利条

会意。「禾(いね)+刀」。稲束を鋭い刃物でさっと切ることを示す。一説に畑をすいて水はけや通風をよくすることをあらわし、刀はここではすきを示す。すらりと通り、支障がない意を含む。転じて、刃がすらりと通る(よく切れる)、事が都合よく運ぶ意となる。

台湾の学界とはまた別の情報源から字解していることが分かるが、『韓非子』で有名な「矛盾」の語源、「吾矛之利、於物無不陥也=吾が矛の利(と)きこと、物におひて陥(おと)せざる無(な)きなり」を引いてもおり、”するどい”は戦国時代にまでは遡る。

つまり「利」の原義をもとにして、本章の史実は断定できないが、「尊」の疑問は残る。前回同様に、史実の孔子と子張にこのような対話があったかも知れないが、内容は大幅に書き換えられているだろう。

子張が問うていない「勞而不怨、欲而不貪、泰而不驕、威而不猛」の答えを孔子が言ってしまっていることも、後世の儒者による書き加えと考えるのが妥当だろう。前回の重複になるが、「勞…猛」+「恵而不費」の「五美」は、戦国時代の儒者の誰一人、引用していない。

『論語』堯曰篇:現代語訳・書き下し・原文
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