論語詳解404衛霊公篇第十五(26)吾なお史*

論語衛霊公篇(26)要約:欠字。つまり元は何と書いてあったか分からない。口は回るが論理がお粗末な儒者たちは、あれこれつじつまを合わして解釈しようとしましたが、今では参照する価値もない。儒者の悪辣を伝える一節。

論語:原文・白文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文・白文

子曰、「吾猶及史之闕文也。有馬者、借人乘之。今*亡矣夫。」

校訂

武内本

釋文則の字なし、唐石経このところを缺くもその字数によれば又則の字なきに似たり。

定州竹簡論語

曰:「吾猶及史之欮a文也。有馬者借人乘之,今]440……

  1. 欮、今本作”闕”。欮為闕之省。

※欮ki̯wăt(入):闕kʰi̯wăt(入)。


→子曰、「吾猶及史之欮文也。有馬者、借人乘之。今亡矣夫。」

復元白文

子 金文曰 金文 吾 金文猶 金文及 金文史 金文之 金文欠 金文文 金文也 金文 有 金文馬 金文者 金文 人 金文乗 金文之 金文 今 金文亡 金文已 矣金文夫 金文

※矣→已。論語の本章は借の字が論語の時代に存在しない。本章は漢帝国の儒者による捏造である。

書き下し

いはく、われふみ欮文けつぶんおよなりうまものは、ひとりてこれらしむ。いまなるかな

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 孔子 肖像
先生が言った。私もやはり史書の欠文に出くわすことがある。馬を持っている者は、人に貸して乗らせる。今は無くなってしまった。

意訳

ニセ孔子
私が歴史書を読んでも、歯抜けの部分に出くわすことがある。馬を自分で飼っている人は、人に貸して馬車を引かせるものだ、と言われたが、今はそのようなことはなくなってしまった。

従来訳

論語 下村湖人

先師がいわれた。――
「私の子供のころには、まだ人間が正直で、いいことが行われていた。たとえば、史官が疑わしい点があると、調査研究がすむまでは、そこを空白にしておくとか、馬の所有者は気持よく人に貸して乗らせるとかいうことだ。ところが、今はそういうことがまるでなくなってしまった。」

下村湖人『現代訳論語』

現代中国での解釈例

孔子說:「我還能見到史書上因存在懷疑而空缺文字的情況,現在沒這種事了!」

中国哲学書電子化計画

孔子が言った。「私でも歴史書に疑惑を感じて文字が欠けていると判断した部分を見つけることがあったが、今ではそのようなことが無くなった。」

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

猶(ユウ)

論語 猶 金文 論語 猶

論語の本章では、”~もまた”。詳細は論語語釈「猶」を参照。

論語の本章では”そのような場合に出くわす”。時間の到達の意を示す。詳細は論語語釈「及」を参照。

論語の本章では”史書”。漢字の初出は甲骨文。『学研漢和大字典』によると会意文字で、「中(竹札を入れる筒)+手のかたち」で、記録をしるした竹札を筒に入れてたてている記録役の姿を示す、という。詳細は論語語釈「史」を参照。

論語の本章では”歴史書”と解する説と、下級役人の”記録官・事務官”と解する説がある。下級役人の語義の方が、漢字=ことばの原義で、歴史書は派生語。論語は中国最古の古典であり、本来ならば”官吏”と解するべきなのだが、本章は後世の作文だから、この制限には当てはまらない。

闕(欠)文→欮文

論語の本章では、”歴史書の欠けた部分”。「闕」は”欠ける”で、詳細は論語語釈「闕」を参照。古来、「史の欠文」=”歴史書の文字が欠けた部分”と解する説と、「史の●●」=”歴史書の●●”であり、論語に欠文があるとする説がある。

古注の儒者は論語に欠文はないとし、想像で補っている。

古注
註苞氏曰古之史於書字有凝則闕之以待知者也

包咸
包咸「昔の歴史書には、書いてある文字がよく分からない部分がある、そういう時は、その部分は解釈するのをやめて、読める人が出るのを待ったのである。」

新注の儒者は、いくらか合理的になっている。

新注

楊氏曰:「史闕文、馬借人,此二事孔子猶及見之。今亡矣夫,悼時之益偷也。」愚謂此必有為而言。蓋雖細故,而時變之大者可知矣。胡氏曰:「此章義疑,不可強解。」

論語 楊時 論語 胡寅
楊時「歴史書の欠文と馬を人に借りる(貸す)ことは、孔子も体験したことだ。今はなきなり、とあるのは、当時の人間が図々しくなったのを嘆いたのだ。」

私・朱子が思うに、これは孔子の実体験を言ったのだ。個人的感想では、それには複雑な理由があるのだろうが、大きく時世が変わったことがわかる。

胡寅「論語のこの章はよく分からない。無理に解釈すべきではない。」

定州竹簡論語が記す「欮」の音は、欮ki̯wăt(入)に対して闕kʰi̯wăt(入)。『学研漢和大字典』・『字通』に条目が無いので、異体字として取り扱うしかない。
欮 大漢和辞典

借(セキ)

論語 借 古文
(古文)

論語の本章では”貸す”。論語では本章のみに登場。初出は後漢の説文解字。論語の時代に存在しない。同音「唶」や部品の「昔」に”借りる・貸す”の語釈は『大漢和辞典』に無い。「シャク」は呉音。

『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、昔は「重なりを示すしるし+日」の会意文字で、日数を重ねること。借は「人+(音符)昔」で、金・物・力が足りないとき、それを上に重ねて補助すること。金や力を重ね加えてやるの意だから、かす、かりるの両方に用いる、という。詳細は論語語釈「借」を参照。

乘之

論語の本章では、”(馬に引かせて)車に乗る”。「胡服騎射」で有名な趙の武霊王は在位がBC325-BC298で、孔子の没後150年に現れた。それまで中国に騎馬の技術や習慣は無く、馬は車を引かせる役畜だったとされる。
論語 戦車

今亡矣夫

論語 今 金文 論語 亡 金文
「今」「亡」(金文)

論語の本章では、”今は無くなった”。「矣」は断定の語気を示す。詳細は論語語釈「矣」を参照。

論語:解説・付記

論語の本章は、前漢の儒者があえて解読不能な章を論語にねじ込むことにより、利権の拡大を図った悪質な捏造。儒者が利益のためなら何でもする没義道漢だった事例はこれまでいくつも紹介してきたが、本章もまた「わけが知りたかったら金を出せ」と言っているのである。

従ってあまり文章の真意に迫る必要は無く、間抜けでもあるが、一応の考察として、『漢書』芸文志のリストにある「伝」のたぐいから、適当に切り出して論語に貼り付けたのだろう。定州竹簡論語の時点で「欠文」とあるからには、解読不能を承知で入れたのだ。

入れたのは前漢武帝期に儒家の権益拡大に熱心で、論語の水増しをせっせと行った董仲舒だろうが、もちろん董仲舒にも、論語の本章に何が書いてあるかは分からなかったはず。だが、それでいいのである。儒者に限らず文系業者がよくやる手口で、驚くに当たらない。

西田幾多郎
例えば近代日本のネズミ男、西田キタローは、「滅茶苦茶な日本語で書いて誰も読めないようにする」という流儀を学界に持ち込んだ。動機は董仲舒と同じ、読めないようにして恐れ入らせ、読める振りをしたい馬鹿者どもから金を取り、自分らの利益拡大を図るためである。

これは西田が京都帝国大学教授という公職にあることを利用して、世間師興行を行ったのだが、いわゆる京都学派は漢学に限ると、内藤湖南と宮崎市定以外、ろくな事をしていない。西田はとりわけ欲が強く、あまりの人間の卑しさに、すり寄ろうとした東条英機にも嫌われた。

だが西田は自分でも何を言っているか知らず、ろくな事も書きはしなかった。日本でのドイツ哲学業界も同様らしい。訳者は東大の理科に進んだ者から直に聞いたが、必須科目で取らされたカント哲学の講義で、余りの荒唐無稽に学生がわらい出し、講義が成り立たなかったという。

駒場に入ってすぐのことだと言うから、まだ高校数学を修めたに過ぎないが、それでも嗤うしかないほどデタラメだったらしい。阿川弘之が海軍の士官教育で、𠮷外神主の講義を受けさせられて、同じく学生が笑い出し、講義が成立しなかった話は以前記した(論語憲問篇11付記)。

日本の団塊世代がマヌケにも担ぎ回ったジャック=ラカンによる、同様の詐欺も記した(論語憲問篇15付記)。数理が通用しない者の間では、このような馬鹿げた話が堂々とまかり通る。こんにちの人文など、お笑い芸能と少しも変わらない芸の一種で、学問と言えるか疑わしい。

カール・ポパー
彼は、サイエンティフィック・アメリカン誌に掲載された僕の記事を攻撃しはじめた。…「私は一言たりとも信じんぞ」と彼はオーストリア訛りのどなり声で言い切った。…「物理学とは」と彼は声高に言って、テーブルから1冊の本をひっつかむとドンと置いた。「これだよ!」

…「私は、私自身の見解について独断的ではない」。不意に、彼はテーブルを叩いて声高に叫んだ。「我々は、代わりの理論を探さねばならんのだ!」(ジョン・ホーガン『科学の終焉』)

この引用が芸として成り立つ理由は、叫んでいるのがカール・ポパーという、前世紀でもっとも有名な哲学者の一人であり、それゆえに大先生と崇め奉られて、ドイツ人ながら反ナチという政治的事情で英王室から叙爵されて、「ポパー卿」へと成り上がった人物だからである。

つまり「ポパー卿」が所説に全く反するチンドン屋だから、面白いのである。

学校にかかわらず文学部と、入試に数学の無い所へ這入はいった、訳者のような連中は、自分が高校数学もまともに出来ないバカだという事実を、少しは思い知った方がいい。バカから抜けるには、バカの自覚しか無いからだ。今さら論語など読んだところで、誤魔化しにもならない。

前世紀頃から、人文は人文「科学」というウソを看板にして世間をだました。論理式を含む数式や、アルゴリズムで書けない研究は、科学ではないのだが。それを人文業者は重々承知しているからこそ、「科学」というウソや、反論を許さぬ宗教まがいの事を言う。

論語の本章はポパー卿の芸の如く笑えもしない、儒者が世間をクルクルパーにして食い物にするための宣伝で、文系業者に普遍的な事例の、その一つに過ぎない。なお以下、今後「借」の金文が出土したと仮定して読解してみる。

吾猶及史之欮(闕)文也

「欮(闕)文」とは、文字通り”欠文”で、論語のこの箇所に欠文があったことを意味する。理由は「史」の原義で、孔子の生前は”官吏”を意味した。それも官僚制の確立より以前だから、高級官僚ではなく下っ端役人である。

すると「吾猶及」とは、”私もまた…のようになった”。「及」とは語釈の通り、本来その場所になかった者が、追いついたりしてその場に至ることを言う。つまり孔子はもともと下っ端役人の●●のような状態でなかったのが、そうなってしまった、ということ。

欮(闕)文

「欮(闕)文」の●●に補うべきは、”馬も車も持っていない”。

「史」=”記録官”は司馬遷がそうであったように、権威は高いが地位はそれほど高くない。当然貧乏でもあったはずで、初めて記録官に任じられた者が、必ず馬や車を持っていたとは考えにくい。また「史」は”下級の事務官吏”をも意味するから、その場合はなおさらだ。

孔子は放浪中であれば、当然日々の出費に困ったはずで、魯国に帰った後も、後ろ盾となる呉国が没落するとすぐさま左遷されて、息子の葬儀にも事欠く有様だった。

顔淵(顔回)が死んだ。
論語 顔回
父親の顔路「先生、車を頂戴できませぬか。」
孔子「車をどうする?」
顔路「部材で外棺を作りたいと存じます。貧しくて作れぬのです。」
孔子「ああ、気持ちはよく分かる。顔回のように出来のいいのも、愚息のように出来の悪いのも、共に父親にとっては息子には違いない。愚息の時も外棺が作れなかった。だが私は家老の末席にいるから、車なしで歩いて出歩くわけにはいかない。こたびも申し訳ないが…。」(論語先進篇7)

おそらく孔子は、結局顔回のために車を提供したのだろう。それで車が無くなったが、外棺にも事欠くようでは、毎日馬食する馬を養えたとは思えない。従って「有馬者、借人乘之。今亡矣夫」は、”馬があれば車は人から借りて乗れるのだが…今は馬すらいない”の嘆きとなる。

すると「欠文」は、”馬も車も持っていない”。

史之闕文(=不有車馬)也。 ふひと之闕文(=車馬をる)也。

有馬者、借人乘之

「借」を”貸す”の意味に取ると、「乘之」を”乗らせる”と使役に読まなければならない。またそう読む動機は、「欠文」を”欠文”ではなく、論語にあった孔子の言葉そのものだ、とするからだ。これは無理に無理を重ねるもので、根拠も儒者の個人的感想に過ぎない。

有馬者、借人乘之。 馬有る者は、人にしてこれに乗らしむ

また「者」は『学研漢和大字典』によると直前の語や句を、「…するそれ」ともう一度指示して浮き出させる助詞転じて「…するそのもの」の意となる、という。

つまり”ナニナニする人物”と解するのは派生語で、”ナニナニする場合”の方が原義に近い。論語は最古の古典なので、「有馬者」は原義に近い”馬を持っている場合”。

有馬者、借人乘之。 馬有ら、人に借りて之に乗る。

さらに馬を持っている場合に人に借りて乗るものといえば、馬車しかない。論語の時代には、人が直に馬に騎って出かける技術も習慣もなかったからだ。つまり「有馬者借人乘之」とは、”馬がある時には、人に車を借りて乗った”。

今亡矣夫

「欠文」を論語の地の文とする無理な解釈によると、”賢者が出るのを待って史料の解釈を差し控えたことや、馬を人に貸すようなうるわしい習慣が、今はなくなってしまった”と解する。しかし所詮初めの思い込みが無理なので、無理に無理を重ねても意味はない。

「今亡矣夫」は「有馬者」と対比されるべき句で、「亡」=”無い”ものが何かと言えば、「馬」でしかあり得ない。従って「今亡矣夫」は、”今は馬も持っていないよ”。

有馬者、借人乘之。今亡矣夫。馬有ら者、人に借りて之に乗らん。今はなるかな

書き下し

いはく、われふひと欮文けつぶん〕におよべるかなうまひとりてこれらん。いまなるかな

現代語訳

先生が言った。「私もとうとう、下っ端役人が車馬も思っていないような貧窮に陥ってしまった。馬だけでもあれば、車は人に借りて乗れるのだが。今は馬も車も無い。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。もし長生きしたいなら、悪いことはせぬものだ。それでもやるなら、覚悟致せ。

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コメント

  1. […] 例えば論語衛霊公篇26などが、その事情を示している。だが弟子にはアキンド子貢という、唸るような大富豪がいた(『史記』子贛伝)。加えて孔子は弟子に、世俗事を禁じていない。弟子はアルバイトにも励めたのである。だからこそ、孔子は作り事を言う必要が無かった。 […]