論語詳解391衛霊公篇第十五(13)やんぬるかな°

論語衛霊公篇(13)要約:異性を好むように、自分の能力が高まるのを喜ぶ人を見たことがない。孔子先生は嘆きます。しかし異性を好むのは人の本能。それに逆らって、先生の理想とする人物像に近づくのが、先生の教説だったのです。

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論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

子曰、「已矣乎。吾未見好德如好色者也。」

論語子罕篇18とほぼ同文。

校訂

定州竹簡論語

曰:「已矣夫a!吾未見好德]如好色者乎b。」428

  1. 夫、阮本作”乎”、皇本無。
  2. 乎、今本作”也”字。

→子曰、「已矣夫。吾未見好德如好色者乎。」

復元白文

子 金文曰 金文 已 矣 金文已 矣金文論語 夫 金文 吾 金文未 金文見 金文好 金文徳 金文如 金文好 金文色 金文者 金文論語 乎 金文

※矣→已。

書き下し

いはく、ぬるかなわれいまとくこのむのいろこのむがごとものざるかな

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 孔子
先生が言った。「終わってしまった。私は徳を好むことが色を好むような者を見たことがない。」

意訳

論語 孔子 悩み
世も末だ。異性より自分のもつ力を磨いて高めたがる者を見たことがない。

従来訳

論語 下村湖人

先師がいわれた。――
「なさけないことだ。私はまだ色事を好むほど徳を好むものを見たことがない。」

下村湖人『現代訳論語』

現代中国での解釈例

孔子說:「這個社會完了?我沒見過喜歡美德如同喜歡美色的人。」

中国哲学書電子化計画

孔子が言った。「この社会は終わったのか?私は美人を喜ぶように美徳を喜ぶ人を見たことが無い。」

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

、「  ()、 ()。」


已矣乎(イイコ)→已矣夫

論語 已 金文 論語 矣 金文 論語 乎 金文
(金文)

伝統的には「やんぬるかな」と読み、”もうおしまいだ”と解す。愚直に読み下すと、「おわたる」となり、”終わってしまったか”と解せる。定州竹簡論語の「已矣夫」も意味は同じ。

已矣乎 大漢和辞典
大漢和辞典
が示すように、「已矣」だけで”やんぬるかな”の意があり、「乎」も「夫」も詠歎のため息を意味する。

德(徳)

論語 徳 甲骨文 論語 徳 金文
(甲骨文・金文)

”生物の持つ機能”。論語では、人徳や道徳の意味では使われない。少なくとも孔子の発言では、それら道徳的なことを意味しない。機能は普段は発揮されないから、目に見えない。ただし言いようのない圧力を他者に及ぼすことはあるが、感じない者は全く感じない。

少し訳者の趣味に引き寄せてしまうが、武道も有段者になると、わずかながら気を発することが出来る。手に武器をもつでなく、肩をいからせるでもないが、わずかに気を発して歩くと、人混みをすいすいと通っていけることがある。しかし、全く通じない者もいる。

話を論語に戻すと、機能は発揮されると具体的な作業となって現れる。その結果生み出された事物も徳に含まれる。日本史で言うとくじんはその意味で、人間の機能を発揮して金持ちになった人のことを言う。有徳人はたまにカネを配ることがある。豊臣秀吉の金くばりが代表例。

配られた者は配った者に徳を感じる。また配られた者にとって徳とは得でもある。論語では多くの場合、徳を得と考えると解釈出来ることがある。人間は物心いずれかの利益を感じない者に徳を感じない。論語為政篇1で言う徳治とは、千古不易の政治の機能、利益配分を言う。

語源から言って徳は静的な威圧を言うのであり、徳の解釈について、日中の儒者や多くの漢学者は、全く意味を取り違えている。また論語特有の意味が徳にはあり、仁の実践を言う。ただし本章ではその意味では用いられていない。詳細な語釈は論語における「徳」を参照。

好色

色 金文
(金文)

”異性を好むこと”。孔子の教説の中心が仁であることは言うまでもないが、その定義を孔子は、「自分に打ち勝って礼に戻る」と顔回に教えた(論語顔淵篇1)。打ち勝つべき自分には、当然色の欲が含まれる、というより、それに勝つことが最大の難関だった。

この点孔子は、その欲について極めて淡泊であり、息子は一人だけ、娘は最低一人と、当時の貴族にあるまじき子の少なさ。この点も同時代の賢者・ブッダと共通しており、おそらく孔子は異性が嫌いだったに違いない。「ただ女子と小人は養い難しと為す」(論語陽貨篇25)と言った言葉に、それが表れている。

論語:解説・付記

論語の本章は上掲の通り、論語子罕篇18とほぼ同文。従って発言の背景についてはそちらをご覧頂きたい。本章では、この言葉がどのように解釈されてきたかを記す。

古注(本章)

子曰已矣吾未見好德如好色者也疏子曰至者也既先云已矣則乆已不見也疾時色興德廢故起斯歎也此語亦是重出亦孔子再時行教也

子曰已矣吾未見好徳如好色者也。疏。子曰く者をしるす也。既に先に云いて已え矣。則ちひさしく已みて見不る也。時の色興りて徳の廃るるを疾み、故に斯を起して歎く也。此の語亦た是れ重ねて出ずるは、亦た孔子再びの時に教えを行う也。

論語 古注 皇侃
付け足し。孔子様は人間を記した。すでに以前にも言った。つまり長い間、徳のある者を見なかった。時代の風俗が色事に傾いて徳が廃れたことをいとい、だから言葉を起こして嘆いた。この言葉が重ねて論語にあるのは、時を置いて再び孔子が教えを垂れたのだ。

古注(子罕篇)

子曰吾未見好德如好色者也註疾時人薄於德而厚於色故以發此言也疏子曰至者也 時人多好色而無好徳孔子患之故云未見以厲之也云責其心也

子曰吾未見好徳如好色者也。註。時の人徳於薄くし而色於厚きを疾むなり。故に以て此の言を発する也。疏。子曰く、者を至す也。時の人多く色を好み而徳を好む無し。孔子之を患う。故に未だ見ざると云い、以て之を厲ます也。其の心を責むるを云う也。

論語 古注 何晏
注釈。当時の人が徳が薄くて色事をいたく好む事を憎んだのだ。だからこの言葉を言ったのだ。付け足し。孔子様は、人間を記した。当時の人の多くが色事を好み、徳を好む者はいなかった。孔子はこれを憂いた。だから徳のある者を見たことがないと言い、弟子を励ましたのだ。その心を叩き直すことを言った。

新注(本章)

好,去聲。已矣乎,歎其終不得而見也。

好は去声なり。已矣乎は、其の終に得而見不るを歎く也。

論語 朱子 新注
好は去声である。已矣乎は、徳のある者をとうとう見ないままだと嘆くを言う。

新注(子罕篇)

好,去聲。謝氏曰:「好好色,惡惡臭,誠也。好德如好色,斯誠好德矣,然民鮮能之。」史記:「孔子居衛,靈公與夫人同車,使孔子為次乘,招搖市過之。」孔子醜之,故有是言。

好は去声なり。謝氏曰く、「色を好むを好み、臭いの悪しきを悪むは、誠也。徳を好むこと色を好むが如きは、斯れ誠に徳を好む矣。然るに民能く之れをなすは鮮し。」史記いわく、「孔子衛に居り、霊公与夫人に同車せり。孔子を使て次乗為らしめ、市を招揺めぐりて之を過ぐ。」孔子之を醜み、故に是の言有り。


好は去声である。謝氏曰く、「色好みを好み、くさい臭いを嫌うのは、人のさがである。徳を好むこと色を好むと同様なら、これが本当に徳を好むと言うことだ。しかしこれが出来る民は少ない。」史記いわく、「孔子が衛に滞在中、霊公と夫人の外出に同行した。孔子は後ろの車に乗せられ、市場をうろうろして通り過ぎた。」孔子はこれに怒って、だからこの言葉を言った。

東京帝国大学教授・文学博士・宇野哲人
論語 宇野哲人
〔通釈〕最早これで望むのをやめてしまおうか。わしはこれまで徳を好む心が女色を好むように誠実な人を見たいと望んでいたがまだ見ないのである。
〔語釈〕*徳の語釈無し。
〔解説〕この章は真に徳を好む者のないのを嘆じたのである。「われいまとくこのむこといろこのむがごとものざるなり」は已に子罕篇に出ているが、この章は上に「已ぬるかな(已矣乎)」の三字を加えて人を警める意がいいよ切である。(『新釈論語』)
京都大学教授・文学博士・吉川幸次郎
吉川幸次郎
すでに子罕篇にも見えた言葉であるが、ここでは、かしこになかった「已矣乎」を上にかぶせてあらわれる。二度見えるには二度見えるだけの意味があり、孔子がつねに口にした言葉なのであろう。そうして、この章では「已矣乎」が嘆息を深めるのは、自己の理解者がどこにもいないという絶望を、切実な自己の経験とした孔子晩年の言葉とする徂徠の説は、もっともに思われる。「已矣乎」という嘆息は、公冶長篇第五にも「已んぬるかな、吾れ未まだ能く其の過まちを見て、而も内に自ずから訟むる者を見ざる也」と見える。(『論語』)
京都大学教授・文学博士・宮崎市定
論語 宮崎市定
子曰く、困った世の中だ。異性に関心の強い人間ばかり多くて、修養に心がける人間はさっぱりいないではないか。(『論語の新研究』)
東京大学教授・文学博士・藤堂明保
論語 藤堂明保
先生が、こう言われた。「(世の人は色恋に夢中になっている。)世も末ではないか! (残念なことに)色恋を大切にするほどに人間のすなおな本性をだいじに守り育てる人を、私は見かけたことがない」(『論語』)
大阪大学教授・文学博士・加地伸行
ニセ論語指導士養成講座 論語教育不救機構
老先生の教え。もはやだめだな。美人よりも、教養人に近づこうという気持が強い人物に、私は出会ったことがない。(『論語』全訳注)

江戸儒者をすっとばしたことを除けば、上記は日本の論語研究史のサンプルで、宮崎先生以降の世代でないと、「徳」の独自解釈が出来なかったことを示している。なお宮崎先生が1901年生、吉川が1904年生、藤堂先生が1915年生、加地博士が1936年生である。

うち宮崎先生は京大勤務中に応召して出征し、藤堂先生は滞在先の中国で応召して従軍した。その藤堂先生は、論語の本章を、孔子が衛国滞在中、霊公夫人の南子に会見した際(論語雍也篇28)の話だとしている。ただし『史記』孔子世家は、会見よりさらに後のこととしている。

論語 孔子 せせら笑い 論語 南子
昔、孔子が衛の国を訪れたことがある。衛の王室には南子という絶世の美人がいた。孔子が参内すると、南子が腰元たちを連れてしずしずと現われ、この哲人に向かって嫣然ニッコリと笑いかけたからたまらない。さすがの孔子も、心中少しは嬉しかったであろう。少なくとも笑顔で迎えるのは”君子”のエチケットである。ところが武骨漢のお弟子、子路がカンカンに怒って、

論語 子路 言わいでか 論語 孔子 たしなめ
『先生が妖婦の名も高い南子にお愛想わらいをなさるとは!』

とつめよった。孔子、その時ちっとも騒がず、軽くイナして言った。

『われ、いまだ仁を好むこと、色を好むが如くなる者を見ず。』《論語》

(藤堂明保『漢文概説』)

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。覚悟致せ。

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