論語470微子篇第十八(13)周公魯公に謂いて曰く

論語微子篇(13)要約:孔子先生の国、魯国は、周王朝開国の元勲だった周公旦が始祖です。その息子伯禽が魯へ赴く際、周公がさとしたお説教。身内やなじみを大事にせよ、家臣を腐らせるな、そして家臣に万能を求めるなと。
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論語:原文・白文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文・白文

周公謂魯公曰、「君子不施*1其親、不使大臣怨乎不以。故舊無大故、則不棄*2也、無*3求備於一人。」

武内本1:釈文施を弛に作る。弛は棄忘也、廢也。2:唐石経棄を弃に作り、3:毋を無に作る。

書き下し

周公しうこう魯公ろこうひていはく、君子くんしみうちてず、大臣たいしん使もちゐられざるうらましめず。故舊こきう大故たいこからばすなはてざるなりそなはるを一にんもとむるし。

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

周公が魯公に言った。「君子は身内を捨てない。重臣に用いられない怨みを持たせない。古いなじみは大きな間違いが無ければ捨てない。(万能が)備わっていることを一人に求めない。」

意訳

周公が、領地に赴く魯公に言った。

「身内を大切にせよ。えこひいき無く重臣を用いて、欲求不満の者を出すな。古いなじみは、よほどのことをしでかさない限り見捨てるな。一人の家臣に、何でも出来ることを求めるな。」

従来訳

周公が魯公にいわれた。――
「君主たるものは親族を見捨てるものではない。大臣をして信任のうすきをかこたせてはならぬ。古くからの臣下は、重大な理由がなければ棄てないがいい。一人の人に何もかも備わるのを求めてはならぬ。」

下村湖人『現代訳論語』

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

周公

論語 周公旦
血統上の魯国の始祖、周公旦のこと。論語では、周王朝の一族で開国の功臣で、摂政も務めたとされる人物。その子・伯禽が魯公に任じられて魯国が始まった。

魯公

諸侯としての魯国の開祖、伯禽のこと。伯禽の代から魯に居付いて諸侯となる。

論語 施 古文
(古文)

論語の本章では、”押しやる・遠ざける”。甲骨文・金文には見られない字で、戦国文字も楚系と秦系では大きく形が異なり、古文でも字形に相当のブレがある。『学研漢和大字典』による原義は吹き流しが長く伸びたさまだが、見られる字体からは異論があり得る。

語義は押しやることで、何かよきものを相手に押しやることから”施す”の意に転じた。ここでは遠ざけることと解せる。

怨乎不以

ここでの「乎」は助詞として用いられ、「~に」「~を」「~より」と読んで、起点・対象・比較・受身の意を示す。「以」は動詞の”用いる”の意として用いられている。

故舊(旧)

論語 故 金文 論語 旧 金文
(金文)

論語の本章では”古いなじみの者”。「故」も「旧」も”古い”を意味すぐが、るが、「故」は固く固まること、「旧」はもと鳥の名だったが、音が「久」に通じて”古い”を意味するようになった。

大故

論語 大 金文 論語 故 金文
(金文)

論語の本章のここでは”大きな間違い”。『学研漢和大字典』には事件や事故など、おこってくるよくない事がら。さしさわり、というが、その意に転じた理由は不明。

無求備於一人

論語の本章では、「多芸」などを補って”一人に万能が備わっているのを求めない”と古来解する。

論語:解説・付記

既存の論語本では、「君子不施其親、不使大臣怨乎不以」を”身内を大事にするから、重臣が不満を持たない」と因果関係に解する例があるが、これは中国社会の宿痾というべき身内びいきに、大義名分を与えるためのこじつけ。身内びいきするから不満が起こるのである。

武内義雄『論語之研究』では、前章同様、篇末の付け足しと断じているがその通りで、何のためにここにこの言葉があるのか理由は分からない。

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