論語と算盤・現代語訳(38)理想と迷信1

『論語と算盤』道理ある希望を持て

戦争に負けては困るが、国力を尽くして戦争ばかりするというのは王道ではない。今日の時局では我々はそこまで心配しなくてもいいが、平和が回復したのち*、実業界がどうなるかについては、思惑に外れることもあろうから、今から臆断は出来ない。

しかし人は未来に希望を持つべきだ。だからたとえ外れようと、一定の主義に従ってよく考え、行動しなければならない。その主義として最も重要なのは信だ。これを守れないと、実業界の基礎が強固にならない。

平和の回復の後、とりわけ我々実業界にある者の責任は重くなる。諸君も自分の事業がどうなるかを予想して、そこから道理を導き、それに従って活動して貰いたい。「道理ある希望を持って活発に働く国民」という評語はおおざっぱだが、先頃あるアメリカ人が我が同胞を評してそのように言った

私はもう老衰しているが、今後益々国家の発展を希望する。多数の幸福を増すことを望んでいる。実業家諸君もそうだろうと思う。時局がどうあれ、実業にあるからにはそうあって欲しい。将来はこうしようという希望は誰にもあるに違いない。

まして今回のような大戦は、各自経営する事業に応じて正しい対応を迫られるが、その際に是非守らねばならないのが、商業道徳、信の一字だ。これが日本の実業界で健全に行われたら、その富と共に人格も大いに発展するだろう。

とにかく今後の変化は大きくなる。このことを予想して各自の事業を考えれば、経営のよろしきを得るだろう。

平和が回復:第一次世界大戦を指すか。

『論語と算盤』この熱誠を要す

現代語訳

どんな仕事にも、近頃の流行語に興味*を持たねばならないと言うが、興味という言葉の定義は、学者ではないから完全には分からないが、人が職分を尽くすという事にも、この興味を持つことを希望する。

興味という字は理想とも聞こえるし、欲望とも聞こえるし、あるいは好み、楽しみというような意味にも聞こえる。しかし職分への興味と言えば、それを表面通り・命令通りに勉めていくのではダメで、自分から発案して、この仕事をこうしたいと思う事だ。

職分からさらに一歩進んで、人としての興味を持って貰いたい。それを一人前に持って向上させていけば、相応の功徳が世の中に現れるだろう。それ無しに仕事をしても、おきまりの仕事をしただけで終わり、生命が存在したのではなくて形だけがあったことになる。

ある養生法に言う。老衰した後ただ食って寝るだけなら、それは肉塊と変わらない。体は十分動かなくとも、心が自由に動くなら、それこそ生命の存在だ。私はそうありたいし、私のような高齢者は、始終それを心掛けねばならない。肉塊ばかりでは日本は活き活きしない。

現代に名高い人で、まだ活きているのかと言われる人が多数いる。これは肉塊に他ならない。だから事業を経営するにも、それに対する興味を持たねばならない。興味がなければ精神はない。つまり木偶同然の人間になってしまう。

何事も自分の職分に深い興味を持てば、自分の思い通りにはならなくても、心から生まれる理想や欲望の一部には合致するだろう。

論語に孔子の言葉として、「知る者より好む者、好む者より楽しむ者。何事もその方が人生よろしい*」とある。これが興味の極致と考える。自分の職分には、この熱誠がなくてはならない。

興味:原文「趣味」。

知る者…:雍也篇第六(20)。「いはく、これものは、これこのものかず。これこのものは、これたのしものかず」

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